後始末は計画的に
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「今日集まってもらったのは他でもない、私が現在預かっているウルダ領に関してだ」
パーティーの翌日、私は改めてスペンサー邸の一室に呼ばれている。と言っても、昨日はいつも通り屋根裏部屋で寝たんだけど。
フィンは自分の部屋で寝ないかとか言ってたけど、生憎私は婚前交渉はお断りなので叩き切った。
私服に着替え直して屋根裏部屋に戻るとアリアが泣きながら抱きついてきて、私と彼のことを心から喜んでくれた。本当に、こんなに信用できる良い友人は居ない。
それから二人で眠くなるまで話して、一緒に寝た。楽しい一夜だったな、起きたらアリアは仕事に出てたけど。
かと思ったら癖で使用人服を着ようとした時、アリアが私を慌てて止めながら呼びにきた。普通に「今日は遅番だからお昼何かな」とか考えてたけど、そういえば状況が変わったんだっけ…ってぼさっとしてたらアリアに怒られたので気を引き締めるために今はあえて気合いの入った私服を着ている。
そのまま屋敷のリビングに案内されて今に至る。リビングには、スペンサー家の全員が揃っていた。
パーティから昨日の今日で王弟がどうなるかについてはまだ決まってないはずだし、大切な話ってなんだろう?
「実は、君のご両親は私に借金をしていてね」
なんでもないことのように出てきた公爵の言葉に私は驚いた。でも彼の口からその言葉が出るってこちは、私が知らなかっただけでうちの領は借金しないといけないくらい貧しかったんだろうか。
「借金を返せなかった時のために、担保を提示してきた。それがウルダの全領土だ」
「き、金額は…」
ゴクリと息を呑む。私のここまでの稼ぎで返せる金額だと良いけど…。
「…銅貨一枚」
「へ?」
「銅貨一枚だ、二人が借りて行ったのは」
銅貨一枚?
そんな借金に意味はあるんだろうか、私はそう感じた。
「私も驚いたよ。ウルダは貧しい土地でもないしな」
それもそうだと思う。確かにあの場所は小さい領地だけど、とんでもなく豊かなわけではなかったけど、それでもウルダは自分達で生活していける土地だった。
子供でもそう感じるほどだったんだから間違ってないはず。
「しかし、二人の目は真剣だった。親戚のよしみも有ったんで貸したんだが…今思えば、君に渡す土地を守りたかったんだろう」
「…」
仇を討って、終わったと思っていたのに今でも二人の思いを感じる。
どこまでも、私を思ってくれていたんだと。
「返済しないで土地を明け渡すこともできる。しかしそうすれば、君は爵位を失う」
つまり、爵位と領地は一緒にあるものなのか…そう考えた時一つ閃いた。これは使えるんじゃないかと。
「いいえ、お返しします」
私ははっきりとそう返した。
そしてお父様からの手紙に入っていたコインを、私はテーブルの上に置いて差し出す。
「…理由がありそうだな」
公爵は私を見て言う。私はその視線に応えて口を開いた。
「私は、フィンさんと正式に結婚したいと思っています」
その言葉に、公爵とフィンは驚き、夫人は扇の奥で嬉しそうな顔をする。
いやフィンが驚かないでよ。
「領地を失えば、私は今の立場を失ってしまう。そうなれば、結婚は望めません。ですが同時に私にはこの家に輿入れるにあたって結納するものもない…ですので我がウルダ領を進呈いたします」
本来貴族同士の結婚では、結納の段階で相手の家に金銭などを納めなくてはならない。女性はお嫁に“貰ってもらう”立場なので、それこそ相手の家が自分たちより上の爵位ならばお礼として私のが一般的だと、昔聞いたことがある。
私の家は侯爵、相手の家は公爵…相手の方が立場は上だけど私には領地しかない。ならばそれを渡すのは当然のことだし、と思いつつさらに言葉を続ける。
「それに私のような無知で経験のない若輩者では、領地を安定して動かしていくことはできません。ですがノウハウのあるスペンサーの方々なら、任せられると思ったんです」
私の言葉に、まさかの沈黙が流れる。周りを見ると驚いたような顔をしていて、私は正直焦った。
そんなに驚くこと? それとも言ったらいけないことでも言った?
「ふはっ」
不意に、男性の低い笑い声が聞こえる。
私が声の方を見ると、公爵が笑っていたのがわかった。
「ふはははははっ、こいつは一本取られたな」
公爵は大きく笑い、夫人はそれを暖かく見ている。私は二人の様子に動揺が隠せない。
「いや、良いんだ。それでいい。ベイリー侯爵はうちのバカ息子より己の尺度が解っているようだ」
ひときしり笑い終えた公爵はそう言って私たちを見た。そのまま言葉を続ける。
「むしろこちらから息子との結婚を交渉しようと思ってたくらいだ。うちのバカ息子くらい自由に持っていってくれ。本人もそれが幸せだろう」
「父上…」
嬉しそうな声の割に、フィンは複雑そうな顔をしていた。その感情は彼の中でどんな形なのかが気になる。
「ではこれで一旦貸し借りはなしだ。領地についての相談は承ろう」
「ありがとうございます」
私は静かに頭を下げた。短い間かもしれないとはいえ、この申し出はありがたい。ほんの少しの間かもしれないけど私はお父様の遺してくれたものを受け取ることができる。
「さて」
端を切ったように夫人は突然言った。その場にいる全員が、声につられて夫人を見る。
そして閉じた扇を軽く握り込んで、夫人は笑う。
「アニーちゃん、これから忙しくなるわよ?」
夫人のその一言に、私はなぜか背筋が凍るのを確かに感じた。
この先に何が起きるか、なんとなく手に取れるように。
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