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叶わぬ夢でも幻を見るくらいなら(1)

 

 

 ********

 

 

 そこから一ヶ月はまさに怒涛と言うのにふさわしかった。

 朝の五時に起きて、夜の十時に寝る生活。

 一見健康的だけど、中身は詰まりに詰まっている。


 このお屋敷では、新人のうちに屋敷中の仕事を体験させるとのことで…私も例に漏れず山の様な仕事を一気に体験させられた。

 掃除に洗濯、給仕、皮むき、洗い物、庭の水やり、ベッドメイク、屋敷で飼ってる馬の世話、その他雑用もろもろ…。

 毎日泥の様になって部屋に帰り、気絶するように眠る日々。おかげで嫌な夢から解放された日があったのは助かったけど。


 体験した中でも個人的に特にキツかったのはトイレ掃除だ。この屋敷はお金があるから水洗式トイレを採用してるけど、掃除が行き届いてるかと言われると…みたいなところが辛い。

 この国の人たちは“トイレは不浄なもの”って意識が強いので、あまり触りたがらないのだ。まぁ、お金のない家は今も汲み上げ式なので、気持ちはわからないでもないけど…孤児院も汲み上げ式だったし。

 私は臭いに耐えられなくてむしろ徹底的に掃除をしてしまい、時間のかけ過ぎで怒られた。


 しかし皮肉にもそれはそれで評価されたのか、単に人手が足りなかったのか、結果的に私は掃除班に配属される事に。

 配属が決まれば後はシフト制なので、朝早い代わりに早上がりだったり、昼過ぎに出勤して良い代わりに夜が遅かったりする。

 ただ、朝礼で定期的にトイレ掃除が回ってくるのは…評価されてるんだと信じたい。


 一方で、私個人のスペースというか、それに近いものは貰えた。それが屋根裏部屋である。

 別棟の使用人寮はいま満室らしく、一時的な措置として屋根裏部屋があてがわれた。

 先に配置されていたアリアと同部屋だとわかり、道理で初めて会った時私の部屋に衣服を持って行けたんだと納得したのも一ヶ月前。


 屋根裏部屋にはどう見ても急造の洗面台と鏡、箱を組み合わせて薄いマットレスを置いただけのベッド、簡素なチェスト、小さな机と椅子が所狭しと配置されていた。

 しかし天井の高さはさすがお屋敷。屋根裏部屋と言うと屈まなければ入れないイメージだけど、ここは私やアリアみたいな小さな女性なら頭を擦ることもない。安心だ。


 ルームメイトにもなった先輩のアリアは気さくで優しい人で、少し朝に弱いところがあるけど親しみやすく私みたいな偏屈にも気軽に話しかけてくれる。

 おかげで私たちは時間をかけず仲良くなった。アリアだけが今のところ私が敬語を使わず接している人になっている。

 勿論、他のメイドたちやボーイなどは立場が同じなので名前に敬称を付けることはないけど、むしろそれだけというか、どうにも緊張してしまう。


 そして屋根裏部屋でアリアと話している中で、彼女の印象が薄かった原因が判った。私と彼女は年齢の問題で一年ほどしか同じ孤児院には居なかったのだ。

 孤児院はある程度の年齢別で部屋が分かれていて、食事も湯浴みも交代制だったので年齢の離れた子供とはあまり関わりがない。彼女ほど目立つ女性が印象に残らなくても、これなら頷ける。


 アリアは赤子の頃に孤児院に捨てられていたらしいと言っていた。物心つく頃にはもう孤児院に居て、世界を知らない。だから彼女は、ここを卒業したら働きながら旅をしたいと言っていた。休みの日は旅の計画を立てては練り直すのが趣味だそう。


 対して私はといえば、休みはあっても基本は寝て過ごす習慣が続いている。

 元来眠りが浅いので、どうにも疲れが取れないのが原因。仕事を始めたばかりの頃は駆けずり回っているせいで深く眠れた時もあったけど、今やすっかり元通りである。

 こればかりはいつもぐっすり寝てるアリアが羨ましい。


「はぁ…こんなもんかな」


 そしてそんな私は今、一人でダンスホールの床掃除をして、どうにかノルマをこなしたところである。

 時間は…時計が暗くて見えないけど、多分夜中。明日は遅番でよかった。遅番だからこうなったんだけど。


 どうしてこんなことになったのかと言えば、画廊に飾ってあった壺を一つ割ってしまった、というありきたりな理由故の罰。

 小さな壺だったとは言え、振り向き様に手の甲を当てるとは思わなかった。


 思いの外勢いがついていたのか、当たった瞬間驚くほど痛かったし、手を痛めたのも壺を壊したのもマデリンさんに怒られたのは今も耳にこびりついている。

 唯一の救いは、あの壺は贋作をあえて飾っているもので、大した価値はないということ…だと思う。この生活で借金まであったら首が回らない。

 最悪追い出されでもしたら…当てもない私は死んでしまう。


 思い出すと身震いするな…と思いながらモップの水気を絞れる細工のされたバケツでモップを洗い、よく絞る。それからモップそのものは壁に立てかけて、私自身も壁に寄りかかりようやく一息ついた。

 この屋敷は井戸から水を汲んでくるのではなくてあちこちに設置された蛇口が使える珍しい作りだけど、どこにでも水道が張り巡らされてるわけじゃない。お陰で汚くなったであろう水の入ったバケツを見ながら、明るくなった時にこのバケツで洗った影響として何かしらの汚れが浮き出ないことを心の中で切に願う。


 ちなみに水洗式トイレと蛇口は孤児院の院長が読んでる新聞で知った。私は孤児院の中では珍しく文字が読めたので、本も含めよく読ませてもらったなぁと思い出す。


「はぁ…」


 それにしても、広い広いダンスホールを眺めていると正直ため息が出る。

 後から追加で作った場所らしいので、屋敷の端にあるし外観に少し影響が出てるって聞いているけど、見回す限り見える内装は立派だ。


 庭が見える一番奥は壁ごとガラス張りになっているし、天井や壁には宗教画のような天使や裸の女性の絵。さらに天井は所々窓のようにガラスで空いていて、そこから月明かりが差し込んでいる。

 ここに立派な楽団が来て、耳がとろけるような音楽と美味しい食事が並んで、晴れやかなドレスを着た婦人たちが同じく着飾った紳士たちとたおやかに踊るのだろう。


「…」


 私は、紳士と言うワードから自分の主人…つまりこの屋敷の家令様を連想した。そしてやっぱり頭を抱える。

 フィン様はなぜか私を避けるからだ。しかもそれこそ徹底的に避ける。

 なんなら目が合うと凄まじく眉間に皺を寄せて私を避けてくるわけで…。

 一応声をかければ答えてくれるけど、必要でもない事を、それこそ「今日はいい天気ですね」なんてどうでもいいことを話す隙間はない。


「やっぱなにかしたのかな…?」


 あの初対面から今まで…理由が気になって気になって、それこそここ一週間くらいよく考えているんだけどやっぱり思いつかない。

 嫌われてない避ける、とかもあるのかなぁ。まぁもしそんなことがあれば、考えうる理由は、ないこともないような…。


「いや、それは…」


 恥ずかしい記憶なので考えるのをやめた。

 とにかく、あそこまで嫌われる筋合いは無いってものだ。

 避ける態度があからさますぎて色んな人に「心当たりは無いか」って訊かれるし、「無いです」って答えるとそれはそれで可哀想なものを見る目をされる。正直たまったものではない。

 せめて、気軽に話すまで行かなくても避けられなければ良いんだけど。


「ん〜、やめやめ。いつかわかるでしょ」


 自分を嫌ってる人間に時間を使っても無駄だ。

 それなら誰も見てない今しかできない事がしたい。



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