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3話 ツクヨミは嘆く

フィクションです。

完全にフィクションです。

「これは、何だ?」


 アマテラスの声を聞き、裏で動く巫女の一族がいる。

 同様に、ツクヨミの声を聞き、ツクヨミを支える一族がいる。


「次のすめらぎの製造工場といったところでしょうか?」


「次はもう決まっておるのに、悪あがきか……」


「いかがいたしますか?」


「スサノヲが動いて参拝中に派手に消し去ったが、まさかここで、『そういうこともあろうかと参拝していたのは影武者です』とか言わないだろうな?」


「いえ、言いそうです」


「言いますね。すでに影武者がいるのは公になっておりますから」


「そもそも、アマテラスの血は一滴も入っておらぬぞ?」


「悔しいです」


 手をぎゅっと握り込み、そのこぶしを震わせている一族の長老を見て、ツクヨミは小さくため息を吐く。


「そなたらは、アマテラスの巫女達と同じで、魂は見分けられるのだな?」


「はい」


「見間違うことはありません」


「アマテラスの巫女達もわかるのか?」


 長老とその息子は迷うことなく、頷く。


「あちらも、我々のことがわかります故、不用意に接触はいたしません」


「ふむ。ところであの黒いモヤの正体はわかっておるのか?」


「使ってるのは主に二人ですが……」


「ああ、あのキツネとイタチか。すでに妖怪になっておらぬか?」


 息子は少し頬を引きつらせる。


「それぞれに呪いを行うようです」


「やり方が、昭和版と現代版の二通りありまして……」


 ツクヨミは額に手を当てた。


「スサノヲが羨ましくなってきたぞ……」


「あと、一部のモノが暴走しておりまして……」


「一部とは?」


「巫女の一族でもなく、我々一族でもない。どこにも属さず独自で動いている一派があるようです」


「誰寄りに動いておる?」


「アマテラス様の手助けをしようとしているようですが、それもまた呪いを使ってしまっているようです」


「証拠を残さず、その場も清めておりましたが、なにぶん……テレビで放送されてしましましたし、決定的瞬間が写真に取られておりまして……」


「黒いモヤが飛んでおりました」


「私の仕事の邪魔をしてきたのなら、徹底的に潰すまで」


 ツクヨミは不敵な笑いを浮かべ、一族を見た。


「ここはもうよい。もう一つの場所に案内せよ」


 一族の二人は、都内とある建物を後にした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「うまく入れました……」


「はい」


 息子はホッとしている。


 長老の肩に体を縮めて座っているツクヨミは、首を傾げた。完全に長老のオーラに紛れ、特殊な能力を持っている人にも見抜けない。


「監視かめらか? 多いな。それも、顔認証?というのをしているのか」


「そうでしょうね」


 二人は聴講生として大学の門をくぐり、警備員に挨拶をして、校舎に向かう。


「妙な結界があるな。姉上の系列ではない。私のでもない」


「スサノヲ様ではないのですか?」


「あれはこういう結界を張らん。そもそも、結界が必要なのは我々の方だ。被害が甚大になるからな」


「……なるほど」


 息子はうなずく。


「それより、あれは、なんだ?」


 ツクヨミに言われ、親子は顔を見合わせた。


「体の中を小さなモノが動き回ってるぞ?」


「病気ですか?」


「いや、アレに似ておる」


 ツクヨミが指差したのは、妙に増えた防犯カメラだった。


「うわさは本当だったのですね。あの校舎に出入りしているモノはなにかに操られているというのです」


「対策は何かあるのか?」


「ありません。ただ、体内に入っているのであれば、そのうち排出されるはずです。定期的に体内に最新版を入れていけばずっと操れるでしょう」


「だからか。あの若者ら、目が死んでおるのに、体はあんなに元気に動いておる」


「ええ、違和感しかありませんね」


「ところで、この建物の中は大丈夫なのか?」


「ところどころ、式神をおいてあります。それに気づくようなものがいるのなら、正体も掴みやすくなります」


「まぁ、消し飛んだ息子の母親が動かしているのですがね」


 ツクヨミはため息を吐いた。


「血の繋がりがなくても息子なのか?」


「夫の血は入れているようですから」


「二世代にわたってのすめらぎ乗っ取り計画か」


 ツクヨミは呟く。


「乗っ取りが成功したとして、自分はもう死んでいるのにか?」


「目的は、皇統の血を途絶えさせるということなのでしょうね」


「ですから、自分が死んだ後に、それがやり遂げられればいいのですよ」


 長老とその息子が言う。


「その魂も封じ込めたいですね」


「それ、いいな。そうしよう。まず、アレを送り込んだモノの魂を探さねばな」


「周りにいますよ」


 嫌そうな顔をして息子が答える。


「あとですね、魂を移す技を手に入れたようです」


「は?」


「年老いてきた肉体から、若い肉体に魂を移すそうです」


「その肉体を作っていたのが、さっきのところか?」


「そうですね。魂は半分死んでいたでしょう?」


「影武者に移す魂は……」


 ツクヨミはとある方向をじっと見た。


「ああそういうことだったのか。魂と肉体のつながりが薄いと思ったら、一度追い出されておったのか。魂だけ移れば自分の肉体が滅んでも更に目的のために動けるか……」


 長老は頷く。


「その体から追い出された魂は……まだ生きておるのか」


「ええ」


「あのキツネはイタチになって、最終的には息子の嫁に魂を移すと……」


「小説のような話ですね」


「そもそもあのキツネはすり替わっておるであろう? 誰も気づかなかったのか?」


「気づかせると思いますか?」


「金と権力で潰しますよ?」


「なるほど、野望と野望が手を取り合ったところに、更に野望を持ったイタチが入り込んだのか」


「そういうことでございます」


「アマテラスを眠らせるだけのことはあるな」


 長老はうなずく。


「言霊として伝わっておらぬのであれば、さぞかし退屈されたことでしょう」


「ああ。私が声をかけても起きなかった。スサノヲが声をかけようとしたが、流石に止めた。ちょっと地震が起こりかけたからな」


「起こりかけたではありません。起こったのでございます」


 長老は遠い目をして、ツクヨミを見た。


「起きてくださり、本当に助かりました」


 息子は心の底からそう呟く。


「しかし、ここに波を呼んだらまた被害がでるな……」


「呼ぶのですか!?」


「自然災害にするのですか?」


「それはアマテラスが嫌がる。スサノヲが暴れるほうがマシか」


「マシ……なのですか?」


 長老はげんなりとする。


「後始末をするのは、私達なのですよ?」


「雷を落として、建物を壊し、世間の目にさらすほうが簡単であろう?」


 ツクヨミは一旦言葉を切る。


「ただし、今のすめらぎの考えを確認してからでもよかろう。積年の恨みを晴らすときがきたのだからな。親の失敗を子が始末する理由にはならんが、アマテラスを眠らせた罪、許されると思うな」


 ふふふと笑うツクヨミに、長老とその息子は穏やかな表情を保ちながら、手元の本のページを捲り話をする。


「熱心だな~。足元をちゃんと見ないと、転ぶぞ?」


 息子は手を挙げる。


「大丈夫だよ。また後でな」


 そのまま友人らしき男は片手を上げ、二人の横を通り過ぎてゆく。


「まともな人間もおるのだな?」


「こちら側の人間ですよ。この間正気に戻って、あちらの情報を教えてくれています」


「そなたら、大丈夫なのか?」


「我々は感知できないように結界を張っております」


 ツクヨミはじっと目を凝らして見る。


「なるほど、偽物の霊気をまとい、内側は結界で護っているのか」


「はい」


「この前、すめらぎにもこのオーラを確認していただきました。誤魔化せたのは最初の数分でしたがね」


「見抜ける目をもっておるのなら、問題ない。今のすめらぎは護るものが多すぎて、力を分散せねばならぬからな。巫女一族、そなたら一族がいてくれて、本当に助かっておる」


「ありがたいお言葉です」


「より気持ちを引き締めていきます」


「ところで、こんなところで立ち止まって頭を下げるのはどうかと思うが? ちょっと目立っておらぬか?」


 長老と息子は顔を見合わせた。

 眼の前にあったのは、女子トイレの入口だった。

 慌てて、その場から離れ、講義室へと向かう。


「教師も操られておるのか?」


「全員ではありませんが……」


「まともな者はこちらでも保護しておりますし、護りをもたせております」


「バレぬか?」


「そこら辺を徘徊しているモノには感知できません」


「何を捨てておる? ごみか?」


「いえ、これはゴミではなく、電波の受信機です」


「電波で操っておるのか?」


「それを解析して、逆に利用するつもりです」


「むやみに人の命を奪うではないぞ」


 ツクヨミは長老を見る。


「一応、忠告はしておいたからな。人の世の理もあるし、電波とやらは、不快な音でしかないからな。そなたらに任せよう」


「もしかして、何を言っているのか、聞こえるのですか?」


「ああ、あの頭の後ろから何か出してる波みたいなものか?」


 息子はツクヨミが指さした方向を見る。


「ええ、そうです」


「波が見えるのですね」


「ああ、『教室に行け』と今は言われておるぞ?」


「は?」


「あ、『跪け』とも言っておるな」


 長老と息子が目を凝らすと、そこには教授と呼ばている男が額を地面に、いや、若い男の靴にこすりつけていた。


「大丈夫だ、こちらは見えないように薄い膜を張ったからな」


「流石でございます」


 長老は眼の前の空気の層を見て感嘆した。

 中からは虫眼鏡のように厚くなって、見たいところが拡大されていた。

 そして、それは外から見ても、窓のそばに立っている姿が見えなくなっている……ということになるらしい。


「これ、使いこなせたら、便利だな」


 真剣に、息子は眼の前の膜の仕組みを知ろうとする。


「あとで教えてやる」


 長老と息子は頷いた。


「というか、この女の声の主のそばに、式神を……おけぬのか」


「そういう勘だけは働くようです」


「『虫』でもだめか?」


「それは……やっておりません」


「私がやろう。そこら辺の呪術師には見破れぬ」


「ありがとうございます」


「目はどっちがもつ?」


 長老と息子は顔を見合わせた。

 そして、息子がゆっくり後ろを振り返る。

 そこには、黒髪を背中に垂らし、分厚い眼鏡をかけて、本を呼んでいる学生がいた。


「あの女性にお願いいたします。私の娘です」


「わかった」


 ツクヨミは何かを呟き、娘を指差す。

 そして、両手をこね、小さな黒い虫を作り出すと、宙に放つ。

 10匹ぐらいいただろうか。

 空気に溶けるように、消えていった。


 長老が孫娘をじっと見ていると、何やら驚いて固まっているようだった。

 そして、ゆっくりと、頭を下げる。

 その後は、何事もなかったかのように、本に集中しているように見せていた。

 右手でバッグを探り、手元にペンとノートを出し、何やら書き始めた。


「あ、監視カメラで手元を写されたら……」


「そういう心配なら、問題ない」


 ツクヨミは、フッと息を吹きかけた。


「これで、文字や記号の認証は防げる。本を書き写しているだけにしか見えん」


「ありがとうございます」


「念の為、今日は早めに帰らせよ」


 息子はうなずいた。


「証拠とやらを集めねばならぬのだろう?」


 長老がツクヨミにうなずく。


「一応、私の護りもつけたが……むちゃをさせるな。それと、さっきの電波男を近づけさせるな」


 長老が頷く。


「何かあるのですか?」


「ああ、嫌な感じがあの娘を見ていた。じとじととした気持ち悪い感じだ」


「狙いをつけられているということでしょうか?」


「かもしれぬな。伽か生贄かはわからぬがな」


 長老とその息子は同時に顔をしかめる。

 娘の様子を伺うが、下を向いているので表情は読めない。


「安心しろ、この前覚えた言葉だ。『倍返し』してやるからな」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 部屋の結界を張り直し、行衣に着替え、風呂場に入り、水を浴びて、体を清めた。


「ふぅ」


 まだ黒髪は濡れたままだったが、やっと一息つけたような感じだった。

 嫌な視線は、マンションに入ってからも続いていた。

 ツクヨミの護りも感じていたが、気持ち悪すぎて、本当に吐きそうだった。

 部屋着に着替え、部屋の中を見渡す。

 窓に近づき、仕掛けを確認した。


「大丈夫、何も入ってきていない」


『失礼、今までに入ってこられたことが?』


 思わず、跪いていた。


「はい。妙な気配が残っておりまして」


『なるほど。今宵は安心して過ごせ。ここから『目』で覗くことは可能だからな。できれば、明日一日はここから出るな。ドアも窓も開けないように』


「わかりました」


『なるほど、妙な気配、辿れそうだ。では、失礼した』 


 強い気配が消えるが、少し安心する気配は残っている。

 ツクヨミに捧げる祈りは一族だけに伝わっている。

 よく知られた祝詞とは違う言葉で、娘は祈った。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「このモノは、誰だ?」


 ツクヨミは直接その人物の姿を息子に伝える。


「あぁ、影武者の一人ですね」


 息子は写真を数枚並べた。


「年齢順か……」


 ややしてから、ツクヨミは目を見開く。


「は?」


 ツクヨミは一枚を手に取り、長老に見せる。


「この赤子は?」


「やはり、もう、入れ替わっておりましたか」


「これと同じ魂は、ここから先はないぞ?」


「半分、気配は同じだが、気持ち悪い存在だな」


 ツクヨミは顔をしかめた。


「噂はあったのです。この両親の子どもは、1歳を迎えずに亡くなったと。その後は、どこからか子どもを連れてきていると」


 ツクヨミは顔をしかめたまま首を傾げる。


「これは母親ではないぞ?」


「え?」


 長老と息子は写真をじっと見る。


「ですが、病院から抱っこして出てきて……」


「ああ、言い方が悪かった。その子は確かにその母親の子だ。だが、この赤子にはそれを感じぬ」


「は?」


「この魂の半分は、ここにいるこの娘ぞ?」


「父親は?」


「こやつだ」


「親子ですが?」


「しかし、腹が違う。器用だな?」


「母親の卵子が使えなかったのでしょうね。他人の卵子ならともかく、娘の卵子では血が濃くなりすぎて、長く生きられなかったのでしょう」


 息子は呟く。


「いや、呪がかけられておるぞ?」


「え?」


 長老と息子それぞれにじっと写真を見る。


「父上、見えますか?」


「見えぬ。お前は?」


「見えません。私に見えるのは、この赤子が怒りのオーラに包まれていることだけです」


「なるほど」


「我が子を抱く霊気ではないな」


 息子は同意する。


「世間で騒がれ、潔白を証明するために『DNA検査』ができないはずだな」


「そもそも、すめらぎの血は一滴も入っておらぬ」


「それは……わかっておるのです」


「なぜ、そんなヤツがここにいるのだ?」


「先々代は20歳になれば、家から追い出そうとしていたのです」


「それが正解であろう。成人は20歳であったか? 多少生活に困るであろうが、その方がこやつのためになったであろう?」


「邪魔されたのでございます」


「うやむやにされ……」


「ああ、だから、先々代は殺されたのだな」


「……っ……やはり、そうなのですね」


 長老の頬を涙が伝う。


「最後の言葉を聞き取ったのは、今のすめらぎだ。あの老いぼれには言葉は届いておらぬ。聞き取る気もなかったであろう」


 膝の上で握りしめた手に更に力がはいるのを、ツクヨミは気付いた。


「自分を傷つけるでない」


 ゆっくりと指を開かせ、手のひらを見た。

 三日月型の爪の後が手のひらにくい込み、血が滲んでいた。


「申し訳ありません」


「悔しいのはわかる。だが、過去は変えられぬ。今、いや、この先を見るしかなかろう?」


 ツクヨミは、1枚の写真、普通に見れば家族写真だが、恐ろしい思いが渦巻いているのを見て、眉根を寄せる。


「ようやく納得できたな。コレがあったから、この娘達の心は壊れたぞ。いや、その前に、この娘の心は壊れておるな」


 そう言って指を差したのは、長女だった。


「産まれたのが両親の子であれば素直に受け入れられたか。母親が腹を痛めて産んだとしても、魂で考えれば、自分の息子」


 ツクヨミはじっと長女を見る。


「なるほど、あまり両親に似ておらず、妹のほうが可愛い。どこからか拾われてきたのか? この税金泥棒と言われ、逆上したのか……」


「どういうことです?」


 息子が首を傾げた。


「姫とは全然育ち方が違うな。常々そう感じていたことを言われ、暴力をふるったか」


「そう言えば、そういう話があったように思いますが、なぜ暴力をふるったかの理由は週刊誌も書いてませんでしたね」


「そりゃ、書けない。言った本人も証言できないだろう」


「そうか? 姫の時はしっかり言われたことを書いてたではないか」


「……そうでした」


 長老と息子はどちらからともなくため息を吐いていた。


「その当時、この写真を見ていたのに、しっかりと見ていませんでしたね。久しぶりにここまで腐った魂を見ました」


「親父、この写真を撮ったの、今から……何年前なんだよ? その頃からっていうことになるぞ?」


「あぁ……」


 長老は力なくツクヨミを見る。


「長女の件は、同情はできるが、擁護はできない」


 息子は言う。


「もうすでにこの頃から狂っておったのだな」


 長老は力なく言う。


「体外受精に、代理母。今後のため、スペアを大量に生産……」


 息子は大学の構内で隠し撮りした影武者の写真を更に並べた。


「あの姫が写っておるのは、ないのか?」


 思い出したように、長老が分厚い本を取り出した。


「すめらぎ一家でございます」


 表紙をめくると、成婚の儀から始まっていた。


「おぉ、清らかな魂だ」


 ツクヨミの表情が柔らかくなる。


「やはり、そう見えますか?」


「ああ、不満は多いが、この魂を伴侶に選んだのは褒めるべきだな」


「よかった」


「でも、かなりご苦労されているのですよ。私達一族は近づけず……」


「ふむ」


 ツクヨミは黙ってページを捲っていく。


「ああ、この赤子か。アマテラスが言っていた、『預かっている姫』というのは」


「預かっている姫……ですか?」


「まぁ、お前たちにどう見えているかわからないが、魂の段階はかなり高いであろう?」


「はい」


「今のすめらぎよりも上です」


「もう一つ付け加えるなら、先々代よりも……です」


 長老が思い出したように言った。


「あぁ、だから、後継は今のすめらぎの子にせよとお言葉を残されていたのですね」


「なぜそれが守られておぬ?」


 ツクヨミは少し低い声で言い、ハッと気がついた。


「あぁ、あのキツネのせいか。昭和の息子をダメにして、自分の息子であろうすめらぎを冷遇し、自分が惚れた男の血をひく男を跡継ぎの家系にしようとしておるのだな」


 ややしてから、ツクヨミは首を傾げた。


「いや、昭和の血をひいておるが、このすめらぎは、このキツネの息子ではないな。母親は別か」


「それも見えるのですか?」


「ああ、見える。その母親はもう亡くなって……正しくは殺されておるが……」


「末の娘は、浮気相手の子と言われているのです」


「ああ、確かに、血は入っておるが、このキツネは母親ではないな」


 じっと長老と息子はツクヨミを見る。


「私の領域は魂ぞ? 成り立ちを見るのは造作ない」


「そうでしたね。人の世ではそれを証明するのがなかなか難しいのですよ」


「それに、何度かすめらぎの血は途切れてると言う者がいるのです」


「ああ、途切れかけたことはあった」


「あったのですね……」


「だが、お前たちのような一族がいたからな。ちゃんと血筋を戻しておったぞ?」


「そうなのですね?」


「お互いの仕事を邪魔しないために、連絡をとるということは、本当にないのですよ」


 長老はツクヨミに言う。


「それに、正統という言い方はどうかわからぬが、すめらぎの血筋のものは、血を継承しているかどうかは見えておる。血縁者かどうかはすめらぎならば確実にわかる」


「納得できました」


「だから、よそから連れてきた子というのは、ちゃんとした血筋であったということだ」


「安心しました」


「だが、それを説明できぬな。一部の者には魂の光が見えておるらしいが……霊気と言い換えればわかるか」


「はい」


 息子のスマホが振動する。


「あ、ちょっと失礼します」


 スマホを操作し、慌てて、長老を見た。


「毒殺の計画あり……と」


「は?」


 ツクヨミは顎に手をやり、考えを巡らす。


「呪術なら結界で跳ね返せるが、口の中に入れてしまうとなると、結界は無理。即効性があればなおさら……か。すめらぎとはいえ、多少、他の人間よりは体力はあるが、毒に対する耐性はないな。普通の人間と同じで毒を喰らえば、普通に死ぬな」


「ツクヨミ様!」


 長老は慌てて、冷静なツクヨミを見た。


「死は私の領分だが……」


「いえ、計画で毒を盛られるのはさきほど仰っていた姫様、皇女殿下です」


「なぬ? それは困るな。アマテラスが嘆き悲しむ。下手すれば、この世界が崩壊する」


「え?」


「いや、忘れているわけではなかろう? この世はアマテラスがいるから保っている。アマテラスがここにいたいと思ってるから、私達もいる。そうでなければ、戻っておる」


 ツクヨミはそう言うと天を指さした。


「ただ、今は預かった姫がいるから、その姫が天寿を全うするまでは破壊するわけにはいかぬ」


 ツクヨミはそう言いながら、また首を傾げた。


「ああ、第一の大姫からの伝で末姫もいるから、まだ潰すわけにはいかぬ」


「え、第一の大姫ですか?」


「その末妹姫が今いるからな」


「それ、失敗すれば、魂の消滅レベルではないですよね?」


「ああ、そんな簡単なものでは終わらないであろう」


 長老と息子は顔を見合わせる。


「まぁ、影響がないようにすればいいのだが、同じ国にいて被害がないわけはないだろうからな……奥の手を使うか」


「奥の手……」


「私がその姫のそばにいよう。毒はすぐに分かるし、なんなら毒を無効にすればいいのであろう?」


「無効にできるのであれば!」


「皇女殿下の身が大丈夫であれば」


「仕込んだヤツに入れ直してはだめか?」


「罪を償わせないといけませんから、簡単に死なせてしまうのはダメです」


「そうか。体から出てきた魂を苦しめるというのも、一興なんだがな」


 長老と息子は人の姿をしているが、目の間にいるのが神なのだと再認識する。


「まぁ、様子はわかった。すめらぎのところに行ってくる。何かあれば、すぐに呼べ。いいな? 決して無茶はするな? それと、あの娘、影武者に目をつけられておるからな。明日一日は家におるように言ってあるが、見張りをつけたほうがいいぞ。部屋の鍵は変えてないんだろう?」


 慌てて息子が娘に式神で連絡を入れる。


「結界は張ってあるが、中から開けてしまうと、結界は弱まる。そこを利用されるかもしれない。だから、決して開けるなと」


 ツクヨミは息子に言った。


「では、すめらぎのところへ行ってくる」


 そういうと、ツクヨミの姿が消える。


「なりふりかまっていられなくなってるのはわかるが……」


「毒……ですか」


「警察も当てにはならぬし、とにかく自衛するしかないな」


「はい」


 息子は一族と関係者にその連絡を入れ、情報を共有するのだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ふむ。しっかりと祈っておるようだな」


 ツクヨミがすめらぎをみると、正面を向いていたはずのスメラギは、ツクヨミの方を向き、頭を下げていた。


「よい、楽にせよ。私がそなたらを害するつもりはない。手を貸しに来た」


「では、お言葉に甘えさせていただきます」


 すめらぎは背筋を伸ばした。

 正座をしたままなのは、かわらない。


「そなたの娘、狙われておるようだ」


 ツクヨミはじっとすめらぎの表情を伺う。


「わかっておったか」


「はい。一応、口にするなとは言ってありますが……」


「場面によってはそれは難しかろう。私が力を貸す。娘には普通に過ごさせよ。毒は完全に無効にしてやる」


「ありがとうございます」


「あ、ついでに。刃物や飛んでくる……何と言ったか、こういうので打つやつ」


 ライフルを構える格好をしたツクヨミに、すめらぎはうなずいた。


「ピストル、ライフル、鉄砲、拳銃……そういう飛び道具でございますね」


「かなり進化しているようだがな。そういう……なんだ? 『物理的な攻撃』からも、護ってやろう。安心せよ」


「ありがとございます」


「だから、早く、すめらぎの座を娘に譲れ」


「まだ私の一存では……」


「アマテラスが望んでおる。話はしたか?」


「はい。ですが、娘の気持ちを大事にしろともいわれましたので、もう少し時間をおいて……」


 正座をして背筋を伸ばしていたすめらぎが表情を少し強張らせた。


「私事で世を乱してしまい、申し訳ありません。これらの件が解決してからでないと、安心して譲位できません」


「そうであろうな。あの娘は我らにとっても特別な娘だ。失うわけにはいかぬのだ」


 すめらぎは黙ったまま頭を下げる。


「慈しみ大事に育ててくれていること、嬉しく思う。アマテラスも喜んでおった。『うちに遊びにおいで』と言っておったからな。早めに来させよ」


「はい、なるべく早く……」


「ああ、あの影武者……か? わかっておるであろうが、スサノヲの力じゃ。穢はもう残っておらぬ。安心せよ」


「はい」


「それと、私にはわからぬのだが、そなた、元代理人はともかく、それ以外の人間をどうするつもりだ? 昔なら幽閉やら島流しにできたが、今はできぬのだろう?」


「膿が多すぎて、出すのに時間がかかりそうですし、その悪事の証拠も必要です」


「確かに、腹黒いモノで取り囲まれておるな。あ、証拠には結界を張っておけ。あ、そうそう、面白い言霊を教えておこう。これがあれば奥方も安全になるぞ」


 そう言って、ツクヨミはすめらぎに結界を張っているのに気づかせぬ方法を伝授する。それに知っておいたら便利なものもすべて伝える。


「いい民を持ったな。すめらぎは一個人の望みを願うわけにはいかぬ。奥方と娘の安全は、民たちが願っておるし、巫女の一族、私の一族も祈っておる。祈りの声をアマテラスは心地よさげに聞いておったぞ」


「重ね重ねありがとうございます」


「そなたの仕事をせよ。私は娘のそばにおる。娘は私が護ろう」


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げると、ツクヨミは姿を消した。


「お祖父様が言われていた通りの神だった……」


『怒らせてはならぬ神の一人だ』


 すぐ横から声がした。


『どういうわけか結界が緩んでおったからな。割と自由に動けるようになった』


「よいのですか?」


『構わぬ。皇后の嘆きが……まだ嘆いておるのだ。皇后にした仕打ち、私が晴らしてもいいだろうか?』


「それは私の役目ですよ」


『ようやく覚悟が決まったか』


「証拠を集めていたのです」


『声は聞こえたか?』


「いいえ。全く聞こえぬのです。姿も見えません」


『ああ、封じられておる』


「どちらに?」


『手が出せぬところであろう。私も話ができなかった。話ができていたと思われていた私も毒に倒れた。毒を仕込んだ犯人はもうすでに殺されておるであろうな』


「では、あの時見えたお腹のあの黒いモヤは?」


『あれは呪じゃ。薬に混ぜておったのだな』


 すめらぎの頬を涙が濡らしていく。


「無念です」


『ああ、私も……無念じゃ。何度もあやつに伝えようとしたが、言葉はもう伝わらなかった。もう、操り人形になっておった』


「はい」


『なぜ、アレの結婚を許したのだ?』


「私は何も言ってないのです。勝手にマスコミが言っているだけです。妹も守らねばなりませんでしたので……」


「そうだったな。皇后がずっと気にしておった、夫になった男は案外まともであったな。アレの手がかかっているのかと思ったぞ』


「そこは弟がバカで助かったところです」


『人が良すぎるな。まだ弟と思っておるのか? アレは自分の血筋だけをかわいがっておったではないか。だからあんな愚かにに育ってしまった』


 そう言って、小さくため息を吐く。


『過ぎたことをもう気に病むな。前を見よ。この国を正しい方向へ導け。今のすめらぎよ』


「はい、全力を尽くします」

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