閑話 無人島生活
フィクションです。
無人島に放置していた母親と息子のその後です。
「思ったより、快適ね」
そう言って、母親は、真珠のネックレスを手に取った。
少し深いところにアコヤ貝に似た貝があり、身は食べられ、運が良ければ真珠も手に入る。
それを荷物の中にあったブローチのピンで穴を開け、服をほどいた糸でネックレスにする。
「飲水には困らないからね」
息子はそう言って、森の奥を見た。
「雨風をしのげる洞窟があってよかったわ」
そう言って、母親は洞窟の中を見る。
入口から少し上り坂になっていて、1mほど上ると、そこは十二畳ぐらいの平らな空間が広がっていた。
洞窟の高さも3mぐらいはあるのではないだろうか。
洞窟の入口が向いている方向がよかったのか、嵐になっても雨風は入ってこない。
「それにしても、すべてがひっくり返るような秘密を知っても、それを活用する場がなかったわね」
ぼ~っと外を眺めていた息子に母親は話しかけた。
「秘密って、どのこと?」
「そうね……」
母親は真珠を1粒つまむ。
「長女の実の母親とか~。次女の父親とかぁ~。長男が何人いるか~とか。成年の儀を受けた長男って、まだ十八歳だったんじゃなかった? 年も誤魔化してるわよね~」
息子は自嘲気味に笑った。
「もう、全員死んでるでしょ」
「そっか、そうよね。私達は生きてるから、問題ないってことよね」
そう言って母親は楽しそうに笑う。
息子はそれに同意したかったが、長女との生活で味わった苦痛を忘れてはいなかった。
今は、ツクヨミやスサノヲの印は出ていない。
ひどいことを考えても、全く頭は傷まない。
母親の額を見るけれど、印はない。
「俺達を殺せない理由があるんだろうね」
息子の呟きに、母親が首を傾げた。
「理由?」
「俺達が死んだら困る人がいる?」
「そんな人、いる?」
「皇族に印は現れてなかったでしょ? 恐らくだけど、それはすめらぎがそう願ったんだと俺は思ってる」
「頭いいわね。それで?」
「もしかしたら、皇女が俺に惚れていたのかもしれない」
母親は驚き、次の瞬間、目を輝かせた。
「それって、あんたがターゲットを間違えたってことじゃないの?」
「たぶん、そうだと思う。だから、俺達は死んでいない」
「そうなのね~。あの皇女さまがね~」
母親は何やら自分で納得するようにうなずいている。
「じゃあ、あのティアラは無駄にならなかったのね?」
「そうだね。で、そのティアラはどこにあるの?」
「ちゃんとここにあるのよ」
そう言って、母親は荷物が入ったスーツケースを見せた。
「いつも持ち歩いていたのよ」
そう言いながら、スーツケースを開け、ベルベッドの大きめの箱を取り出し、蓋を明けた。
「じゃ~ん。あんたには初めて見せるわよね」
息子は首を傾げた。
「ティアラって……生花だったの?」
母親が首を傾げながら中を覗くと、そこには生花で作られたであろう冠が、完全にドライフラワーになっていた。
「え?」
母親は首を傾げ、そのドライフラワーの冠を手に取る。
「バラをデザインしてもらっていたけど、こんなのじゃないわよ? ちゃんとティアラを乗せて写真も撮ったのに」
息子は小さくため息を吐く。
「もしかしたら、盗まれたのかもしれないね」
「誰に?」
「ママが妬ましかった人に」
腕組みをして、母親は考え込む。
「まぁ、いいじゃん。戻った時にはちゃんと新しいのが用意されてるんじゃない? ママに相応しいティアラが」
にこやかに息子は言った。
「まさか、あの皇女がねぇ~。俺に惚れていたとはねぇ~。俺も罪な存在だなぁ~~」
そう言うと、息子は伸びをして、洞窟に寝転ぶ。
ゴツゴツしていた岩場だったが、海岸の砂を入れて、平らにならしていたのだった。
外の湿度が中に入ってくるかと思ったが、中は快適な温度と湿度で保たれている。
「もう少し、食料を確保するための道具が欲しいところだね」
そう言えば、海岸に打ち上げられるのではないかと、息子は考えていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「見るんじゃなかったわ……」
そう言って、巫女の一族の三人、ツクヨミの一族の二人は肩を落とした。
「情報から切り離されると、こうなるのね」
そう呟いたのは、晶子だった。
「水はスサノヲ様が用意されてるのよね?」
「ええ、そう聞いているわ」
ツクヨミの一族の長の妻である直子が娘の朋美に答える。
「一応、生存は確認でき……」
直子はそう言い、そのまま固まる。
巫女の一族の長の昭子もそのまま固まった。
そして二人はお互いの顔をじっと見る。
「あれ、何?」
千早と晶子は母親をじっと見る。
「何が見えているの?」
尋ねたのは朋美だった。
「花札の、鬼?」
「花札の鬼?」
千早は花札の鬼の札をスマホで検索して、出した。
「これ?」
直子と昭子はそれを見て、頷く。
「絵柄は雷だと思うけど……」
そう呟いたのは朋美だった。
「そういえば、あの島は、雨も多いけど、雷も多いって、スサノヲ様が言われてたわよね」
「そうだけど、それなら今までに……」
晶子はそう言いながら、鬼札の絵を見る。
「これ、竜巻っぽくない?」
直子と昭子は顔を見合わせ、大きく頷いた。
「竜巻だわ。これ、まともに直撃するかしら?」
五人は顔を見合わせた。
「一応、結界が張ってあるから、あの二人はあの島から出られない」
「ええ」
「ということは、もし、竜巻に巻き込まれて、宙に舞い上げられたら?」
朋美はまさかと思いながら、答えた。
「結界にあたって、それ以上動けない……」
「結界に風で押し付けられる?」
そう言ったのは千早だった。
思わず、身震いをする朋美。
「これ以上、見るのはやめましょう。ツクヨミ様に、聞いてみる?」
直子は昭子に言った。
「お手を煩わせることにならないかしら?」
「……忘れているかもしれないわね」
千早が呟く。
「その可能性、高いかも……」
朋美が呟く。
「呼んだか?」
いきなり声がし、振り返るとそこにツクヨミとスサノヲが立っていた。
「あの島に竜巻が来るのが見えたのですが……」
昭子が二貴神に言う。
ツクヨミはスサノヲを見た。
「確かに……あの辺りはたまに竜巻が起こる。人が住んでる島には近づけないようにはしているが……」
スサノヲが首を傾げた。
「ああ、あの島は、もともと人が住んでいなかったな……」
「結界は更新されていないのですね」
直子が言った。
「うむ。だが、姉者が言っておった。『それも宿命。運が良ければ生き延びるであろう』と」
「それより、反省はしておったのか?」
ツクヨミは五人を見渡した。
しかし、そういう反応ではなく、疲れを顔に出していた。
「あの男、命があることで、皇太子殿下が自分に惚れているから生かしていると思っているようです」
次の瞬間、スサノヲの顔がものすごい顔になった。
「スサノヲ、鎭まれ」
小さくため息を吐きながらツクヨミが言う。
「兄者、あれは姫の考えを全く理解しておらぬぞ?」
「ティアラが枯れたリースになっていましたけど……」
朋美がツクヨミを見た。
「制作費がどこから出たのかを調査したら、元弟がお金を渡しておった。だから、そのお金が出たところに戻した」
晶子は少し考えた。
「皇室に戻ったということですか?」
「ああ、そうだが、あまりの気持ち悪さに私が我慢できなかったから、全部材料に戻して浄化しておいた」
「そ、それは……」
「それでも、気持ち悪いですよね」
晶子と朋美が呟く。
「うむ。やはりそう思うか?」
その場の全員が大きく頷く。
「材料に罪はないのだが、いかんせん、穢に触れてしまったからな……」
「いかずちで清めるか?」
「全部跡形もなく消えそうです……」
そう言ったのは昭子だった。
「アマテラス様が嫌な感じを受けなければ、問題ないのでは?」
そう言ったのは、朋美だった。
「なるほど。姉者に判断してもらえばいいのか」
「万が一のために、土産を持っていったほうがいいかもしれぬ」
「脂がのったブリがいたから、それを持っていくことにしよう」
そう言うと、二貴神は消えた。
「なんか、話が思いっきり違う方向にそれていたけど……」
「『それも宿命』で、片付けられたわね」
五人は顔を見合わせて、ため息を吐いた。
「忘れましょうか」
と、直子。
「それがいいですね」
同意する昭子。
「そもそも話題にも上がってないし」
晶子が言うと、
「ネットでも話題になってもないわよ」
千早がさらに言う。
「そうね。皇太子殿下が思い出さないようにだけすればいいんじゃない?」
朋美だけが皇太子殿下を気遣った。
「そもそも、あの飛行機の事件の時、すっかり存在を忘れておられたようだったし、このまま忘れていていただきましょう」
直子が言った。
「そうね、あのティアラの材料だけがもったいなかったわね」
そう言ったのは、晶子だった。
「材料に罪はないとわかってはいるけれど……」
「アマテラス様が判断なさるのなら、大丈夫じゃない?」
朋美に千早が言う。
「さ、気持ちを切り替えましょう」
「藤尾礼さんよね」
気持ちを切り替えようとしているとこに、ノックの音がした。
朋美がドアを開けると、トレイを持った望がいた。
「そろそろ休憩したほうがいいよ。今日のプリンも美味しいから」
朋美はティーポットとティーカップ、プリンがのっているトレイを笑顔で受け取った。
「ありがとね」
ドアが締まり、テーブルの上にトレイを置く。
「紅茶もいい香りね」
昭子が目を閉じて、紅茶の香りを楽しむ。
晶子が朋美を手伝い、ティーカップに紅茶を注いでいく。
「では、気を取り直して」
「いただきましょう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「何を持ってきた!」
アマテラスはぎょっとした顔をし、ツクヨミとスサノヲを見た。
「あ、いや……」
そう言って、スサノヲは一旦姿を消した。
そして、次には生きの良いブリを持って現れる。
「お? それならよいが。さっきの嫌な気はなんじゃ?」
スサノヲはツクヨミをじっと見た。
「あ、いや。ちょっとティアラの材料を見てもらおうと思ったのだが、穢が残っていたようだった」
アマテラスは納得し、頷いた。
「そなたらも、食べるか? 美味しいぞ?」
アマテラスはそう言って、プリンを差し出した。
「うむ。いただこう」
ツクヨミはプリンを受け取り、スサノヲにも渡す。
スサノヲは持ってきたブリを宙に固定し、プリンを味わった。
「幸せの味じゃろう?」
アマテラスはにこやかに言う。
ツクヨミとスサノヲはアマテラスの笑顔を見て、島流しされた母と息子のことは、忘れることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ね、あれ、なに?」
母親に聞かれ、息子は母親が指差す方を見た。
空は暗い色の雲で覆われている。
そして、黒い色の海から空に続く一本の柱。
じっと見ていると、別の場所でも柱が現れ二本に。
柱がうねりながら、徐々にこちらに近づいてくる。
「何かあっても、俺達は大丈夫だよ。皇女が俺に惚れているんだから、神々だって、俺を護るしかないんだよ」
自信たっぷりに息子は答える。
「そうね、でも、いつ迎えにきてくれるのかしらね?」
「あれだけの騒ぎがあった後だからね。国民が落ち着くのをまっているんじゃない? 俺達を受け入れてもらえるようにしてくれているんだよ」
思わず、にやける息子。
「さすがだねぇ」
その横で、自慢げに息子を見る母親。
不安な気持ちを一切抱かず、むしろ楽しげに竜巻を見ていたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ツクヨミ、どうした?」
アマテラスが急に何かに気づいたようなツクヨミの顔を覗き込む。
「いや、姉上ははやり、無意識に穢を清めようとしてるのだなぁと感心しただけだ」
「そうか?」
首を傾げるアマテラスだが、プリンを食べ終わって機嫌がいい。
眼の前でスサノヲがブリを捌いていた。
「海の恵みじゃ」
何回見ても飽きることのないスサノヲの魚のさばき。
スサノヲがふと顔を上げ、ツクヨミを見た。
ツクヨミはニヤリと笑い、握りしめている右手を見せた。
それだけでスサノヲは意味がわかったのか、上機嫌になる。
「姉者、足りなかったらすぐに持ってくるぞ。いっぱい食べてくれ」
大きく頷くアマテラスを見て、
「今日ぐらい、酒を呑んでもよかろう。ちょっともらってくる」
ツクヨミはそう言うとその場から離れる。
そして、結界に張り付いた二つの物体を確認した。
「消滅させる。魂とともに。生まれ変わりなど許さぬ」
ふと、スサノヲの力を感じ、ツクヨミは息を合わせた。
何もない空間から白いいなずまが光、その物体を消滅させる。
ツクヨミは右手を見る。
未だに状況を理解できていないようだ。
何かを言っているようだが、聞く気はない。
ツクヨミは二つの魂を握りつぶした。
下を見ると、竜巻が通った跡が島に残っていた。
「それにしても、この島、ここまで移動していたのか……」
そう呟き、感慨深げに島をしばらく見下ろしていたが、ツクヨミは顔をあげるとすめらぎの眼の前に現れた。
「祈りの最中、申し訳ない。酒を少しもらっていく」
にこやかな笑顔でツクヨミはすめらぎを見た。
すめらぎはそれだけで察したようだった。
横にいた皇太子は、目をパチクリとさせていた。
ツクヨミが去った後、皇太子はすめらぎに尋ねた。
「何か、良いことがあったのでしょうか?」
「そうですね。『宿命』だったということのようです」
すめらぎは皇太子を見た。
「さ、祈りを神々に」
「はい」
少し離れたところにツクヨミはいた。
二人の祈りで、心が落ち着いていくのを感じた。
「おっと、早く戻らねば……」
アマテラスとツクヨミ、スサノヲの三貴神の宴は一週間続いた。
その合間にスサノヲが巫女の一族、ツクヨミの一族にそれぞれブリを届けていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「え? ブリ? どうしたの?」
「めでたいことがあったのよ」
直子は望に言う。
「おろすの大変だったんじゃない?」
「そうでもなかったわよ。切り身で届いたから」
直子は笑いながら言った。
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