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家族が私に残してくれたもの(3)


「フィン、三枚目は燃やそう」

「…良いのかい」


 彼も同じことを考えてた、とは思う。口に出して良いものかと、迷ったような言い方だったから。

 確かにこれだってお父様からのメッセージだ、私だって大事に取っておきたい、けど。


「言ったでしょ、『貴方にしか頼めない』って…貴方以外に知られたくないの」


 自分で言うのもなんだけど、私の決意は固い。これは、きっと残しておいてはいけないものだから。


「わかった」


 静かに言葉を返した彼はもう一度、蝋燭に火をつける。そして私は、その火で便箋の端から火をつけた。

 斜めに持った便箋は、角からチリチリと少しずつ燃えていく。大きな火にならないように気をつけながら、確実に便箋を燃やしていった。やがて私が持ってる部分だけが残って、それを二人で見届けてから彼がそっと蝋燭の火を消して…小さな火の残り香と細い煙だけが、その場に残る。


「火、ありがとう」

「…僕は火をつけただけだよ」


 そう言うのなら、どうして貴方の方が辛そうなの?

 そう訊こうとして、口を噤む。呟くようにそう言った貴方の顔は、私から見たら今にも泣きそうだったから。

 だから、躊躇ったままに…気付いてなかったことにした。


「どうしよっか、これから」


 とりあえず話を切り替えようと口を開く。

 確かに大事な“ヒント”をお父様はくれたかもしれない。なので後は調べるだけだけど、一つだけ問題がある。


 と言うのも、ホエー領は王国でもやや内陸に位置しているが、約束の木がある元ベイリー家の別荘は、隣のヴァランセ領から更に少し海に出た離れ小島にある。

 ヴァランセ領はコーナー伯爵が治める小規模領地で、海産物が美味しくて有名。


 しかしなぜそんな辺鄙な所にうちの別荘があるのかと言うと、独身時代の父様がコーナー伯爵と友人で、ある時の賭けポーカーで勝ち取った…らしい。私が生まれた時にはもう別荘が在ったし、母様から聞いた話なので定かではない。


 余談だが父様が母様にプロポーズするために別荘を建てた…とお母様からは聞いている。母様がうっとりと話していたのは覚えているけど、プロポーズするために別荘を一軒建てるというのは想像がつかない。

 何にせよあそこは二人の思い出の土地…と思うとロマンチックではある。


「……」


 流石にこの状況は考えてなかったのか、フィンはソファの上で考えるようなポーズを取ったまま固まっていた。心なしか色素が薄くなった様に見える。

 フィンはこの屋敷の家令であるだけでなく、ホエー領の領主代理も勤めているので、毎日執務室で書類と睨めっこしてるのはそのため。

 王城で指南役としての仕事が忙しい旦那様に代わって、彼はこの屋敷で行えることに対して文字通り全て関係している。

 つまり、のっぴきならない理由でも無い限り彼はここを離れられないのだ。


 しかも別荘に行くにはここから馬車を出してヴァランセ領の関所を超え、更に港から船に乗って行くという…我が家がこれを毎年やっていたとは恐れ入る道のり。ちなみに最低でも片道二日はかかる。移動で使う馬も休ませないといけないしね。


 私は子供の頃、移動時の馬車ではほとんど寝てたので苦痛だった記憶はない。今はどうかわかんないけど。

 そうやって最低でも一週間はここを空けることになる予定が急に舞い込んできたのだ。彼が固まるのも無理はない。


 我が家もホエー領より規模の小さな領地だったとは言え、一週間も毎年遊びに行くのは相当大変だっただろうと今なら思える。

 今フィンの仕事ぶりを見ていると、役職もない一介の国家会計士だったと言ったところで毎日王城に通いながら領地の管理もしていた父様の凄さがわかるというか…。


 正直父様って、どうやって仕事してたの…。


 ちょくちょくフィンの執着心の強さに顔が引き攣る私だけど、父様が今も生きていたら父様の仕事ぶりにも同じ顔をしていたかもしれない。

 フィンは旦那様を仕事人間だって言ってたけど、私が覚えてないだけで実は父様も大概だったように思える…と、そう考えると何故か背筋がひやりとした。

 そんなことを考えつつ、しかしフィン微動だにしないな…と彼を見る。


「フィン、フィン〜」


 とりあえず顔を覗き込んで声をかけても返事がない。よほど考え込んでるんだろうか。

 やっぱり急なことだからスケジュールの調整が大変なんだろうな。無理してほしくないし、一人で行くのもありかなぁ?


「おーい」


 考えることはありつつも、あまりに返事がないので目の前で手を振っても効果がない。これはどうしたものか。

 ついでに言うならば仮にも恋人である私を放っておいて考え込むとは失礼な男である。なんなら付き合って一日目だというのに。


「…」


 これは悪戯をするしかない。そう、仕方ないことなのだ。全部フィンが悪い、私の呼びかけに反応しないフィンが。

 さて、それはそうと何をしてやろうか。

 大声で驚かすのも悪くないし、後ろから耳を引っ張るのも楽しそうだ。指で脇腹突いてやるのも悪くない…。

 しかしいそいそと悪巧みするのも楽しいが、彼がいつ動き出すかわからない以上、呑気にもしていられないので…ここは“あれ”しかなさそうだと思い至る。


 そう、伝家の宝剣“ほっぺにちゅう”!


 と、自分で言っておいて恥ずかしいけど…か、仮にも好きあってるわけだし? ちょ、ちょっとくらい驚いてくれるなら良いかなぁ…なんて、思ったり。

 ちょうどほら、相手は隣に居る訳だし。

 これは悪戯! 悪戯だから! なんて、自覚のある言い訳をしつつ。

 気づかれそうなら途中で止めれば…いいよね?


 そろりそろりと、フィンに顔を近づける。にしても綺麗な肌だな、ニキビとか知らなそうで腹たつ。やっぱつねってやろうかな。

 いやでもチャンスはここしか、ないし。そう思ったら止められない。

 後少し、少しで唇が、触れそう…

 

 …になった時、思ってたのと違うものが触れた。

 

 そして私はいま、そこから動けないでいる。

 なんでって、急にフィンがこっち向くから。

 く、くちびるが、くちびるどうしが、あたっ…


「…」


 そして彼は私より先に、それこそ慣れた動きでそっと唇を離した。そしたら私の耳元にきて。


「…誘ってるの?」


 そう一声言って、悪戯に笑った。


「!!!!!?」


 私は耳と口元を押さえてダッシュで後ずさる。ソファから落ちたとか知ったことか。壁に勢いよくぶつかって、背中が痛い。痛いけど、痛いんだけどこれは、恥ずかしいとかって問題じゃない!

 対して彼は余裕そうはおろか、嬉しそうに私を見つめている。なんだその顔は…!


「な、ななな、ななななな…」


 何してんの!? と言いたいだけなのに言葉が出ない。と言うか口元からそもそも手が離せないよね!?


「考えがまとまったから、恋人に待たせたことを謝罪しようとしたら、隣が悪戯っ子に変わっていたからね。ちょっとしたお仕置きかな」


 そう言って彼は悠然と足を組み直す。

 私は、やっと、口元から手が離せたけど、情緒がそれどころじゃない。


「あ、あう、あうあう…」


 とうとうまともに声も出なくなった。私の自我が崩壊しかかっている。


「悪戯なんかしなくても、キスなんていつでもするのに。アニーは可愛いね」


 嬉しそうに、本当に心底嬉しそうに、フィンは私を見てそう言った。

 余裕そうな彼に対して、私の余裕は、一切の! 欠片も! ない!

 なんでってそりゃあ!


「…ふぁ」

「ふぁ…?」

 

「ファーストキス…だった、のに」



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