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家族が私に残してくれたもの(2)


「申し訳ありませんでした…」


 彼が部屋に入ってきて最初の言葉は、今はこれに尽きる。

 仮りたジャケットは皺がつくので畳むわけにもいかず、できるだけ整え直してから前に突き出した両腕の上に乗せて差し出した。


「いや、いいよ…」


 ぎこちない動きのまま、彼はジャケットを回収してそのまま着直す。

 目の前の彼が今何を思ってるかはわからないけど、彼はジャケットを羽織って何か気づいたような顔をした後、何故かどこか機嫌が良さげになった。

 さっきまでの気まずさはどこかに飛んだようでそこは何よりだけど、何かまずいことをしたような気がする。主に自分が害を被る意味で。


 それはさておき、私はポケットにしまい直していた手紙を取り出す。彼も手紙を見て気の引き締まるような顔をした。少しだけ、互いの間に緊張感が走る。


「とりあえず、座ろうか。ペーパーナイフを持って来たから」

「あっ、そうだね。ありがとう」


 いつの間に…と思ったけど、どう考えても私が着替えてる間だとすぐに察した。何から何まで申し訳ない。

 …それでも一緒に寝たりなんてしないけど。結婚したら、当たり前になるかもしれないわけだし…。


 いや、いけないいけない。浮かれたことを考えている場合ではないのに。

 全ては目の前のことに向き合ってからだ。

 同じソファに二人で腰掛けて、ペーパーナイフを受け取る。緊張で少し震える手で、その封を切った。

 中には三枚の紙。


「…?」


 その内の二枚には何やら内容が書かれているけど、最後の一枚は白紙。


「これは…」


 何かがおかしい。

 白紙の便箋なんて、どう考えたって入れる意味がないもの。


「とりあえず、中身が書いてる方を読んでみよう。そこからも何かわかるかもしれない」

「…わかった」


 彼の言葉に頷いてからゆっくりと、私は手紙を読み上げることにした。

 

『親愛なる我が娘、アニーへ

 

 この手紙を読んでいるということは、アニーは成人したんだね。

 本当に、心からおめでとう。

 ついこの間まであんなに小さかったのに、時間というのは残酷なまでに早い。もう君を抱き上げられないと思うと、父様は寂しくて仕方ないよ。

 

 この手紙を書いてる今、君は十四歳だから…もう少ししたら憧れの社交界デビューだね。そうしたら、父様が思ってるよりも早く、アニーはこの家を出ていくことになるかもしれない。それは父様的にはとても寂しいけど、同時に心から幸せを願って、心から祝福してる事を忘れないで。

 父様は、母様とアニーが何よりの宝物だ。何よりも誰よりも愛してるよ。

 

 最後に、これから何か辛いことがあるかもしれない。そんな時は、この手紙を思い出して。私たちは離れていても一緒だ。

 

 愛してるよ、アニー。

 

 ダントン・ベイリー』

 

 書かれている言葉はそう多くない、そしてありきたりで愛がこもっていて…手紙を持つ手が震えて止まらない。

 それでも、涙で汚さない内にそっと手紙を閉じた。


「父様…母様…」


 朧げだった部分の記憶が、少しずつ蘇る。

 失敗して大泣きしたピアノの発表会。

 初めて連れて行ってもらった大きな公園は緑が豊かで。

 別荘に行った時、必ず三人で歩いた海辺は夕陽が美しかった。

 生誕祭も誕生日も、絶対に二人は素敵な贈り物をくれる。


 母様はいつも薄い金色の髪が綺麗で、私の黒髪を「お婆さまから遺伝したのよ」って、嬉しそうに言いながら梳かしてくれて…母様みたいな、艶のあってサラサラの髪になりたかった。

 父様は私を抱き上げるのが好きで、優しくて穏やかで、頭が良いだけじゃなくて知識が豊富な人。緑色の瞳がお揃いなのが密かに嬉しくて、父様みたいに知識もあって頭の良い人になりたかった。


 二人とも忙しかったろうに、必ず毎年親戚を誘って、家族三人で別荘に行ったな。

 どうして、どうしてこんなにたくさんの記憶が朧げになってしまったんだろう。


 すりガラスの様に不透明な記憶が、事件の記憶より透明度を増して蘇ってきて。溢れて、私の心を満たして。

 また、泣きそうになって…でも堪えた。


 二人も、私が悲しみや辛さで泣くのはもう見たくないだろうと思ったから。

 フィンは、そっと肩を抱き寄せてくれた。私はそれに応えるように、私の肩を抱く彼の手に自分の手を重ねる。


「ベイリーの人たちはいつも仲が良くて…うちは父上が仕事人間だったから、羨ましかったな」

「…うん」


 彼の肩に頭を預けながら、手紙をもう一度開く。


「愛されているんだね、今も」

「そうなの…最高の両親なのよ」


 彼の言葉に、私は自分でわかるくらい嬉しい気持ちで笑う。

 父様と母様は、もう居ないと思っていた。居ないから、手紙とネックレスがあるんだって。

 でも違った。父様と母様は、手紙とネックレスに変わって側に居る。だからこの二つはずっと一緒に居てくれたんだって、そう思えたから。


 だけどフィンがいなかったら、私の為にここまで頑張ってくれなかったら、彼を好きにならなかったら…こんなに大切なことに気づけなかった。


「ありがとう、フィン…一緒に手紙を見てくれて」

「良いんだ。君のご両親には少し嫉妬するけど…それ以上に君を幸せにする」

「あは、父様と母様は別にしてよ」

「難しいな、むしろ最強の敵かもしれない」


 さっきから、私じゃないみたいに笑ってることを“変だな”とはやっぱり思う。そして自分はこんなに笑える人間だったんだとも、思った。

 フィンの声が、穏やかで嬉しそうな声が伝わって、私の幸せを優しく包んでくれている。

 こんなことってあるんだ、確かにそうおもった。

 その思いを噛み締めながら手紙を静かに、読み返すためにめくっていると、三枚目の便箋に突き当たる。


「あ…」


 そうだ、この便箋のことを考えないと。


「残るはこの便箋だけか…」


 真っ白な三枚目、見ているだけでは謎が深まるばかりだ。

 裏側を見ても特に何かあるわけでもない。そこでなんとなく匂いを嗅いでみると、とても仄かに柑橘のような香りが…する気がしないでも無い。


「これは…信じて良いのだろうか」


 私の嗅覚を。


「何かわかったかい?」

「うーん、確証はないけど…すごい遠くにオレンジみたいな香りが…する気がする」

「ふむ…」


 フィンは私の言葉を聞くと顎に手を当て、少し考えるような仕草を見せてから立ち上がった。

 そしてソファを後にしたかと思うと…どこかから蝋燭とマッチを持って帰ってきた。


「蝋燭?」


 おそらく電気が落ちた時に使う非常用の蝋燭だと思うんだけど…白紙の紙と蝋燭、オレンジの香り…

 確かに、この組み合わせには覚えがある。ミステリー小説なんかで見るやつだ。


「僕のやろうとしていることがわかったみたいだね」


 彼は納得したような私の顔を見て言う。


「炙り出し…なのはわかった。でもそんなミステリー小説みたいなこと、ある?」


 私は今度は訝しげに彼の顔を見る。しかし彼はいたって真剣そうで、その瞬間失礼なことをした気持ちになった。


「何事も、やってみないとわからないさ」


 そう言って彼はマッチに火をつけると火を慎重に蝋燭に移して、白紙の便箋の裏側から燃え移らないように火を当てる。


「!」


 目の前の光景を端的に言えば、彼の予想が当たった。便箋の表側に文字…文章が浮かび上がる。


「そんなことってあるんだ…」


 お父様、なんてロマンチストな…いや中身は極秘かもしれない。それならこの手段はありだ。


「やってみるものだろう?」

「確かに…」


 確かに言う通りなんだけど、久しぶりに見たしたり顔がなんか腹たつ。


「とにかく、なんて書いてあるのか確認しよう」


 彼はそう言って、便箋に目をやる。私も釣られて便箋に視線を向けると、彼が耳元で囁いた。


「何か裏帳簿に関するものだとまずい。声に出すのは控えて」


 彼の言葉に私は静かに頷く。

 そして向き直したその便箋には一言、手紙と同じお父様の字でこう書かれていた。

 

 “思い出は、“約束の木”の下に”

 

「…これだけ?」


 思わず火を当てた裏側を確認する。しかし隅から隅まで、蝋燭の煤で真っ黒だった。確かに内容はこれだけみたい。


「でもこれって…」


 私は嫌な予感がして、咄嗟にフィンを見る。すると、彼もまた同じことを考えたのか静かに頷いた。


「調べてみる価値は、あると思う」

「だよね…」


 わざわざこんな回りくどいことをするんだ、それだけで調べる価値はある。

 そうでなくても、私が気付かなかったら白紙の部分は捨ててた可能性だって…あるんだもの。父様からしたら賭けだったと思う。

 それならば、やるべきことがある。


「フィン、三枚目は燃やそう」


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