給湯室で全てがバレた(1)
***
給湯室に移動して紅茶を淹れる準備をしていると、誰かが入ってきた。特に給湯室に入ってはいけない人なんて部外者しかいないけど、人影に反応した体が反射的に入り口に向く。
「アニー?」
「アリア」
入ってきたのはアリアだった。偶然だなとおもいつつ軽い挨拶の後、彼女は給湯室の椅子に座って一つため息をつく。
「休憩?」
火にかけたホーローポットの様子を横目にアリアを見る。
「うん、そうなの。紅茶でも飲もうと思って」
「アリアの分も一緒に淹れようか?」
「いいの? ありがとう」
余る前提で沸かしておいてよかったな。とりあえず使用人用のポットでささっと淹れてあげよう。
「こんな時でもないとなかなか会わないもんね、元気?」
アリアは言う。確かに私たちは働いてる場所も違うので、同じ部屋ではあるけどなかなか会うことはない。
「まぁまぁかな」
一昨日といい昨日といい、良かったのは眠れる夜を実感すること。昨日の朝はしんどかったけど、今日の朝には少し軽くなっていた。いいベッドで寝かせてもらった効果かもしれないけどやっぱ眠れないよりは疲れが残ってても体が軽い。
「私もそんな感じかなぁ、こき使われて疲れはするけど」
「やっぱそういうもんだよねぇ」
違う茶葉の入った二つのポットにお湯を注ぐ。
普段から必要でないことを話すのもアリアだけなので、世間話も久しぶりだ。
「そういえばさ」
「なぁに?」
「アニーってフィン様とどこまで行ったの?」
「!?」
何も飲んでなくて良かった。吹き出すかと思った。その質問つい今さっき夫人からも聞いたけど!?
「めっちゃくちゃ噂になってるよ。二人が逢引きしてるって」
勘弁してほしい。絶対ダンスの下のせいだ…あの公爵御子息サマめ、これだから嫌だったのに。
「う、噂かぁ…」
私は否定も肯定もしない言葉で誤魔化す。アリアと視線は合わせられないけど。
「本人に言うのもなんだけど、やっぱロマンだよねぇ〜。ロマンス小説みたい」
アリアは目を輝かせているけど、私は無限に冷や汗をかきながら作業している。
わかってはいるんだ。こう言うのは結局話してるのが楽しくて、真偽なんて本当はどっちでも良いことなんだって。孤児院にもそういうやついっぱいいたし。
かといって「本当にお付き合いしてます、三日目です〜」なんて、誰が言えるものかと言う話で。
しかも下手に本当なのが困る。向こうは逢引き目的で私をダンスのレッスンに呼びつけてたし、一昨日もフィンに呼ばれて彼の自室に向かったのも事実。それであまつさえ付き合い始めましたなんて…。
勘弁してほしい。私は嘘が得意じゃないのに。
「だからさ、どこまでいったのか聞かせてよ〜。もうキスはした?」
アリアの顔が近い。いつの間に耳元まで来たのかわからないけど、とにかく好奇心に輝いた目が眩しくて目が潰れそう。
そりゃどこまでって言ったら、あの公爵御子息サマが私のファーストキスを台無しにして、勘違いで二回は襲いかかってきて、デートで勝手に大量の服買って、挙句の果てに勢いで外泊する羽目になったところまでだ。
でもこれが言えたら、いやここまでの愚痴が言えたらどんなに良いか。
しかしあくまで噂は噂でも、広まるのはあっという間なわけで…もし屋敷の外まで噂が広がって、彼の恐れてる私の存在が大公にバレることとか、何より彼の評判が落ちるのは絶対に避けたい。
「ど、どこまでって…お付き合いなんてし、してないよ。かっこいい人だとは思うけど」
淹れ終わった紅茶を渡しながら私は言う。アリアはそれを受け取ると何故か私を怪訝な目で見てきた。私としては早くお茶持って逃げたいんだけど、鋭い視線に固められて動けない。
「怪しい…ま、私ならフィン様とは付き合いたくないけどなぁ」
「そうなの?」
「だってそうでしょ? あの陰気な感じ…いくら公爵家の息子って言ったって、あんな暗い人ならもっと王子様みたいな人がいいもの」
「む…私は、かっこいいと思うけどな」
アリアの言葉に私はむくれる。
フィンは俗に言う“イケメン”の部類に入るって思ってるのに。
「そうかなぁ? アニーはあの人のどこが良いと思うのよ」
「えぇ…そうだな、三白眼で緑の綺麗な瞳とか、細い体もそうだし、あとは長い指とか…」
金糸の髪とか、目つき悪いところも好きだし、仕事中真面目なところとか…私への感情拗らせてるところとか。良いところなんていっぱいあると思うけどな。
まぁ感情拗らせてるのは私が勝手に嬉しいと思ってるだけでいいところではないけど。側から見たらやばいやつなのに好きな人にされると嬉しいって思っちゃうの…なんかいけない気がする。
「…それ、やっぱり付き合ってない?」
「え」
私は固まる。いやそんなまさか、これしか言ってないのに。
「だってさ、アニーの言い方ってやたら相手のことをよく見てない?。ふつうは顔かっこいい〜とか、背高い〜とかそんなんじゃない?」
「…」
…これはやらかした、と私はそう思った。
だって何気ない会話からそんなことになるなんて思わないじゃない?
て言うかそれって私カマかけられたんじゃない? と、考える頃にはもう遅いよね、わかってる。
「でもさ、アニーの言い方だとなんて言うかな…すごく細かいんだよね。変に細かいとこまでよく見てるっていうか…それでストーカーじゃないなら、付き合ってるとしか思えないなって」
「う…」
まずいこれはまずい。自ら墓穴を掘っている。いや、いやいやまずいこれはまずい
それなのに私は気まずそうに視線を逸らしてしまった。ここはなんでもないフリをしてすっとぼけるとこだったのに…これでは言外に認めているようなもの。
「…やっぱ付き合ってるよね?」
「………」
私の口からは言えない。そんなことは。
言えないんだ許して。
「付き合ってるのね?」
「……」
小さく、小さく頷いた。
紅茶、淹れ直さないとな。なんて関係ないことを考えながら。
「話、聞かせて!」
私の返事を確認した途端、爛々とした瞳でアリアは私に詰め寄ってくる。
こうなるから言いたくなかったのに…私のばか…。
「やめてよ、そういうの得意じゃないんだから…」
「良いじゃん良いじゃ〜ん」
「やめてってば…噂は早いんだから」
「けちー」
できるだけ火は小さいうちに消したい。ていうかそもそも噂にもしたくなかったのに!
「ねぇねぇ、どこが好きなの? 告白したのはどっちから?」
「恥ずかしいって…」
顔が熱い。でも熱源は私に抱きつくアリアの熱だと思いたい…無理があるか。でも本当に恥ずかしい。
「どこが好きなのよ〜。教えなさいよ〜」
「ひゃっ、ちょ、やめてってば!」
急に脇腹をくすぐられて身を捩る。脇腹弱いからやめてって前に言ったのに!
「あはは、やめてやめてっ。言う、言うからっ…」
「仕方ないなぁ」
やっと解放されて一息、軽く息が上がった。
「はぁ…はぁ」
「ほらほら教えてよ」
「あー…んー…そうだなぁ」
改めて考えてみる。好きなところ、好きなところか…さっき散々答えたような。まだあったかな?
「…目つき、とか?」
垂れ目なのに三白眼という、あの目つきの悪さは好きだ。陰湿だとみんな言うけど、あの目つきの悪さで私を見上げる時が愛おしいというか。なんか綺麗だなって思っちゃうんだよね。
「他には?」
「えー…まだ言うの?」
ちらりとアリアはどこかへ視線を送った、気になってその給湯室入り口を確認したけど、特に誰もいない。
「?」
「さぁさぁほらほら」
「えぇ…後は声とか、好きだよってアピールしてくれるとことか?」
正直、耳元で囁かないでほしい声してる。囁かれるたびにと心臓がすごい音を立てるから、これ以上は正直保たない。
好きって言ってもらえるのはもちろん嬉しい。返せないのが…その…恥ずかしくて、許してほしいけど。今度お詫びにお菓子でも焼こうかな。
「なるほどねぇ、お熱いですなぁ」
アリアはニヤリと笑うけど、私はもうたじたじだ。解放してほしい。
「も、もういいでしょ…」
これ以上は恥ずかしくて無理だ、死んでしまう。どうしたらここから抜け出せるだろう。
「だ、そうですよ? フィン様」
は?
まさかの発言に私は勢いをつけて背後に…給湯室の出入り口に向かって振り向く。
するとそこには…給湯室の出入り口には、照れたような様子のフィンがそこにいた。
「は…え…な…」
な、なんで彼がここにいるのか。
ていうか、どこから聞いてたの!?
二人は何かの仲間なの!?
もしかして浮気!?
文字通りさまざまな考えが私の中で錯綜する。状況が読めないし顔から火を噴きそうだし。もうどうにかなってしまいそう。
まともに話すどころか声を出すこともできない。
「その、遅かったから様子を見に見たんだけど…」
彼は口元を押さえてその場に佇む、心なしか耳まで赤く見えるのが、私の頬や耳をさらに熱くした。
「お熱いですねぇ」
アリアはしみじみと言うけど、これでいろんなことが確定してしまったじゃないか。これじゃあもはや噂どころではない。
「ほらほら、行っておいでよ。紅茶は私が持って行ってあげるからさ」
背中を押されてそのままバランスを崩す。こけそうになったのを彼が受け止めてくれた。
「わ、とと」
自然と抱きしめてもらった様な体勢になって頭から火が出そう。いや出てる。
「フィン様のお部屋でいいですか?」
「あ、あぁ。頼むよ」
フィンのたじろぐような声が聞こえる。そして私は心臓がうるさいし痛い。
「ほーら、早く行ってください。友のよしみで今日のことは内緒にしときますから」
しっしっと手を振られる。私はもういろんなことが恥ずかしくて押し黙ってしまった。
「その…ありがとう。色々と」
「良いんですよ。アニーを幸せにできなかったら、いくら主人でもぶっ飛ばしますけど」
「勿論、幸せにするとも」
そう言ってお湯を沸かし始めるアリアを置いて、私たちは給湯室を後にする。彼が先を歩いて、私が後ろにつく。でも誰が見てるかわからないので会話もない。
彼の部屋に着いたら使用人として私が扉を開ける。彼が先に入ったら私がそれに続いて、ドアが閉まると、互いに沈黙が流れた。
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