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1話 アマテラスは起こされた

第七の姫君の番外編というよりは、サイドストーリーになります。

ある意味、ネタバレを含んでいます。

いや、ネタバレしかないかもしれません。


この話はフィクションです。

パラレルワールドでのお話です。

登場人物がこの世界に実在する人物や史実に当てはまるかもしれませんが、作者の妄想の中での出来事です。

どうか、ご了承くださいませ。

もう一度言います。


この話はフィクションです。

ガンガンガンガンガン!

ガンガンガンガンガンガガガンッ!!

ガンガンガガガガガガガガン!


耳元で鈴が鳴らされている。


「煩い……鈴が壊れる……」


「ええ、煩くしているわ」


「へ? 誰?」


「私の声を覚えてないとは、ボケたの? 仕方ないわよね、この国ができる前から生きてるんだものね? もうかなりのおばあさんよね? もう引退する? 引退しちゃう?」


 寝起きでまだ働かない頭を何度か振り、声の主を思い出す。


「巫女姫様、第一の大姫にございます」


 助け舟を出す従者の小さな声がする。


「第一の? 大姫? 第一の……大姫?」


 呟くが、全く思い出せない。

 しかし、それらしき人の存在に気づく。


「第一の大姫!」


 幾重にも重ねられた紗の帳を勢いよくはらいのけ、長い黒髪の少女は褥から転げ落ちた。


「元気そうね、アマテラス。忘れられてなくてよかったわ」


 呆れ果てた声がし、顔を上げる。

 そこには記憶にある姿のままの第一の大姫が立っていた。

 笑顔だが、目は笑っていない。


「寝坊助にもほどがあるわよ。あなた、大変なことになってるじゃないの……」


「大変なこと?」


 今、第一の大姫に起こされたこと以外、ほかに何か大変なことがあるのだろうか、とアマテラスは考えた。


「見てみなさいよ」


 第一の大姫は、部屋の中央に置かれている水晶を指さした。その水晶の大きさは床から天井にまで届いている。


 寝間着のまま立ち上がり、よろよろと水晶に近づく。


「なぜ、こんなに大きくなっておる?」


 首を傾げるアマテラスは、それでも水晶を覗き込んだ。


「はて?」


 そして、ゆっくりと第一の大姫を見る。


「これはどういうことじゃ?」


 第一の大姫はため息こそつかないが、首を少し横に振った。


「何度も連絡したのに。あの子を一度呼び戻して『護り』をもたせたのは大正解だった。歴史に残るほどの英断だったわ。まさか、爆睡しているとは思わなかった……『天照大神(あまてらすおおみかみ)』と呼ばれている大巫女さん? もう、『てんてるだいじん』に改名する? それでもいいわよ?」


「申し訳ありません」


 アマテラスは素直に謝った。


「起きたからには、ちゃんとお役目を果たしてくださいね?」


「はい」


「あ、大事なのはここからよ。連絡はね、あの子は次の大女神候補になる予定の姫なの。あの子以外に私達の末の妹姫、第七もこちらに来ることになったのよ」


 第一の大姫は一旦言葉を切りアマテラスを見る。


「言いたいことは、ちゃんと伝わったわよね?」


「はい」


「姫と妹姫をよ・ろ・し・く・ね?」


 素敵な笑顔でウインクまでする第一の大姫にアマテラスはうなずくしかない。


「はい、わかりました」


 返事を聞くと、第一の大姫はスッと姿を消した。


 寝癖がついた長い前髪をかきあげて、アマテラスは大きくため息を吐いた。


「ため息を吐かれますと、大風の災いを呼んでしまいます……」


 足元で膝をついていた従者が告げる。


「ちょっと、気を引き締めねばな。何かあったら……この世界が潰される」


 従者が大きく頷く。


「わらわが寝ていた間に何が起こったのか……」


「せめて御髪を整えさせてくださいませ」


 従者が指を鳴らすと、侍女が現れた。


「見ている間に、終わらせよ」


 従者は水晶の前に長椅子を置き、侍女はアマテラスが座るのを待って、長い黒髪を丁寧に櫛った。


 アマテラスは民の声で膨れ上がった超巨大水晶を見て、内心、ため息を吐くのだった。

 

「この空間(へや)を壊さなかっただけ、マシか……」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「なるほど、わかった。わらわがここまで眠かった理由は、これだ……」


 アマテラスはため息を吐きそうになり、息を止めた。


「で、今の代理人は……は? はあ?」


「巫女姫様!」


 急に立ち上がったアマテラスは仁王立ちになって、水晶を見る。


「こいつ、誰ぞ?」


 従者が水晶を覗き込む。


「今の代理人のようでございますが?」


「あのやんちゃ坊主はどうした?」


「人の世の言葉で申しますと、『崩御』したようです」


「ということは、こいつは、やんちゃ坊主の息子の息子、昭和の息子か?」


「崩御してから100年経っておりますから……」


 アマテラスは遠い目をして、宙を見る。


「明治、大正、昭和と年号は変わりました。今は平成でございます」


「平成?」


 アマテラスは眉根を寄せた。


「あまり、いい感じがしないな。本当に昭和の息子なのか?」


「はい」


 アマテラスは水晶に視線を戻した。


「儀式をしておらぬのではないか?」


「そのようでございます。『昭和』は簡単な儀式は受けていたようです。ですからまだ保っているのかと」


「この状態で保っているとは……」


 アマテラスは水晶に手をかざした。


「あっちが明治か、これが大正か? その近くに居るのが昭和か」


 目を閉じ、手のひらに神経を集中させる。


「かろうじて保っているのは、この魂が強いからか」


 従者は水晶を覗き込み、少し目を細めた。


「白い光でございますね」


「ああ、必死で周りを清めておる」


 アマテラスは水晶を操作し、代理人をじっと見る。


「こやつに直系の子孫はおるのか?」


「はい、長男、次男、長女の3人になります」


 従者はアマテラスの様子を見ながら、説明を付け足していく。


「長男は、結婚し娘が一人おります。次男も結婚し、長女、次女、長男がおります。長女は結婚して籍を離れました」


「長男がこれか……。なるほどのぅ。まだマシそうじゃな。あ゛?」


 アマテラスはすごい勢いで水晶を覗き込む。

 

「気づかれましたか……」


「この光……」


「そうでございます」


「そして、この光を産んだ者……」


「はい、やっと気づかれましたか……」


 アマテラスはゆっくりと長椅子に座り直す。


「申し訳ないことをした」


「まだ、間に合います」


「そうじゃな……」


 アマテラスは水晶に映る母娘をじっと見つめた。


「繰り返しては、ならぬ……」


 従者は空気を変えるように、言った。


「そう言えば、末姫様もこちらに……」


 水晶に映る景色が変わった。


「魂の色がぜんぜん違うではないか。なんと愛らしい!」


 そこに写っていたのは、妊娠していることがわかり、お腹を優しく両手で包む母、そしてそのお腹に手を当てている父親。周りには小さな男の子二人がいる。


「巫女姫様。まだ宿っただけでございます。まだ産まれてもおりません」


「無事に産まれるのは確定じゃ。それにしても周りにいるのは過保護な者ばかりじゃな」


「末姫様ですから」


「うむ」


 アマテラスは頷く。


「第四の大姫の使いも一緒か。いや、第一の大姫の使いもおるではないか! 聖獣まで付いてきておるとは……」


 アマテラスはそう言いながら、眩しそうに目を細めた。


「しかし、こちらもいろいろと受難が待ち構えておるなぁ……」


 従者は水晶を覗き込み、首を傾げた。


「そうなので……ございますか?」


「ああ、これだけの護りを持たないとダメなのであろう? 不憫じゃ。乗り越えてもらいたいのぉ……」


「そうでございますね。そのためにも立て直しを」


 アマテラスは大きく頷く。


「で、あの者とは連絡は取れるのか?」


 従者は目を閉じ、周りを見渡すように首を振る。


「いつでも大丈夫のようですね」


「わかった。しかし……」


「どうなさいました?」


「こんなにひどいことになっておったとはのぅ……」


 水晶にはアマテラスの力が及ぶ範囲が映し出されていた。


「悲しみが、悲鳴が、民の苦しみがまだ続いているではないか」


 従者は頷く。

 アマテラスの水晶は、普段は両手で持てるぐらいの大きさなのだが、民からの不満や悲鳴、地の悲鳴、海の悲鳴などが大きくなると、その大きさを変えていくのだった。


「まだ、お声は届けられるのでしょうか?」


「わからん。届けるのに代償が必要になるかもしれん」


「山から火を?」


「その力を借りるのが一番簡単じゃ」


「使えそうなところは、ここでしょうか?」


「そうじゃな、手頃な危うさじゃ」


「巻き込まれる民は……」


「あまりおらぬな。いたとしても少しは護れる。それより伝えるほうが、先じゃ」


 強くアマテラスは言い切る。


「あやつに護る気があれば、確実に護れる。しかし、祈っておる姿は見えるが、声が全く聞こえてこぬ。こやつに護る気は、ない。代理人どころか代弁者にもなっておらぬ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ゴゴゴゴッと地が鳴る。

 地響きの後、休火山だと思われていた山が少し動き始めた。


『交代せよ! 次の後継者と早く変われ!』


 強い言葉とともに、火口から噴石を飛ばした。


 噴火の規模は小さかったが、失われた命はアマテラスが思ったより多かった。


「地を焼かなかっただけ、良かったのではないでしょうか」


「民が少ないと思ったのだがな……なぜこんなに人がいたのがわからなかったのか……。わらわの力が落ちたのか?」


 アマテラスは気を取り直すように、水晶を見る。


「あの者にも告げておいた。人の世の理はわからぬからな」


「うまくやってくれることでしょう」


 うまくやってもらわねばならぬ。

 従者はそう思い、さらに強く伝えるのであった。



 それからしばらくして、代理人が交代することが決まった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「ようやくか」


 アマテラスは水晶を見ながら、呟く。


「何をすれば、わらわの意思は伝わるかのぅ?」


 従者が巻き紙を取り出し、広げてアマテラスに見せる。


「どうやら、継承の儀式はこういう流れになっておるようです」


「なるほど。ではまず、清めの雨を……」


 アマテラスは楽しそうに、笑う。


「盛大に降らそうではないか!」



◇◆◇◆◇



「もう、そろそろよろしいのではありませんか?」


 従者に言われたが、アマテラスは首を横に振る。


「まだまだじゃ」


 そして、楽しそうに目を細めた。


「格の違いをはっきりと見せねばならぬからのぅ?」


 従者には、天を仰ぎ、困っている民の姿が見えていた。

 時間を確認し、慌ただしく動いている。


「崩御してから継承するのと、生きているうちに継承させるのとでは、全然違うのぅ」


 アマテラスは呟く。


「祝賀御列の儀、祝賀ぱれえどか……」


 アマテラスはふふふと笑い、右手をスッと上げる。

 すると、雨雲が消えていき、青い空が見えてきた。


「照らせよ」


 言葉とともに、右手を下ろし、次の代理人を指し示した。


「おおぷんかぁか。顔がよく見えるのぅ」


 アマテラスは呟くが、すぐに顔を曇らせた。


「間に合うのか?」


「はい」


 自信たっぷりに答える従者に、アマテラスはゆっくりと息を吐く。


「即効性がないのが厳しい。間に合っただけマシとするべきか」


「巫女と話をしますか?」


「いや、今はよい。とにかく急がせよ」


 従者は頭を下げると、そのまま姿を消す。


「ツクヨミの話も聞きたいが……」


 アマテラスは項垂れた。


「怒っておるであろうな……」


 それから数刻も経たない内に、アマテラスの後ろに一人の男が現れた。


「やっと起きたのか?」


「お疲れの様子じゃな」


「誰のせいだと思っておる?」


「わらわのせいじゃな。すまぬ」


「過ぎたことを言っても仕方あるまい。スサノヲが怒っておるぞ」


「被害を出したのか?」


「いや、逆に被害を食い止めたほうだ。それより、『暴れさせろ』と」


「その『時』まで待ってくれ、と伝えてほしい」


「あいわかった。それで、今回の代理人とは話ができそうか?」


「いや、まだじゃ。だが、前よりかなりマシじゃ。かなりな?」


「だろうね」


「……その物言い、人として過ごしておったのか?」


「必要に迫られてな」


 ツクヨミの諦めたような眼差しに、アマテラスは項垂れる。


「今まで話しができておったのに、徐々に声が聞こえなくなってな。どうしてかと思って調べてみたら、魂がこちらを全く見ておらんかった。話しかけても言葉は届かぬし、静かすぎて、つい、居眠りをしてしもうた」


「退屈すぎて寝た……ということか」


 ツクヨミは腕組みをし、アマテラスを見下ろす。


「その結果が、これか?」


 ツクヨミは水晶に過去の出来事を映し出した。


「前のなら、兆しが出た時点で気づいて祈りを捧げておったが、コヤツは全く気づかず、逆に亀裂を入れる方向に祈っておったぞ」


「は?」


 アマテラスはツクヨミの顔と水晶を何度も見比べる。


「愚かすぎないか?」


「偽りのないこの国の過去だ。事によってままだ進行形だ。まだ過去にもなっておらぬ」


 ツクヨミの感情が読めぬ声に、アマテラスは目を閉じ、ゆっくりと深呼吸する。


「あぁ、これは、第三の大姫も助けに来てくれていたのか……」


 水晶を覗き込み、ツクヨミを見る。


「よく見てみよ」


 アマテラスはじっと水晶を見る。


 水が船を、家を、人を飲み込んでいた。


「スサノヲ……。これでも止めておったのか!」


 ツクヨミは頷く。


「祈りが足りぬ。言葉は届かぬ」


 一度言葉をきり、ツクヨミはアマテラスに言った。


「怒りが抑えられぬ、と」


「さっきも申したが、今は、その『時』を待てとしか、言えぬ。というか、その『時』には力を貸してもらわねばならぬ。わらわにはできぬ領分ゆえ」


「ところで姉上、あの魂に覚えがあるのだが?」


「ああ、そうじゃ。同じ魂じゃ。なぜ同じ苦しみを、もう一度味わわねばならぬのか」


「簡単なことだ。『必要』だからであろう? やり直しをして、それで成就できるのであればするのであれば、それでよいのではないか? 魂が望んでおるのであろう?」


「お前は『認める』のじゃな?」


「認めるも何も、この国の守護神は『女』ぞ? 女神を祀っておいて、代理人が男でなければならぬというのは、我々が決めたことではない。代理人たちの都合だ」


 アマテラスは目を見開いて弟、ツクヨミを見た。

 あまり感情を表に出さぬツクヨミが怒りを全く抑えていなかった。


「アマテラスよ。ちゃんとその魂を照らせ」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「儀が終わったようです」


「わかっておる。声もよく聞こえるし、姿もよく見えるようになった」


 従者にぞんざいな手の振り方をし、アマテラスは水晶を覗き込む。


「暗い影が差してくるのぉ……」


「祓えないのですか?」


「すぐ横に……悪しきモノたちがおるのじゃ……」


 水晶に写っているのは、今の時代の代理人の家族だ。


「清らかな魂ですね」


「そうじゃ。この魂を守らねばな」


「何か動かれるのですか?」


「わらわはわらわの仕事をするまでじゃ。人の世の理には口は出せぬ」


「……そうですか」


「そうじゃ。口は出せぬ」


「巫女姫様?」


「そう、口は出せぬのじゃ」


 アマテラスは少し楽しそうに言う。


「怪しげな振動が来てますが」


「問題ない。すめらぎが抑え込む」


「懐かしい言い方でございますね」


「すめらぎがか?」


「いつ以来でございましょうか」


「やんちゃ坊主はやんちゃ坊主だったしのぅ。今はしっかりと地に足をつけ、頑張っておるからの。認めてもよかろう?」


「そうでございますね。あの方も成長されていますし」


「もっと見たいのだが、邪魔をされておる」


「今は……我慢でございます」


「何か……あるのか?」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「これはどういうことだ?」


「悪しきエネルギー(思い)が拡散しておりますね」


「姉上は何をしておる?」


「……見守っておられます」


「は? 仕事をさせろ!」


「仕事をしたうえで、見守っておられます」


「……祓うのは、私の仕事であったか」


「恐れながら申し上げますと……はい……でございます」


「よく確かめもせず、人の言葉を鵜呑みにできる世の中になってしまったのだな……」


 ツクヨミは、アマテラスの力が及ぶ範囲を水晶に映し、その一点をじっと見る。


「負のエネルギー(思い)が災いを呼んでいることに、なぜ気づかない?」


「民達が気づいておれば、そのようなことになっておりませぬ」


「煽っておるのが、あのモノたちの一部か」


「私にもそう見えます」


「それにしても、この魂は何だ?」


「私も理解に苦しんでおります」


「こやつらが信じている『神』はそれを許しておるのか?」


「それを許す『神』は普通いないかと」


「先代の第一の大姫は『目をつぶろう』と言われていることがあったが、こんなに命を弄ぶような真似を姉上は許したのか?」


「眠っておられましたので…………」


 ツクヨミは思い出し、手で目元を覆う。


「ですが、眠っておられてよかったとも、思います」


 従者の言葉に、ツクヨミは瞑想をしているアマテラスを見た。


「知らぬが…………か?」


 従者は黙ったまま頷いた。


「災いは海の向こうに移しましたが、念は送ってくるようです」


「ああ、何を勘違いしたのか、冷静に見ると喜劇だぞ」


「上から糸はたれてますか?」


「たれておるが、それをしている者にも糸がついておるからな。自分がすべてを牛耳っていると思っている。まだまだ小者だ」


「やっていることは、大事(おおごと)ですが?」


「この国の民は基本穏やかだ。事を荒立てることをせぬ。ところどころ民でないものがいるが、悪しき魂をもっておるのは一部。残念なことにこの国の民も一部染まってしまっておる。類が友を呼んだ……といえる状態だな」


「一掃できぬのですか?」


「できなくはないが、派手にするならスサノヲに頼めばよい。私がすると闇に塗れてこっそりと行うからな。抑止力にはならぬ。『動き』に注視しておいてくれ。私も微力ながら、姉上が守りたいものを守ろうではないか」


 従者は黙って頭を下げた。

 瞑想をしていたアマテラスが顔を急に上げた。


「はっ! 笑止な!」


「巫女姫様?」


「ふふふ。ツクヨミ、スサノヲを呼べ。話をしよう」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「認めぬ」


「認められるはずがないでしょう」


「それ以前の問題だ」


 アマテラス、ツクヨミ、スサノヲが久しぶりに顔を合わせた。


「代理人は何と」


「すめらぎは淡々と行うことを告げてきただけじゃ」


「判断は我に任せると?」


「我々でしょうね」


「他の者を傷つけずに……じゃぞ?」


「我を誰だと思っておる?」


「どうせなら、まとめて……どうでしょう?」


「派手過ぎぬか?」


「我が出る時点で派手になるであろう?」


「……そうであったな」


「代理人を巻き込まなければ問題なかろう」


「……心配になってきたではないか」


「姉者は自分が護るべき者を護ればよかろう。我は敵を葬るまで」


「よその『神』にこの地を明け渡す必要はない」


「偽りの血族なぞ、いらぬ」


「血族ではないのだがな」


 ツクヨミがスサノヲにツッコミを入れる。


「それよりも、呪い師がおるらしいな」


 スサノヲがツクヨミを見た。


「いろいろとやっているようですね。あとで浄化するのが大変なんですよ?」


「そちでもか?」


「正しいやり方ならともかく、人の命を生贄とするようではね。普通に浄化はできないでしょう?」


 アマテラスの目が見開き、ツクヨミを見る。


「日中堂々と、それも『写真』とやらにもそれが映り込んでいたようですね。ただ幸いなことに、その写真をじっと見る人が少なかったようで影響は受けていないようです」


「『おづぬ』と『せいめい』を思い出しぞ? 『おづぬ』は第三の関係で『修行させてくれ』と来ただけであったが……『せいめい』は、第五から落ちてきたのであったか……」


「『せいめい』……。あの時代は酷かったですね。今よりも民が少なかったからよかったものの、同じことが行われていたら、もっと……」


 ツクヨミは言葉を止め、水晶を見た。


「いや、ここではそれが再現されてましたね」


「これはなんじゃ?」


「悪しき小さなモノが体の中を巡っておらぬか?」


「そうなんですよ。いろいろなものを作りますよね。人とか」


「子ではなく?」


「あちこちに種はばらまいているようですが、片側ではかたっぱしから摘んでいたりするようですね。魂を見てください。よくわかりますよ」


 目を凝らすスサノヲ。


「神になったつもりなのか?」


「そうなのでしょうね」


「島流しはもう使わないのか」


「流せる島がありませんよ」


 ツクヨミは笑いながら言った。


「閉じ込めておくならいくらでも閉じ込めておくのに」


「意見が一致してよかった。では、この時に……スサノヲ、派手に頼む」


「あい、頼まれた」


「私はこの姫を安全圏に導いておきますよ」


「それにしても、居場所を探すのが楽だな。これが『すめらぎの光』か」


「他の民には持っていない『白い光』です」


「いや、これは?」


「第七の末姫じゃ」


「これもまた、光っておるな。でも、抑え込まれておるか……」


「護りの光で抑えられてますね」


「どっちを見ていても楽しいが、今は、これだな」


「排除で」


「消しましょう」


「わらわは手は出せぬ」


「しかし、場所を借りますよ?」


「その方が我も紛れ込みやすい」


 三貴神から少し離れたところに、それぞれの従者が百面相をしながら控えていた。


「これが『ぶらっどむうん皆既月食』というものなのか」


 アマテラスが不思議そうに言った。


「そのようでございます」

 

 ツクヨミの従者が答える。


「血のように赤い月? 不吉と思われぬか?」


「いい機会ではないですか。これ以上いい日はないですね」


 ツクヨミは上機嫌だ。


「力を抑えるのが難しいな」


 右手を開いたり握ったりを繰り返しているスサノヲをアマテラスはちらっと見る。


「あまり汚されたくはない。いつもきれいに心を込めて掃き清めてくれておるのだぞ?」


「安心召され、血は一滴も流さぬ。一瞬で終わらそう」


 スサノヲの言葉にツクヨミが大きくうなずいた。


「我々に心を寄せてくれる民がいる場を穢したくはありませんからね」


「大風が近づいてきておるがどうする?」


「直前で消せばよかろう。勘違いするのが楽しみだ」


「中止や延期にならねば、よい」


「あいわかった」


 スサノヲは嬉しそうに返事をし、ツクヨミはうなずき、アマテラスを見た。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「穢を払ってもよいか?」


 アマテラスは自分の左腕を何度も右手で払う。


「影響ありますか?」


 従者は心配げにアマテラスの顔色を伺う。


「落ち着かぬ。前に来たときよりひどくなっておる」


「そこまで……御心が乱されるのですか?」


 アマテラスはじっと従者を見た。


「そなた、想像してみよ。その足元から、アリが1匹這い上がってくるのじゃ」


 従者は自分の足元を見る。


「そのアリが、服の中に入って、やっと出口が見つかり出てきたのが腕じゃ。じゃが、外に出ず、腕で動き回る」


 従者は思わず顔をしかめた。


「嫌にございます」


「ぞわぞわしてこぬか?」


「してきます」


「……そういうことじゃ」


 従者はようやく体の力を抜いた。


「雨で清めましょう」



 完全に赤い月になった頃、徐々に雲が空を覆い始める。

 そして、三貴神が揃っているところは、かなり強い雨が降り始めた。


「民が『清めの雨だ』と喜んでいるようです」


「事実、清めているからな」


「清める必要があることをおかしいと思え」


 従者はアマテラスを見る。

 目を閉じて、右手の手のひらを上に向け、まるで雨粒を手のひらで受け止めているようだ。


「派手にやるぞ」


「いかづちはだめですよ」


「そ、そうか」


「ここぞという時に使わねば。見せ場は大事です」


 雨で場を清めることに集中しているアマテラス。

 その横で、ツクヨミは全体を把握していた。


「姉上、そろそろ雲を払ったほうがよい」


「もうそんな時間か?」


 アマテラスはようやく目を開け、眼の前の水晶を見た。

 そして、右手をすっと上に上げ、右手を握り込む。

 右手をゆっくりと広げ、払うように、右へ左へと振る。


「このように晴れてくるのか…………」


 スサノヲは関心して水晶を覗き込む。


「清めの風を」


 ツクヨミはそう言うと、目を閉じる。

 水晶に映し出されている境内の木々の葉が風で揺れる。

 ツクヨミはゆっくりと腕を上げると、サッと下に振り下ろす。


 ザワザワザワザワ、ザザザザザザッ。


 強い風が吹き、葉のしずくを吹き飛ばすように神社の境内を駆け抜けていく。


「おっと、掃き清めが楽なようにしておこう」


 強い風が落ちた葉を吹き上げ、その葉は1箇所に寄せられていった。


「玉石や砂利のところは仕方ない。洗い清められているからそのままでも構わぬか…………」


 スサノヲは腕組みして、うなずいた。

 白衣に萌黄色の袴が竹箒で掃き清め始めた。

 いつもと違って動きがあわだたしい。


「仕事を増やして、申し訳ないのぅ…………」


 アマテラスは、しゅんと頭を垂れた。


「では、兄者、参ろう」


「そうですね。私も護りますが、姉上の護りも強めにお願いしますね」


 二貴神が消え、アマテラスは眼の前の水晶を両手で包み込む。


 行列が見えてきた。

 明らかに神職の位が高いとわかる白衣に白袴の宮司が先頭を歩いている。

 頼りなさ気な青年が緊張もせずに、ただ、宮司の後を歩いている。シルクハットのつばを持ってはいるが、正しくは持てていない。


「親子で同じか? いや、そもそも親子……か?」


 アマテラスは首を傾げた。


「……親子か」


 アマテラスは目を閉じた。


「護りの結界」


 アマテラスは神職の者、参拝客を結界で包んでいく。


「黒いのは……そのままでいいか」


 スサノヲの力が及ぶ範囲にいる民をすべて把握し、結界で護る。

 数人、結界に気付いたようだったが、悪しき心は持っていない。問題ないと判断した。


「やれ」


 ツクヨミはアマテラスの結界を確認し、並んで立っているスサノヲに声をかけた。


「任せろ」


 スサノヲはじっと目的の人物をじっと見つめた。

 探すまでもなかった。

 一人だけ魂がいびつだったのだ。


「アレはここにいてはならぬ。人の形をした何かだ」

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