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私って夢みがちな女なのか?(2)


 彼を無理やり引き剥がして顰めた顔を見せると、あからさまに困惑している。そうなるとは思っていたけど余りにも予想通りすぎだと思う。


「貴方の気持ちが聞けたのは嬉しいけど、うだうだ言っててもこれ以上にはならないでしょ」

「それは、わかるけど…」


 おず、と弱気に彼は言う。その言葉には、まだ申し訳なさや不安感を感じた。


「私は貴方を信じてるわ。だから、貴方は黙って“貴方を信じる私”を信じてれば良いのよ」


 私が“私を変えた貴方”を信じてるみたいに。

 貴方が貴方を信じれなくったっていい。貴方を信じる私は、今ここにいるんだから。


「“僕を信じてる君”を信じる…」


 私の言葉を口に出して反芻する彼は、まるで目から鱗が落ちた様な顔をしている。

 私はこれでもまだ怒っているのだ。お互いに気持ちを確認しあって、それですぐこんな扱いはひどい、悲しい。


「それで、君は許してくれる?」

「許すとか許さないは別に決める。これは貴方の心次第だもの」


 そう言うと、彼は踏ん切りがつかないのか戸惑った表情になった。許されるか許されないかで行動するのはやめた方がいいと思う。

 そのまま少し考えて、彼は話した。


「僕は、君を信じる…いや“信じたい”」


 その言葉には今までのどれとも違う、前向きな気持ちが乗っかっている様に感じた。


「本当?嬉しい」


 その気持ちが嬉しくて、私は自分の口角が素直に上がる。


「大事な人を失いたくない気持ちは、私の中にもあるよ。私は…貴方まで失いたくない」


 完全にわかりあえる…とは言えないけど、きっと私たちの気持ちはどこか似てる部分もあるんじゃないかと感じた。

 もし本当にそうなら、思いやることはできるから。


「…僕も君を失いたくないよ」

「なら、今はそれで良いんじゃないかな」


 どんなに言葉にしたって、長いことあった気持ちを急に切り替えたり、本当の気持ちを捻じ曲げることはできない。

 それでも、新しい気持ちを受け入れていく気持ちがあるなら、自分の中にある気持ちから歩み寄ってみれば良いんじゃないかと、私は思った。


 自分ができてるとは言い難いけど、それなら一緒にできるようになればいいや。

 私もうじうじ考えるのは疲れてしまった。貴方が側に居てくれるなら、その間くらいは前を向いて行きたいから。


「えい」


 不意打ちデコピン。彼は戸惑った顔で狼狽えながら額をさする。


「今日はそれで許してあげよう」


 なんて強気に出たところで自分も大概人のことは言えない。

 私だって、今でも自分のこと汚れてると思ってる。


 何度でも思うけど、未だにクマは取れないし、どこもかしこもぼろぼろだし、暗い気持ちやあの事件のトラウマが魔法みたいに無くなった訳でもない、貴方という支えがあっても、父様や母様にいつだって会いたい。それが私。


 貴方にふさわしくないって、今でも思うよ。

 でも貴方には教えてあげない。もう前を向くって決めたから。

 私も、貴方にふさわしくなりたい。


「さ、今日はご飯食べてもう寝ようよ」


 今が何時か知らないけど、窓を見れば夜なのはわかる。今日はばたばたしすぎていつの間にか電気がついていることも意識してなかった。私の記憶が無いだけで彼が付けてくれたんだろう。


「そうだね、そうしよう」


 彼もまた少し疲れた様に笑った。


「あ、ご飯で思い出した! 貴方ご飯ちゃんと食べてないって聞いたんだけど。しかも執務室で済ませてるって!」

「う…」


 あからさまに狼狽えるフィン。図星を突かれた顔に私はさらに捲し立てる。


「ちゃんと食べないからそんなに細いのよ! 私確かに細い人が好きだけど、貴方は細すぎ! そんなんじゃ何かする前に貴方が死んじゃう! あと執務室で済ませてたら奥様が一人でお食事してるってことじゃない! お母さんは、っていうか親御さんは大事にしなさい!」

「君がそれを言うと重いな…」


 私の激しい剣幕にフィンはあれよあれよと尻込みしていく。

 そうだ、重いだろう私の言葉は。だから家族は大切になさい。


「そう思うなら実行して!」

「わ、わかった、わかったよ…」


 私は怒ってると言うのに、彼の顔には“もう勘弁してくれ”と書いてあるのがありありとわかる。


「ちゃんとわかってるのかなぁ…」


 私が訝しげな表情を見せると、彼は困ったように乾いた笑いで応えた。やっぱわかってなさそう。


「だいたいね…」


 と言葉を続けようとした時、不意をつく様にノックの音がした。二人して体を跳ねさせて、反射的に扉の方を見る。

 そして間髪入れずに扉から聞こえるガチャン、と鍵を開ける音何して、ノックの主はそのままなんの躊躇いも無くドアノブを捻った。


「!!」

「フィン〜、部屋に居るならたまには一緒に晩御飯でも…」


 そう話しながら入ってきたのは、フィンの母親であるナタリー夫人だった。なんと言うことだろう、今ちょうどその話をしていたというのに。

 そして途切れた言葉から窺える動揺通り、今の私たちを、夫人にはそれはもうはっきりと見られた。


「「「……」」」


 ドアを開けたまま固まる夫人。

 対して私たちと言えば、乱れた服で主人のベッドに座る私とそのすぐ横に座るフィン。


 どう考えたってこれはまずい。“若い貴族を誑かす薄汚い女”を絵に描いたような光景だ。

 最悪私は死ぬ。いやもう死んだと言っていい、社会的に。


「あらぁ…」


 しかし、夫人の表情に私は驚く。

 なぜか彼女は…心底嬉しそうに私たちを見ているのだから。


「あらあらあらあら…!」


 なぜか目を爛々と輝かせながら夫人はそそくさとドアを閉めると早足でこちらに歩いてくる。その早さに私は驚いたのあまり体を跳ねさせた。


「貴方たち、もうそんなとこまで…!? こんなおめでたいことってあるかしら! もう、フィンもどうして教えてくれなかったの?」


 両掌を口元で合わせながら、実に嬉しそうに彼女は言う。

 そして隣のフィンが苦虫を噛み潰したような顔をしているのが視界の端に入ってはいるものの、私は頭がついていかず真っ白になって呆然としたまま、二人の様子をただ眺めていた。


 最初、それこそ夫人が嬉しそうにこちらを見た時。私は“夫人って思ったよりスキャンダル好きなのかな…”って確かに思って、形にならない覚悟を決めた。だってどう足掻いたって息子が誑かされてる様を見て喜ぶなんて、それしか浮かばなかったし。


 だけどその一瞬後に夫人は私たちの仲を喜ぶ様な事を言うもんだから、私の脳みそは状況が理解できなくなり見事に弾けた。いや何この状況。

 まさか私の姓を取り戻そうって話、夫人も仲間ってこと? いやそんなまさか。


「…母上、わかりました。わかりましたから行きましょう、アニーが困惑しています。今日は僕も一緒に夕食を頂きますから」


 渋々とベッドを降りたフィンが、夫人の背中を押して部屋から追い出そうとしている。夫人の体は一見それに成すがままだが、明らかに彼の声は届いているようにも見えない。


「今日は最高の日だわ! お祝いをしなくちゃ!」


 だって浮かれた声でずっとこの調子である。まるで主人に遊んでもらっている犬のような喜びようを見ていると普段の穏やかな彼女は幻だったのだろうかと思えてしまう。もっとお淑やかな人だと思ってたのに。


 心の隙間に風が吹いたように幻想が崩れていく私を取り残したまま、フィンは夫人の言葉を話半分に聴きつつ「ごめんね」と小さく一言私に言って、夫人と一緒に部屋から出て行ってしまった。

 そしてぽつんと一人、私はベッドの上に取り残される。


「…」


 とりあえず服着よう。

 私はそう思ってとりあえず身なりを整え直した。しかしそれでも私がこれからすぐどうしたら良いのかがわからず、一旦ベッドの上に座り込む。


 この部屋からとっとと出て寝付いていいのか、はたまた大事な話がまだ終わって無いので帰らないほうがいいのか…私は暫し考える。

 正直、呼び出しをもらってからマデリンさんに一言添えてここに来ているとは言え、実質一日仕事をサボっているので出ていくのも気まずい。

 帰るか、いっそこのまま嫌がらせにこのベッドで…いやそれはだめだ。なんて考えつつひよこが三回頭の中で鳴いた頃、私は心を決めた。

 

「帰って寝よう」

 

 大事な話とか、もう明日でいいや。

 今日はここに来てから今までで一番一日が長かった。正直体が限界だし晩御飯とかいいから泥のように眠りたい、寝かせてほしい。


 私は持っていたメモに言伝を残して、そっと部屋から出た。そして重たい体を引きずって廊下を歩いている時、マデリンさんに仕事終わりの挨拶をしていなかった事を思い出す。

 幸い三階に来てくれたマデリンさんに挨拶をした頃には、逆に心配されるほどふらふらだった。


 それでもなんとか部屋に帰って服を脱いで、そのままベッドに倒れ込んだ。

 もうだめだ、早く寝たい…全身がそう訴えている。体に錘でもついてるみたいだ、ベッドにいるのにさらに深く沈んでいくような感じがする。


 だけど、こんなに寝たいと思うのは初めてかもしれない。特に事件以降、眠るのは仕方ないことと思いこそすれ、歓迎したものではなかったし。

 現実の淵でぐらぐらと揺れていた意識は、すぐに眠りの沼の中へと落ちていく。

 

 久しぶりに夢も見ない眠りが訪れたその日、不思議な感覚を覚えた。

 自分は確かに眠っているとわかるのにあの夢が見えないという、不思議な感覚。

 それを感じた時、何かから少しだけ解放された気がした。


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