4話 スサノオが唸る
これはフィクションです。
作者は妄想中です。
「後継ぎがいなくなったのに、まだ、諦めないのか……」
ツクヨミは女性の姿をとり、すめらぎの娘のそばにいた。
「……」
皇女がじっとツクヨミを見る。
「明音さん……ということにしておいたほうがいいのですね?」
「理解が早くて助かります」
「私より母をお願いしたいのですが……」
ツクヨミは首を横に振る。
「いいえ、この国のことを思うのならば、大人しく守られていてください」
言い方がきつくならないように気をつけたが、皇女は、しゅんとなる。
「あなたの母君は別の者が護っていますから、大丈夫ですよ」
「その方も……その力をお持ちなのですか?」
「そうですね……」
ツクヨミから表情が抜ける。
「抑え込むのに、大変だったのですよ……」
「え?」
「暴れるほうが得意なのでね。ですが、力を尽くしてくれると思います。いえ、力を尽くすはずです」
ツクヨミは安心させるように言う。
「すでにすめらぎの護りの結界があるようですが、さらに強化しますね」
ツクヨミは指先をスッと動かしただけだった。
「あ……」
自分の手を動かして確認している娘を見る。
「ありがとうございます」
「わかるのですね。嬉しい限りです」
女官の制服に身を包んだツクヨミがニッコリと笑顔を見せる。
「人の姿をとれるのですね」
「どんな姿にもなれますよ……」
ツクヨミはそう言いい、じっと皇女を見た。
「協力していただけると、なお……護りやすくなるのですが?」
ツクヨミはそう言いながら、皇女の顔を覗き込む。
「協力、していただけますね?」
「母に危険が及ばないのであれば、よろこんで」
「いい子ね。あなたの父君が1000人集まっても私の力に勝てないから、大丈夫よ。安心してね」
「ありがとうございます」
「では、仕事をします。本日の公務は……」
確認で読み上げていたが、ツクヨミはじっくりと自分が読んでしまう。
「狙うならば、こことここと、ここ、え、ここも?」
呆れた顔でツクヨミは娘を見た。
「これ、確実に消す気で来てるけど、どうする?」
「消されるつもりなんてありません。今は守られることに専念します。どう動けばいいですか?」
決意と覚悟を決めたその表情にツクヨミは微笑んだ。
「あなたは、いつも通り振る舞ってください。呪術であろうと物理的な攻撃であろうと、すべて未然に防ぎますし、ふふふ」
楽しそうにツクヨミは笑う。
「では、参りましょう」
ツクヨミは、娘の女官に完全になりきっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「皇女様のお部屋に入り込む気ですか?」
女官に強く言われ、開催者代表はたじろぐ。
「少しお疲れのようです。明日の予定もございますから、今日はここまででお願いいたします」
そう言って女官は、6人の男性軍に頭を下げた。
「わかりました。では明日。楽しみにしております。よろしくお願いいたします」
皇女はにこやかな笑みを浮かべ、
「こちらこそよろしくお願いいたします。では、休みますね。ありがとうございました」
そう言って軽く頭を下げると、男性軍は渋々、エレベーターに乗り込んで行った。
そして、そのエレベーターの脇にSPが立つ。
カードキーでドアロックを解除し、ツクヨミは部屋のドアを開けた。
「どうしました?」
「いえ?」
にこやかに微笑み、ツクヨミは皇女を中に入れた。
「では、よろしくお願いいたします」
皇女は、SPに声を掛けると部屋に入った。
ツクヨミはドアを閉め、ドアロックをし、更に指で図形を描く。
そして、唇に人差し指を当て、皇女を見る。
皇女は黙って頷いた。
ツクヨミは皇女を背にかばい、手を前に伸ばした。
そして、ぐしゃっと何かを潰すように、握る。
それを上に放り投げた。
「もう大丈夫」
皇女は部屋の中を見る。
「何かあったんですか?」
ツクヨミは首を傾げる。
「よくわからないから、作った人のところに送り返したわ」
「え?」
にっこりと音がするぐらい、いい笑顔でツクヨミは微笑む。
「作った人なら、対処できるでしょ?」
皇女はどう返事をしていいのか困ってしまう。
「それに、隠しカメラに隠しマイク」
「それはどこに?」
「えっと、部屋の中で見落としがないぐらいにあちこちに。それは……こっちだったかしら。動物園があったでしょう?」
「はい」
「そこに飛ばしたわ。嫌な気配も持っていたから、動物たちは暴れるでしょうね」
「それは動物たちがかわいそうでは?」
「大丈夫、式神も一緒に飛ばしてるから、物を壊してくれれば気持ちは落ち着かせるから」
娘は安心したのか、ホッと息を吐く。
「あ、そうそう、荷物はすり替えられていたから、ちゃんと元に戻しといたわ。中を確認しておいて」
ツクヨミはそう言って、部屋の片隅を指差す。
「すり替えられた荷物には何が入っていたんですか?」
「そうね、何も入っていなかった??」
「えっ?」
「入っていたと言えるかどうかわからないけれど、荷物と同じ重さの砂袋が入っていたわね」
ツクヨミは腰に手を当てた。
「嫌がらせがこの程度だとは思わなかったけれど……」
「助けてくださって、ありがとうございます」
そう言いながら、皇女は手に持っていたバッグをぎゅっと抱きしめた。
「母君からハンカチを借りたのね」
「はい」
「大事なお守りね」
「はい」
ツクヨミは寝室を確認し、皇女に声をかけた。
「もう、休みなさい。心配ならドアを開けておいてもいい。ただ、通信は全部傍受されているみたいだから、しないほうがいい」
皇女は電源を切ったスマホをバッグから取り出した。
「はい、わかりました。ここにおいておいてもいいですか?」
「そうね、多分、何もないと思うし、何もおこさせないけど、ここにおいててくれたら、何かあった時、直ぐに対処できるわね」
「では、おやすみなさい」
皇女は荷物をもって、寝室に移動し、ドアは10cmほどだけ開けたままにしておいた。
寝室の奥には浴室もトイレもある。
ツクヨミはソファに座り、部屋の照明を落とす。
すでに結界を張っていたが、部屋のドアを締めた途端、呪術攻撃が始まったのだった。
ゆっくりと足を組み、ツクヨミは目を閉じた。
「この系統は……」
どういう攻撃を受けているのか、分析をするまでもなかった。
「この程度なのか?」
ツクヨミは首を傾げた。
呪術攻撃は遠隔と真下の部屋からされていた。
「遠隔は、どこにいる?」
『イタチでございます』
「……探る楽しみを奪わないでほしい」
『そばに呪術師がおりますが、その力を借りて、今攻撃しているようです』
「姫を操ろうとしているようだが……諦めが悪すぎる。結界がなくても、姫が何もしなくても跳ね返せるレベルだぞ?」
『それがわからぬから、次に何をしてくるのかわからないのでございます』
「例の武器を手に入れたのか?」
『仮契約まで行っておりますね。映像と音声、そして、その書類はしっかりと確保してあります』
「そうか、ではその武器を消そう」
『消す……のですか?』
「そうだ。間違って作動すれば、被害が甚大であろう? だから、存在そのものを消す」
『あれらの力を借りるのですか?』
「あの魂を上げないと、姉上に報告ができぬ」
『どちらの方向へ?』
「もう手筈は整えておる。すめらぎに一声かけてから、先々代の第一の大神のいる方向へ飛ばす」
『そうすると、こちらですね』
従者は『中心』からすこしだけズレた方向を手で指し示した。
「そうだ」
ツクヨミは、目を閉じる。
そして、この国に存在してはいけない物の場所を確認した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『すめらぎよ。一応、連絡しておく。この国が持ってはいけない武器は私がこの世界から、消す。その時に、犠牲になった魂達を使う』
祝詞を唱え終え、すめらぎは、顔を上げた。
「その魂はどこへ導かれるのでしょう?」
『次の次元へ上がるだけだ。選別によっては更に上の次元に行くかもしれない』
「わかりました。魂の導き、よろしくお願いいたします」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「では、飛ばそう」
ツクヨミはそう言うと、武器がある方向を見る。
そして、肘をまげ、手のひらを上に向けた。
『お前たちの恨みは我らが晴らす。しがらみを捨て、上に上がれ』
徐々に手を上にあげていく。
顔の位置まで上げると、今度は武器を確認する。
『共に行け』
びゅゅ~~~っ……
強い風が起こり、武器を目指す。
『スサノオよ、全力で雷を落とせ』
『あい、わかった。落とすぞ』
スサノオの呼吸を感じとり、タイミングはツクヨミが合わせる。
天空が白く光った。
スサノオは手のひらを一気に上まで上げ、一度手を握り込んだ。
そして、ゆっくり手を開き、何かを掴む。
スサノオの雷の威力を借りつつ、魂も込め、ツクヨミは掌に力を集中させた。
胸の位置に手を下げ、徐々に掌を近づけていく。
『今だ』
ビリビリと遠く離れているはずなのにスサノオの力を感じる。
ツクヨミは胸の前で手を打った。
そして、そのまま手を強く押し合う。
従者は、胸の前で手を合わせて、民が祈っている姿と似ているとぼんやりと思っていた。
スサノオがもう一度雷を落とす。
その波動が収まってから、ツクヨミは手を離した。
『無事送ることができた。さすが、スサノオだな』
『少し力を使ったから、怒りはだいぶん収まった。また、いつでも声をかけてくれ』
『その時はまた頼む。ところで母君の様子はどうだ』
『祈っておる。公務が恙無く終わることより、無事に返ってくることを強く祈っておる』
『今のところ、こちらは問題ない』
『おお、こちらにすめらぎが来たぞ。我を見て驚いておる。なかなか面白い男だな。姫はどんな様子だ?』
『あぁ、私の結界で中が見えないか。今は、ぐっすりと眠らせておる。あぁ、そう言えば、犬神がそばに居るな。夢で会えているかもしれない』
『あい、わかった』
ツクヨミはゆっくりと目を開けた。
下からと遠隔での攻撃はもう止まっていた。
下に目線を移すと、階下の部屋で慌てている人の姿が見える。
「閉じ込めるか……」
ツクヨミは結界を張り、外部との連絡を断った。
『内線電話というものがありますが?』
従者は部屋の中にある電話を指さした。
「受話器を上げると、つながるのか。それなら、あれに繋ごう」
企み顔のツクヨミに、従者は肩を落とした。
『もしかして、あの電話ですか?』
「ちょうどいいだろう?」
『そうかもしれませんね』
従者は昔を思い出す。
おもちゃの電話だったが、受話器を上げると声が聞こえてきたのだった。
『もしもし? 私、りこちゃん』
それを永遠に繰り返させるのだろう。
従者は下を見て、人の動きを確認する。
連絡手段が絶たれ、部屋からも出れず、窓も当然開かない。
何やら、怒鳴り合っているようだった。
表情を見る限り、お互いに責任転嫁しているのであろう。
内線電話に気づいた一人が、受話器を上げた。
すぐ安心した顔になったが、受話器から聞こえてきたのは、例の声だった。
それもずっとそれが繰り返される。
『人の言葉で、しゅうるという状況ですね』
ツクヨミは従者をちらっと見た。
「裏にいるヤツがどうなっているか探ってきてくれないか?」
『直ちに』
従者は姿を消し、階下の部屋に降りる。
ツクヨミもその気になれば、話を聞けるのだが、別のことに神経を集中しているようだった。
「まだ、掬いきれない魂があったか」
ツクヨミは掌を見る。
「あの魂たちは何を望むのか……」
上にいかなかったのには理由がある。
魂がそちらに行きたくないと強く思っていたのだ。
ツクヨミは目を閉じ、一人一人の魂と向き合った。
そして、魂を分けてゆく。
中には、会話ができない魂もあった。
胎内から引きずり出され、強制的に命を奪われていたのだった。
母親と思える人のそばにいたはずだが、呪術師によって、母親から離されていた。
ツクヨミが魂を読み解いていくと、腹と魂が一致していないことに気づく。
コレがお前の母親だよと、イタチのところに連れて行くのは簡単だが、その程度では、イタチにダメージは与えられそうになかった。
「あれは何に執心しておるのか?」
見たくはないと思っていたが、仕方ない。
イタチの様子を探るため、式神を送った。
ふらりふらりと式神がイタチがいる部屋に入っていく。
そこには、怒りで顔がどす黒くなり、仁王立ちしているイタチがいた。
周りには呪術者であろう人たちが三人横たわっている。
完全に意識を失っているようだった。
人は怒りで真っ赤になるのではなく、どす黒い顔色になるのかと、ツクヨミは別のところで関心していた。
叫んでいるのはわかっているので、声を聞こうとは思わない。
「キイキイと叫ぶ動物は何がいたかな……あぁ、イタチか。あぁ、そのままなのか……」
ツクヨミは内心ため息を吐く。
今、イタチが吐いているのは、完全な呪詛だ。
狙いは母君と姫の魂だ。
「魂の格も違いすぎるのだがな」
ツクヨミが考えたのは一瞬だった。
「よし、娘に向かわそう」
いい考えだとツクヨミは満足した。
すめらぎも親の不始末に追われている。
すめらぎでもやっているのだ。
イタチの娘も親の不始末に追われればよい。
ツクヨミは呪術の力を掌に集めると、娘がいる方向に投げた。
いや、娘に向かうように、繋げた。
アマテラスが起きる前からすめらぎの周りの人物をそれなに調べていたが、突出してひどいのがこのイタチの家族だった。
「すめらぎの血は入っておらぬからな。それに、この国の民ではないから、アマテラスも気づかないだろう。それに信じている神が違う」
ツクヨミは、部屋の中をゆっくりと見渡す。
「もう大丈夫だな」
ツクヨミはテーブルの上をじっと見た。
「すめらぎか」
『はい。娘を護ってくださりありがとうございます』
「いや、当然のことをしたまでだ。スサノオの後始末の方が大変ではないか?」
『そう……かもしれません。決定的な証拠がないのですから、罪の証明のしようがありません』
「あ、こっちへ呪を飛ばしていたのは、イタチだったぞ。今頃、頭の血管が切れておるかもしれん。それぐらい興奮しておったからな。一度、人を使わせたほうがいい。あ、一応、部屋に入っても大丈夫な程度には、清めておく」
『ありがとうございます。私が確認してきましょう』
「そのほうがいいかもしれんな。イタチの呪いの先をイタチの娘にしたからな。それも早く確認をしたほうがいいかもしれん」
『わかりました。では失礼いたします』
ゆるりと人影が揺れ、すめらぎの気配が消える。
「ちゃんと娘の様子を確認して帰ったか……」
ツクヨミは思わず笑う。
明け方に呪いが飛んでくることはないだろう。
ちらっと寝室に持ち込んだ荷物の方を見た。
本来なら、今、資料に目を通しているはずであっただろう。
「明日の朝、夜明けの時間に起こすか……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
翌朝、夜明けの少し前に、ツクヨミは皇女を起こした。
「まだ日の出前だが、アマテラスに祈ってはくれぬか?」
素早く身支度を整え、皇女は日が上ってくる方向を見る。
「この時間に外を見ることはあまりなかったです」
「普通はそうだ。だが、この日が上がってくる時の色。日が沈む時の色もだが、色は日々違う。この後、少し清めの雨が降るだろうが、仕事に差し支えることはないだろう」
「雲一つ無く晴れているのにですか?」
「雨は穢を洗い流すからな」
ツクヨミはそう言うと手を少し持ち上げ掌を上に向ける。
「祈るなら、今だな」
皇女は、日が上がる方向に身体を向けた。
そして、いつもしてるであろう祈りを捧げる。
その祈りに答えるように、朝日が差し込んできた。
眩しい光が皇女を包み込む。
『心のままに、な』
少し驚いた顔をした皇女。
「頑張れではなく、『心のままに』とお言葉をいただきました」
「そうか」
ツクヨミはそれ以上言わなかった。
「朝食まで時間がある。それまで自由に過ごせ」
「はい」
寝室に備え付けてあった机に向かっているようだった。
見ている限り、すでに頭に叩き込んでいることを確認しているだけのようだった。
小さな声が聞こえてくる。
名前を口にし確認しているようだった。
周りの気配を探りながら、ツクヨミは目を閉じた。