18話 兄弟
フィクションです。
作者は妄想してます。
「離婚……ですか」
それを聞いて、皇妃は驚く。
「え、私じゃないですよ?」
慌てて皇妃に言うが、皇妃は笑っている。
「麗子ちゃんよね?」
「そうです」
力強く言う、すめらぎ。
「どうされるのですか?」
「離婚できるよう、話をする必要が出てきましたね」
「逃げられませんね」
ふふと皇妃は笑う。
「麗子ちゃん、今の姿を受け入れられたのね」
病室のカメラを見ながら、皇妃は呟いた。
今まで、何度もうなされていた。
すめらぎによると、魂が過去の記憶を辿っているらしいと。
「離婚……」
すめらぎは小さくため息を吐いた。
「彼に理解できるでしょうか……」
「できるではなくて、理解していただかないと……。麗子ちゃんが前に進めません」
ふむと、すめらぎはうなずく。
顔を上げると、資料をもった職員が入ってくるところだった。
「離婚の手続きをお願いしたいのですが」
「は?」
声をかけられ、右脚を前に出したまま固まる職員。
「離婚……ですか?」
その目はすめらぎと皇妃を行ったり来たり。
「弟夫婦のことです」
「あぁ……」
安心したように、職員は全身の力を抜いた。
「びっくりしました。手続きには成人した二名の証人が必要になりますが……」
「私達が証人になりますわ」
そう言ったのは皇妃だった。
「はい。わかりました。お急ぎ……ですか?」
すめらぎは少し考える。
「そうですね。できれば失敗してもいいように数枚用意していただけると助かります」
「承知いたしました」
職員は持っていた書類を別の職員に押し付けると、退室していく。
「もしかして、皆さん……離婚を望んでいらっしゃったのかしら……」
皇妃付きの女官がうなずく。
「どちらかといえば、もっと早く……という声があがっておりました」
「あら……」
女官の言葉に職員達は大きく頷いている。
「書類が整い次第、弟に……会ってきます」
ようやく気持ちが固まったすめらぎに、皇妃はうなずいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「冬篠……維子」
特徴のある丸い文字で、名前と住所を書いていく。
ペンを持つ手は左手だ。
それを見ながら、看護師は、一応ビデオ録画している。
間違いなく、本人が書いたということの証明である。
筆跡が多少違っていようが、字の綺麗さは同じようなレベルである。
夫であるかつての弟は、妻の筆跡か娘の筆跡か、違いに気づくだろうか。
念の為余分に数枚書いてもらい、すめらぎの使いとして待っていた職員に渡した。
天井からの防犯カメラの映像を見る限り、次女は大人しくしている。
そして、ぼんやりと花瓶に活けられた花を見ているのだった。
皇女さまが活けられたと、気づいたのだろうか?
周りの看護師も、じっと見ている。
「どう?」
「わかんないわね。体が邪魔をしているわ」
「そっか」
看護師の晶子は小さくため息を吐いた。
眼の前に立っても、追い返した職員だと気づいていない。
むしろ、あの状態で覚えている方が不思議かもしれない。
「どう見えてるの?」
好奇心で別の看護師が尋ねる。
「今の状態は、何も考えてない。ただ、ぼ~~っと、あのお花を見てるだけ。あ、姉のことを考えてるかも」
そう言いながら、モニターを覗き込む。
「記憶あるの?」
「わからないのよ」
そう言ったのは、看護師の格好をしている朋美だった。
名札には『研修中』の文字がある。
「ただ言えるのは、危険なことは全く考えていない。どちらかといえば、後悔の気持ちが強いわね」
そう言いながら、目を細める。
「ほんと、見づらい……」
「お花は、どう?」
晶子は花を見る。
見る限り、その場を清めていっているように見える。
「うん、すごいわよ。浄化作用が。それも影響してるのかな。だいぶん、表情が穏やかになったわよね」
「そうね」
晶子はじっと画面を見る。
次女はひっきりなしに、髪を触っていた。
「もうそろそろ入浴大丈夫かも」
周りの看護師が集まり、じっとモニターを見る。
「そうね、そのほうがいいかも」
晶子は頷き、予定を確認する。
「朋ちゃんも入ってね。今よりもはっきり見えると思うわ」
「はい」
朋美は真面目な顔で答えた。
その後、検温等で看護師が病室にはいり、母親の姿をした麗子に入浴の事を伝える。
ただ、体力が落ちているから、長湯はできないことは伝えた。
それでも、久しぶりの入浴に、麗子は嬉しそうだった。
入浴介助のとき、麗子は手伝ってくれている看護師たちに小さくお礼を言い続けていた。
シャンプーをしたのは朋美だった。
横にいる同じツクヨミの一族有花からの指示に従っていた。
『そう、あまり力を入れすぎないでね……。耳の後ろ側も丁寧にね』
朋美は、うなずきながら、手を動かす。
頭の中に何か埋め込まれているというのは、すでに検査済みだが、もう一度しっかりと見てみる。
もしかしたら第六が残っているかも……と思ったのだった。
しかし、第六の形跡はもう残っていない。
第六が入って魂を操っていた人達も、印を通して集まってもらったが、微妙に魂に印が入っただけだった。
ツクヨミに確認してもらったが、大丈夫だという。
今の次女の魂にそういう傷はない。
ツクヨミがきれいに余計なものを取り去ったからだろう。
『もう、そろそろいいわ。泡を流して。ちゃんと声をかけてからね』
足を洗いながら、しっかりとマッサージもしている有花に朋美は感心した。
「泡を流しますね」
小さくうなずくのを確認し、シャワーの温度を確認してから、泡をシャワーで洗い流し始める。
「この温度で大丈夫ですか?」
麗子は小さくうなずいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
病室のドアが開き、一人の男性が入ってきた。
男はゆっくりとその人を見る。
「お兄様……」
「私のことを覚えていましたか……」
男はゆっくりとうなずく。
「結婚したことを、覚えていますか?」
男はゆっくりとうなずく。
「でも、り……こん……したい」
怒られたり責められたりすることを恐れているようだ。
聖子が殴った痕は、わからないぐらいまで回復していた。
「ずっと、思っていた」
男は更に続ける。
「でも、本当は離婚したい」
徐々に言葉ははっきりしてきた。
「離婚したい。お兄様、助けてください」
すめらぎには、弟が幼い時の記憶を思い出した。
海外公務に出かける皇太子夫妻を見送りる時、弟は大泣きし、発進した車を追いかけようとしたのだった。
それを後ろから必死で止めた。
まだ2歳の弟には『お仕事ですよ』と言われたところで、理解できるはずもなかった。
大泣きし、泣きつかれて眠るまで、ずっとそばにいたのだった。
その時の泣き顔を思い出す。
「変わっていませんね。あなたは幼いときのままです」
意味がわからず首を傾げる男に、すめらぎは一枚の書類を取り出した。
「離婚届です。望んでいた離婚ができますよ。ここに名前を書いてください。一応、見本も用意してあります」
すでに妻の欄には維子の名前が書かれている。
「ありがとう、ございます」
そういうと、男はペンを手にし、自分の名前を見本通りに書く。
名前の中に『宮』という文字はない。
いつも以上に慎重に文字を書いている。
離婚届は3枚用意してあったが、1枚で十分だった。
「では、これは預かります」
すめらぎは書類を受け取り、封筒にしまう。
「今後のあなたの扱いですが、まだ決まっていません。どうしたいか、考えてみてください」
ゆっくりと男は首を傾げた。
「これからどうしたいか、考えてください」
もう一度すめらぎは言う。
男がゆっくりとうなずくのを見て、すめらぎは病室を出た。
「お疲れさまでした」
侍従が書類を受け取る。
「このまま、区役所……ですか? 提出をお願いいたします」
侍従はうなずき、封筒を持って区役所に向かう。
「お疲れさまでした」
もう一人声をかけてきたのは、ツクヨミの一族の長老になった鈴木脩平だった。
「あれから何か……」
脩平は首を横にふる。
「みつけられません」
「そうですか……」
「一応、ここの警戒レベルは上げておきます。あちらも」
「よろしくお願いします」
すめらぎはそう言い、口元を引き締める。
「見つからないのですよね?」
「ええ。ちょっと権限を借りて、顔認証をしているのですが、見つかりません」
「早く見つけてあげないと……」
そういうすめらぎに脩平は首を横にふる。
「もう、成人を迎えてます。もう、未成年者ではないのです。罪は……罪です」
すめらぎは辛そうにうなずく。
「わかっています」
脩平はじっとすめらぎを見た。
「陛下には、どのように見えていたのですか?」
言おうかどうか、迷っているのが脩平にはわかった。
「最初の子どもが亡くなって、連れてこられた……子どもです」
脩平は思わず目を見開いた。
「中途半端にしか、愛情をかけてもらってません。妻も心配しています。娘も」
脩平は頷いた。
「全力を上げて、探し出します」
「よろしくお願いします」
すめらぎが頭を下げるのを脩平は止めた。
「我らの任務でもあるのです」
「はい。ありがとうございます」
脩平にはその表情が泣き笑いに見えた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
侍従が戻ってきた。
書類バッグの中から一通の封筒を取り出す。
「戸籍抄本です」
「抄本で十分ですね。離婚できたことを証明できます」
「娘を探そうとしませんか?」
「そう思っているのなら、もうすでに口にしているはずです」
すめらぎは脩平に言われ、うなずく。
「では、もう一度話をしてきます」
封筒を侍従から受け取り、すめらぎは病室に入った。
「ツクヨミ様のお印は、威力がありますね。すんなりと……いきました」
汗をハンカチで拭く侍従。
ツクヨミが提出しようとした離婚届全面にツクヨミの印を入れてしまったのだった。
それをツクヨミから報告をされた時、脩平はびっくりして、手に持っていたお茶をこぼしてしまった。
それをすめらぎがハンカチで拭いてくれる。
「無事、受け取ってもらえたようです」
その時はそれだけをすめらぎに報告。
すめらぎは一言、「そうですか」で黙ってしまった。
すめらぎがどういうふうな判断をするのか、そもそもあの男は今後どういうことを望むのか。
国外で暮らすのか。
それとも、国内でどこかで隠れ住むのか。
脩平と侍従の二人は、病室のドアをじっと見つめる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「離婚、できましたよ」
そういって、封筒を男に渡す。
男は封筒を受け取り、中身を出す。
「戸籍?」
「ああ、初めて見たのですか?」
男はゆっくりとうなずく。
「あなた自身の証明のようなものですね。住んでる住所、家族……もう、一人ですけどね」
戸籍抄本をじっと見る男。
離婚して、独り身になったことが証明されている。
「娘は? 娘は二人いたはず」
抄本に娘の記載はない。
「そうですね。二人とも、あなたのかつての妻により……殺されていますね」
「え?」
目を見開く男。
「馴子も?」
ゆっくりとうなずくすめらぎ。
「麗子も?」
男の目をみたまま、すめらぎはうなずいた。
「もう、死んだ?」
「はい」
「息子は神に殺された。娘は鬼のような妻に二人共……殺された」
「はい」
すめらぎはじっと男を見る。
視線が右に、左に動いている。
唇も何か言おうとするかのように、動いている。
別れた妻に会いたいと願うのだろうか?
国外にいる妻達のところに行くことを願うのだろうか。
この男に、今、何が必要なのか。
何も必要ないのか。
すめらぎ自身、まだ答えは出ていない。
卑怯なやり方だが、かつての弟にその答えを出してもらおうと思いつつあった。
しかし、自分の中でそれではダメだという声も聞こえてくる。
血の繋がりはない。
どちらかと言えば、面倒事を起こすことの方が得意だった。
祖父である昭和天皇は、『成人すれば追い出せ』と言っていた。
結婚には命をかけて、反対した。
すめらぎは、結婚し家庭を持ち、心を入れ替えて真面目になることを願った。
だが、結果は最悪だった。
裏切られたとも言える。
国民全員を裏切った。
だけど、この男のことを憎みきれずにいた。
どうしてなのか。
その答えがまだ自分の中で出ていない。
「お兄様。僕の願いを聞いてくれて、ありがとう」
男の目から涙が溢れた。
『ありがとう』
これは、本心からの『ありがとう』だった。
すめらぎはこの言葉を望んでいたわけではなかった。
ただ、眼の前で静かに涙を流している男をみて、やっと気づいたのだった。
(ああ、私が『お兄様』だったから……)
すめらぎの中でこの男は、あの時、両親が乗った車を泣きながら追いかけようとしていた弟のままだったのだ。
妹が生まれた時、すめらぎは嬉しかった。
守るべき存在だと思ったのだった。
その妹に弟が意地悪をしていた。
母が妹を可愛がっているからかと思って見ていたが、どちらかといえば母が可愛がっているのは弟の方だった。
妹の方はカメラがあれば、可愛がっているフリをする。
でも、服装も、髪型も、あまりにも無頓着だった。
その理由はある日突然、すめらぎは知った。
『あの子は、私が産んだ子ではないの。私はあの子に苦しめられているの』
その言葉を弟に母は言ってたのだった。
そう言えば、お祖父さまが言っていた。
あの子は皇太子の子と。
おまえも皇太子の子。
母親のことには触れていない。
母の言葉を信じ、母の苦しみを和らげようとして、弟は妹を虐めていたのだった。
妹を守る人は少なかった。
だから、自分が間に入った。
それが気に入らなかったのか、母は自分にも冷たく接するようになった。
皇籍復帰した妹は強くなっていた。
まさかあんなきれいに、後ろ回し蹴りを決めるとは思わなかったのだ。
その後の笑顔。
かつて、自分の前だけで、安心しているときだけ、見せる笑顔だった。
あの後、四人でお茶会をした。
三人の笑い声を聞き、心は穏やかになっていったのだった。
本来なら、これが当たり前の光景だったのだろう。
それを取り戻せたというのだろうか?
「美味しいですね」
色んな種類のチーズケーキが並んでいる。
どのチーズケーキも美味しい。
「また、焼いてくれると嬉しいですね」
娘が笑顔で大きくうなずいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
あれから一週間経った。
かつての弟だった男はまだ結論が出ていないらしい。
医師からの勧めで、フェンスで囲われてはいるけれど、外に出て散歩をするのはどうかと尋ねられた。
今、男がいるのは、山奥の中にある、施設。
知り合いの別荘を借りたとツクヨミの一族の長老が言っていた。長老にも思うところがあるらしい。
そこは療養施設も兼ねているということで、医療設備も整っている。
フェンスがあるのは、野生の動物が敷地内に入り込んで花壇を荒らしてしまうからということだった。
「本人が望むのであれば……」
男が入っている部屋は、前の病室に比べると温かみのある部屋だった。
建物の作り自体は鉄筋コンクリートだけど、壁には木が使われていた。もちろん床も木である。
窓には防犯用の柵が付けられている。
中からも外からも出られない。
窓を開けて、自然の空気に触れる。
男は徐々に食欲を取り戻し、顔色も良くなっていった。
その様子を確認しているのは、ツクヨミの一族と、巫女の一族だった。
部屋の中をウロウロとすることはなくなったが、フェンス内に設置されたベンチに座って、ぼ~っとしている。
毎日の記録も、ほぼ変化がない。
変わっていくのは食事のメニューだけだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
かつての弟が過ごしている様子をモニターですめらぎは確認した。
今までで一番穏やかな表情をしているように見える。
身の回りのことも、自分で多少やっているようだ。
「そろそろ会いに行かれたらいかがですか?」
皇妃がすめらぎに声をかけた。
「そうですね……少し遠いので……公務が入っていない日に……」
「では明日ですね」
皇妃はすめらぎの公務日程をすべて把握している。
「明日の朝、少し早めにここを発てば、お昼前には到着しますね。夕方には戻ってこれるはずですわ。皇太子殿下との夕食には十分間に合います」
にこやかに言う皇妃に、すめらぎはうなずくしかなかった。
決断を後回しにしていることはすでに見抜かれている。
「では、明日」
「はい」
皇妃が振り返り、職員に予定変更を伝える。
もう、すめらぎは、逃げられなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
十一時過ぎに、到着。
その時間はフェンス内のベンチでぼんやりとしているとのこと。
すめらぎは直接そこへ向かう。
外に出るドアを開けると、ぼんやりとしているかつての弟がいる。
今日は少し寒いのでチェックのシャツの上にカーディガンを着ている。
「こんにちは」
すめらぎは声をかけた。
男はゆっくりとすめらぎの方を見る。
「お兄様……」
「となり、失礼しますよ」
五人ぐらいが余裕で座れそうなベンチの一番端っこに、その男は座っていた。
すめらぎは少し間をあけ、隣に腰掛ける。
「体調はどうですか?」
「大丈夫です」
「よく眠れていますか?」
「たぶん」
「ご飯も食べれていますか?」
「はい」
すでに報告書に上がっていたことだが、一応確認する。
「どうしたいか、決めましたか?」
その問いには、男は答えない。
「わかりません」
前にあったときより、声に覇気はある。
「何がわからないのですか?」
男はゆっくりと正面を向く。
見えるのは芝生と生け垣。
その向こうは一応手入れはされているようだが、木が生い茂っていた。
「あの妻たちは、大丈夫だったのでしょうか?」
すめらぎは一瞬、言葉に詰まった。
「そうですね。あなたの家族と呼べる人で、生き残っているのは◯◯王女と△△王女だけです」
男は驚いた顔ですめらぎを見た。
「会ったのですか?」
すめらぎは首を横にふる。
そのことは、ツクヨミが教えてくれたのだった。
その中で、すめらぎも選択を迫られた。
かつての弟が関わった人すべて、ツクヨミの印をつけるか。
子孫を根絶やしということで、子どもと孫の命を引き換えにし、王女に健康を取り戻させるか。
二択だった。
どちらにしても、子どもたちは命で償うことになってしまうらしい。
そして、その配偶者も同じことになる。
幸い、その配偶者の家族には印を出さなかったらしい。
『生きているだけで罪』
それなら、どうして産まれたのか。
いや、その生命をつくってしまったのか。
すめらぎの決断は、生き残る人が多い方を選ぶということだった。
子どもや孫を自分達の健康と引き換えにした王女たちは今後どうなるのだろう。
この男を必要とするだろうか。
すめらぎはもう一度、男の顔を見た。
俯いたまま、虚ろな目をしている。
事実を告げるには、まだ早すぎたか。
少し、後悔の気持ちが出てきた。
でも、いずれ知ること。
「なぜ、私は生かされているのですか?」
その男が口にした疑問だった。
ずっとそのことを考えていたのだろうか。
「それは、私にもわかりません」
すめらぎは正直に答える。
すめらぎ自身、その答えを知りたいと思っていた。
でも、知るのは怖い。
ただ、この男の未来は……。
「そうですか……」
自分で考えて、答えを見つけるしかないのだろう。
ベンチに並んで座っていたが、すめらぎは立ち上がった。
「お兄様……」
「私はあなたのお兄様ではもうありません」
目を見開き、驚くかつての弟。
その顔は、あの時の顔と、全く変わっていない。
「私のお兄様ではないのですか?」
「はい」
すめらぎはまっすぐに男を見た。
「あなたが、私の弟になることを選ばなかっただけです」
そう、他人。
もともと、他人だった。
妹には半分血の繋がりはある。
その妹に、何をした?
すめらぎは怒りを抑え、眼の前の男を見る。
「もう、あなたを可愛がった母親はいません。実の父親も……もういませんね」
上皇が連れて行った人の中に、その人はいた。
「あなたの家族は、いません。あなたは一人です」
現実を突きつける。
それを受け止めるかどうかは、この男次第。
「自分の足で歩くことを、してください」
もう遅すぎるけれど……。
すめらぎはそう思いながら、男をしっかりと見る。
「では。もう二度と会うことはないでしょう。お元気で」
『さようなら』
心のなかで、その言葉を付け加える。
男は何かを言いかけ、手を伸ばしたが、ゆっくりと手を下ろしていった。
「はい。お元気で」
ツクヨミが自ら命を断つことがないように術をかけているらしい。
『そんなに簡単に終わらせていいはずがない』
ツクヨミにも見えているのだろう。
すめらぎは、男を一人残し、建物の中に入る。
そして、職員に一礼をし、戻ることにした。
運転手はスサノヲ。
助手席にツクヨミ。
信号機を勝手に青に変えていく二人組みだ。
いや、この場合、二貴神というべきか。
「終わったか?」
スサノヲにすめらぎは頷いた。
「はい。別れの挨拶をしてきました」
「そうか」
その一言は、ツクヨミだった。
「では、戻るぞ。兄者、信号は頼む」
妙に声が弾んでいるスサノヲだった。
「さっき、魚を届けた。姉者も食べに来るらしい。夕餉はにぎやかになるぞ」
きっと、皇妃は料理の準備をしているだろう。
妹にも声がかけられたかもしれない。
皇太子はもうすぐ公務から戻ってくるはず。
私を労う集まりになるのだろうか。
そう考えて、すぐに否定する。
みんなで集まって、美味しいものを食べて、楽しい時間を過ごす。
それが目的なんだろう。
自然と言葉が出てきた。
「楽しみですね」




