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“約束の木”の下で

 

 

 ********

 

 

 翌日からまた行動を開始して、港を経由してから小島に辿り着いたのは昼を過ぎた頃。お昼は船の中で済ませてしまったので、小島の船着場からそのまま別荘に移動して、着いたらまずはフィンの身の回りの準備。


 フィン本人は代理で雇われている管理人の所に挨拶に行っていてこの場にはいない。なので私は仕事を終えた後、中を探索していた。


 朧げだけど懐かしさを感じる景色が、そこには端々に広がっている。

 別荘は二階建ての建物で、海側に窓が来るように造られていた。その窓から見える浜辺が、昔父様母様と一緒に歩いた場所だ。


 ぼうっと、窓から浜辺を眺める。約束の木ここから見える場所ではなくては建物の裏側にある。

 ここは管理人がいるだけで、殆ど改装などはされず手付かずになってると聞いた。それなら、約束の木も残ってるだろう。


「お疲れ様」

「…フィン様」


 横から声がして振り向くと、そこにはフィンがいた。少し驚いだけど、疑問も一つ。


「もう挨拶はいいんですか?」

「あの管理人、話が長くてね。適当に切り上げてきたんだ」

「…なるほど」


 そのまま私が窓の外に視線を戻すと二人で窓を眺める感じになって、自然と沈黙が流れる。そして彼が私の横で窓のサッシに手を置いて、口を開いた。


「…懐かしいね」

「…はい」


 幼い故だったのか、事件のショックからなのか…まだ所々朧げな、懐かしい記憶たち。

 あの時ここには貴方がいて、私がいて、父様も母様も、スペンサーの人たちもみんないて。

 楽しい時間と美味しいお食事と、安らかな眠りが待っていた。

 今思い返せる私の人生の中で、あんなに幸せな時間はない。朧げになったとしても、私の中にある大切な記憶。


「…午前零時、約束の木の下で待ってる」


 彼はそれだけ残して去っていって、私の視線はずっと浜辺を見ていた。

 

 ***

 

 午前零時、部屋の鳩時計が鳴る。

 私は隣のベッドで横たわるアリアが寝てるのを確認して、そっと部屋を出た。怪しまれたくないので誰かに見つからないよう注意しながら、非常用のランプを持って別荘の外に出る。


 そして建物の裏に回ってすぐ、裏庭の様になってる芝のところに、それはあった。

 芝の奥にあるのは樹齢もわからない大きな木、見上げても見上げきれない程の樹木。

 …それが私たちの、約束の木。


 そのちょうど下側の、木の根のせいで芝が植えられず土になってしまってる部分に彼は立っていた。その手には大きなスコップを持っている。


「お待たせ」


 そう声をかけると、私に気づいた彼がこちらを見た。


「そんなに待ってないさ」


 そう言って、地面に先を刺していたスコップを軽く持ち上げながらこちらに来る。


「さて…早速探すのは良いけど、情報が少なすぎるな…」


 彼は周りを見渡す。確かに父様の手紙には、この木の下にあるとしか書いてなかったから探すのは大変そう。


「誰かに見つかると面倒だから、早く済ませるに越した事ないんだけど…」


 どこから手を着けたものか、彼の顔にはそう書いてある。

 しかし私には、心当たりがあった。


「…多分だけど」


 そう言って三歩、私は立っていた場所から約束の木に背を向けて後ろに下がる。


「多分だけど…ここ掘ってみて。でも外れたらごめん」


 そこは木を眺めるのに一番良いところ。日が当たると木陰になって、太陽光に透けて芝生に映った影がステンドグラスの様になる。あの時貴方が、その木陰をベールの様だと私に言ってくれたところ。


「…わかった」


 彼は、何も言わず私のすぐ下を掘り始めた。私はさらに少し下がって、ランプで照らしながらその様子を見守る。

 しばらく土を掘り返す音がして、それを聞いていたら今度は硬いものに当たった音がした。


「「!」」


 思わず土の中を覗き込む。すると「流石に危ないから」とフィンに止められてしまった。

 それから、フィンが丁寧にその周りを掘り返す。私はもどかしいけどその手元を照らすことしかできない。


「あった…」


 それからすっかり泥まみれになったフィンの手には、両手で持てる程度の箱が埋まっていた。鍵穴と四桁のダイヤル式ロックがあって、どちらもあってないと開かない仕組みになってるみたい。


「鍵…」


 私は胸元のペンダントを取り出す。話があまりにもでき過ぎているから、多分鍵はこれだと思う。

 ではダイヤル式のロックは? 鍵があったところで番号がわからなければ開くことはない。


「…まずは、鍵入れてみようか」


 私はそう言ってペンダントを外す。そのまま震える手で、鍵穴に挿した。

 そっと鍵を回すと抵抗なく鍵は回って、鍵穴からすぐにカチッ、と鍵のロックが外れた音が音が確かに聞こえる。


「…鍵は、合ってるみたい」


 そのまま鍵を閉め直して一度引き抜く。これであとは必要なのはダイヤルの番号だけ。

 お父様とお母様の誕生日だろうか、結婚記念日だろうか…そう私が悩んでいると、不意にフィンが口を開く。


「これは、僕がわかるかな」


 彼はカチカチと音を立ててダイヤルを回して、ダイヤルを合わせたら鍵を回す行為を二回繰り返すととうとうその箱は開いた。


「すごい…」


 私が驚いていると、フィンが呟くように言う。


「二つ案があったんだ。片方が合っていて良かった」

「二つ?」


 確かに、フィンが触っても一度は失敗していたようだった。なら正解はなんだったんだろう。


「君の誕生日と…僕らがここで永遠を誓った日。合っていたのは、後者だった」

「!」


 確かに、確かに薄々思っていた。同時に“流石にそれは”、とも思っていたけど。

 そしてあの日、あの旅行に行く頃にはお父様たちはすでに死期を悟っていたんじゃないだろうか…だから私に手紙とペンダントを残してくれたんだ。


「…やっぱりそうなんだね、父様、母様」


 溢れた感情が口から溢れる。

 二人は、自分たちが最初からどうなるかわかってたんだ。私を守ってくれていたんだね。


 …あぁ、つらい。つらいな。そんな言葉が嫌でも心に浮かぶ。やっぱり寂しさも悲しみも辛さも、簡単には忘れられない。それなのに思い出すのは、簡単で。


 どうして連れて行ってくれなかったの? 私も一緒にそっちへ行きたかったよ。

 父お様にもっと抱きしめてもらって、お母様にもっと髪を漉いてもらいたかった。二人が大好きで大好きだったのに。


 それでも…それでもダイヤルの番号を私の誕生日じゃなくて、約束の日の日付にしたのには、何か意味があるはず。


「…っ」


 泣くのは堪えろ、私。今じゃない。


「開けよう」


 私は短くそう言った。そしてフィンが私の言葉に静かに頷く。


「なら、僕の部屋にしよう」

「わかった」


 私たちは急いで土を戻してから、またそっと彼の部屋に向かった。

 そして部屋の外から見た人に目立ちづらいよう、部屋の電気ではなくて枕元のランプをつける。

 そっとそっと…誰も起きないように願いながら、私たちは改めてその箱を開けた。


「これは…」


 中に入っていたのは、一通の手紙と羊皮紙で作られた分厚い本のようなもの。

 よく見ると手紙には、“この箱を開けた者へ”と書かれている。


「…読んでみよう」


 彼が言って、私はそれに静かに頷いた。

 手紙をそっと取り出してから、同じだけそっと蜜蝋で封をされた手紙を開ける。

 封筒の中には二枚の便箋とコインが一つ。そのうちの便箋をそっと開き中身に視線えお送った。

 


 “この手紙を開けた者へ”

 

 この手紙を開けたと言うことは、偶然見つかってしまったか、私に何かあったか、どちらかだと思われる。

 せめてこの羊皮紙の本を悪用する人間が開けてないことを祈ろう。

 ———そのために、娘の大切な日を選んだのだから。

 

 もしこれを読んでいるのが娘だったらなら、君は母様のネックレスを大事に持っていたんだね、ありがとう。そして中に入っているコインを大切にしてほしい。それはいつか必ず君を助けるだろう。

 

 もしこれを見てるのがスペンサー家のクソガキ[#「クソガキ」に取消線]嫡男だったとしたら、お前はこの日付を覚えてるくらいだ、娘も側に居るんだろう。もしアニーを幸せにできなかったら呪ってでも殺してやるからな。

 

        “ダントン・ベイリー”



「お、お父様…」


 私はなんというか、照れと言うか…むず痒い気持ちになる。

 そんなにフィンに対して強く言わなくても良いのに…とは思いつつ、嬉しい気持ちも隠せない。いつも優しかったお父様の知らない一面を見たような感じがして新鮮でもあった。


「やっぱり、最後の敵は君のお父上だね…」


 そう言ったフィンはいつにも増して緊張した面持ちだった。そんなに緊張しなくてもいいような気もするけど、彼のその表情も嬉しい。そういった細かなところに彼の思いがあるような気がして。


「でもこれ、つまりは…」


 そう言って私はもう一つの箱の中身である羊皮紙の本を手に取る。

 二人で中を覗くと、案の定何かの帳簿だった。


「あぁ、これが恐らく裏帳簿だろう」


 彼が頷くのに返すように、私も頷く。


「手紙は君が持っていると良い。箱と帳簿は僕が預かってもいいかな?」

「構わないよ。私一人じゃ、何もできないし」


 改めて箱と帳簿を渡す。彼はそれを受け取って、帳簿は枕の下に入れた。


「あ、それ私もやってる」

「そりゃそうだよ、君が教えてくれたんだから」

「そうだっけ?」


 もう覚えていない、幾つの時の記憶だろう。

 でもなんだがそれがおかしくて、私たちはそこで小さく笑い合った。それから改めて眠るために一度別れる。

 そしたら「お風呂に一緒に入ろう」とか言い始めたので。そこは問答無用で扉を閉めた。

 

 そして彼がとある大公の娘と婚約を結んだのは、旅行から帰って一週間後の事だった。



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