風のような彼女は花のように微笑む
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この間はそのまま寝てしまって、夜は何があったか覚えていない。アリアが言うには泥のように眠っていたらしいけど、心的にはあまり昨日をあまり思い出したくないと思ってしまう。
しかしどれだけ泣いても朝は来るもので、その分仕事もやってくる。今日はカーペットの埃履きだ。
ここ最近はまた眠りが浅い。だるい体を引きずって仕事をするというのは、楽を知る前より後の方が辛いんだと学んだ。
でも今日は仕事がまともにできていて安心している。フィンを見るとまだ辛いし目も合わせられないけど、すれ違うくらいなら慣れてきた。
勿論その横に、婚約者の姿があっても。
あれだけ散々泣いたから、少しは気持ちの整理がついたのかな…なんて考えるのは皮肉だろうか。
それでも感情を顔に出さないのは一貫してできてるはずだ。余計な心配も…もしされていたらこれ以上はかけたくない。
近々、二人の婚約発表のパーティーがあるらしい。どんな理由でも顔を出したくなのが本音だ。それが例え給仕であっても。
マデリンさんに言えば、配置に気を遣ってもらえるだろうか。
正直パーティーの日はいつだっててんてこ舞いだ。大規模なお茶会なんかもそうだけど、いつもと違うメニューに飲み物の準備、使う場所の徹底的な清掃、主人から要望があれば飾り付け、テーブルだけでなく椅子が必要だったらそれも配置しないとけないし、来賓の管理だって必要だ。
夫人が社交的な付き合いなのか定期的に規模を問わないお茶会を開くので、その準備の慌ただしさは最早通例と化している。
なので、準備はともかく本番に顔を出したくない。どちらの家でパーティーが行われようと、どちらの家の使用人も人手不足で呼ばれるんだから。後でマデリンさんに相談しよう。
そんな事を考えながらカーペットを履いていると肩が誰かにぶつかった。
「あ、ごめんなさ…申し訳ございません!」
顔を見て思わず私の方が真っ青になる。
そこにはフィンの婚約者のアテンツァ様が居た。
私は必死に頭を下げる。やはり考え事なんてしながら仕事をするもんじゃない、改めてそう思った。
「も、申し訳ございません!お召し物に汚れはなかったでしょうか?」
「大丈夫よ、ご苦労様」
そう言う彼女は私に向かって小さく笑った。
にしても、彼女ほどの人が侍女もつけずにその辺を歩いているなんてどうしたんだろう。正直不思議で仕方ない。
侍女っていうのは権力の一つの象徴で主人の世話を焼くための存在なんだから連れ歩くのが普通なのに。
やっぱりこの家に輿入れするから我が家のように歩いている、ということなのかな。
「今日は、貴女に会いに来たの」
「…? ど、どういうことでしょうか?」
私は突然聞こえた言葉に動揺する。私なんぞに会いにきたって一体どう言うこと?
フィンと私の関係を知って嫌味でも言いにきたのか?
「うふふ、顔を見てみたかったの。フィン様の言う通り、可愛らしい方ね」
「はぁ…」
この人も私に可愛いとか言うのか…というか自分の婚約者になんの話してるんだろう、あの阿呆は。私は愛玩動物じゃないんだぞ…。
でもアテンツァ様の言葉はそもそも嫌味かもしれないけど。
「用事はそれだけよ。貴女が心配するようなことはないから、安心してね」
彼女はそう言って優雅に歩き去っていった。まさに一筋の風のように。
しかし一体なんだったんだろう。私の心配することってなんだ??晩御飯のおかずにキノコが入ってるとかだろうか。いや流石に違うか。
「うーん…」
彼女の言葉に今の状況と彼女自身に対して一層謎が深まったまま、とりあえず私は掃き掃除を続けた。
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