朝帰りを歓迎されるなんて思ってない(1)
***
フィンを部屋から追い出して、洗ってもらったと聞いた昨日の服に着替えてから一階に降りる。
先ほどの件について、やつは「ちょっと揶揄っただけじゃないか」などと抜かしていたけど、こっちは裸見られた上で責任とらないといけないところだったのに“揶揄った”ではとても済まされない。
正直平手一つでそれ以上追求しなかったことを許しほしいくらいだ。
一階に降りると、左頬に湿布を貼られたどっかのバカが居た。前髪で湿布がわかりづらくて良かったわね。
「…おはよう」
「お、おはよう…」
私が腕を組んで睨みつけると、流石に罰の悪そうな顔をしたフィンの姿がそこにはあった。表情から察するに少しは反省したようだ。
反省してなかったらもう一発かまして帰るところだったけど。
「なにか私に言うことは?」
「…ごめんなさい」
「わかればよろしい」
次やったらこれでは済まさん、顰めた私の顔にはそう書いてあっただろう。
それからひとまず一階で朝食を済ませて、食後に出された紅茶を飲みながら私は言った。
「朝帰りですけど…これは不味くないですか」
「大丈夫、なんとかなるよ」
こっちは真剣に不安だと言うのに軽いというか随分楽観的な返事。普段の彼から考えれば珍しい気がする。
「…何か企んでるでしょ」
「疑ってるの?」
普段だったら一緒にこれからどうするか考えるところのはず。それが“なんとかなる”なんてふわあっとした返事で済まされるなんて怪しいに決まってる。
「…そういえば荷物は?」
私は腕を組んで訊く。さっきみたいに訝しむ視線は送っているけど、彼は平然とした様子だ。
「昨日のうちに使いをやって届けさせたよ。中身は見ない様に言付けてある。とっくに僕の部屋じゃないかな」
そう言って彼は優雅にコーヒーを口に含む。つまり家に連絡してたってこと?
ていうか私の服なのになんで貴方の部屋にあるのよ。
まぁそれはともかく、本当に何か企んだりはしてないみたいだ。むしろなんかもやもやする。
「…本当に何も企んでないなら、どうしてそんな余裕なのよ」
私は今の状況が大変不服だ。彼にしかわからないこともあると言うのに。情報共有は大事だぞ。
「余裕っていうか…確信があるだけだよ」
「だからその確信って何よ」
「…帰ればわかるよ」
そう言って視線を逸らす彼の声は、まだ朝だというのになぜかどこか疲れた様に聞こえた。
***
「祝!朝帰り〜!」
けたたましい音を立てるクラッカーを持って正面扉前に立っていたのは、夫人とマデリンさんと執事さんの三人。
視界の端で何か書いてあるな、と気づいて拾い上げた紙の落ちた破片には“祝、朝帰り”と手書きで書かれていた。なぜ祝われているんだろう。
「東の方だとライスとアズキを使ってセキハンを炊いてお祝いするらしいわ! 真似て私たちもお祝いのご飯を用意しましょう!」
「言ったろう…確信があるって」
私の横でそう言った彼は、夫人の様子に呆れたと言わんばかりにどこか遠くを見ていた。
対して夫人はまだ午前中だと言うのに大層ご機嫌で、確かにそれも気になるけどなぜマデリンさんと執事さんまでなんでこんなところに。
ていうか、この並びを今誰かが見てたりしない? 大丈夫?
「アニーは働き者だったから抜けてほしくないんだけどねぇ」
そう言うマデリンさんの目にはほろりと涙が。しかし何気に初めて褒めてもらった。ありがとうございます。
「おめでとうございます坊っちゃま。今後の予定を相談しましょう」
執事さんは手袋越しにささやかな拍手を送ってくれている。
「…」
いやなんだこれ。なんなんだこの状況。
何がどうなったらこんな静かで混沌としたお祝いになるんだ。
私はそのまま呆然としているけど、疲れた様子で彼が口を開いた。
「…こうなるって思ってたんだ。特に母上は」
「そ、そうなんだ…」
何故。何故わかったの貴方は。
私はこんなに頭がおかしくなりそうだって言うのに。
「まぁ、その…とりあえず中に入ろう。説明する」
「…わかった」
その一言をきっかけに全員で屋敷の中に入る。夫人はその間もずっとご機嫌だった。
***
一旦着替えてから再集合しようと言うことで、一度解散になり、私も屋根裏部屋に戻って使用人服に着替える。慣れない服装からの安心感がすごい。
聞いている集合場所はフィン様のお部屋だ。
「行くか」
気合いを入れ直して梯子から屋根裏部屋を出て、フィンの自室に向かうことに。
しかしこう言う時は屋根裏部屋に部屋が用意されて良かったと思った。三階は主人とその家族のプライベートを重視して人があまり来ないし、この時間に私服で寮に入ったら目立ってしまう。
梯子を天井に仕舞ってから廊下を歩いて部屋へ向かい、到着してノックをするとすぐに入って良いと返事が来る。
「失礼致します」
中に入ると、私が最後のようだった。フィンもいつも通り仕立てのいい服装に戻っていて、日常に帰ってきた感覚になる。
私以外の四人はソファに腰掛けていたので、私もその傍に立つ。
「君も座るといい。椅子を持っておいで」
「いえ、私はここで」
二人きりでもないのにそんなことできるわけない。この屋敷の中でも比較的主人に意見できる立場のマデリンさんや執事さんと違って、私は下っ端なんだから。
「じゃあフィンの膝の上はどう?」
「!?」
かと思ったら急に婦人が妙な提案を投げ込んできた。上機嫌に何を言ってるんだろう、この夫人は。そんなことできるわけないのに。
「…」
フィンも黙りこくっている、これは呆れているんだろう。
そう考えていると、彼は閉じていた目を見開いた。その光景にはそこそこ迫力があって驚く。
「僕は構わないよ! さぁ!」
「お立場をお考えくださいませ」
馬鹿かな? いや馬鹿だ、紛う事なく。両腕広げて歓迎するんじゃない。
私がはっきり断るとなぜか彼は凄まじく落ち込んでいた。なのでもう一回言おう、お立場をお考えくださいませ。
「さて、冗談はさておき話を始めましょうか」
落ち込むフィンを放置して急に話が始まる。
個人的に今の状態で放置されているフィンは自業自得だと思うけど、きっかけは婦人なので実質夫人に振り回された哀れさは否めない。
何はともあれ、私は己の正しい位置を確保できたので良しとしよう。
「…で、どこまで行ったの?」
「!?」
犬にボールを投げるような感覚で飛び込んでくる爆弾発言に思わずずっこけそうになった。むしろずっこけなかったのを褒めてほしい。
真面目なこの空気で訊くのその質問なの?
「…どこまでも何も、僕らは気持ちを通じ合わせてそう経ってません。何もないですよ」
未だ上がったテンションを拭い切れていない様子の夫人に向かって、呆れた様子でフィンは言う。
私は濃厚な時間に忘れそうになっていたけど、またちゃんとお付き合いして三日であることを思い出した。
いややっぱり三日にしては内容は濃すぎる。思いが通じ合って、デートしたところまではまぁいいとしても、そこから外泊で帰ってきて二回も恋人の母親に介入されてるのは話が濃いって。
そうでなくてもお父様とお母様の話だってあったのに。
「あらそうなの、根性ないわね」
「そういう問題では…」
ひたすらに揶揄われるフィンの姿をのどかにマデリンさんと執事さんが見ている謎の光景。夫人は楽しそうにずっとフィンを揶揄ってるし…こういう家族なんだろうか。
ちょっと変わってるけど…やっぱり少し、羨ましい。
「んん…本題に入ります」
ここまで散々揶揄われてフィンは疲れた様子だ。それでも話は進む。
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