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23話 虫と目

フィクションです。

「ちょっと疲れやすくなるかもしれないが……」


「大丈夫です」


 気合が入りすぎている声で答える朋美にツクヨミは首を傾げた。


「持久戦になる可能性があるのであろう?」


「はい」


 脩平が答える。


「なら、能力は問わぬ。目になれそうな女性を最低3人集めよ」


「女性……ですか?」


 脩平は考え込む。


「女性を監視するのだから、女性が適任であろう?」


 なるほどと、朋美はうなずく。


「巫女の一族でもいいのですか?」


「ああ、構わぬ。それぞれが引き上げる前に、とにかく、目になる女性を集めよ」



 それから、3日後、脩平は巫女の一族から3人、ツクヨミの一族からは朋美と母親の直子を、ツクヨミに紹介した。


「どういうのがいいのか、決まっているのか?」


 ツクヨミに言われ、朋美はため息を吐く。


「あの、ツクヨミ様。一応、私の体験を話してありますが……」


「やりづらいところがあったか?」


「いいえ」


 朋美はきっぱりと言い切る。


「ただ……ですね。あの時は私だけが見てました。今回はこの五人で情報を共有する必要があります」


「なるほど。なら、一つの虫は共通で、各自で1つ持てばよいか?」


 五人は顔を見合わせた。


「そうね。情報の共有は大事だから……」


 そう言いながらスマホを見たのは、晶子だった。


「虫で写真は撮れないのよね?」


 そう聞いてきたのは、晶子の姉の千早だった。


「それ、できればいいね。何かあった時、写真だとわかりやすいもん」


 朋美は期待を込めて、ツクヨミを見た。


「虫とそのすまほとやらを繋げればよいのだな?」


「ここのカメラにお願いします」


 そう言いながらスマホのカメラレンズを指さしたのは、千早だった。


 ツクヨミはうなずくと、指先をこすり始めた。

 そして、順番に眉間とスマホのカメラを人差し指で触れていく。

 一通り終わると、次は、指先をこすり、眉間とカメラ。指先をこすり、眉間とカメラと、全員に同じことをした。


「片目ずつで……見え方が変わったと思うが、どうだ?」


 それぞれが手で片目を覆い、目をパチクリとさせる。


「両目を閉じると、虫は見えないようにした」


 直子はなるほどと納得し、向きを変えて何かをしていた。


「面白いわね。これ。鳥になったような気分だわ」


「お母さん、気をつけないと、その第六が入ってる鳥に食べられるわよ」


「そういう危険もあるのね」


「いや、認証阻害と隠蔽もかけているから問題ない。一応、共通の目は、玄関のドアの内側につけた」


 それぞれが片目で見て、なるほどとうなずく。


 千早は、スマホで見た景色を写真に撮ってみた。


「ほんとだ。さっき見えたままだわ」


 晶子が覗き込む。


「一緒ね。これ、動かせるの?」


「ぎりぎりが……ここじゃないかしら」


 朋美が共通の目を動かし、ドアではなく天井に移動させる。

 そして、ぎりぎり人の気配を感じる位置で止める。


「私が見てる限りなんだけど、この人、他の人よりも鋭いのよ」


「やっぱり、目が見えない人の独特の鋭さ?」


 朋美は首を横に振る。


「あの人、たぶんだけど、人のオーラが見えてる」


「え?」


 朋美以外の四人が驚く。


「歩き方がね、ちょっと違うの。障害物がモノの場合は見えてない」


「なるほど、モノにオーラはないものね」


 巫女の一族の長、昭子がうなずく。


「それと、独り言は言わないわ」


 千早は少しがっかりする。


「ちぃちゃん、耳はいいもんね」


 昭子に言われ、少しがっかりした千早だった。


「でも……」


 朋美はそう言って、共通の目の方を閉じた。


 残り4人も同じ景色を見る。


「やっぱり、この人、何か特別な能力持ってるわね」


 そう言ったのは、昭子だった。


「というか、この部屋、何か、いない?」


 そう言ったのは、直子だった。


「よく言う、家の神様?」


「まぁ、そんな感じかな……、あ、帰ってきたわね」


「うん。手に持ってるの、隣で売ってるコロッケだね」


「どこかにお供えでもしてるのかしら?」


「ちょっと待って……静かに」


 そう言ったのは、千早だった。


 全員、目に集中する。

 

 ややしてから、4人が頷いた。


「座敷わらし的な子がいるわね」


 そう言ったのは直子だった。


「見つかる可能性大ね」


 千早が呟く。


「目も難しいとは……」


「いえ、このままでいきましょう」


 そう言ったのは、昭子だった。


「見つかったら、その時です。何もしないより、マシです」


 直子も頷く。


「そうですね。では……分担を決めましょう。1日でも早く慣れたほうがいいわ」


「そうね、夜なら任せて。私は大丈夫よ」


 そう言ったのは、千早だった。


「私、仕事の関係で昼夜逆転しているから、大丈夫。夜中の0時ぐらいから朝の6時までは見ていられるわ」


「なら、私は6時ごろから……11時ぐらいまでね」


 そう言ったのは、晶子だった。


「11時から15時ぐらいまでなら、できるわ」


 と、昭子。

 朋美と直子は顔を見合わせた。


「15時から19時まで」


「じゃあ、私は19時から0時までね」


 直子と朋美が続けて言った。


「ツクヨミ様、ありがとうございました」


 全員で頭を下げる。


「いや、よい。本来なら私が見つけないといけないものであった」


「持久戦になると思う。私も気を付けておくが、あまり……無理はせぬように。人の身体は脆いからな」


 何か含む言い方だった。


「わかりました」


 あえて朋美は笑顔でツクヨミを見た。

 直子は時間を確認する。


「最後に、注意して見ておきたいところがあるか、確認しておきません?」


 直子が昭子を見る。


「そうね、それぞれが気になったところがあれば……」


 五人がスマホを囲んで話し始める。

 その様子を見て、ツクヨミの長老の鈴木脩平は小さくため息を吐いた。

 ツクヨミを完全にほったらかしにしてしまっているのだ。

 脩平はこのタイミングで、気になっていたことを尋ねた。


「あちらの姫様の様子はいかがですか?」


「退屈はせぬな。なかなか面白いぞ」


 それを聞いて脩平はホッとする。


「第七の末姫だという片鱗を見せてもらった」


 驚いて脩平はツクヨミを見た。


「アマテラスが気に入って、何度も何度も繰り返し聞いておる。今度、そちにも聞かせてやろう」


「ありがとうございます」


 ツクヨミは女性群を見て、更に小さくため息を吐いた。


「また何かあれば、呼べ」


 スッとツクヨミの姿が消えた。

 脩平は目を試している五人を見る。

 そして、腕時計で時間を確認した。


「寿司でも……とるか……」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 目を使い始めてから1週間。

 情報を共有してわかったことは、藤尾礼は、規則的な生活を送っているということだった。それに、家の中ではあまり危なっかしいということはないのだ。

 実は見えているのではないかと感じることも度々ある。

 晶子は、千早から引き継ぐ5分前から、目を使って、礼の様子を見ていた。


 きっかり朝6時に起きて、テレビを点け、身支度。

 朝ご飯は軽くトーストしたパンと温めた牛乳。そして、バナナ1本だった。

 パンには何も塗らず、そのまま食べている。

 テレビが体操の番組になると、食事をやめ、テーブルから離れる。

 そして、その音楽と掛け声に合わせて、独特のリズムでラジオ体操というよりは不思議なダンスをしていた。

 飛んだり跳ねたりというのはしてないけれど、その時間を楽しんでいるようだった。

 朝食後、食器を流しに入れて、軽く水をかけている。


「ちょっと、そのあたりを歩いてくるわね。そうね……久しぶりに外でコーヒーを飲んでくるわね」


 そう言うと、上着を着て、バッグを斜めがけにし、帽子をかぶる。

 玄関先で手探りで白杖を手にし、白杖で、靴の位置を確認し、履く。

 ドアを開け、外の空気を確認する。

 そして、鍵を閉めて、エントランスへ向かう。

 管理人が気づき、挨拶をする。


「今日は、家事代行の日なので、よろしくお願いします」


「気を付けて、行ってらっしゃい」


 管理人は笑顔で送り出した。

 すでに、玄関周りは、管理人によって掃き清められている。

 昔でいうところの向こう三軒両隣ぐらいまで、掃除をしていた。

 礼は、パン屋の方には向かわず、逆の方向へ向かう。

 交差点を二つ通り過ぎると、大きな看板の喫茶店が見えてくる。

 ドアを開けると、チリンチリンと音がした。


「おや、礼さん、いらっしゃい。いつもの席、空いてるよ」


「ありがとうございます。いつものをお願いしますね」


「はい」


 マスターは、礼がテーブルに着くのを見届けると、カウンターの中に入り、コーヒーを淹れ始める。

 他にお客はいない。

 ただ、もうあと5分もすれば、次々と常連客が来るのだった。

 礼はいつも一番乗りだった。

 店内にコーヒーのいい香りがゆっくりと広がっていく。

 少し顔を上げ、礼はその香りを楽しんだ。

 マスターはあえて、食器のカチャカチャという音をさせ、礼がいるテーブルに近づく。


「おまたせ。今日はね、ちょっといいものがあるんだ。今朝届いたんだけどね、プリンなんだ。よかったら食べて感想聞かせてよ」


「まぁ、うれしいわね。ありがとう。いただくわ」


 眼の前にコーヒーが置かれた。


「ここに、置いたからね」


 コーヒーの右側でカシャンとお皿とスプーンが当たる音がした。 


「スプーンはお皿に乗せておいたよ」


「いつも、ありがと」


 マスターはにこりと笑うと、カウンターの中に入って行った。

 礼は目を閉じてテーブルを見る。

 いつもと同じ場所にコーヒー。そして、その横にプリンがあるようだった。

 プリンは冷たいはずなのになぜか温かさを感じるのだった。

 礼は少し迷い、プリンから先に食べることにした。

 お皿に触れると、プラスチックのカップがあった。

 カップを持ち上げ、スプーンを持つ。

 一口、食べてみる。

 思わず、見えない目を見開いてしまうぐらい、美味しい。

 スプーンとカップの感じで、あっという間に食べてしまったのが、わかる。

 カップは軽くなっていた。

 もう少し食べたいと思いながら、カップとスプーンをお皿に戻す。

 そして、その横にあった、コーヒーカップを左手で持つ。

 必ずと言っていいぐらいカップを左手で持っているので、マスターは最初から持ち手を左側にしてくれている。

 コーヒーの香りを確認し、一口、やけどしないように飲む。

 安定の美味しさ。

 チリンチリンとドアが開く音がし、足音が聞こえてくる。


「マスターいつものね」


「はい」


 何気ない日常の一コマだが、礼は、自分の命をかけて助けてくれた青年の事を、思う。

 あの青年は、何が好きだったのだろう?

 トンボだというのは、テレビで言っていた。

 また、チリンチリンと音がする。

 今度は足音が2人分。

 記憶にある声。

 いつもよりよく聴こえている。

 耳を澄ましていると、声に色が見えるような気がした。

 その色は感情なのだろうか。

 今のところ、マスターの声も、他のお客さんの声も、違和感はない。

 聴こえてくる会話も、いつの間にか流れていた音楽も、礼には心地よく感じた。

 気づくといつもより長居しすぎていた。

 慌てて立ち上がると、マスターが声をかける。


「どうしたの?」


「いえ、長居しすぎているような気がして……」


 マスターは周りを見る。


「大丈夫だよ。急いでいないならゆっくりしてたらいいよ」


 言葉と色は一致している。

 礼はマスターの好意に甘えることにした。


「じゃあ、おかわりお願い」


「はい」


 マスターが笑顔を向けているのがなんとなくわかる。

 思わず、礼も笑顔になっていた。




「さて、次は、どこへ行こう」


 自分の声にも色が見える。

 ワクワクしているのが、自分でもわかった。

 あの鳥の視線は感じている。

 でも、その方向は見ないほうがいいのだろう。

 そう思い、最近あまり近づきもしていなかったショッピングモールというところに行くことにした。

 バッグからスマホを取り出し、契約しているタクシー会社に連絡をいれ、配車してもらう。

 GPSで現在地を確認され、礼は10分ほど待つ。

 車が近づいてくる気配がする。

 ブレーキのかかる音がし、チッカッチッカッとハザードランプの音がする。運転席のドアが開いた。

 そして、近づいてくる足音。


「おまたせしました。藤尾さまでございますね?」


 聞き覚えのある声だった。


「はい。よろしくおねがいします」


 運転手は後部座席のスライドドアを開ける。

 礼は乗り慣れた後部座席に、難なく乗り込む。


「シートベルト、させていただきますね」


「はい」


 体を締め付けない程度に調整し、カチャッとベルトがバックルに差し込まれたのがわかる。


「苦しくないですか?」


「大丈夫です。いつもありがとう」


「いえ。ではドアを閉めますね」


 スライドドアが閉められ、運転手が運転席に乗り込んでくる。


「では行き先は、◯◯のショッピングモールで間違いないですか?」


「はい、できれば、お花屋さんがあればそこに近いところで降ろしてもらえますか?」


「お花屋さん……ですね……はい。わかりました。では、発進します」


 ゆっくりとタクシーは発進した。

 不思議と言葉と色は一致している。

 礼は安心して、シートに体をあずけた。




「花屋……まさか?」


 目でその様子を見ていた晶子は、首を傾げる。

 そろそろ、母の昭子と交代する時間になっている。

 晶子や昭子、そして千早は残念ながら第六の気配を感じることができない。

 でも、確かに、近くにいるということは、確信していた。

 礼が目指したショッピングモールは、あの交差点の近くだったのだ。

 その事を、チャットで連絡し、晶子は同級生の予定を確認した。

 時間が合うなら、その事故現場で様子を見てほしいとお願いするつもりだった。




 その頃、担当時間外だったが、直子は共通の目を使っていた。

 家事代行サービスが玄関のドアを開けて、入ってくる。


「失礼いたします。家事代行サービスの武井です。今日もよろしくお願いいたします」


 誰もいないとわかっていても、きちんと礼をしている。

 靴を脱ぎ、きちんと揃えていた。

 バッグからエプロンを出し、持参したスリッパで室内に入ってくる。

 まず最初にしたのは換気だった。

 虫の目ではあまり様子を伺うことはできない。

 ただ、第六の気配は近くにしていない。

 警戒するのは、部屋の中にいる、『誰』か。

 直子は、何かヒントが掴めないかと、ぼんやりと室内を見ていた。

 仏壇があるわけでもない。

 目から見える範囲では、玄関から入ってすぐがリビング、その右隣の部屋はダイニングとキッチン。

 テレビはリビングにあった。

 そのリビングの奥の部屋が寝室のようだった。

 トイレは寝室の横に、お風呂も寝室から行けるようだった。

 廊下にある物置から掃除機を出して、かけられる範囲全部を掃除していた。

 その掃除がほぼ終わる頃、玄関のドアが開きもう一人同じ制服の人が入ってきた。

 この人もすぐに挨拶をする。


「家事代行サービスから来ました。的野です。今日もよろしくお願いいたします」


 元気よく一礼すると、エプロンを付け、バッグからスリッパを出して、入ってくる。

 買い物袋を持って、そのまま台所の方へ行くようだ。

 先に来た人は、洗濯機を回しているようだ。そのまま、水回りの掃除にはいっている。

 あとから来た調理担当者は、流しの洗い物を洗う。

 溜まっている食器はそんなにない。


「ちゃんと食べてるのかなぁ……」


 心配気な声がする。

 冷蔵庫を開ける。


「あら、このコロッケ……ここのコロッケ、美味しいものね」


 ふふっと笑っている声がする。


「じゃあ、コロッケサンドにしたらいいかな?」


 どうやらこの家事代行サービスの調理担当者は、よく一人でしゃべるようだ。

 直子は何か情報がないか、耳を澄ませた。





『今日の晩ごはん、私、あの昨日新発売のハンバーガーが食べたいの』


「二個でも三個でも」


 晶子は言う。


『まあ、それは冗談だけど、いいわ。私もあの人のこと気になってたの。もう、あのことは……ご存知なのかしら?』


「あれだけテレビで言っていたらね? 名前は出てないけど、ある意味特徴があるから……」


『そうね。さりげなく……できるかどうかわからないけど、私もお花を供えてくるわ』


「ありがとう。その後で、話を聞かせてね」


『んふふん。情報量は高いわよ~?』


「え? 新発売のハンバーガー3個でいいんでしょ?」


 二人は笑い合う。


「ありがとう」


 晶子は言い、通話を終わる。

 本当は晶子もお花を供えに行きたかったのだが、巫女の一族も接触をしないほうがいいだろうとそれぞれの長同士の話し合いで決められていた。

 不要な接触は避けたほうがいい。

 偶然何かあった場合は仕方ないけれど。

 チャットを見ていると、花を買ったということがわかった。

 ただ、その花がお供え用に向いているかと聞かれると、少し首を傾げてしまう。

 どうして、『桜』なのか。

 ツクヨミの一族の直子にはその意味がわかるのだろうか。

 なんとなく、わかるような気がしていた。



「持てますか?」


「大丈夫」


 支払いを済ませ、礼は花が入った袋を手に持ち、白杖で点字ブロックをたどり、先程のタクシーに乗り込む。

 そして、事故現場の交差点に連れて行ってもらった。

 しかし、そこでは長く停車することができないので今日はここまでで精算する。

 目を閉じたまま、周りを見る。

 あの事故の時よりも、人は少し多いかもしれない。

 ただ、その人がいない場所があった。ぽっかりと空いている場所。

 その場所を目指す。

 少し、周りの空気が動いたような気がした。

 視線を強く感じる。

 この視線の意味は……どういうことだろう?


「あ、藤尾さん?」


 明るい声がした。

 聞き覚えがあるこの声は?

 ゆっくりと声がする方を見る。


「えっと……◯◯病院の看護師の水野葵です」


 少し声を落とし、だけど聞き取りやすい低めの声ではっきりと名乗ってくれた。

 声の主の表情は見えないけれど、にこっとしているのが、わかる。


「その節はお世話になりました」


 頭を下げる礼に葵は少し慌てた。


「いいんですよ。怪我も……大丈夫そうですね」


 ホッとしているのが、わかる。

 すでにかさぶたもとれた。

 礼は言葉に出さず、頭を下げた。


「桜……なんですね?」


 少し不思議そうに、葵は言う。


「ええ。これしか……思い浮かばなかったんです」


 葵は首を傾げながらも、自分が持ってきたお花も備える。


「そうなんですね。私は……デイジーです」


「まぁ、かわいらしいでしょうね」


「ええ、ちょっとかわいすぎました」


 葵は、少し笑う。


「でも、花言葉が『希望』なんです。次は、幸せになって欲しいと思って。あ、お花預かります。こちらに……」


 しゃがみ込んだ礼の手を供えた花束に触れさせる。


「いっぱい、ありますよ。いろいろな花が。小菊、白と黄色が多いですけど、薄いピンクもありますね。トルコキキョウも多いです。白と紫。時々、ピンクの……この花はスプレーカーネーションですね。同じ花で薄いオレンジ色もあります。基本的に白い花が多いですね」


 葵の説明に、礼はうなずく。

 花に込められた気持ちが、礼には見えたのだ。

 冥福を祈る気持ち、次は幸せに。

 そういう気持ちの色が見えたのだった。

 隣りにいる葵は、手を合わせているようだった。

 礼も手を合わせる。


(助けてくれてありがとう。何が一瞬起こったのかわからなくて、ものすごくびっくりしたけど、そんなに痛くはなかったのよ。次は……)


 それ以上、言葉は続かなかった。

 なんとなく、その青年が笑っているような感じがしたのだ。

よかった、と。

 その次に見えたのが、海の景色だった。

 どこの海岸かは、わからない。


(そこに、行きたかったのね?)


 急に音楽が聴こえてきた。

 この音はヴァイオリン? いえ、少し低いからヴィオラ?

 ピアノと、これは……チェロ。

 トンボの歌が2曲。

 そして、小さい時によく歌っていた浜辺の歌。


「藤尾さん?」


 礼は、葵に手を伸ばした。

 しっかりとその腕を支える葵。


「この曲、この曲の海岸に、連れて行ってください」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「晶子、ごめんね~」


「いいのよ」


 晶子は葵に急に電話で呼び出され、車で二人を迎えに行った。

そして、あらかじめ聞いていた神奈川県の海岸に向かう。

 ルームミラーで、藤尾礼と水野葵を見る。


「大丈夫? 車、止めたほうがいい?」


 礼の様子に、晶子は迷う。

 礼は首を横に振っていた。

 ハンカチを握りしめ、時々、目を押さえている。

 晶子は、内心、少し焦っていた。

 私が関わってしまって、よかったのだろうか?

 みんなの計画が、台無しになってしまわないだろうか。

 赤信号になり停車する。

 すると、歩道に一族の女性がいるのに気づいた。


『今は、その人のことだけ、考えて。みんな、からよ』


 その言葉に返事するように、晶子はゆっくりとうなずいた。

 それを見たその女性は、すっと方向を変えて歩いていく。

 ルームミラーで二人の様子を確認する。


(大丈夫)


 晶子は運転に集中することにした。



 海岸についたのは、15時過ぎだった。

 駐車場に車を入れる。

 葵が自分の肘を礼に掴んでもらう。

 晶子はひざ掛けを持って、礼の左側に立った。


「ここから砂地になります。ちょっと足をとられるかもしれません。ゆっくりいきますね」


 礼はうなずく。

 潮の香りが強い。

 風は思っていたより、吹いていなかった。

 凪のタイミングなのだろうか?

 それにしては少し早い。

 そう思いながら、礼の足元に気をつけながら、周りを見る。

 思ったより人が多かった。

 ただ、その人達は、海を見ている。

 波の音とともに、何か聴こえてきた。


「浜辺の歌」


 礼が呟く。

 どうやら、すめらぎ一家の演奏がずっと流されているようだった。

 波の音が大きくなってくる。


「ここですね」


 葵が言った。


「右側に富士山が……お天気がよければ見えるんですけど……」


 礼はうなずく。


「海は……思ったより凪いでますね。白い波は立ってません」


 晶子が言った。

 なんだろう?

 海が受け入れてくれいる?

 一瞬、そんなふうに晶子は感じた。

 葵は周りをキョロキョロとしていた。


「座れるところ……」


「こっちにおいで~~」


 男の人の声がした。

 晶子と葵はそっちを見た。

 ベンチがあり、その横で男の人が手を振っていた。


「ベンチがあります……」


 晶子は驚いた。

 その人はツクヨミの一族だったのだ。


「座らせてもらいましょう」


 葵が疑うことを知らずに、礼に自分の肘を掴ませる。


「足元は大丈夫です。砂地ですけどね」


 晶子は足元を見て、言った。

 海岸にしては、きれいすぎないだろうか?

 ベンチの前に来て、その人にお礼をいい、礼にベンチに座ってもらう。

 晶子は思い出したように、手に持っていたひざ掛けを膝にかける。


「ありがとう」


「いえ」


 晶子は無意識に微笑んでいた。

 葵は声をかけてくれた人に話しかけているようだった。

 ちょうど帰ろうと思ったら、杖を持っている人が見えたから声をかけた……ということだった。

 少し離れたところから、浜辺の歌が聴こえてくる。

 晶子は波の音を聞きながら、すめらぎ一家の三重奏を聴く。

 繰り返しその曲を聞いていると、小さな歌声が聴こえてきた。

 礼が歌っていたのだった。

 きれいな声だった。

 波の音、三重奏、そして歌声。

 不思議な音の空間が広がっていった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「もう、なんでもいいよ。注文して」


 晶子は葵とステーキハウスにいた。

 あれから礼を自宅まで送り届けた。

 晩ごはん一緒にいかがですか?とお誘いをしたけれど、晩ごはんは家に用意されているから……と言われてしまったのだ。

 事実、家事代行サービスが夕食を用意していた。

 それから、近くのステーキハウスに入ったのだった。

 ガッツリ食べたい気分だった。

 それと、家に帰るのが、怖かった。


「じゃあ、この、リブロース300g、ミディアムレアで」


「同じものを私にも」


 葵が目を丸くする。


「珍しいね?」


「ガッツリと食べたい気分だったの」


 葵が何かを察したように、首を傾げる。


「ごめんね。もしかして、いろいろと計画を狂わせてしまったんじゃない?」


 察しの良い友人だった。


「たぶん……なんだけど、結果オーライなんだと思う」


 葵は首を傾げた。


「そうなの?」


 晶子はうなずく。


「いずれあの人はあの海岸に行こうとするわ」


「そうね」


「だったら、安全に安心して行けるのなら、いいじゃない?」


 晶子の本心だった。

 葵はあの事故現場で、礼への視線を感じていた。

 責めるような感じはなかった。

 それだけが救いだと、感じていた。


「お供えのお花がね、『桜』だったの」


 晶子は首を傾げた。

 一応、知っていたが、とぼける。

 あの大量の花束の中に、桜があったということはちゃんと確認済みだった。


「理由は教えてもらえたの?」


「うん。礼さんのお友達の名前が桜さんなんだって。事故で亡くなってしまったんだけど、その桜さんは、桜になった……っていうの。不思議な人でしょう?」


「もしかして桜の花を供えたのは、友人の桜さんが、あのトンボの青年を見守ってくれるように……?」


「そう言ってた。なんとなく、救ってくれそうな気がしたって言ってたわ」


 葵は少し考え、晶子を見た。


「そういうことって、あるの?」


「ん~」


 理解できない話ではない。


「否定する要素がないわ」


 ガクッと葵がなる。


「何か、『桜』に特別な意味があるのかと思ったんだけど……」


 葵がふっと力を抜いた表情をする。


「まぁ、これ以上この事を考えるのはやめるわね。今日のあの海岸で、魂が洗われた気がするもの」


 晶子はそれには完全同意だった。


「ええ、浄化されたと思うわ」


 真面目な顔でいうと、葵は嬉しそうに笑った。


「礼さんの声、きれいだったね」

誤字脱字等、修正しました。

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