一夜の過ちにしては重すぎる
***
「ふぃんはわたしをかわいいっていうけどねぇ、あなただってじかくないみたいだけどかっこいいんだから!」
私の言葉に、なぜかフィンは嬉しそうに頭を撫でる。
でも愛おしそうに頭を滑る彼の手が心地いい。
「んー? なでてくれるの?」
私は頭を撫でる彼の手を取って、頬を擦り付ける。そのままフィンの方に顔を向けると、フィンは満足そうに笑った。
「いつもこのくらい素直なら良いのになぁ」
そう言ってフィンは私を抱きしめた。嬉しいので私もぎゅっと抱きしめ返す。
「? わたし、すなおじゃないの?」
「いや? アニーはいつも素直だよね」
「わかってるじゃない。ありがと」
抱きしめてくれる腕が嬉しい。ずっとこの時間が続けば良いのに。
「そうだ、シャンパンおかわりってできるの?」
まだ一杯しか飲んでない。勿体無いのでもっと飲みたい。
「んー、今日はやめた方が良いかな」
「なんでー!」
両手をグーにして万歳しながら怒る。まだ飲めるもん!
「はいはい…まさか一杯で完全に酔うとは」
なんかフィンが訳わかんないこと言ってる!
声が小さくて聞き取れないよ!
「もぉ、なにいってるの?」
私がそう言って視線をやると、フィンはまた撫でてくれた。嬉しい。
「アニー」
彼が私呼ぶ、嬉しい。
「なぁに?」
「僕のこと好き?」
「だいすきよ!」
何を今更なことを言ってるんだろう。こんなに大好きなのに。
「僕も大好きだよ。ずっと一緒に居れるよね?」
「もちろん!」
私だってずっと一緒に居たい。ずっと一緒にいたいよ、だってやっと一緒になれたんだから。
もう一度同じ人を好きになるなんて早々ないんだもの、もう離したりなんかしない。
「あなたをすきになったから、わたしこんなにしあわせなのに…そのしつもんは、もしかしていっしょにいれないの?」
そうだ。まるでこんなやりとり、もう一緒に居れないみたい。そんなのいやだ。
「…!」
フィンはなんでか驚いてる。もしかして、私言ったらいけないこと言ったのかな?
「ふぃんどうしたの? わたしいじわるいった?」
「いいやちがうよ、大丈夫…」
どうしたんだろう? フィンへんなの。
「アニー、愛してるよ」
そう言って彼は私の額にキスをする。
私も返したいな、いつもされるばかりだから。
「わたしもよ!」
そう言って、私は彼の頬にキスをした。
えへへ、ちょっと照れ臭い。
それにしても、なんだか眠いな…初めて出かけた休みだったし、外ではしゃぎすぎたかな?
「フィン…」
ねむい…眠いけど、フィンに今日のお礼言わなきゃ。お洋服、本当は嬉しかったって。
「寝てもいいよ、アニー」
「う…」
視界がぼやける。フィンが抱き寄せて頭を撫でてくれるのが心地よくて、瞼はどんどん重くなっていく。
「ふぃん…かわいいって、ありがと…」
なんとか言いたいことを一つは言えたような…でも視界が暗くなって、そこからはわからない。
********
体が重い。気だるい。
でも遠くで誰かが呼んでいる気がする。
「…ニー、アニー」
この声は…多分フィンの声だ。でもどうしてフィンが私を起こそうとしてるの?
昨日デートに出て、服買ってもらって、高い料理店に来て、お酒飲んで…それから、どうしたんだっけ?
「う…」
重たい瞼でなんとか薄目を開けると、部屋に日差しを感じた。屋根裏部屋はこんなに明るくない。ここはどこだろう。
しかも足にシーツの感触があって、いい生地なのか抵抗感がなくさらさらとしている。
「アニー、起きれるかい?」
だからなんでフィンの声?
…あぁそうか、これは夢か。夢なら、私の願望が出てるんだし少しくらい甘えても良いよね。
なので声の方に腕を伸ばして掴んだ何かをそのまま彼をベッドに引き込む。案の定それはフィンだったのか慌てた声がしたけどそれを放置して彼を抱きしめて、少しだけ頬擦りをした。
フィンって一見細いようだけど結構体つきはしっかりしてるんだなと、抱いた腕から感じる。骨がしっかりしてて筋肉があって、ちゃんと男の人の腕だ。
「アニー、それはまずい。それはまずいよ」
「なぁにがまずいのよ。夢なんだから普段できないことしたって…いいじゃな…い」
再び眠気に襲われる。夢の中なのに眠いなんて、変な夢だ。
***
「…ニー、アニー」
誰だろう、私を呼んでる。
今日は遅番だから、まだ眠れるはず。
でも誰か呼んでるってことは、何か起きたのかな。
「ん…」
まだ眠いけど、重たい体を起こす。
薄く目を開けると、いつもと違うベッドが見えた。
「…?」
なんだこれ。なんて高級そうなふかふかベッド。これは一体…?
そういえば昨日途中から記憶がないなとおもいつつ痒くなった首の後ろを軽く掻いて、意識を叩き起こした。
ふと、そのまま視線を下にやる。
「?」
なんで私裸なんだ?
「おはよう」
横から声が聞こえる。その声に反応して横を見た、私は
「…!」
横に寝転ぶフィンの姿に、言葉を失った。
「強引だなぁ、ひどいよ」
彼は少しはだけた状態で、幸せそうに私に向かってそう言う。
つまりこれってもしかして、もしかしなくても。これは、まずい…な?
「申し訳ありませんでした!!!」
私はその場で叫びながら素早く土下座した。
お酒の勢いでも最悪のパターンだこれは。まさかそんな、そんなことが起きてしまうなんて。
これが所謂、既成事実か…。
斬首刑だぁ…。まだ死にたくなかった。
何が苗字を取り戻すだ、それ以前にやらかさないでくれ私。
もうだめだをはじめとした荒れ狂う思考と感情が頭の中にぐるぐる回る。渦を巻いているのだ。
「責任…取って結婚しかないよね?」
とか幸せそうに抜かしているフィンは殴りたいくらい能天気だけど、メイドの身でこの人と結婚すると言うことはスペンサー家に泥をつけると言うこと。
「私を殺してください…」
私がそれだけ残してベッドに突っ伏すと、ノックの音が聞こえた。
「失礼します」
知らない女性の声が聞こえて何かおかしいと思った私は反射的に顔を上げる。それから扉の方に視線を向けると、給仕の格好をした女性がそこには居た。
「お召し物が乾きましたので、ご報告をと思いまして」
彼女の言葉に“ん?” と私は思った。
今なんて言った? と。なのでそのまま私は耳を立てる。するとこちらに気づいたのか、女性が私に向かって一つ頭を下げた。
「おはようございます。昨日はお眠りの様でしたので、僭越ながら私がお世話をさせて頂きました」
「あ、そう…だったんですか。ありがとうございます…」
でもつまりそれって、今考えてることが正しかったら私が酔った勢いで自発的に脱いだとかじゃなくて、この人が脱がせたってこと? 私が寝てたから? 服を洗濯するために?
「…」
呆然としていると、横からくつくつと笑い声が聞こえる。私が静かに視線を向けると、確かに美しい金髪の男性が長い前髪の向こうで何やら笑っているのが見えた。
「フィン…」
ぽそりと呟く。今だけは冷たい声も許してほしい。
なぜかって私は今猛烈に、怒鳴るのを我慢しているからだ。
「僕を無理やりベッドに引き込んだのは事実だし…嘘は言ってないよ? 君は二度寝したけど」
「……」
それでは行ってみましょう、右手をおおきく振りかぶって。
パァン!
その破裂音は、今までで一番良い音がした。
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