旅立ちの朝
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フィンとお付き合いが始まって一ヶ月が経った。
そんなある日の、日の出る少し前の肌寒い時間にその馬車はスペンサー公爵邸からさる小島に向かって歩き出す。
この一ヶ月フィンはすぐに私を呼びつけようとしてくるし、夫人は会うといじってくるし、周りの使用人たちはこっちを見てひそひそ何か話してたり私に話を聞きにくる人までいて、本当に大変だった。
そもそも付き合うとかなんとかの以前に私たちには仕事があるわけで、なんなら恋人以前に主従関係なんだから仕事をさせてほしい。それなのになにかと、なにかと邪魔が…!
しかも一番邪魔だったのはフィンの呼びつけ。廊下で気軽に長話できないのはわかるけど、私を執務室の掃除当番に当てて長話しようとし始めた時はすぐマデリンさんに相談した。おかげで今私は執務室に出禁になっている。本当に良かった。
他はまぁ…夫人はともかく他の使用人の人たちとはこの件をきっかけに多少話すことが増えたのはありがたいと思っている。相変わらず砕けた態度が取れるのはアリアとエリオットだけだけど、屋敷の中が前より過ごしやすくなった。
そういえば、エリオットは私が行き遅れそうになったら養子に貰ってくれる予定だったらしい。いじっていた言葉に関してはやり過ぎだったと謝られたので、多分フィンが何かしたんだろう。
と、なんとなくここ一ヶ月を振り返ったのは、今日がとうとうやってきた小島への…元ベイリー家の別荘へ向かう旅行の初日だから。
正直一ヶ月でここまで話が進むと思ってなかったけど、行動が早いに越したことはないのでいろんな人と状況に感謝だ。
今回私たちは二台の小型馬車の付近に六頭の馬と言う大所帯で移動している。馬車でなく馬に乗ってるのは護衛の騎士の方々。馬車は一台が人が乗るためのもので、もう一台は全員の荷物が乗っている。
ボーイの二人が馬車を操って、私たちメイドは主人のお世話係を努めることになった。要は吐きそうになったり体調を崩した時の時の緊急要員とか、おしゃべり相手である。
「にしても、私がお邪魔して良かったんですか〜?」
私の横で、口元も目元もにやつかせながらアリアは言う。
私が信用に足ると思った使用人はアリア。勿論これまでの付き合いもあるけど、何よりこの間聞かれたあの恥ずかしい話が広がってなかったことが決定打で、ここは彼女に頼むしかないと思った。
「そう思うなら馬車を一台増やしても良かったんだよ?」
「ちょ、何言ってるの!」
使用人のために馬車を増やそうなんて、そんな馬鹿なことがありますか!
私はアリアがここに居てくれるから、安心して彼と居れるというのに。
「ざーんねんでした〜。公共の場でアニーは私のものでーす」
「きゃっ」
そう言って抱きついてくるアリア。なんかいつもとキャラ違くない?
そして目の前のフィンが目に影を乗せてにこりと微笑んでいる…これは相当怒ってるな。
「陰気な主人にアニーを好き勝手させる訳には行きませんからね」
そう言ってアリアはフィンを見た。するとフィンがその視線に静かに睨み返すものだから、謎の戦いが勃発しそうになっている…やめてほしい。
そんな中、世間話も含め進んでいると、ヴァランセ領の関所に到着した。行き用の手形の提出と荷物検査を終えて先に進む。
「今日はどこに泊まるんですか?」
ヴァランセ領の道中を眺めながらアリアが言う。私もそれは気になっていた。
「今日は途中にある湖のコテージで休む予定だよ」
「コテージ! 良いですねぇ」
アリアは嬉しそうに言うが、ずっと私にくっついてるのはどうしてなんだろう。
しかし私自身、コテージに泊まった記憶はない。少し楽しみだ。
「夜は立場関係なく鉄板焼きと焚き火で過ごそうと思ってる。無礼講といこう」
アリアはその言葉にまた嬉しそうな声を上げる。私も楽しみで胸が高鳴った。
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