20話 海へ
フィクションです。
三人の死が伝えられ、三人がそれぞれの場所で、涙を流していた。
すめらぎには、この未来が見えていた。
あえてそのチャンスを作ったわけではない。
最後の親子の対面になるのだ。
何か、変わるかもしれない。
一縷の望みをかけていたのだった。
ツクヨミが関与していないことはわかっていたが、言葉を濁していた。
『ただ、これは変えられぬ流れだ』
この流れは、どうやっても変えられなかったらしい。
変えられるとするなら、最後に助かる人が誰になるか……ぐらいだと、すめらぎはツクヨミに知らせを受け取った直後に言われた。
皇妃には見せていなかったが、皇太子と共に、その時の防犯カメラの映像を見た。
妻の体の中にいた次女麗子は、すぐにトンボの弟だと気づいたようだった。
名前を呼ぶと、弟の表情が少し変わる。
そして、次に言ったのは、『逃げなさい』ということだった。
自分よりも、弟を助けることの方を次女は選んだのだった。
その証拠に、足音が遠ざかっていくのを確認し、次女は刺さったナイフをしっかりと握りしめる。
手袋などしていなかった弟の指紋を消すためだった。
そして、次にしたのは、ナイフを自分の体から抜いたのだった。
「神様がいるなら、弟を守ってください」
そう、唇が動いていた。
「伯父さま。伯母さま。ありがとう……あなたが皇太子になれて、本当によかった……」
力なく手を伸ばし、目尻から涙がこぼれていく。
少し唇が動き、次の言葉ははっきりと読み取れる。
「ありがとう」
ぱたんと腕が落ちる。
その魂は、長女ほどではなかったが、まだきれいな魂だった。
ゆっくりと上にあがってっていった。
次は、人気のない駅が映る。
少し離れたところにあるバス停。
かつての弟がぼんやりと座っていた。
隣には、少しのお金と、着替えが入ったボストンバッグ。
そこに青年が近づいていく。
顔を上げ、その姿を見、驚くかつての弟。
すぐに、トンボが大好きだった息子だと気づいたようだった。
だが、そのことに青年は気づいていない。
弟だった男は、息子が生きていたことを素直に喜んでいた。
もしかしたら、一緒に暮らせるかもしれない。
そう思った次の瞬間、その青年はナイフを見せ、その体に突き刺した。
どの場所に突き刺さったか、すぐに分かった。
今、この刃物を抜けば、確実に失血死するだろう。
「早く、行きなさい」
手で、早くあっちに行けと示した。
その意味がわかったのかどうかわからないが、青年は去ってゆく。
後ろを振り向くこともせず、まっすぐ駅に向かう。
その後ろ姿を見ながら、男はゆっくりとベンチに座り直した。
そして、ナイフの柄をしっかりと握る。
指紋を消しているつもりだというのは、すぐに分かった。
そして、逆手でナイフを持ち、ナイフを抜いた。
血がどっと溢れ出た。
男はしばらく迷った後、もう一度、ナイフをその体に収めた。
「もっと早く、こうしておけば……よかった」
すめらぎはじっと目を凝らす。
その体から魂が出ていくのをしっかりと確認する。
ふわりふわりと浮いてきた魂をそっと抱きしめたのは、祖母だった。
明らかに、他人であるということを知りながらも、孫として可愛がっていた祖母。
ふと、祖母と目があったような気がした。
祖母の両手の中にいるかつての弟の魂は、本来の年齢に戻っているようだ。
「赤子からやり直すのですね」
不思議な気がした。
祖母の横で祖父は、文句を言っていそうだ。
しかし、やりたいようにすればよいと、許すのだろう。
そして最後は、交通事故のビデオだった。
ものすごい勢いで、青年は白杖を持った人を突き飛ばしていた。
その直後、車が突っ込んでくる。
防犯カメラの映像では、車しか見えない。
だが、すめらぎには見えていた。
横たわっている青年の体が一瞬、分解されたと思ったのだった。
実際には体は分解されず、魂がそのカタチを保てなかったらしい。
本当に霧のようにす~っと消えていったのだった。
誰かの体に入り込んだというのでもない。
これはあとでツクヨミに確認しようと、すめらぎは思った。
覚悟をしていたとは言え、三人の命が失われた今、涙がとまらない。
すめらぎは、自分の感情を殺しすぎていたことに、ようやく気付いた。
「今だけは……今だけは……泣くことをお許しください」
誰に願ったのか、自分でもわかっていない。
ただ、今なら自分の感情に素直に向き合えそうだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
皇妃はビデオを見ることはせず、報告の文面を読み上げてもらっていた。
自分で読めそうにもなかったのだった。
最後まで聞き、一人にしてくれと、頼む。
あまり声を上げて泣くことを許されない立場だが、今は許されてほしい。
命の選択を迫られた時、人は本性を示すという。
あの二人は、弟を、息子を罪に問われないようにすることを願ったのだ。
二人の魂がどういう状態になったのかはわからないが、救われて欲しいと本心から願う。
そして、最後、どこかに向かおうとしていた甥の姿をした青年は、一人を救うために、自分の命を差し出してしまった。
報告書に付け加えてあった。
その行動に迷いはなかったと。
目を閉じれば、トンボの話をしていた少年を思い出す。
夫であるすめらぎは、『この能力を伸ばしてあげる事ができれば……いいですね。研究者肌ですね』と、少しうれしそうだった。
学業での成績が不振だということも耳にしていたが、すめらぎは首を横に振る。
「すめらぎに求められているのは、学歴ではありません」
私はそのとおりだと思う。
すめらぎが黙認してきたように言われているが、この子が育つのであれば、問題なかったのだと思う。
それが、歪められた。
大人の勝手な都合に振り回された命たちなのだ。
冥福を祈るしか、ない。
ふと、頭の中に音楽が流れてきた。
時計を見ると、午前一時だった。
騒音を出したところで、誰も文句を言いに来ないだろう。
そう思いながら、皇妃は涙を拭き、部屋を出た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どうしていいかわからないぐらい、ベッドに伏して皇女は泣きじゃくっていた。
今まで泣いたこともあるけれど、ここまでの悲しみはなかった。
最初に従弟を見た時、かわいいと思った。
ただ、何か足りないとも思った。
それが何かわからないまま、従弟は大きくなっていった。
気づくと従弟は別人になっていた。
さらに別人の従弟が現れる。
父はすべてわかっているようだった。
母はすべてを受け入れているようだった。
一番長く接していたのが、昨日亡くなった従弟だった。
初めて自分のことを『お姉さま』と呼んでくれた人だった。
ものすごく嬉しく、照れくさかったのを覚えている。
「私はお姉さまなんだ。しっかりしないと」
そう思ったことも思い出した。
でも、もう、その存在は、いない。
魂の安らぎを願おうにも、霧散したと言われたら、どうすればいいのか。
それに、最後に姉からの愛情、父親からの愛情をしっかりと受け取れたのだろうか。
ここ六十年余り、何が起こったかという年史を見ていけば、叔父さまと呼んでいた存在の人は、生まれた瞬間に運命を狂わされたのがわかる。
お祖父さまが旅立った時、その叔父さまの本当のお父さまも一緒に連れて行ったと、教えてもらった。
その一族、ほとんどが亡くなったとも聞いた。
お父さまと血の繋がりのないお母さまだった人は、一体何人の人生を狂わせたのか。
そして、さらに嫁として入ってきた叔母さま。
あの人が愛していたのは、『いつか皇妃になる私』だった。夫であった叔父さまではなかった。
これで上皇妃の血縁者はすべていなくなった。
ゆっくりと上にあがっていった次女の魂。
幼い頃より成長を見守り続けていた祖母が大事そうに包みこんでいたのは叔父の魂。
一人の命と引き換えに、魂が霧散してしまった従弟。
霧散してしまったとしても、確かに存在していた魂。
いつか、輪廻に輪に乗れるよう。皇女は祈った。
どれぐらい祈っていただろうか。
頭の中に記憶のあるメロディーが流れる。
「ひいお祖父さま? ひいお祖母さま?」
皇女は顔を洗い、上着を羽織って、部屋を出た。
向かった先は、ひいお祖母さまが愛したピアノが置いてある部屋だ。
近づくと、音が漏れ聞こえてくる。
中にはいると、皇妃がピアノを弾いていた。
「お母さま……」
皇妃はにこりと笑い、隣を見る。
すでにすめらぎが来ていた。
皇妃は繰り返し『浜辺の歌』を弾いている。
「どうしてか、これがずっと聞こえているの」
皇女は少し考えた。
「もしかしたら、最後に、海が見たかったのかもしれません」
なるほどと、皇妃はうなずく。
その横ですめらぎもうなずいていた。
「今から、行ってみますか?」
皇妃が手を止めた。
「どちらに?」
「海、です」
そう言って、すめらぎは皇女を見る。
「海、ですよ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「スピード出し過ぎでは?」
「大丈夫」
スサノヲがご機嫌で答える。
その隣には、ツクヨミがいて、信号をすべて青信号に変えている。
「もう、こういうのに、慣れてしまいました……」
そう言ったのは、皇妃だった。
「まぁ、警備もなしで、出歩けるというのは……いいんですけどね」
ため息混じりで呟くのはすめらぎだった。
皇女はそういう会話を聞きながら、外の景色を見ていた。
「もしかしたら、日の出がみれそうですか?」
ツクヨミは空を見る。
「問題ない」
皇女が願えば、雲はきれ、日が差してくるだろう。
「疲れているのではないか? 少し、休め」
皇女は頷き、目を閉じる。
それをスサノヲは確認し、スピードに気をつけるのだった。
すめらぎも、皇妃も、それぞれの思いを抱えている。
海岸にたどり着いた時、皇妃が皇女を起こした。
「着きましたよ」
パッと目を開ける皇女。
「ぐっすり眠ってしまいました……」
それを聞いて、皇妃が笑う。
「あなたの特技じゃないですか。どこでも寝れるんですから」
思い出したように、すめらぎも笑う。
「降りましょうか」
ツクヨミもスサノヲも車を降りる。
すめらぎと皇妃、皇女も外に出る。
もう少し進めば、砂地になる。
「海の空気は違うんですね」
わかってはいたけれど、この時間に海に来ることはまずない。
「日の出に間に合いましたね」
皇女は日が昇ってくる方向を見た。
「もう少し西に行けば、海から朝日が差し込んでくるのがみえるんだがな」
ツクヨミは少し惜しそうに言う。
「いいんです。ここの海岸なんです。あの歌のモデルになっているのは……」
皇女はそう言って、海岸を見渡した。
夜明け前の時間帯、歩いている人はいない。
「念の為……認識障害をかけておく」
ツクヨミはそう言うと、三人を見た。
「ありがとうございます」
皇妃が頭を下げる。
しばらく三人で海岸を歩いた。
ツクヨミとスサノヲは少し離れたところから、海岸を見ている。
顔を上げると、富士山が見えた。
「こんなに近くに見えるなんて……」
すめらぎも皇妃も富士山を見上げる。
「すごいですね……」
「はい」
東の空が白んでくる。
皇女は東の空と富士山を交互に見る。
気づくと空に雲一つなかった。
星もまだ見えている。
「きれいですね」
皇妃は思わず呟く。
「そうですね……」
すめらぎも東の空と富士山を何度も見ている。
「あ……」
皇女は富士山の山頂に朝日が差していることに気づいた。
東を見ると、まだ日は出ていない。
「このあたりに住んでいる方は、毎日これを見ているのでしょうか……」
皇妃の言葉にすめらぎは笑顔で否定した。
「今日、こんなに雲がなく晴れているのは、アマテラス様のお力ですよ」
納得しながら、皇妃は皇女を見た。
東を見て、富士山を見て、また東を見ている。
その忙しそうな様子を見て、思わず皇妃は笑ってしまう。
「また、来ればいいんですよ。欲張ると、両方見逃しますよ?」
皇女はハッとし、しばらく富士山を見ていたが、体を東の方向に向ける。
「そうですね。私も祈りたいと思います」
すめらぎはその横に並んだ。
皇妃は少し迷ったが、皇女の横に立つ。
少しずつ、東の空の色が変わっていく。
「そう言えば、三人で日の出を見るのは……初めてですね」
すめらぎはようやくそのことに気づいた。
「そうですね。たまには……こういうのも、いいですね」
皇女は黙ったままうなずいた。
今、目を離せば、日が出くる瞬間を見逃しそうだったからだ。
「もうすぐです」
皇女はカウントダウンしていた。
なぜか日の出の時間がわかったのである。
「5・4・3・2・1」
次の瞬間、白い光が差し込んできた。
「まぁ……」
眩しい光だが、心地よい光だ。
皇妃は深呼吸した。
数時間前まで悲しみに沈んでいたのが嘘のようだった。
思わず朝日に手を合わせ、祈っていた。
祈るというよりは、感謝を伝えるというほうが近いだろうか。
皇女はじっと日が昇っていくのを見る。
はっきりとはわからないけれど、その朝日で清められているような気がした。
『ふむ。かなり強めで清めているな』
いつの間にか後ろにツクヨミが立っていた。
皇妃が振り返り、少し不思議そうな顔をする。
「ツクヨミ様。少し疑問があるのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ。申せ」
「ツクヨミ様は夜の神様でいらっしゃるのですよね?」
「うむ」
「朝日は大丈夫なのですか? 体が溶けるというようなことは……」
それを聞いて、皇女が吹き出した。
「お母さま、それは、吸血鬼ですよ」
「え……」
皇妃は首を傾げ、ツクヨミを見る。
「朝日は清め。闇を払う」
皇妃はうなずく。
「浄化は私の得意分野だ」
皇妃は驚き目を見開いた。
「故に、私に力を与えることがあっても、力を奪うようなことはない」
皇女もなるほどと頷いている。
そして、東の方をもう一度見る。
アマテラスが両手を差し出して、三人に微笑んでいるような感じがした。
手を合わせ、いつもと同じ祈りを唱える。
途中からすめらぎが、皇妃がそれに加わった。
どれぐらい、祈っていただろうか。
『急げ。朝餉に間に合わなくなるぞ』
スサノヲの声が三人の頭に響いた。
帰りの車の中、ツクヨミは少しでも疲れがとれるよう、三人を眠らせた。
それに気づいたスサノヲは少しスピードを上げる。
ツクヨミは迷いなく信号を青に変えていった。
行きよりも帰りのほうが三〇分ほど時間が短縮された。
朝餉の時間に余裕で間に合った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
新聞・テレビ・ネットで元皇族の死亡の話がもちきりだった。
朋美は、ぼんやりと、そのテレビを見ている。
その横には、晶子もいた。
遅くなったから、脩平の勧めもあり、家に泊めてもらったのだった。
コーヒーを入れ、朋美の前にカップを置く。
「ありがとうございます」
「今日、私は午前中お休みなの。一応情報収集しないとね」
そういって、テレビを見た。
「どの程度、映像を渡してるんですか?」
「ん~。差し支えのない程度……としか、言えないわね」
「そうですよね。病院の管理責任も問われますよね」
「そうなのよね。でもね、あの時、急に機器が一斉におかしくなったでしょ?」
「はい」
「なぜか、わかる?」
朋美は少し考えた。
第六のことは、巫女の一族も知っている。
殆どの部分をツクヨミとスサノヲによって封印されていることも。
「カケラが……弟の中にはいっていたんです」
「カケラ?」
晶子にはカケラは見えない。
見えたとしても、魂ぐらい。
「はい。他のカケラと少しカタチが違うんです。もしかしたら、それがあのいびつな魂と合ってしまったのかもしれません」
感心したように晶子は頷いた。
「なんとなくだけど、イメージはできるわ」
晶子が見ているのは、第六の魂の3Dパズルだった。
「全部のパーツはないのね」
「はい」
朋美は手を伸ばし、カタチを少し崩し、半分になっているカケラをつまんだ。
「これ……ですね」
その横に、本来のカケラを並べる。
「ほんと、カタチが違うのね」
晶子は少し考える。
「あの影武者達も魂がいびつだったけど、あの子に入ったのはどうしてだと思う?」
朋美は望が整理していたファイルを開ける。
そして、ディスプレイに並べていった。
「これが、年齢順に並べたものです」
「うん、いろいろいるのね」
「はい。あの子は……二番目なんですよ」
そう言って、マウスポインターで、その写真を示す。
「ここからずっとこのあたりまで、あの子なんです」
「なるほど、初代は亡くなっているから……」
朋美はうなずく。
「あの第六のカケラは……彼に家族を殺させたかった?」
朋美はしばらく考える。
「殺すというよりは、存在してはいけないモノという認識だったんじゃないでしょうか」
「存在してはいけないって……。言い換えれば、生まれてくるなということに、ならない?」
「そういうことなんだと、思います」
望が部屋をノックして入ってくる。
その手にはなぜか、サンドイッチがあった。
そしてその横にはプリン。
「朝から、どれだけ食べるの?」
呆れる朋美に、望はトレイを差し出す。
「食べてないのは姉ちゃんでしょ。母ちゃんが心配してたよ。ほかは残してもいいから、プリンだけは食べろってさ」
そう言うと、望はプリンを一つ取って晶子の前に置く。
そして、自分の前にも置いた。
「いただきます」
そういうと、プリンを一口食べる。
「んま」
最近、なぜかこのプリンが出てくる。
「あ、これ、修行中だって聞いたことあるけど、もう修行終わったのかしら?」
「修行?」
「うん、まぁ、この話は別の話だからまた後でね。美味しいプリンだと言うのは保証するわよ」
晶子はプリンを一口食べる。
「うん、もう十分美味しいわよ」
望がモニターにテレビを出した。
チャンネルを切り替え、じっと見る。
「昨日も見せられたんだけどさ、これ、姉ちゃん、わかってるよね?」
望はプリンを食べ続ける。
「この弟、何を考えていたか……」
「うん」
「第六のカケラが、この子といっしょに行動しているの。この子に足りない部分を補ってる」
「補ってる……」
晶子はハッとして、テレビを見る。
「この子自体、魂はものすごく幼い」
「勉強ができないという話だったけど……」
「特殊な分野にのみ、能力を発揮する……というタイプなのよ」
「だから、トンボ……」
「好きだったんでしょうね」
そう言うと、朋美は小さくため息を吐いた。
「あと情緒が少し……未熟かも」
「姉ちゃん、言い方が優しいね」
「でも、事実よ。人を殺す、命を奪うということに、躊躇いを感じていないの」
「え? それって……サイコなんたらってこと?」
朋美は首を横にふる。
「違うの。その部分を第六が引き受けてるの」
「え?」
望はプリンを口にいれる手前で止まっている。
「この空気、あなたならわかるでしょう?」
望は病室にはいった弟の姿を見る。
「次女は目を閉じているだけ。寝てはいない。弟の気配は……無?」
「そう」
「で、急に、殺意に変わる」
「あ、ホントだ」
画面の映像はかなり強いモザイクが掛かっている。
その分見づらくなっているが、表情を見たいわけではないから、問題ない。
「刺したのかな。一気に殺意が消えたね。少し動揺しているね」
「うん、母親の中に次女の魂があることに気づいた……というか、これ、きっと第六のカケラが教えたわね」
「で、さっさと逃げると……」
「うん。これ、次女自体が逃げろと願ってるのよ」
晶子は朋美を見る。
「第六があの母親に何を望んだのかわからないけど、中に入っている次女は、すべてを受け入れ、そして、弟を許し、さらに無事でいることを願った」
「うん。そういう感じだね」
「それって……。本当に、一族の血を絶やすことだけが目的だった……」
「だと思う。憎しみというよりは、使命感のほうが強いよ」
そう言ったのは、望だった。
「父親の時も、ほぼ同じ」
朋美はうなずく。
「そうだったんだ……」
ワイドショーでは言いたい放題。
「手のひら返しがすごいわね」
今までマスコミは弟夫妻の方が天皇にふさわしいと言い続けていたのだった。
ネットでも擁護的な記事は多かった。
週刊誌も忖度していたところは、廃刊間近だ。
事実を公平に伝え続けたところは確実に生き残り、売上部数は右肩上がりになっている。
「すめらぎ一家、大丈夫かな……」
朋美は呟く。
「大丈夫だと思うよ」
そう言ったのは望だった。
「今朝、この動画がアップされたんだ」
そう言って、画面を切り替え、三人による三重奏の音楽が流れる。
「この音、迷いがないよ」
望はすでに聞いているようだった。
「それに、この動画をアップした時間……ついさっきなんだ」
三人が演奏しているのは、トンボを歌った童謡だった。
とんぼのめがね
赤とんぼ
浜辺の歌
三人の心を込めた演奏を目を閉じて聴く。
最後の浜辺の歌を聞き終わると、望が言った。
「交通事故のさ、ビデオ見たけど……。なぜか、波の音が聞こえてきたんだ」
「海を目指してたというの?」
「たぶん。海を見たかったんじゃないかな」
晶子はじっとモニターを見ている。
「そうなのね。この歌を聞いていたら、なぜか海が見えたわ。富士山も」
「うん、僕にも見えた。富士山と日の出」
朋美はそれを聞いて首を傾げた。
「もしかして、朝、そこにいたんじゃない?」
「浜辺の歌の……モデルになった海岸……神奈川県の海だよね」
「色々海岸はあるけど、辻堂海岸よね」
「なるほど……」
朋美はゆっくりと深呼吸する。
そして、サンドイッチに手を伸ばした。
「もう、すめらぎ一家は気持ちは整理できてるってことね」
晶子はうなずく。
「だから、この三曲なのね」
「あ、そう言えば、父ちゃんがいってたけど、カケラ、どこに行った?って」
朋美は目をパチクリとさせた。
「そういえば、そうね。考えれるのは、あの白杖の人だけど……もう退院したかしら?」
「普通は朝ご飯後、会計が開いてから……になるから……」
晶子は時間を確認する。
「どこの病院?」
「近くの救急病院だったよ」
「第六って、もしかして、僕達の魂、見分けられる?」
望は朋美に尋ねた。
「どうして?」
「ツクヨミ様とかと同じ見え方なのかなぁ……と思って」
「わからない。でも、あのカケラが何なのか、まだわかってない」
晶子はじっと朋美を見た。
「とりあえず、あの人に入っているかどうか、確認しましょう」
朋美はうなずく。
「ちょうどその病院に、同級生の子がいるのよ。写真を送ってもらうけど、それでわかる?」
「はい」
晶子はスマホでメールを送ると、一分ほどで返事が返ってきた。
「どう?」
スマホに写ってるのは、白杖を持っていた人だった。
頭の中にも、体の中にもない。
「カケラは、ないわ」
晶子はお礼を送り、スマホをしまう。
「ある意味、振り出しに戻ったってことだね」
そう言いながら、望はスボンのお尻ポケットに入れていたスマホを取り出し、確認する。
「なんか、最近、オカルト担当になっちゃったみたいでさ、こういうのが送られてくるんだ」
スマホの画面をモニターに映し出す。
「財布……? メモ? え?」
晶子は目を見開き望を見る。
「こっちはSUICA……」
「うわ、使用履歴まで載ってる」
「これ、時間、合わないわね」
「降車駅とこの人の通常利用している駅」
「あら、この時間に降りて、この時間に撮影はないわね」
朋美はもう考えるのをやめた。
「ね、いくら使われたかじゃないのね? 使った時間と戻ってきた時間が問題になってるのね?」
望は言う。
「第六が戻したんじゃない? 僕達にはこの事わかるけど、一般の人にはわかんないよ……」
「でも、お金持っていないのに、どうやって移動したんだろうって思ってたけど、それも解決できたわね」
「あとは、第六のカケラがどこに行ったか……それだけね」
朋美は呟いた。
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