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貴方に“嫌”なんて言わせない。言うとも思ってないけど

 

 ***

 

 当然パーティーはその場でお開き。来賓や楽団もなんだなんだと言いつつ帰っていく。私としては正直用意した食事が勿体無い。まぁ使用人が分け合って食べるんだけどさ、そういう仕組みだから。

 そんなことを考える私はドレスのまま、喧騒を避けたくて移動した庭の東屋で放心していた。


「はぁ…」


 どっと疲れたため息が出る。何から何までしんどかった、なんなんだ今日。

 大公が捕まって、父様と母様の仇が取れたのはいい。なんなら騒ぎの時にサリーにも顔を見せられたし。


 でも私が爵位ってどういうこと?

 フィンとアテンツァの関係は結局何だったの?

 私はどうしたらいいの?

 頭の中がまた違った意味でパニックだ。


「やぁ」


 聞き慣れた声が聞こえたとの時、私は咄嗟に相手に向かって右拳をまっすぐ突き出す。


「わぁ!」


 しかし彼はそれを避けるので、仕留めきれなかったかと内心で舌打ちした。


「…フィン」


 私は彼を睨みつける。

 彼はそれにばつの悪そうな顔をして、私に頭を下げた。


「本当に申し訳なかった。君を騙すような真似をして」

「…」


 黙り込む私に、彼は頭を下げ続ける。私が何か話すまで、ずっとこうしているつもりなんだろう。


「…謝るくらいなら、説明して」


 私がそう呟くと、彼は頭を上げて私の向かい側の長椅子に座った。


「…ありがとう」

「だから説明してってば」


 ありがとうじゃないのよ。本題に入りなさいよ。


「どこから…も何もないか。僕らがあの箱を見つける少し前、僕と父上は大公からある話しをされた。『帳簿のことで嗅ぎ回ってるなら仲間にならないか』と」


 この時点で何か話が見えたような気もしたけど、私は一旦黙って話を聞くことにした。


「大公は、どこからか僕らの情報を嗅ぎつけたみたいで…捜索の状況が浮き彫りになりつつあった。それこそアニーの存在も。そこで僕らは、一度大公と手を組むことにしたんだ」

「!」


 勿論騙すためだろう。でもわかっていてもそんな危険な賭けに出るとは思わなかった。相手に乗っかって裏を突こうなんて、あまりにも身に危険が迫りすぎる。


「そこからは君の生存が明るみに出るのが先か、僕らが偽の帳簿を作るのが先かの競争になった」

「…それで?」

「その状況で大公は担保として娘を差し出してきた。しかし彼女は父親を嫌っていて、その話は有名だったから事情を話したらこちらに協力してくれたんだ」


 その担保と言う名の協力関係があの縁談と…ふーん。

 私は一気に顰めた面で彼を見る。


「それにしては随分仲が良さそうだったじゃない」

「それは流石にフェイクだよ。彼女も恋人がいるし」

「えっ」


 彼女にも恋人がいると聞いた瞬間、納得と少し安心してしまった自分がいる。なんか悔しい。


「今回の件で、君の爵位継承と事件の真相を明るみに出すことは、最初からセットだった。うまくいって良かったよ」

「それ! 私が爵位継承ってどう言うこと!?」


 私が爵位を受けるには条件が違いすぎる。爵位は本来、男性の長子しか継ぐことはできないはずだから。


「特記事項、と言うものがある」

「特記事項…?」

「生前爵位を持っているものが、あらかじめ記入しておく書類で、特別に男性の長子でなくても爵位を継承させるための書類だ」


 父様はそれに記入してたってこと? 私に爵位を継がせるために?

 つまり私は最初からベイリー家の後継者だった…?


「これが、僕が君の姓を取り戻せると確信した理由。そして君が孤児院に隠された理由の一つでもある」


 爵位を継ぐには、原則成人が望ましいとされる。話を聞いてる限りだとそこまで存在を隠しながら生きながらえさせるために、スペンサー家は私を孤児院に入れたのか。

 随分長い期間で計画された行動だったんだな…。


「父上は特記事項についてを“知ってて”ベイリー夫妻の死亡届を出さなかった。君が生きてる以上それを出してしまうと、その瞬間に君の爵位継承が確定してしまうからね」


 私が爵位を継承すると言うことは、その瞬間に私の生存が知れると言うことでもある。

 どこからどこまでも、私は守られていたことを改めて思い知る。孤児院も、この生活も、全部私のためだったんだと。


「そうなれば、何かを知っているかもしれない君を消すために大公は動くだろう。それだけは避けたかった」


 孤児院での生活を恨んだ時がなかったといえば嘘だ。温室育ちの私には、孤児院と言う環境が理不尽に感じたこともいっぱいあって、どうして親族なのにスペンサーの人たちの家に行けないんだろうって、不思議だった日は多い。


「…そう、だったんだ」

「これが今回の真相。君を騙すような事をしたのは事実だし、どんな罰でも受け入れる」


 そう言った彼の表情は、真剣そのものだった。私は何も知らずのうのうと貴方を疑っていたのに。


「…」


 私は押し黙ってしまった。これだけのことをしてもらって、私には何も返すものがないと、どうしても考えてしまう。


「僕のことは、君の好きにしていい。許されないのは、わかっているから」


 そう言って彼は俯く。

 だけど私はその様を見て、すごくもやもやしたし同時にイラッとした。


 私も悩んでるのに、そうやって謝ってる様子で自分の世界に浸らないでほしい。そう思ったら苛立ちが勝ってしまって。

 私は立ち上がってから彼のネクタイを掴んで、顔を引き寄せる。


「貴方ねぇ、罰もへったくれも無いのよ。貴方たちが私を救ってくれたのに、私には返せるものがないのよ? そっちの方がよっぽど問題なのになんで貴方がしょぼくれてるわけ!?」


 彼は驚いた顔で私を見る。私はそれでも言葉を続けた。


「私は、貴方たちに心から感謝してる! お父様とお母様の仇を討ってくれたのも、私の姓を取り戻してくれたことも!」


 貴方がそばに居てくれたことも、私を変えてくれたことも。


「だから! まずはこれからのことを考えるの! 罰だなんだは後でその時支払ってもらうから!」


 彼を押しやるように解放すると、少しむせていた。引っ張りすぎたかもしれない。


「…君が、そう言うなら」


 彼は困ったように笑う。その時、やっと彼と本当に目があったような気がした。


「…そんなことより、感想ないの?」


 ここはいっそ話題を変えようとして、でもドレスの感想を訊ねるくらいしか思いつかなかった私は、なんだか照れ臭くて目を逸らしながら言ってしまう。すると彼がなぜか後ろから抱きついて、耳元で囁く。


「似合ってるよ、綺麗だ」

「…っ」


 何も耳元で囁かなくても良いのに、相違もって私は顔が熱くなるのを感じた。


「君を僕のものにしたい。君だけを愛してる」


 何度も何度も、耳元で声がする。でもその声は、切に迫ったような声。


「その為だけに、僕は…」

「知ってる」


 私を抱きしめるその腕に、そっと手を添える。


「貴方の頑張りなら、私が一番知ってる」


 いくら王弟を騙すためとは言え、私以外の人間と縁談なんて相当嫌だったろうに。それを飲み込んでまで私の姓を取り戻そうなんて、無茶なことをする。


「私も、私も貴方を愛してる」


 やっと、素直に言うことができた。なんの抵抗もなく貴方に伝えたその言葉は、とても心地がいい。

 こんなにも誰かを好きになれるなんて、ここに来た時は思ってないもの。貴方が、私を変えたんだ。人を信じれるように。貴方を愛せるように。

 そこまで考えて、あることがふと頭をよぎる。なので一度離れて彼と向き合うように体を翻す。


「今ってさ、私の方が偉いのよね?」


 この国では、世襲制貴族は親が死なない限り爵位を継げない為に、基本的に貴族の子供というものに爵位はついていない。つまり身分的には平民と変わらないということ。

 便宜上名乗って良い身分はあるものの、そこに本当の権力は存在しない。つまり、今は正式な爵位を持ってる私方が偉いと言うことになる。


「そうだけど…」


 彼は動揺して言う。私が何をしたいのかわからないといった風に。

 私は彼に右手の甲を差し出して言った。

 

「じゃあ、私と結婚して。貴方に嫌なんて言わせないから」

 

 彼は私の言葉に一瞬驚いた顔をして、それから何かを察したようにすぐに跪く。そして私の手の甲にそっとキスをした。


「もちろん喜んで、結婚はおろか私は地獄まで貴女にお供すると誓いましょう。ロード・ベイリー」


 そう言って、彼は愛おしそうに笑う。

 私は何か勝った気持ちになって内心喜んでいると、彼がポケットから何かを取り出した。


「では僭越ながら…貴女に一つ贈り物をすることをお許しください」


 彼はそうって、一つの小箱を開ける。

 中には銀細工に淡い緑の宝石が乗った指輪が、入っていて、


「…!」

「僕と貴女の“永遠”に、この贈り物を添えさせて頂けないでしょうか」


 私は少し、ほんの少しだけ、涙が出た。

 感極まって何も言えない代わりに左手を差し出すと、彼は嬉しそうに手袋を外して薬指に嵌めた。しかしその指輪は、痩せっぽちな私の指にはほんの少しだけ大きくて。


「もう、こんなに痩せさせたりしないから」


 彼は指輪の嵌った私の指を撫でながら言う。愛おしそうに、愛しむように私の肌を撫でる彼の指が、泣きそうなほど嬉しくて愛おしい。


「…うん」


 そう頷くのでいっぱいだった。言葉なんて言えなくて、胸に数え切れないほどの思いが溢れてる。

 こっちが彼を驚かしたつもりだったのにいつだって貴方には勝てなくて、でもそれを確かに私は嬉しいと思った。


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