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煌びやかな世界と開かれた箱(2)

 

「改めまして私たちはこの婚約を、破棄することを宣言します」

 

「!?」


 まさかの発言に思わずそちらを向いた。

 破棄? どう言うこと?

 周りもざわついている。それはそうだ、みんな“婚約発表”のために来てるんがだから。


「この度、私アテンツァ・レンネットの父におきまして、醜悪な不正が見つかった事をご報告致します」


 そう言ってアテンツァは頭を下げる。そうすると、醜く肥えた一人の男性が、慌てた様子で国王の側から二人の元に向かった。あれが王弟だろうか。

 個人的に言えば、肥えて皺のよったその顔は、国王の精悍な顔つきと違い醜悪と言う印象を受けた。


 さらに本音を言えば、今すぐ出て行って殺してやりたい。あんな奴が生きててお父様たちが死なないといけないなんて…。


「な、何を言ってるんだアテンツァ! 婚約破棄だけでなくそんな戯言を!」

「抑えろ!」


 そう言ってアテンツァ様に手を上げようとした王弟は、豪華な鎧の騎士の命で二人の騎士に止められていた。

 私は思わず事の次第が気になって、人混みを掻き分けていく。彼に見つからないように、前の方の隙間から、そっと状況を覗き込む。


「控えよ大公。アテンツァ嬢、そなたの言う彼の“不正”について詳しく聞かせよ」


 国王が一言、そう言った。


 するとアテンツァ様は一つ優雅に頭を下げてから口を開く。


「はい、陛下。此度父は、十年に渡り国庫から横領を行なっていたことが発覚しました」


 アテンツァが言った言葉に、会場がざわついた。でもこれは私とフィンだけが知っていることのはず…まさかフィン、彼女を巻き込んだの?


「証拠は?」

「こちらに」


 フィンが流れるように箱を差し出す。

 あの箱は、お父様が埋めていた箱だ。土が綺麗に落とされてはいるけど、手が汚れないようになのかフィンの手を箱の隙間には布が一枚噛んでいる。


「こちらの仕掛け箱に、横領によって得られた利益の証拠が入っております」

「その箱はどうやって開けるのだ?」

「ダイヤルロックと鍵の二重構造になっております。ダイヤルロックの番号はわかっているのですが…鍵が紛失しております」

「それでは箱は開かないではないか。どうして中に証拠が入っていると言える?」

「それは…」

「ほら、証拠など見せられないではないか!これは私への侮辱だ!名誉毀損で訴えてやる!」


 一連の問答に叫ぶ王弟。

 確かに、鍵は私が持っているんだから箱は開かない。どうするんだろう。

 なんて考えていたら、閉じられていたダンスホールの扉がやや乱暴な音を立てて開いた。大きな音を立てて開く扉に向かってみんなが一様にそちらを向く。


 大扉から急ぐように中へ入ってきたのは、長い髪をオールバックにした背の高い男性。彼はパーティー用の衣装に長いローブを羽織ったまま杖と共に入ってきた。

 早足で会場を進む革靴の音が室内に響いて、やがて止まる。その人物は、国王の前で静かに、迅速に、膝をついて頭を垂れた。


「王よ、お待たせして申し訳ございません。ハボック・スペンサー公爵、ここに参上致しました」

「おぉ、ハボックよ。久しいな」

「は、殿下もご機嫌麗しゅう。しかして今は急務の時。発言を許して頂きたく思います」

「よい、話せ」

「ありがたき幸せ」


 そう言って頭を上げる公爵は、静かに立ち上がる。久しぶりに見た公爵の姿はやはりぼんやりとしか思い出せないけど、それでも見ただけで記憶のどこかが刺激されるような気持ちになった。


 細身の引き締まった印象の長身に長い白髪混じりの金糸の髪をオールバックにして、目元は細く吊り上がり眉間には難しそうな皺が寄っている。服装はシックな色合いのパーティー用の衣装に黒いローブを羽織っていた。ローブの隙間から見える衣装は金の糸で刺繍を施されているのがわかる。


「王命に従い、この四年間私は隣接する元ウルダ領にて発生したベイリー邸の強盗殺人事件について調べておりました」

「!」


 フィンのお父さんが私の家の事件を…?

 いやそれは、前にフィンが言っていた。それにフィンも協力していると聞いている。


「調査の結果、ダントン及びサリア・ベイリー夫妻行方不明は王弟、アーサー・レンネット様が関与していることが判明致しました。そしてその証拠の一部がこちらにあると聞き、馳せ参じた次第であります」

「ふむ…」

「ベイリー夫妻はどうやら、アーサー様の横領の帳簿を見つけたようです。それをどこかに隠した故に…」

「行方不明になったと」

「いえ、殺害されたことが明らかになりました」

「しかし夫妻が殺されているという証拠はどこにある」


 王の問いに、公爵は答えた。


「生き残った侍女がおりまして、見つけ出して連れて参りました」


 公爵が合図をすると、簡素なドレスに身を包んだ女性がホールに入ってきた。国王に頭を下げるその姿に、私は驚愕する。


「…っ」


 サリーだ。

 その姿は紛う事なく私の世話係のサリー。髪型は少し違うし、年月による印象の違いはあるけどあの顔は間違いない。生き残ってたんだ。


「このご婦人が、そうだと言うのか」

「はい陛下。彼女の発言をお許しください」

「よい、話せ」


 そう言われて頭を上げる彼女は、ゆっくりと口を開く。


「ありがとうございます、陛下…私は、あの日、確かに見ました。宝物庫を荒らした野盗が、明らかに旦那様と奥様を探しているのを」


 ゆっくりと思い返すように国王に向かって話すサリーの声は、確かに震えていた。


「その場にいた者は皆殺され、大声で『主人はどこだ』『娘はどこだ』と…私はお嬢様と隠れて震えることしかできませんでした」

「ふむ…」

「その日は、旦那様がスペンサー公爵をお屋敷にお呼びしていた日でした。私はお嬢様を連れて逃げて、彼女を隠したあと命からがら屋敷を飛び出し彼らに助けを求めました。しかし、屋敷に戻ったときにはもう、火の手が…」


 そう言って彼女は泣き崩れた。私は生きていると言えたら、どれだけ良いだろう。


「わかった…辛いことを思い出させたな」


 国王は彼女に下がるように指示を出して、改めて箱を見る。


「しかし、箱が開かぬのではな…」


 国王はそう言って困ったように顎を撫でた。

 私の心臓も、何故か高鳴っている。

 だって私が持ってる鍵がなかったら箱は開かない。どうしようっていうの?


「鍵はございます」


 公爵の一言に空気がざわつく。

 確かに公爵は、今「鍵はある」と言った。

 私が持ってる以外に鍵があるっていうの?


「フィン」

「はい、父上」


 そう言ってフィンは何かを探すように少し歩く、そして私と目があった。


「!」


 私は、久しぶりに目があったことに怯えて目を逸らす。それでも構わず彼は私のところにやってきて、有無を言わさず私の手を引いた。


「わ、ちょ、何…!」


 強引に表舞台に立たされる。たくさんの人の視線が私に集まって怖い。


「陛下、ベイリー家の爵位継承は休止状態だったと思われます」

「うむ、夫妻が行方不明であるためと、その様に報告が来ているな」

「しかして私め、痛恨のミスにより、ベイリー夫妻の死亡届を“出しそびれて”おり、先程正式に提出して参りました」

「…何が言いたい」


 国王は専用の椅子から少し身を乗り出す。

 それはどこか期待しているようにも見えた。


「夫妻は生前、特記事項にて娘の爵位継承を認めております」


 そして公爵も私を見る。その視線に私は嫌な予感がした。

 とんでもなく嫌な予感が。


「彼女こそ、ベイリー家のただ一人の生き残り! よって彼女はこの瞬間より、ベイリー侯爵として爵位を継承したことになる!」

「ば、馬鹿な!確かにあの時火を放って死んだと私は…!」


 放心する私、狼狽える王弟。そして当たり前だけど騒然とする会場。

 っていうか、自白してるようなものですよそれ…って言っていいのだろうか。


「ほう…大公よ、何か知っておるのか?」


 国王の言葉に、王弟は押し黙る。

 今更押し黙っても遅い気がするけど、正直私の心はそれどころじゃない。

 だって話の何もかもがわからないもの。私が侯爵って何?

 驚愕と動揺が止まらない。今何がどんな理屈で私が侯爵位を継承したっていうの?。


「しかし、その証拠はどこにある? そんな事まで証拠もなく言っている訳ではあるまい」

「もちろんでございます。フィン」

「はい」


 そう言ってフィンが私の横に来る。

 あの箱を持って。


「アニー、鍵を出して」


 私の耳元で彼が囁く。久しぶりに聴いた破壊力は凄まじいが、私は逸る心臓を押さえつけつつ胸元から鍵を出した。

 そして私は箱の鍵穴に、そっと鍵を挿す。その時、誰もがしんと静まっていた。まるで何かを期待するみたいに。

 刺すような緊張感を肌に感じながら鍵穴を回して、カチッと音がした。

 その瞬間、箱の中身がゆっくりと明かされていく。

 中に入っていたのは羊皮紙でできた分厚い本のようなもの、あの帳簿だ。



「王よ、帳簿はこちらでございます」


 フィンが国王に差し出す。彼はそれを、無言で受け取った。


「ば、ばかな! 私が渡されたのは偽物だったと言うのか! そもそもその女も仕立てたものではないのか!?」


 身を乗り出そうとする王弟を騎士達が必死に押さえる。私はその様を、また呆然と見ていた。


「こちらの鍵は、彼女が生前の両親から賜ったもの。そうだったな?」


 不意に、公爵が私に問う。


「それは、そうです。私と両親を繋ぐ唯一の宝物ですから」


 私は抜いた鍵を握りしめた。

 手紙とこの鍵だけは誰がなんと言おうと私が二人からもらった大切なつながり。


「私はこの鍵を証拠に、彼女をベイリー家の娘であると明言します」


 しかし全く話が見えない。多分お父様たちの仇が取れたんだろうということと、このために夫人は私をここに引っ張り出したんだろうというのは…なんとなくわかるけど。


「…良かろう。汝はこれより、ベイリー家の爵位を継承したと余が認めよう!」


 なぜかそこで起きる拍手。会場の空気は感動的だけど、そんなことより私にちゃんと説明してほしい。


「…この横領が発覚したことにより、私めはフィン様にふさわしくないと判断しました。よって、この縁談の破棄を申し出ます」


 そう言ってアテンツァ様は頭を下げる。

 国王は彼女を一瞥し、それ以上は何もしない。


「了解した。大公とその娘を拘束しろ! 城へ連れ出せ!」

「了解いたしました。二人を連れ出すんだ!」


 国王の言葉と豪華な鎧の騎士の命がホールに響いて、大公の悲痛な叫びが聞こえる。アテンツァ様も騎士に拘束されて、そのまま二人はこの屋敷から去っていった。


 それからふと視線を向けると、豪華な鎧の騎士がフィンと公爵と三人で話をしていた。 おそらく後日聴取があるんだろう。それにしては、フィンが激励されるように豪華な鎧の騎士に背中を叩かれてて不思議だったけど。あれが前に話していた“隊長殿”なんだろうか? いやでも、隊長と騎士団長じゃ立ってる場所が違うか…。


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