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突然貴方は遠くなった

 

 

 ********

 

 

 正直に言おう。私は何も聞いていない。

 急な婚約がどうとか。

 多分、多分きっとおそらく、彼の事だから何か考えての行動だと思う。

 それでも、それでも。

 やっぱり許せないことって、ある。


 婚約の知らせが突然屋敷に届いてから三日後、狙っていたかのようにある女性がやってきた。それも複数人の侍女を連れて。

 女性の名前はアテンツァ・レンネット。由緒正しい我が国の王弟、レンネット大公様の一人娘だ。


 彼女にあてがわれた部屋は勿論フィンの隣。

 そしてお淑やかで綺麗で静かで、まさに“立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花”と言う東洋の言葉を具現化したような人。


 何をしてても花のように美しく、清らかでお淑やかで…私とはかけ離れた女性ひと

 すべすべの手、吹き出物を知らない肌、整えられて美しい髪、細いのに柔らかで女性らしい体型…どれをとっても私とは程遠い。なんなら私が貴族のまま大きくなっていたとしても彼女のようにはなれなかったと思う。


「…」


 …フィンも、ああ言う人が良いんだろうか。

 一人虚しくトイレ掃除をしながらそんなことを考える。


 やっぱり抱きしめた時に骨が目立つ体じゃダメだろうか、と。

 ガサガサの手じゃいけないのだろうか。

 クマの目立つ顔は実は嫌だっただろうか。

 好きだと素直に言えない私に疲れてしまったんだろうか。


 考えても仕方のない事を、ぐるぐると考えてしまう。彼と目が合わせられないし、仕事も小さなミスをしやすい。さらにはマデリンさんやアリアが不安そうな顔で私を見てきて、それがまた辛かった。


 フィンとはここ暫く会ってもいない。元々向こうから何かアクションがなければ、私たちが会うことなんて廊下をすれ違うくらいだからそんなものと言ってしまえばそうだけど。


 最初の挨拶だって、顔を覚えてもらって“不審者でないですよ”、とアピールするためにあるようなものなんだから当たり前だ。

 執事さんや、家政婦長のマデリンさんはともかく、一介のメイドが主人と関わり合う事など本来無いに等しい。


 最近一言も声を聴いた記憶がない。あの声で私の名前を呼ぶのが、自分の中で如何に愛おしかったかがよくわかる。

 でもこれで良かったとも思う自分も確かにいた。私の姓はともかくとして、私の気持ちは傍に置いておいて、彼がふさわしい階級の美しい人と結婚するならそれは…まだ応援できる。周りに陰気とか言われたようなことをアリアからは聞いたけど、そんなの関係なく私にとっては眩しい人だったから。


 トイレの後は窓掃除だ、昨日雨が降ったので今日はその曇り取り。せかせかと窓を拭いていると庭には話題のフィンとアテンツァ様が見える。仲良さげに話してる二人は、笑い合っていた。


「…」


 羨ましいな、と素直に思ってしまう。

 私の立場じゃ、あんなことはできなかった。二人で堂々と庭になんて、行った事あったろうか。いや絶対にない。


 やっぱり、怯えながら生きていくより、そんな関係を続けていくより、こっちの方が健全だ。私の視界に映るあの二人が正しい。

 わかってるけど、わかってるのに涙が出そうになる。


 父様、今ならベッドで泣いて良いかな。

 母様、冷たくても良いから彼の声が聞きたいよ。

 私は、なんて彼に相応しくなかったんだろう。


 頭では“彼に狙いがあるんだろう”って思えるのに思考がぐちゃぐちゃになる。頭の中の情報に対する優先順位がわからなくて、感情と理性が入り混じってしまう。

 こんなんじゃ仕事も出来ないのに、どうしよう。


「…すみません、体調が悪いので早退させてください」


 数枚窓を拭き終わったところで耐えられなくなって早退を願い出た。いつも重たい体を引きずって仕事してたのに、こんなの初めて。

 明らかに体調じゃないはずなのに、マデリンさんは何も言わず了承してくれた。その厚意に甘えてどこにも寄らず屋根裏部屋に戻る。


 色めきたっていた他のメイドたちが、心配そうに私を見てくるのが伝わって、ことさら体が重くなっていく。

 着替えもできないままベッドに突っ伏して、涙が…溢れた。


「っう、ううう…うう〜っ…」


 頭じゃどんな事もわかってる。

 彼と過ごした時間が嘘じゃ無いことも。

 彼との約束が確かにあったことも。

 彼には彼女が相応しい婚約者ってことも。

 彼がやっと正しい道に行けたことも。


 わかってる、わかってるのに。どうして私は諦められないの?

 こんなに聞き分けの悪い子になってしまったのは、貴方のせいなのに。


 がたん、と音がして、入口の方に振り向く。するとそこには、何故かアリアの姿があった。


「ありあ…?」


 私はそう言って鼻を啜る。

 涙が止まらない私を、彼女はそっと抱き締めてくれた。


「早退したって聞いたから…側には、居れるからさ」

「う、うぅ…」


 彼女の優しさに、また涙がたくさん溢れた。


「泣いていいよ、アニーは泣いていい」


 そう言って肩を撫でる彼女の手が、暖かくて、


「う、うぁ…うわああああああああっ…」


 フィン、フィン、どうして遠くへいっちゃったの? 私じゃダメなの? どうしてだめなの? 教えてよフィン。


 いつもみたいに名前を呼んで。

 いつもみたいに私を見て。

 いつもみたいに“可愛い”って言って。

 いつもみたいに“好き”って言ってよ。


 私をこれ以上一人にしないで。置いていかないでよ。私も連れて行って。

 感情が、心が、体の全部が貴方を求めて哭いている。

 神様、どうかお願いだから、フィンを私に返して。


 今なら何度でも言うわ。愛してる、愛してる。貴方だけを、愛してるの。

 私は、どのくらい泣いていたかもわからない。堪え性のない自分に呆れつつも、これが変化なのかもしれないと、確かに感じた。


 変化を促した貴方は、もう側にいないのに。


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