25話 皇太子のある朝
フィクションです。
少し短いです。
朝の務めを終え、皇女は自室に戻り、服を着替えた。
すめらぎと共に朝の務めをするようになり、七年は経った。
すめらぎの祈りの儀式をそばで見るようになり、父の凄さを知った。
こんなに空気が変わるものかと、初めて儀式を見せもらった時に驚いた。
祖父である上皇は最初から祈りができていなかったらしい。
その間の祈りはどれぐらい祈れば、取り戻せるのか……。
アマテラス様から聞いた話では、平成の時代に祈りはなかった。
そもそも昭和から平成になったことすら気づかなかったらしい。
キツネやイタチは、人々に気づかれないよう、神社の保つ力を徐々に削いでいったというのだ。
そんな中、アマテラスが目覚めた。
その言葉はすめらぎに伝わらなかった。
山が噴火し、アマテラスはその噴火の力に言葉を乗せた。
その言葉は、まだ子どもだった皇女にも届いた。
父である皇太子は、固まってしまっていた。
そして、ようやく我に返り、周りを見て、皇女と目があったのだった。
「聞こえましたか?」
「はい、かなりお怒りでした」
皇女は言葉を取り繕うことをせず、感じたままを答えた。
それから、皇女は気を付けて周りを見るように、なった。
木々の生命力は落ちている。
地が弱っている。
なぜ、それに気づかなかったのか。
皇女は、許される限り、自分の目で確認する。
祈りが、足りない。
いくら二人で祈っても、焼け石に水。
祖父から父にすめらぎの譲位が行われ、父は京都に行った。
その夜、不思議な事が起こった。
祈りが通じやすくなったのだった。
京都から戻ってきた父は、眩しかった。
「お父さま? いえ、陛下」
自然と体が折れた。
皇妃となった母は、すめらぎになった父から少し離れたところに立っている。
何かが、変わった。
何が変わったのか、わからない。
でも、何かが、変わった。
纏う、空気?
違う。
いつも見えていた白いオーラは変わらない。
皇女は目を閉じ、すめらぎ全体を見た。
抑えていて、その威力だということに気づいた。
「神へ、言葉が、届けられるようになりました」
その一言が、どれだけの意味を持つのか。
「祈りのお言葉を、届けられるのですね?」
すめらぎがうなずく。
ふっと、父の顔に戻ると、すめらぎの威厳が薄れた。
どうやら、自由自在にできるようになったらしい。
「これからも、一緒に祈ってくれますか?」
そういってすめらぎは皇女と皇妃を見る。
皇妃は驚いていたが、ゆっくりと頭を下げた。
皇女にとって、それだけで十分だと思った。
ただ、皇妃は自分の立場というものを出してきた。
すめらぎが一番、皇女が二番という、皇女からすれば納得がいかない順番である。
しかし、皇妃の言葉を聞き、皇女はうなずくしかなかった。
「私は、ただの人間です。現人神の血をひいておりません」
それを言われてしまうと、皇女は言い返す言葉がない。
事実だからだ。
しかし、すめらぎが静かに言った。
「ですが、ただの人間と言っているあなたがいないと、私達はその力を出せないのです」
皇女は顔を上げて、父であるすめらぎを見る。
「そうです、お母さまがいてくださらなかったら、私は生れておりません」
皇妃は目を見開いた。
誰がなんと言おうと、これも事実だった。
「恐らくですが、三人揃わないと、力は発揮できないのだと思います」
皇女は言った。
「私もそう、思います」
すめらぎはまっすぐに皇妃を見る。
こうなると折れるのは、皇妃だ。
「三人揃って公務に行けるというのは少ないかもしれません。ですが、二人でならまだ行きやすいのです」
皇女はうなずく。
「私は私の公務もあります。ですが、場所によっては、『一緒に』とお願いすることがあるかもしれません」
すめらぎは皇女を見る。
「私達は……三人揃って一人前……になってるかどうかわかりませんが……」
すめらぎが笑う。
皇女も思わず笑ってしまった。
皇妃は少し泣き笑いに近いものになっている。
「一人前を目指しましょう。立ち向かわなければならないものが……大きすぎます」
すめらぎの口元が引き締まる。
その言葉の意味を皇妃はよくわかっていた。
これから立ち向かわなくてはならないのは、引退したはずの上皇と上皇妃なのだ。
どちらかといえば、女帝と言われそのように振る舞っていた上皇妃だろう。
それに付随する次男夫妻。
皇太弟である次男も問題だが、もっと問題なのはその妻の皇太弟妃だ。
皇女には、祖母である上皇妃と叔母である皇太弟妃は全身真っ黒に見えていた。
時々そこから触手が伸び、母に触れるのだった。
そのたびに、母が体調を崩す。
皇女は原因がわかっていたが、防ぎ方がわからない。
それがすめらぎである父が、ある日、突然、母を包むような膜を作った。
しかし、母はそれに気づいていない。
どういうことなのかとすめらぎである父を見ると、後で教えてくれた。
『結界を張りました』と。
ただそうなると、母からにじみ出る優しさや癒やしが人々に伝わりづらくなる。
そのことを父は気にしていた。
母が出せないのなら、自分が同じものを出せるようになればいい。
そして、母の横に並び立つ。
皇女は、母の気持ちを理解しようと、努力した。
時々、理不尽だと思うこともあったが、母はそうは思わなかったらしい。
皇女は、そういう母を誇りに思った。
すめらぎの血はひいてないが、察知能力、コミュニケーション能力、サポート力、とんでもない語学力。
皇女からすれば、十分人間離れしていると思うのだった。
母は謙虚だ。しかし時々奇心が旺盛なところが顔をだす。
そういうところを父は楽しんでいるようでもある。
皇女は母の可愛らしい部分だと思っている。
公務に至っては、まだまだ十分ではないと資料を取り寄せ、関係者に話を聞き、準備は入念だ。
皇女は、母のすべてを学ぼうと決意する。
「まだ、法整備は検討にも至っていませんが、もし皇太子になり、その後すめらぎになったのなら、身分は私より上になるのですよ。身分というものは残酷でもありますから、今からしっかりと慣れておかなくてはね?」
悪い見本がすぐ近くにあった。
「はい……あ……?」
自分の声で目が覚める。
かなり前の出来事だった。
皇太子は起き上がりながら、首を傾げた。
「まだ、何かあるのかしら?」
皇太子は身支度を終え、祈りの場へ行く。
すでに、父と母が準備を整えていた。
「遅くなりました」
「まだ、大丈夫ですよ」
母の声は温かい。
「では、始めましょう」
すめらぎの斜め後ろに皇太子は座る。
そして、その後ろ、微妙に正三角形を作る位置に皇妃が座る。
すめらぎの先唱後、皇太子と皇妃の祈りが合わさる。
ふと後ろを振り返ると、職員の一部が同じように唱和している。
彼らはアマテラスに感謝を伝えたいとすめらぎに訴えたのだ。
そして、勤務時間外になるのだが、早朝、一緒に祈ってくれている。
真剣に祈っているその姿に、皇太子は、祈りの力が倍増していくのを感じた。
祈りの力は人数の単純な足し算、あるいは合計ではない。
そう実感し、皇太子は心を込めて祝詞を唱えた。




