朝帰りを歓迎されるなんて思ってない(2)
「小島にある別荘に視察に行きたいと考えています。詳しくは言えませんが、あそこが“事件”に関係があると判明したためです」
私と話した部分はぼかして話してくれるフィンには感謝しかない。お父様からの手紙に関しても匂わせもしないでいてくれてる。
私たちの“永遠”のためにと、あの時彼は言った。その言葉を、これからも私は信じたい。
それにしてもこの場で話をすると言うことは、やはり夫人もこの件に関わっているようだ。
「ただ、片道二日と考えると、最低でも一週間はここを空けなければいけません。そこで父上にも…」
「あら、いいんじゃない? お父様には私から言っておくから行ってらっしゃい」
「え…」
フィンはこの答えを想定してなかったのだろうか、夫人の軽い返答に対して露骨に驚いた顔をする。
「それならアニーも行くんでしょう? 二人でいく?」
「それはなりません奥様」
執事さんの言葉に私は頷く。公爵子息が警備もつけずに長旅なんて、それこそ野盗にでも襲われたら一貫のおわりだ。
「私も同意見です。フィン様になにかあられたらと思うと…」
ここで泣くふり。純情な女だと見せつけておこう。決して恋人をしばくような女ではないと。いや、理由がなければしないんだよ? 理由がなければ。
流石に空気が少し冷える。沈黙の中、最初に口を開いたのはマデリンさんだった。
「今年は何人か卒業して人が少ないですからね。最低限メイド二人とボーイを二人で、護衛は騎士団にお願いするのはどうでしょう、奥様」
「んー…ま、それが妥当か」
夫人は心底つまらなそうにそう言った。
「二人旅なら一線越えて帰ってくると思ったんだけど」
「勘弁してください母上…」
「何言ってるの、フィンが弱いなんてありえないんだから少しは自信持ちなさい」
「そのようなことはありません。父上に勝てる人間などいないのですから」
「フィン、あなた本当にこの家を継ぐ気ある?」
こんなに困り果ててるフィンは初めて見た。しかし人のいじり方が似ているところに、はっきりと血のつながりは感じる。
でも確かにフィンのお父さんであるスペンサー公爵って王国の剣術指南役なわけだし…弱いってことはないような。
え、ってことはあの細さで剣使うの?
ちょ、ちょっとどきどきしそう…でも調子に乗りそうだから本人には黙っておこう。
「まぁいいわ。さっきも言った通りお父様には私から連絡しといてあげる。何かあったら報告するから、それまでは全員いつも通りに」
「畏まりました」
執事さんが柔らかく言う。
「お任せください!」
マデリンさんは笑顔で頼れるいつもの感じだ。
「了解しました」
私も軽く頭を下げる。
とはいえ付き合って三日目で二人旅行が決まるなんてムードなさすぎなので助かった気持ちだ。
これはあくまで視察、視察だから。事件にも関わってるんだから浮かれてられないもの。二人だけなんて危険だし、正直ほっとしている。
「はい、じゃあ解散。アニーはこの部屋に残ってね」
「どうしてですか?」
話が終わったかと思ったら、私だけこの部屋なんて…どういうことだろう。
でも状況を理解できていない私の言葉に、夫人はにこりと笑う。
「既成事実を作ってもらおうと思って」
「お戯れを」
夫人の言葉に私もまた笑顔で返した。冗談きつい。
そういうのは結婚してからがいいな。理想ではなく子供の生活環境のために。好きな人との子供に万が一でも苦しい思いをさせるようなことはしたくないので、そういうのは全部終わってからがいい。
「貴方たち付き合ってない頃から付き合ってるようなものだし…今更じゃない?」
今更も何もへったくれもありませんよ。笑顔が張り付いて離れなそう。
そもそも付き合ってない頃から付き合ってるなんて言えないような…向こうが最初に私を避け始めて、かと思ったら紆余曲折あって今度は私が彼を避け始めて、それで一昨日フィンが勝手に爆発しただけだし。
そしてなぜかマデリンさんと執事さんが“また始まった”と言わんばかりの顔でこちらを見ている。そう思うなら止めてください。
「屋敷中で噂になってるわよ〜」
「えっ…」
やっぱりそうなの?
いやそれはそうか、一昨日フィンの部屋に行って夜中まで帰ってこなかったと思ったら今日は朝帰りで、それ以前も色々…まぁ、色々っていうかフィンがダンスを学び直すって辺りからそういう空気だったし、噂にはなるよね…。
「最近他のメイドたちがきゃあきゃあ言ってて、みんなかわいいんだから〜」
いや、何も解決してない今の時点でそれはまずいんじゃない? と思ってフィンを見ると、何故か嬉しそうな顔をしている。
これはまずい、思ったより外堀が確実に埋まってきているかもしれない。こんな軽い感じで済まされない話なのに「愛があれば問題ない」とか言い出す人間が現れるのも時間の問題だったりして。
それは本当に困る。それこそフィンの態度は似たようなものなんだから。
「だから、ちょちょっと既成事実をね? 私も早く孫の顔がみたいし」
「やめてください。せめて結婚するまでは清いお付き合いをですね…」
かといって私もたじたじにされている。立場的に強く言えないし、このままでは押し切られかねない。
「母上」
不意に、そう後ろから声がした。そして後ろから抱きつかれてるのだと気付いたのは、その少し後。
「これ以上はお許しください。僕のアニーです」
彼がどんな顔をしているのかはわからないけど、声は少し怒ってる様に聞こえた。
「あら」
夫人は嬉しそうに口元に手を添える。状況についていけてない私が困惑していると、夫人は私たちを見て満足そうに笑った。
「ちょっとした冗談よ。冗談。良いもの見れたからここまでにするわ」
いや冗談きついです。勘弁してください。
「本当のことを言うと、これからのことは二人で決める部分もあるだろうしと思って。それでアニーに残るよう言ったのよ」
「それならそうと早く言ってください」
噛み付くような声音が聞こえる。今彼はどんな顔をしてるんだろう。ちょっと気になる…。
「まぁ、本当に既成事実作っても私は受け入れるから、がんばってね〜」
そう言い残して三人はこの部屋を去った。マデリンさんと執事さんはいつも通りに見えたけど、夫人はまた浮かれてるようにすら見える。
「ちょ…」
それは無いです! と言いたかった、でも言えなかった。何故って言う前に扉が閉まっていたから。
「行っちゃった…」
嵐の様な人だった…。夫人なんて記憶とはまるで違くて驚きを隠せない。やっぱり今思い返しても記憶の中ではもっとお淑やかな人だったような。
「父上が居ない時の母上はいつもこうなんだ」
彼が私から離れたので、そのまま二人でソファに掛け直した。まだちょっとやってはいけないことをしているような気がするけど、慣れないとまた遊ばれかねないので二人の時は頭切り替えないと。
「なんていうか…父上の前だと猫を被るのさ、あの人は」
「そ、そうなんだ…」
確かに記憶の中の夫人にはいつも旦那様が付いていた気がする。そのせいか。
「正直苦手なんだ…母上のああいうところ。悪気がないから余計に」
フィンはどんよりと疲れ切っている。よほど母親がいじってくるのが苦手なんだろう。私も親にあんなことされたら疲れ果てる自信がある。
案外フィンが夫人とご飯の席を合わせないのは仕事を優先して家族を軽んじてるんだと思ってたけど…案外違うのかも。
でも私としては“カエルの子はカエル”と言う言葉を彼に贈りたい。それくらい二人が私をいじる時のやり方は似てた。
「あれでも君のことは本当に歓迎してるんだ…邪険にしないであげて欲しい」
「それは良いんだけど…」
ちょっと驚いたけど、あの程度ならまぁ…本当に手を出してくるどっかの誰かよりはマシかなって。
「とりあえず紅茶でも持ってこようか?」
疲れてるなら一休みする方がいい。何事にも休みは大切だ。
「あぁ、頼もうかな」
「じゃあ少し待ってて」
私は部屋を出て一度給湯室に向かった。
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