忘れてた、服がない(1)
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それでも翌日はスッキリした目覚め…と言うには遠いもので。少しまともに眠れたところで、昨日の疲れと言うよりはそもそもここまでの寝不足が祟っていると体は訴えていた。ここまでで一番体が重い。
何かのせいにするのはよくないけど、重たい体に引きずられた意識でいたらすっかり忘れていた。今日は休みだということ。
そして私は今、今日が仕事だと思い込んで途中まで使用人服を着てしまっている。
「…ふむ」
向かいのベッドのアリアはまだ寝てるから刺激したくない…特に聞いてないけど多分今日は休みか遅番なんだろうから。
かと言って、体はだるくても下手に目は冴えてしまっているので二度寝には向かない。
ちらりと時計に目をやっても…今は朝の五時。流石に何をするにも早い時間が刻まれている。
ちょっと困ったな…と思いつつ、ひとまず着かかってた使用人服は脱ぐことにした。
首回りに嫌な汗をかかない朝にはまだ違和感を感じる。それに使用人服を脱いだところで、ここまで休日は眠ってただけの生活でまともな私服なんてあるわけもなく、寝間着とここに来た時の服しかない。とりあえず今日はこれで過ごすしかなさそうだ。
ついでに髪型も久方ぶりに髪をポニーテールに纏める。慣れた髪型以外を自主的に考えるのはめんどくさい。
お給金は毎月出ているので多少お金は有るんだけど…今まで買い物に行く気力も無かったし…言い訳っぽいけどまぁ仕方ないといえば仕方ないのかも。
お屋敷の位置的に、街なんてすぐそこなのでいくらでも買い物する機会はあったんだけど、どちらにせよ朝の六時前から開いてる服屋は存在しない。
かと言って私物は相変わらず枕の下で眠る手紙と首元のネックレスだけ。本の一冊も無いのでは部屋で時間も潰せないので、このままでは退屈な休日になりそう。
アリアは休みの日に買い物に行ったりしてるようで、チェストに服は豊富なようだ。机の上に買った小箱を置いて、そこにアクセサリーなんかも仕舞っている。以前見せてくれたけど、どれも綺麗だったな。
対して私はと言えば、振り返ればそれだけ何とも華のない生活である。過ぎた時間は戻らないので考えるだけ無駄だけど。
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暇なら庭でも散策するか、とため息まじりに決めて、アリアを起こさないよう慎重に部屋を出て庭に向かう。
屋敷の正面玄関からすぐ先にある庭は主に夫人の管轄だが、使用人にも解放されている。休憩時間に行ったりする人も居るみたいだ。
私は休憩時間になると食堂で寝てるので、掃除でもない限り行った事ないけど。だるい体を引きずって仕事をしているので、少しでも寝ないとその後仕事ができない。
だから友達できないんだろうな、とか考えるとため息が出る。今後改善するといいけど。
使用人用の戸口から庭に出ると、視界に映る朝もやの少し残った庭は相変わらず綺麗に整えられていて、今は夏の花が咲いていた。
しかし私は今、使用人服でも無いのに長袖を着ている。正直言って死ぬほど暑い。これは今日にでも服を買いに行かなければ。
暑さに負けそうになりながらも他にやることもなく、ふらふらと庭を散策していると遠くで呼んでいるような声が聞こえてきた。疑問に思って声の方に振り向くと、なぜか執務室の窓を開けたフィンが私を呼んでいる。
なんでこんな時間に執務室に居るのか知らないけど、とりあえず呼ばれたので小走りで窓の前まで行くことにした。
「おはようございます、フィン様。お呼びでしょうか?」
流石に公共の場、言葉は選ぶ。休みだからって立場は変わらないので。
「おはよう、こんな時間に珍しいと思って…休みなんだね」
私の姿を見てそう言うと、フィンは周りをきょろきょろと覗き始める。それから何か確認できたのか、小声で私に言った。
「誰もいないし、気軽に話そうよ」
「…部屋に執事さんが居るのでは?」
何か用事でもない限り男主人が居るところに執事は居る。そういうものっていうのもあるけど、主人の命にいち早く応えるのが彼らの基本的な仕事なので。
「ルークとマデリンは事情を知ってるから」
「…そういうことではないと思うんですが…仕方ないな、今日だけ特別よ?」
ため息を吐きつつも結局敬語を外してしまった。
我ながら、恋人を甘やかしてると思う。浮かれているとも言える。
でも今日だけは浮かれるのも許してほしい。だって昨日の今日で付き合い始めたわけだし、お互い長い片想いが通じたようなもなわけで…。
そう考えたらちょっとくらい、いいよね。
「それで、なんでこの時間に執務室になんて居るのよ」
庭の時計に目をやると、時間は六時半。どう考えても仕事をするには早い。朝ごはんだってもう少し遅いだろうに。
「昨日、急に仕事を放り出してしまったからね…」
彼は悲しげに視線を逸らしてそう言う。
でも正直、そんなことだろうと思った。急にあんな事して、余程仕事が無い日なのかと勘繰ったくらいだもの。
「君こそ、この季節に着るには珍しい服装だね」
あ、露骨に話題変えたな。これに関してはいつかしっかり話し合おう。私より年上なんだからしっかりしてほしい。
「これしか服がないのよ、休みの日に起きてるなんて初めてだから。私物も限られてて時間も潰せないし」
「なんだって!?」
急に出た大きい声に体が跳ねる。
言いたいことはわかるけど、落ち着いてフィン。
「ちょ、ちょっと待ってて!」
そう言った彼は慌てて窓を閉めたかと思うとそのまま部屋の中に消えていった。
「い、一体なんなのよ…」
急なことに悪態をつきつつ、言われた通りしばらく待っていると、再び窓が開く。
「すぐ執務室来て」
「えぇ? 本気?」
「いいから」
「はぁ…」
本当に急なことばかりでついていけいないけど、とりあえず言われた通り執務室に向かう。
ノックをすると、誰かと訊かれるまでもなく扉が開いた。
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