5話 謝りたい
次の日、僕は東山さんに昨日のことを謝ろうと、ずっと話すタイミングを探していた。
隣の席なんだから、少し勇気を出せば話しかけられるはず——そう思っていたのに、いざ声をかけようとすると彼女はすぐ席を立って、どこかへ行ってしまう。
どうにかして声をかけようと粘っていたら、いつの間にか放課後になっていた。
(これが最後のチャンスかもしれない)
そう思って彼女の席を見ると……もうそこに彼女の姿はなかった。
チャイムと同時に教室を出て行ったようだった。
あからさまに避けられているのが分かって、さすがに心が折れそうになる。
あんな可愛い子に嫌われてるなんて、思った以上にダメージがでかい。
今日はもう諦めよう。ため息をついて、僕は下駄箱へと向かった。
校門を出て、うつむきがちに家へと歩き始めたそのとき——ふと反対側の歩道にあるカラオケ店に目を向けると、そこへ入っていく東山さんの姿が目に入った。
(え、今の……東山さん!?)
思わず僕は反射的にカラオケ店へと駆け込んでいた。
けれど、中にはすでに彼女の姿はない。
もしかして、もう部屋に入っちゃった……?
とりあえず受付に向かい、僕は勢いで名前を書いた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「はい、一人です……」
「では、ひとりカラオケ用の個室をご案内しますね」
受付の女性が手際よく鍵を渡してくれる。僕はそのまま促されるように部屋へと向かった。
案内された部屋は、まさに“一人で歌うだけ”のために作られたような、狭い個室だった。
椅子に座ってようやく落ち着いた頃、ようやく我に返る。
(……待てよ。僕、なにやってんだ?)
自分でも、ちょっと気味が悪い行動だったとようやく気づいた。
知り合いの女の子を見かけたからって、カラオケまで追いかけて入るなんて、どう考えても不審者じゃないか。
しかも、彼女がどの部屋にいるかなんて分からないんだ。探しようもない。
「……ジュースでも取りに行って、少し歌って帰ろう」
せっかくお小遣いを使ってここまで来たんだし、空振りだったとしても歌って帰ればいい。
そう思ってドリンクバーに向かうと、水とお茶の入ったグラスをトレイに載せている東山さんを見つけた。
(やっぱり、本当に来てたんだ……!)
でも、誰かと一緒にいる様子はない。
コップをいくつも載せていたから、誰かと来ているのかと思ったけれど——東山さんはそのまま、誰とも話さず、トレイを持って歩き出した。
僕は反射的に柱の陰に隠れた。まだ話す勇気が出なかった。
(あれ? あの部屋……)
彼女が入ったのは、僕の隣の部屋だった。しかも、ひとりカラオケ用の個室。
(ってことは……やっぱり一人?)
しばらくして、彼女の部屋から曲が流れてきた。イントロを聞いて、僕はハッとする。
「この曲、どこかで……」
それは、Vtuberマコが配信でよく歌っていた、お気に入りの一曲だった。卒業ライブの最後の曲でもある。
自然と耳が反応して、壁に寄りかかってその声に集中する。
……そして流れてきた歌声に、僕の体が一瞬で固まった。
「この声……マコ?」
何度も配信で聴いた、あの特徴的な歌い方。
柔らかくて、少し鼻にかかるような声。ビブラートのかけ方まで、そっくりだった。
(そんなはずない。声が似てるだけだろ? だって……まさか……)
だけど、僕の中で確信に近い感情が膨らんでいく。
これは間違いない。マコの声だ。マコの歌だ。
気づいたときには、僕の手が勝手に動いていた。
「マコ!!」
勢いで、隣の部屋のドアを開けて叫んでいた。
「きゃっ!」
中にいた東山さんが、驚いた顔でこちらを振り返る。マイクを握ったまま、ぽかんと僕を見ていた。
顔は真っ赤だった。突然ドアを開けられて驚いたのか、歌っているところを見られたからか……たぶん、両方だろう。
僕はその顔を見て、ようやく自分のしたことの重大さに気づいた。
(やっちまった……)