あの日見た夢の終わり、そして現実への架け橋
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そこから一ヶ月は修羅場だった。
マナーやダンスに教養を学びながら、部屋の引っ越し、家具に服選び、遺産や土地の正式な相続、その他手続きや侍女の選別などなど…メイドとしてここにきた時よりよっぽど忙しくて今思い出しても死ぬ思いだったと思う。それこそ寝る時間が削られるくらいに。
しかし良いこともあった。
食事が大きく改善され、手入れを怠らなくなったおかげで肌はハリを持ち、髪はさらさらになって、体に程よく肉がついたから。おかげでフィンからもらった指輪が日に日にちょうど良いサイズになっていくのは、見ていて嬉しかった。
そしてなにより、堂々と彼の横を歩けるのが嬉しい。お屋敷の中も、庭も、街も、何も恥ずかしがることなんてなくて、逆に最初は慣れなかったくらいだ。
そして私は今、自分の部屋で自分のために用意してもらった新しいドレスを着てその姿を鏡で眺めている。侍女になったアリアが、隣でドレスに合わせるアクセサリーを一緒に選んでくれていた。
「ほーらお嬢様、こっちのルビーの耳飾りはいかがですか?」
軽い調子で彼女は言う。自室とは言え、ここまで砕けて私に話しかけてくる侍女は彼女だけだ。
「こっちのペリドットも捨てがたいわよね?」
今日のドレスは落ち着いたグリーン。はっきりした赤も素敵だけど、色の系統をより合わせた組み合わせも捨てがたい。
「あら、婚約指輪と合わせます?」
その一言に、顔が一瞬にして赤くなってしまう。単純に色を統一するのもいいかと思っただけでそんなのは流石に意識してなかった。
「あら、意識してなかったって顔してる。フィン様が知ったら泣きますよ」
呆れた様子で彼女に言われる。確かにそうだ…これは内緒にしてもらわないと。
「な、内緒にして…」
「はいはいわかってますよ。今日は婚約発表なんですから、アクセサリーは全部ペリドットにしましょうね〜」
そう言って彼女は慣れた手つきでアクセサリーを選び始める。選んだ端から私に着けると、軽く背中を押した。
「はい、今日も綺麗よ。会場で応援してるわ」
彼女はそう言い残すと静かに部屋を去った。多分フィンを呼びに行ったんだろう。
***
アリアがいなくなって少しして扉がノックされた音が聴こえた。私はそこに反応すると中にフィンが入ってくる。
「支度はどうだい?」
「できてるよ、見る?」
「勿論」
何気ない声音で彼が私に問う。
私が弾んだ声で彼の問いに答えてドレッサーから立つと、彼は感嘆とした声を聞かせてくれた。
「うん、綺麗だ。よく似合ってる」
そして彼が私にそっと手を差し出す。私はそっと、いつかみたいにその手を取った。
「行こう、僕だけのアニー」
「行きましょう、私だけのフィン」
***
二人で向かったダンスホールは、大公を断罪したあの日と同じだけ盛り上がっていた。
ただ違うのは、スペンサー夫妻が別荘で撮った私と両親の写真を持っていてくれたこと。
その写真がどこにあったのかはわからないけど、お願いしたら私にももらえるだろうか。
フィンのエスコートで、大扉からホールの中央に出る。軽く息を吸って、私は彼の言葉を待った。
「本日は、皆様お忙しい中、私どもの婚約発表の場にお越しくださり、誠にありがとうございます」
その挨拶に、緊張した私の言葉が続く。
「本日を迎えられましたのも、何より皆様のご助力のおかげ、心より感謝しております」
最後に私たちは、タイミングを合わせるため一瞬だけ視界を向き合わせた。
「「私たち二人はここに、婚約を発表します」」
二人の言葉に湧き上がる拍手。そこから音楽が静まると、拍手も収まる。
「では本日のお礼として、私たちから皆様にダンスを一曲、捧げたいと思います」
フィンはそう言って私を見る。
それを合図に私たちは一度離れて、互いに礼をした。そこからワルツの構えを取ったら音楽の始まりを待つ。
ほんの少しの間があって動き始めた音楽に合わせて、私たちのワルツが始まる。
手は沿う様に、絡めるように。
足は揃えるように、競うように。
グリーンのドレスの裾が、足運びに合わせて翻る。
表情はできるだけ華やかに、美しく。
これは、正しくこれは私が夢に見た時間。
貴方と私だけのワルツ。
あの時、貴方と初めて踊った時からもう一度見た夢の続き。
ステップを踏むたび、二人の時間が蘇る。
もう、足を踏むこともない。貴方と息が合っている喜びと貴方と体を支え合う喜び。そして貴方が嬉しそうに私と踊っている喜びが私の心を幸せにしてくれる。
最後のステップまで無事踊り終えて、もう一度礼をした。その後には会場から盛大な拍手が巻き起こる。
今日だけは、自分を褒めようと思った。
お父様、お母様、私ここまできたよ。大きくなって、隣には好きな人が立っているの。
本当に夢を見ていたんだもの、フィンと二人で舞踏会で踊ることを。
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