1話 あの日、君の声が僕を描き直した
俺、加川拓人は、小さい頃から絵を描くのが好きだった。
好きなアニメのキャラや、近所の猫、空想のドラゴン。思いつくまま、ノートの隅っこに夢中で描いてた。
でも——中学に入ってすぐ、その“好き”はあっけなく折られた。
「え、お前絵描くの? 女子かよ」
「しかも、微妙じゃね? プロ気取りか?」
クラスの奴らに言われたその瞬間、何かが冷たく凍りついた。
帰り道、スマホを握りしめながら、ずっと俯いてた。
家に帰っても、手は止まったまま。美術部のスケッチブックも、机の端でホコリをかぶってた。
「あー……もう、絵なんかやめようかな……」
描きかけのイラストをぼんやり眺めて、ため息ばかりが出る。
気分転換に、とPCを開いて他人のイラストを見る——それが、いけなかった。
SNSに溢れる、上手すぎる絵たち。
圧倒的な色使い、線のキレ。俺の絵とは別次元だった。
「くっそ……なんで俺だけ、こんなに下手なんだよ……」
握りつぶした紙が、ぐしゃりと鳴る音だけが、部屋に響いた。
そのとき、パソコンの端に通知がピコンと出た。
《おすすめライブ配信:Vtuber桜田マコの雑談配信がスタートしました》
「……Vtuber? 喋るアバターのやつ、だっけ」
普段ならスルーしてた。でも、そのときはただ、何かに逃げたかった。
適当にクリックして、配信を開いてみる。
『皆さん、今日も来てくれてありがとう♪ ゆっくりしていってね〜』
画面に現れたのは、ふわっとした桜色の髪、優しげな目元の女の子。
桜田マコ——知らなかったけど、すぐに惹き込まれた。
声が、やたら心地よかった。
なんていうか、柔らかくて、包み込むみたいで。雑談っていうけど、ただ聴いてるだけで気持ちがほぐれていく。
気づいたら、一時間が経ってた。
配信が終わったときには、俺の中で何かが静かに灯っていた。
「……なんか、元気出たかも」
無意識にチャンネル登録ボタンを押して、過去配信を漁りまくる。
どれも面白くて、全部観たくなる。
そんな中、彼女が描かれたイラストがたくさん投稿されてるのを見て、初めて“ファンアート”という文化を知った。
「……描いてみるか、マコちゃん」
気づいたら、ペンを握っていた。
白紙の紙を広げ、もう一度、自分の手で線を引く。
不思議と、描く手は止まらなかった。線が楽しくて、時間を忘れた。
「……できた」
深夜、部屋の中でひとり、完成した絵を見つめてニヤつく。
少なくとも、自分の中では“納得の一枚”だった。
その勢いで、SNSのアカウントを作って、投稿——。
……してしまった。
次の日の朝、目が覚めて冷静になる。
「うわ、何やってんだ俺……!」
顔から火が出そうなほど恥ずかしい。
即削除も考えたけど、一応確認しようと開いてみると——“いいね”がいくつかついてた。
「え……? 意外と反応ある……?」
ちょっとだけ、嬉しくなる。
でもコメント欄を見て、気持ちは一気に沈んだ。
《バランス悪くね?》《素人感すごい》《なんかヘタ》——
「……だよな、結局、俺なんて」
スマホを閉じかけた、そのとき。
目に入ったのは、見慣れた名前だった。
《桜田マコ:すっごく素敵な絵です。あなたの絵が大好きです》
目を疑った。何度見ても、アカウントは“本物”だった。
「……えっ、マジで? 本当に……マコちゃんが?」
スマホを持つ手が震えた。
夢みたいで、でも、心の奥に確かに灯るものがあった。
——描いてよかった。
誰かが、自分の絵を“好き”だって言ってくれた。
それだけで、止まってた時間が動き出した。
この一言が、俺の中の“描く理由”を、もう一度思い出させてくれたんだ。