サンドイッチとジンジャーエール(1)
***
街に出て最初に向かったのは、小さなサンドイッチのお店だった。何人かの人が対面販売の列に並んでいて、人気のお店なんだとすぐに理解する。
「…意外」
列に並んですぐ私はそう呟いた。
てっきりデートなんて言うから、高くておしゃれなカフェにでも連れてかれると思ったのに。
「そうかい?」
彼はそう言われるのは予想がついていたと言わんばかりの顔で言う。
「ここのバゲットサンドにジンジャーエールを合わせるとうまいんだ」
嬉しそうな顔でそう言う彼と共に、列を進んでいく。個人的には大口を開けてサンドイッチを頬張ってる貴族なんて想像もつかないけど。
「そうなの?」
「特に生ハムとチーズのやつが最高だね」
「そうなんだ」
彼の言い振りは、何度か来たことがあるようだった。好きなメニューがあるくらいだしお気に入りのお店なのかもしれない。
「じゃあ、注文任せちゃっていい?」
「わかった。食べられないものは?」
「ない。けどキノコは苦手かな」
「了解、お姫様」
なぜ急に私を今姫扱いしたのかはわからないけど、そう言って笑った顔がちょっとかっこいいのはずるいと思う。
意外と行列が進むのは早くて、思っていたよりすぐに私たちの順番がきた。対面のショーケースの中には、包装されたサンドイッチたちが美味しそうに並んでいる。
「生ハムとチーズのバゲットを二つ、後ジンジャーエールも二つください」
「かしこまりました〜」
彼がポケットから財布を取り出して対価を支払い、サンドイッチを受け取る。
「飲み物、受け取ってもらって良いかな?」
「あ、いいよ」
私が店員さんから飲み物を受け取ると、彼は私を誘導して小さな公園に出た。木陰に置かれた寂れたベンチに二人で座って、間に飲み物を置く。
自分の分のサンドイッチを受け取ると、彼が言った。
「ここで食べるのが好きなんだ」
彼がお気に入りだといったこの公園は、見回して小さな公園には大した遊具もなくただの広い空き地のようになっていて、ここから見ると奥の方に申し訳程度の鉄棒が置いてあった。
でも確かに私も好きだ、こういう場所は。静かな場所は時間の流れがゆっくりに感じるから。
「…そうだね。私も高いお店よりずっと好きだな」
「それはよかった」
私の言葉に彼が嬉しそうに笑うから、少し照れ臭くなる。
静かに時間が流れる公園は、段々と本格的な日差しに晒されていく。いくらフィンがここまで仕事していたとはいえ午前中に出てきたのにもう日差しが強い。
「食べようか、飲み物ぬるくなるし」
「うん、そうしよ」
二人でサンドイッチの包装を外す。中にはバゲットに横から切れ込みを入れて、そこにレタスと生ハムと薄く切ったチーズが挟まったシンプルだけどボリュームのあるサンドイッチが入っていた。でも少し小さいかな?
「そういえば、私バゲットサンドもジンジャーエールも初めてだ」
炭酸水なら口にしたことがあるけど味のついた炭酸飲料は初めて飲むし、バゲットサンドなんて実物を初めて見た。
屋敷じゃ当然出るものじゃないし、孤児院でも見たことがない。
「どっちも美味しいよ。大きくかぶりつくのがコツ」
そう言って彼は大口を開けてサンドイッチを頬張る。本当にそんな大口開けるんだ、とは思ったけど私もそれに倣って頬張った。
「!」
レタスのシャキシャキ感と、バゲットの甘さ、ハムやチーズの香りと塩気がマッチして美味しい。パンにはマヨネーズが塗ってあるのか、その香りもよく合っている。この美味しさは初めてだ。
ただ少し食べづらい。この不便な感じを食べるのが楽しいけど。
「おいしい!」
私は飲み込んだ第一声で伝えた。伝えたというか飛び出たに近いけど。
こんな美味しいものを街のみんなは食べてるんだ、ちょっと羨ましい。
「それはよかった。サンドだけだと少し甘いからジンジャーエールを合わせるんだ。やってみて」
そう言われてジンジャーエールを一口含む。
「!!」
ジンジャーエールの方は強めの炭酸の刺激があって、生姜の香りがしっかりする。少しだけ甘くて口の中の油分が一緒に喉に流れる感じがして、口の中がさっぱりした。
「これもおいしい!」
すごい、今日は発見がいっぱいあるな。これはすごく…楽しい。
「嬉しそうで何より。勧めた甲斐があったみたいだ。こういうのは街に降りないと食べられないからね」
彼は優しく微笑む。さっきまで照れ臭かったのに、今度は嬉しく感じるなんて現金だろうか。
「ありがとう、教えてくれて」
「どういたしまして」
サンドイッチを食べ切って、少し食休み。
それにしても、あのサンドイッチは最初こそ“小さいかな?”って思ったけど食べたらお腹いっぱいだったな…。パンがもちもちでよく噛むからだろうか。
そんなことを考えていると、視界の端にこちらに向かって嬉しそうに笑っているフィンが見える。
「どうしたの?」
私が素直な疑問をぶつけると、そこから彼はとても嬉しそうに腑抜けた笑顔を見せた。
「いや…やっぱり嬉しくて」
「嬉しい?」
「アニーが、僕のそばにいることが嬉しいんだ」
「!」
「もう届かないとすら思っていたのに、こんなに近くにいてくれるなんて…まるで夢みたいだよ」
「…っ!」
はず、恥ずかしい言葉が流れるように飛んでくる!
嬉しいって思ってくれるのは嬉しいし、もちろん私だって今の関係は浮かれるくらい嬉しいけどそんなこと素直に言えないっていうか…。
「あはは、赤くなってる。可愛い」
「か、可愛くはないでしょ! こんな無愛想!」
「可愛いよ、僕の前だけは」
「!!」
「ちょっと意地っ張りだけど」
そう言ってまたあはは、と揶揄うようにフィンは笑う。私はそれに拗ねて顔を背けた。
「そうよ、意地っ張りだもの。フィンなんて知らない」
「え、まって、そんなつもりじゃ…!」
「…本当に?」
「本当だよ。怒らせたかったんじゃない」
「ふーん…」
ジト目でフィンを見る私。半信半疑と言わんばかりの私の表情に慌てるフィンを見ていると、なんだが普段の仕返しをしたみたいで嬉しかった。
「ぷっ…あははっ。冗談だよ、こんなことで怒ったりしない」
「あ、揶揄ったのかい!?」
「ごめんって、いつもフィンに振り回されてるからやり返したかったの」
「それは…アニーが可愛いから」
「いやそれはないでしょ…」
さっきからフィンは私に“可愛い”って言うけど、私からしたら全く理解できない。鏡で自分のかいを見るたびに「荒んだ顔してるな」とはよく思うけど。
元より目つきが悪いのに、眠りが浅いせいで本当にクマが酷くてうんざりする。痩せっぽちだった体はここで働き始めてだいぶよくなったけど、それでも肉つきがいいわけじゃないし愛想のある表情も相変わらずできない。
そういう意味だと客人の相手をしなくていい掃除班なのは助かっている。
「アニーは可愛いよ、大丈夫」
「何言ってるの、可愛いって言うのはアリアみたいな子のことを言うんだよ」
アリアは優しい表情が多いし、笑顔も素敵。元より印象の優しい顔つきでさらに性格も明るいし親しみやすい。あぁいう子を“可愛い”って言うんだと思う。
「それは聞き捨てならないな。アニーは世界一可愛いのに」
「何を根拠にそんなことが言えるのよ…」
なんて呆れていると、彼の手がこちらに伸びて私の頬に触れる。
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