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13話 額に刻まれる印

フィクションです。


 キツネとイタチがしでかしたことが徐々に公になっていった。

 そしてそれは、事が明らかになるにつれ、混乱を増していく。

 事態は収拾の目処すらつかないくらいだった。

 更に、土砂災害で、とんでもない事実が明らかになった。

 そして、その裏で上皇が額に印のあるものを伴にし、逝去した。

 上皇が一緒に旅立たせた魂はかなりの数だった。

 ただ、神々の仕事は丁寧で、該当者がいるところには、ツクヨミやスサノヲの印が現れ、人に見つけてもらいやすいようになっていた。

 当然、連絡するのは、110番である。

 しかし、110番で自動再生されたのは、『お近くの交番にお越しください』という、信じられないメッセージだった。警察関係者の上層部の半数以上が連れて行かれてしまっており、警察内部はかなり混乱を引き起こしていた。

 その中で確実だったのは、近くの交番に駆け込むことだった。

 幸い、どれだけ時間が経って発見されたとしても、亡くなった人の体は腐敗していない。まるで、亡くなった時のまま時間が止まっているようだった。


 額に印があることで、検死は簡単だった。

 火葬する手続きをするのに市役所や区役所の窓口は激混みだった。

 普通なら「早くしろ、ウチは◯◯だぞ」と怒号が飛びそうだが、今回は死因が死因だけに、皆、大人しく順番を待っていた。

 ただ、印とは無関係で、病気や事故・老衰等で亡くなった人の手続きだけは優先して行われた。


 葬儀の会場を押さえるのも、印のない人は問題なくできたが、印があった人の葬儀の場合、葬儀社が引き受けるのをいやがった。そのため、葬儀を執り行うことなく、検死後、手続きが完了すると、すぐに火葬する人が増えていった。

 偽って葬式の会場を押さえた一家がいたが、葬儀中にそれがバレ、参列者全員が逃げ帰るというようなことが起こる。

 葬儀の契約違反ということもあり、その一家は、通常の料金の十倍を支払う羽目になる。

 そのことは隠していても人に伝わってゆく。


 気づけばアマテラスの印が反転したものが額に現れていた。

 このことはマスメディアも警告を込めて取り上げた。



 

『どうしてパパが死ななきゃならなかったの? ツクヨミが何よ! スサノヲが何よ!』


 泣き叫ぶ喪服姿の娘の額が光ったと思うと、アマテラスの反転した印が現れたのだった。

 今までの印と違ったのは、本人にもそれが鏡で確認できるということだった。

 その印が現れた人から、人々は遠ざかった。


『私が悪いの?』


 途中で、音声が押さえられ、アナウンサーの説明が入った。


『このようなアマテラス様の反転したお印が現れたということは、どういう意味なのか、まだ、確認できておりません」


 一旦言葉をきり、カメラをしっかりと見て、言葉を続けた。


『ですが、出てきた、現れた時の状況を考えると、ツクヨミ様とスサノヲ様のお印が現れたことの意味を本当に理解していなかった人ということになると思います。私見ですが、今まで特権階級でふんぞり返っていた人に現れやすい傾向が見られると思います』


 そこまでいい、司会者は一息吐く。


「そうですね。すべての特権階級の人にお印が現れたわけではありませんし、真面目に取り組んでいた人にはアマテラスのお印が現れていたりしています」


「一般人に戻られたあの……次女の方。お葬式を引き受けてくれるところがなかったそうです」


 アシスタントが原稿を読み上げると、周りは静かになった。


「どうコメントしていいのか、困りますね」


「ええ。本音を言ってしまうと、放送禁止用語になってしまいそうです」


 司会者が、そう言ったコメンテーターの女性を見る。


「すべて、自分に戻ってきた……ということですよね?」


 女性の隣に座っていたアイドルグループのリーダーが、こわごわ言う。


「そういうことになりますね」


 司会者も少し迷いながらも、そう答え、更に続けた。


「はやく、そのお印のことが詳しくわかれば、いいですね。慢心して、人を見下した言動や行動をした人に現れやすいというのは、わかりました。それから心を改めればそのお印は消えるのかもしれません」


 じっと黙っていた僧侶が口を開く。


「恐らく、それが正解だと思います。私は◯◯宗の僧侶で天照大神のことはあまり詳しくはありませんが、簡単に人の命を奪うということをなさるとは思えないのです」


「そうですよね?」


 パァ~とアイドルグループのリーダーの表情が明るくなる。


「ここ数ヶ月、天災も多かったです。特に多かった土砂災害では、死亡者がゼロだったんですよ?」


「確かにそうでした。事件の方が大きすぎて、すっかりそのことを忘れていました。けが人はいましたが、死者はゼロでした」


 アシスタントの声が弾む。


「あと、語り継がれている日本神話も見直したほうがいいかもしれません。あの三貴神が仲が良かったなんて、誰が思います?」


「え? 仲が悪かったんですか?」


「ええ、荒ぶるスサノヲにアマテラスは怯えたといいます」


「たしか、そうでしたね。そういえば、スサノヲって、神話によってどんどんと人格? 性格? 変わってきてますよね?」


「ええ、調べてみると面白いですけどね。ちょっと話がそれましたが、今までの認識を改めるいい機会かもしれません」


「なるほど、そうかもしれませんね」


 司会者が納得し、大きく頷く。


「こういうのは、どなたにお聞きすればお答えいただけるのでしょうね?」


 アシスタントが司会者に尋ねた。


「一番簡単なのは、代理人と言われているすめらぎでしょう」


「そうですね、あまり知られていないかもしれませんが、毎朝の祈りは修行僧並いえ、それ以上でしょうか。それに、季節ごとに行う神事」


「そう言えば、そうでしたね」


「ご公務と言われる外交やいろいろな施設の訪問しか目立っていないですけど、見えないところでの仕事はかなりあると思います。われわれ国民のために祈ってくださってるのですよ」


「簡単に……スタジオにおよびできる方ではないので、お話は伺うことはできませんね……」


 司会者は残念そうに言った。


「あ、もう、お時間になってしまいました。では、最後にお天気、お願いします。鈴木さぁ~ん?」


「はぁい、今日は✕✕に来ています。後ろに見えるのは、あの時に実況中継した、あの島の山です。もう建物は取り去られ、更地になっているのが遠目でもわかると思います。

 さて、今日のこれからのお天気ですが……」



 ブチッと、テレビの電源が切られた。



「どう、説明しましょうか?」


「さっきの説明で問題ないと思いますけどね?」


「ただ、命は奪われないとなると、あの印を無視しませんか?」


「あぁ、そういうのもあるのですね。あまりひどいと……」


 そこまで言って、ツクヨミ一族の長老、鈴木喜朗は首を横に降った。


「すべて神々に頼るのは、いい傾向ではないですね」


「……そうでした」


「そういえば、あれから大掛かりな組織編成をしなおしましたね……」


「あちらこちらでね。財務省は解体できたからいいんじゃないでしょうかねぇ?」


「ほんと、日本が機能しなくなると思いました……」


 久しぶりに巫女の一族とツクヨミの一族の代表者が集まったのだった。

 大きなため息の後、お互いの顔を見て、黙り込む。


「本当に……」


「最近、何か、他に大きく変わったことは、ありますか?」


 巫女の一族の長の娘、佐藤昭子が尋ねた。


「そうですね……。あれだけ『廃嫡』や『離婚』とか言われていた……あの方々に関する動画ですが、自主的に投稿者が削除していった……ということでしょうか?」


「あぁ、私はネットをあまりしてないので、そういうところには疎かったですね。そうなのですか……」


「ええ。宮内庁も名前を改めましたしね。新たに作られたHPで何があったか、時系列で全て書かれていました」


「そうですか。では、あの方の無念も晴れたのでしょうか?」


「ええ、証拠は隠滅されたと皆が悔しがったのですが、それでも、隠れて、見つからないように、証拠保全をした人がいるのです」


「あれは、びっくりしました。こっそりと血液を採取していて、証拠のグラスも保存してあったなんて」


「恐ろしい計画でしたね……」


「ええ、他にも、手にかかって亡くなった方がいたというのも……」


「そうですね」


「事実がわかって、更に悲しくなるというのも……」


 そう言って、昭子はハンカチで目を押さえた。


「悔しいですね。やっぱり悔しいですよ」


 脩平は涙をこらえる。


「では、祈れ」


 ツクヨミの声がした。


 声がした方を見ると、ツクヨミが雑誌を手に、立っていた。


「アマテラスが、悲しんでおる」


「それは……」


 そう言いながら、昭子はハンカチで目元をもう一度押さえ、気持ちを切り替える。


「無理せずともよい。悲しくて悔しいのであろう?」


 昭子は頷き、頷いた拍子に新たな涙がこぼれ落ちた。


「だから、祈れ」


「祈ってますけど」


「そういう意味の祈りじゃない」


「なんとなく……わかったような気がします」


 そう言ったのは、巫女の一族の長、佐藤智世だった。


「すめらぎに、話を?」


 ツクヨミはうなずく。


「次の会合とやらか? その時に話をするがよい」


「そうですね」


 喜朗の表情が少し、明るくなる。


「あちらの姫様の様子はいかがですか?」


 喜朗はツクヨミを見た。


「まぁ、退屈はせぬ。ただ、手出しできぬ故、もどかしい」


 巫女の長はそういうツクヨミを見て笑う。


「最強なのは、その末姫様かもしれませんね。私の知り合いが近くにいるのですが、もう、それは……」


 ふふふと、智世は笑う。


「そんなに楽しい話なの?」


 昭子に智世は首を横にふる。


「まさか。命の危険にさらされて、楽しい話になんてならないでしょ?」


「え? 命の危険って?」


 昭子は思わず立ち上がり、ツクヨミを見る。


「心の臓は止まり、呼吸も止まった」


「え? どういうこと!?」


「すぐに心肺蘇生をして、一命はとりとめた。それに頭にできた腫瘍とやらを無事取り除けてもう退院したのだったかな?」


 昭子はソファに座り直した。


「暴漢?ではないな、強盗でもないが、入院している部屋に犯人の一味は入り込んで、ベッドが包丁で切り刻まれていたか」


「はぁ????」


 昭子はまた立ち上がる。


「落ち着け。今、ツクヨミ様がこうお話されているということは、もう大丈夫ということであろう?」


 喜朗に言われ、昭子は不満げに、ソファに腰を下ろした。


「もう、大丈夫なのですか?」


 脩平が尋ねる。


「体の方は問題ないが、犯人が捕まっておらぬ故、周りの緊張度はかなり上がっておる」


 智世はゆっくりと、頷く。


「末姫の名を……いえ、保護者の名を言っても?」


 ツクヨミはややしてからうなずく。


「須崎会長の唯一人の孫娘さんなんですよ」


「なに?」


「は?」


「どういうこと?」


 ツクヨミと智世はその反応に満足げな顔をする。


「ちょっと待って、そう言えば、あの辺り、妙なことがいっぱいあったわよね?」


 昭子は母の智世を見る。


「ええ」


「それに、第六……」


 大きな声で言いかけて、脩平は思わず口を押さえた。


「が関係していると?」


「無関係ではないだろうな」


 そう断言したの喜朗だった。


 ツクヨミの一族の長、鈴木喜朗と巫女の一族の長、佐藤智世はツクヨミを見た。


「代替わりをして、末姫様の近くにいたいと思います」


「協力を得られそうで、助かった」


 昭子はため息を吐いた。


「なんか、今までの悲しさや悔しさがぶっ飛んだじゃない」


「そうね」


 巫女の長が笑う。


「でも、気持ちが立て直しできない人も、かなりいると思うわ。すめらぎと話をしましょう」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「こんなところで、申し訳ありません」


「いえ、構いません。カラオケルーム(こういうところ)にはなかなか来れないので、ちょっと気持ちがワクワクしてしまっているのです。あ、言葉遣いはいつものままでお願いしますね」


 照明は少し落とされ、モニターには、昭和天皇が好きだったと言われている唱歌の歌詞が表示されている。

 テーブルを挟んで、すめらぎと巫女の一族とツクヨミの一族は向かい合ってソファに座っていた。


「それでは、お言葉に甘えまして……」


 長老がすめらぎに向き直る。


「祈りの場を、機会を作っていただきたいのです」


「祈り……ですか……」


「はい。やはり、気持ちが、頭でわかっていても、気持ちがついていかないのです」


「失われた命はもどってきませんから」


 すめらぎは黙っていた。


「そうですね。私も、それはずっと考えていました。私はまだ……亡くなった人の魂と話はできるのですが、それでも、悲しいし、悔しい。どうしようもない気持ちになるときはあります」


「陛下もでしたか……」


 長老は呟く。


「アマテラス様が言われておりました。すめらぎが一人だから弱すぎると。はやく皇女様に立太子していただき、正式に儀式を行い皇太子とならねば、立ち行かぬと」


 すめらぎは頷く。


「そして、『その様子をなまちゅうけいせよ』とのことです」


 じっと巫女の長は、すめらぎを見る。


「そして、祈りを捧げてほしいのです」


「癒やしの……でしょうか?」


「それも……でしょう。皇妃のもつ癒やしの力も必要だと」


 すめらぎは目を閉じて、じっと考える。


「立太子の儀を……急ぎましょう」


「おぉ」


「準備は、手伝っていただけますよね?」


 すめらぎは少し企み顔になる。


「大量に解雇しておりましたな」


「はい。儀式をしっかりと今の新しい職員に引き継ぎできたかどうか怪しいのです」


「わかりました」


「衣装の新調は間に合わないので、今あるのを作り変えることになると思います」


「今回ばかりは仕方ありませんね」


 巫女の長が、ため息を吐き、言う。


「時間がありませんからね」


 衣装を用意するとなると、まず、養蚕から始まるのだ。


「衣装に関しては、もう、国民は何も言わないと思うわ。新調しても、しなくても、笑顔でお手振りされているのを見ていると、満足してしまうのだから……」


 そういって、巫女の長は笑う。


「衣装に関しては、妻と娘と相談します」


「それがいいですね」


 巫女の長は言う。


「あ、祝詞もいいが、あの楽器の演奏も……いいかもしれない」


 長老はじっとすめらぎを見た。


「できれば三人で」


「なるほど、それもいいかもしれませんね。何度でもそれが見れるようにしておけば……ね」


「癒やしの効果ついでに浄化も」


 長老は意味ありげにすめらぎをみる。


「あの国で演奏された曲でもいいんじゃないでしょうか?」


 そう言いながら、繰り返し歌詞が流れているモニターを見る。


「あれはすごかった。浄化の力が……」


 思い出したように言う巫女の長に、すめらぎは苦笑する。


「見抜かれてしまうのですね」


「年の功には勝てぬ」


 長老はそう言って、笑った。


「話はもう、終わったか?」


 突然アマテラスが乱入してきた。


「ほぼ、終わりました」


 すめらぎが答える。


「では、この日に行え」


 壁にかかっているカレンダーの日をピッと指で押さえた。


「その日……ですか?」


「ああ、この日じゃ」


 ややしてから長老がうなずく。

 巫女の長もうなずき、すめらぎを見た。


「あまり時間がないですが、調整してその日にしましょう」


「そうしてくれ」


 アマテラスは満足げにすめらぎを見る。


「天気はわらわに任せよ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 翌朝、テレビや新聞、ネットでも『皇女殿下、立太子決定。ついに皇太子へ』という見出しが溢れた。


「皇太子って、男でも女でも関係ないのね」


「そういうことになるな」


 望はじっとテレビを見ている。


「あ、記者会見が始まる!」


「これは記者会見なの? 録画を流しているだけでしょ?」


「あ、そうだね。録画だ」


 見慣れた背景に、すめらぎと皇女が並んで座っている。


『今朝、臨時法案が通ったと知らせがありました。そこで、天照大神に指定された日に立太子の儀を執り行うことになりました。かなり急ですが、儀を執り行うべく、準備してまいりたいと思います』


 すめらぎがやや緊張した声で話す。


『私も、立太子に向けて、準備を整えたいと思っております。なにぶん急なことで、関係各所の方々には多大なご迷惑をおかけすることになると思いますが、何卒、どうぞよろしくお願いいたします』


 そう言って皇女は頭を下げる。


『細かい日程は後ほど、正式な形でお伝えすることになります。恙無く立太子の儀を執り行うことができるよう、ご協力をお願いいたします』


 すめらぎと皇女が二人で頭を下げた。


 映像はそこで終わった。


 テレビでは、立太子の儀の流れを説明していた。


「すごいね。日時が指定されたのは昨日の夜中……厳密に言えば、日付が変わっていたから、今日だよね……」


「もうわかっていたことだから、資料は用意していつでも対応できるようにしていたのよ」


「なるほど。過去の映像も多いね」


「ええ。見たくもないものを見せられるのかと思ったけど、顔はぼやかしてあるのね」


 望は顔を顰めて言う姉に苦笑する。


「あとはCGだね」


「準備してたから、今使えてるのよ」


 どういう動きになるのかは、CGで説明が始まった。


「俺、両陛下への挨拶の時、泣いてしまうかもしれない」


「泣けばいいんじゃない? あの人達が涙を流すわけにはいかないんだから、盛大に泣いたほうがいいわ」


「部屋にこもることにするよ」


「3週間で準備しないといけないなんて、ホント、大変ね」


「でも、真夏だよ? お盆だよ? 十二単みたいなの、着るんだろう?」


「そうね、普通は夏は避けるもんね。でも、天気は任せろってアマテラス様が断言していたから、大丈夫じゃない? どこかから冷気を引っ張ってきて雨を降らすのかしらね? なんだか、楽しみになってきた」


「姉ちゃん……こき使われる年寄りたちが大変だよ?」


 朋美はじっと望を見た。


「ものすごく張り切ってたわよ? みんな少なくとも寿命は確実に20年は伸びたわね」


「そ、それはそれで……まぁ、悪いことではないか。若い者がそれをきちんと引き継ぐことができるということだよな」


「そうそう」


「それに、皇女殿下が結婚して、子どもが産まれて……というのがこの先あるわけだろう?」


「年寄り共が張り切るわよ? 若い者には任せておれぬとか言って!」


「若いって、還暦過ぎて十年は経ってても若いとなるの?」


「皇女殿下は周りの反応に戸惑っていることが多いから、ちょっと心配なところあるんだけどね」


「見えているから?」


「そう。見えているというより、無意識に見ているのよね」


「それって、やっぱり……」


「うん。大丈夫かの判断を常にしているんだと思う。目を閉じてしまえば見えなくなるんだけど、目の閉じ方は知ってるはずなんだけど、条件反射的なものかしらねって、なんであんたが泣くのよ! 今から泣いてどうするのよ!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 誰もが予想していた通り、前日の夜中から早朝にかけて、雨が降った。

 それも、なぜかシベリアから冷気が南下してきて4月ぐらいの気温になっていた。

 そこに雨が降り、体感温度は2月の平均気温ぐらいになっていた。

 日の出の時間になると雨はやみ、雲は晴れた。


 立太子の儀は、厳かに、執り行われる。


 最後の両陛下へのご挨拶では、壁際に控えている職員は必死で涙をこらえているのが、映っていた。

 両陛下と皇女が向かい合ったその瞬間、すめらぎと皇女から白い光が漏れ始める。

 皇妃の慈愛の光も加わり、さらに共鳴する。

 それは心が浄化される光だった。

 その光に気づいているのかいないのか、挨拶は終わり、退場してゆく。

 皇女はすめらぎと同じ皇統のオーラを出している。


 廊下に出て、空を仰ぐ。


『手を伸ばせ』


 立ち止まり、予定にない動きをする皇女をカメラは写した。

 天に向かい、腕を伸ばす。

 そして、何かを掴むように、手を握り込む。

 胸の位置までおろし、両手で包む。


 ゆっくりと手を広げると、その手には、翡翠でできた勾玉があった。

 三種の神器の一つだ。


 周りからどよめきが広がる。


 皇女はそれを胸のところで両手で包み込む。


『おまもりじゃ。持っておれ』


 アマテラスの明るい声が届く。


「はい」


 人前で泣いてはならぬと思っていたが、思いが溢れてくるのを抑えることができなかった。

 嬉しいのか。

 悲しいのか。

 安堵なのか。

 不安なのか。

 辛かったのか。

 喜びなのか。

 涙を流し、皇女は考える。

 女官がそっと近づき、頬の涙をハンカチで押さえた。

 幸い、化粧はそんなに崩れることはなかった。

 涙を必死でこらえている女官を見て、皇女はにこっと笑った。

 新たな涙がこぼれたが、それも女官にハンカチで押えられてしまう。


「皇太子殿下、戻りましょう」


 皇女は頷き、勾玉を両手で包んだまま、廊下をすすんだ。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 



「桜吹雪、したかったのぅ……」


 アマテラスはその夜に行われた晩餐会の様子を見ていた。


「しかたあるまい」


 ツクヨミが現れ、呆れたように言った。


「スサノヲが大変だったぞ。寒すぎて、海が大変だったらしい」


「まぁ、暑すぎたのを冷やしただけじゃ。コレぐらいではびくともせぬわ」


「それより、二人が共鳴したことで、眠りこけていた他の神が何人か、目を覚ましたようだ」


「仕事をちゃんとしそうな感じか?」


「声が届けばするであろう。よく寝たはずだから、英気は溜まっているはずだ」


 そう言うと、アマテラスはある方向をじっと見る。


「あの辺りは、別の護りで強化したほうがよかろう?」


「頼めるか?」


「私が直接手助けしたほうがいい場面が出てくるような気がする」


「珍しいな? 『気がする』というのは」


「姉上、わかっておろう?」


「みなまで言うでない」


「私はあの件が、あの忌まわしい事件が解決することを願う」


「関わったモノはもう、ここにはいないのか?」


「人の寿命を考えれば、微妙なところだな」


「わらわはわらわの仕事をする。そなたはそなたの仕事をすればよい」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「だいぶん、涼しくなってきたねぇ……」


 腰を伸ばしながら、村長は言う。


「今日の作業はここまでだね」


 手ぬぐいで頬や額の汗を拭きながら、村長の妻も腰を伸ばした。

 二人は氏神神社の掃除をしていた。

 村の人が減り廃れつつあった神社だったが、この前の緊急日食の最中、眩しい光が神社に差し込むのを村人の数人が目撃していた。


 そして、子どものときは新年や、お盆、秋の祭りのときなど足繁く通っていたことを思い出したのだった。

 結婚し、子どもが産まれ、仕事も忙しくなり、すっかりと忘れかけていた。


「せっかく神様が戻ってきてくれたんだからね。きれいにしないとね」


 小学生のボランティアが掃除を手伝っている。


 酒屋の亭主が、軽トラで神社の前に来る。


「そろそろ終わりだろう? 休憩してくれ~。冷たい飲み物持ってきたぞ~」


 子どもたちがわ~っと群がる。


「順番に選ぶのよ?」


 付き添いであろう小学校の教諭が子どもたちを見る。


「子供の声が神社でするって、昔なら当たり前だったのに……」


「娘がまだ小学生だった時、夏休みのラジオ体操はここでやってたな」


 村長は神社の鳥居を見上げた。


「これからは、ここでお弁当を広げましょうかね?」


 村長の妻は冗談めかして、言う。


「ベンチを置こうか」


 村長は、周りを見ながら、言った。


「いいですね」


 子どもたちは歩道の縁石に座って、ペットボトルの飲み物を飲んでいた。

 酒屋の亭主が村長に、お茶のペットボトルを渡す。


「ここの氏神さん、生きてるんだな……って、思ったんですよ」


 頭をかきながら、亭主は言った。


「神様に生きてるって、変ですけどね」


「いや、わかりますよ。ここ数日間、このあたりにエネルギーが満ちてるっていうか……」


「あらま。おんなじこと言ってる人、ここにもいるね」


 村長の妻は笑いながら言う。


「多分ですけど、同じことがあちこちで起こってるんじゃないですか?」


 小学校の教諭が会話に加わってきた。


「いいことですね」


「ええ。それに、ここで子どもたちが安心して遊べるのなら、言うことないですよ」


 教諭は神社のほうを見る。


「来年、小規模でもいいですから、お盆まつり、やりませんか? 神様が喜んでくれそうです」


「わしもそう思っていたところだ」


「そうなったら、隠居したはずの老人たちがでしゃばってきますよ」


 村長の妻はそう言って、楽しそうに笑った。

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