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最初の一歩(2)

 

 ***

 

「この屋敷も使ってない部屋が多くてね。使いづらい部屋はいくつか物置になってるのさ」


 そう言いながらマデリンさんは建物の三階右側廊下の一番奥にある部屋のドアを開ける。

 ドアの向こうは、まだ日も高いというのに全体的に薄暗い。壊れかかったカーテンが乱雑に閉まっている部屋にはいくつも箱が積まれていて、所々の箱の中から布のようなものが見えた。


「ここは使用人用の衣装部屋さ。あんたみたいな孤児院から来た使用人の服はここからみんな選んでる」

「いいんですか?」


 なるほど、箱の所々から見える布は服を探して漁った痕跡という事なのか…と、マデリンさんの言葉を聴きながら納得する。

 だけど服を貰えるなんて、孤児院じゃ服は共通で下着さえそうだったしサイズが多少小さくても我慢しないといけなかったのに。


「むしろ孤児院から来た子達は自分の物が無いだろ? ここで揃えてもらわないと困るのさ」


 確かに、基本的に孤児院に来る以前から持っていたような物でも無い限り個人の物は存在しない。今着てる服だって元は共通の服の一枚だ。

 でも一見理にかなっているようで、他のお屋敷ではこうは行かないだろう。まず孤児院を出たような人間をただでを雇ってくれる様な場所も少ないけど。

 にしてもマデリンさんの言い方から考えると、下着も個人の物を用意できると言うことに聞こえる。


「下着もですか?」

「そうだよ。但し自分のものは各自で洗うこと」


 マデリンさんがそう言って優しく微笑む。

 私はその言葉に嬉しくなったのと同時に、自分の下着なんていつぶりだろうと考えた。


「さ、わかったら自分のサイズに合うドレスとエプロン、ブラウス、取り外しの効くカフス、キャップ、靴下と下着は三つずつ探しておいで」

「わかりました」

「着替えの仕方はわかるかい? わからないなら誰か声をかけておくよ」

「では、お願いしていいですか?」


 見ればわかる服だとは思うけど万が一があったら良くない。そのくらいなら最初から教えてもらおう。


「わかった、さっき案内したのはアリアだったね。アリアに声をかけておくから、あの子が来るまでに着替えを探しておきな」

「わかりました」

「じゃあまたね。着替えた後のことはアリアに聞きな」

「はい」


 そう残したマデリンさんは、忙しそうに部屋を去っていった。これから山のようにやることがあるかもしれないのに新人に時間を割いてくれるなんて、優しい人だな。

 とりあえず頭を切り替えつつ部屋に灯りがないか確認して、スイッチを押してからまずはドアを閉める。

 とはいっても電気が点いても暗い部屋だな…。物置って言ってたくらいだし、電球も古いのかも。


「えっと…」


 探さないといけないものはいくつかあれど、まずは何を探すか悩み声が出る。

 一旦部屋を見回して、部屋中に積まれて散らばった箱の中から探してるものが集まってそうな場所を探した。


 するとすぐ、部屋の奥の方にブラウスやエプロンが飛び出している箱を見つけた。恐らくあの辺りだろう。

 部屋の奥まで歩いて箱の中身を見る。案の定というか、方やエプロンが、方やブラウスが入った箱がそのまま見つかった。この感じなら、もしこの箱にサイズの合った服がなくても辺の箱をいくつか漁れば見つかりそう。


「まずエプロン…いやドレスからか」


 エプロン、ドレス、ブラウス、カフス、キャップ、靴下と下着を三つずつだったな…順番忘れちゃったけど。

 あちこち積まれた箱を漁っては降ろし、漁っては降ろし…とまずはドレスを探す。


「あ、あった!」


 だが乱雑に置かれた箱の中にドレスは一枚、しかもサイズの合ってないものしか入っておらず、一瞬困惑しつつ横を見ると丁寧にハンガー掛けされたいくつかのドレスを見つけた。その中から合いそうなものを一枚手に取って体に当ててみる。


「うーん…」


 袖が余る。これではないようだ。

 それからいくつか手に取っては体に当ててみて、そうしてサイズの合うものを見つけ一安心。カフスとキャップは恐らくサイズというものがそもそもないとして、他は同じことの繰り返しかな。

 

 ***

 

 衣服を探し終えたあたりでアリアが部屋にやってきてくれた。服の着かたやエプロンやカフスの付け方を教わり、ポニーテールにしていた髪もまとめ直してキャップにしまい込む。


「はい、出来上がり」


 アリアは部屋の中にある姿見の布を外して私を映す。そこには、見た目だけは一端に見えるメイドが映っていた。


「よく似合ってるわ」

「…ありがとうございます」


 なんだか照れ臭い…。新しい服ってなんだか緊張するし、人に服を褒められるなんてどのくらいぶりだろう。


「靴はこれに履き直して。着替えたものは私が部屋に持っていっておくね」

「そんな、自分でやります」


 思わぬ一言に靴を履き替えながら慌てて断る。自分のものくらいは自分で世話をしなければ。


「いいのいいの! それよりアニーって呼んで良い? 私のこともアリアて呼んでね!」

「それは、良いですけど…申し訳ないですよ、自分の服を他人に持っていってもらうなんて」

「大丈夫よ。それよりアニーには他に行ってほしいところがあるから、そのためだって思って」

「行ってほしいところ、ですか…」


 アリアは慣れた手つきで私の荷物をまとめ始める。

 あぁ、そんな、孤児院あるあるみたいなことをしないで。それ年長の子供が小さい子に対してできない片付けとかをやる時のやつ!

 恥ずかしいからやめて!


「そうだ、フィン様…坊っちゃまのお部屋に行くようにってことで最初はお伺いをたてに行ったんだけど…その前に奥様のお部屋へご挨拶に行って欲しいんだった」

「い、いきなり奥様の部屋にですか!?」


 こういう時のセオリーもわからないけど、最初は屋敷の案内とかからでは無いだろうか。

 それかさっき伺いを立てに行った坊っちゃまにご挨拶に行くとか…。この屋敷の管理は主人であるスペンサー公爵じゃなくて、その息子であるフィン様がやってるとは聞いているし。


「奥様直々のお呼び出しなの。部屋までは私がついて行くから、そこからは一人でお願いね」

「は、はぁ…」


 ここの女主人、レディ・スペンサーことナタリー・スペンサー。

 スペンサー家の経営する孤児院で生活していたから噂もよく入ってくる。

 ナタリー夫人はドレスのデザインが趣味で自ら店を持ながら、そのことを鼻にかけず温厚な態度が評価されており、孤児院の経営も実質夫人の店の売上で成り立っている…と言われていた。本当のことは知らないけど。


 でも確かに記憶の中の夫人はいつも笑みを絶やさず、優しい人だったのを覚えている。孤児院にも時折顔を見せてくれて、小さい子には人気だったな。


「優しい方だから大丈夫よ。奥様からも是非にって言われてるから、早速いきましょうか」

「わ、わかりました」


 私が今緊張してるのは顔合わせの雰囲気だろうか、それとも…あの頃を思い出すからだろうか。

 物置部屋を出て夫人の部屋に向かう。

 アリアによると、三階にスペンサー家個人の部屋と書斎、二階にゲストルーム、一階に応接間や執務室、ダンスホールなどがあると言う。屋根裏部屋と別棟に使用人の生活スペースがあるとも聞いた。


「三階は使ってる人が少なすぎて一部物置になってるけどね…」


 と、アリアは言っていた。先ほどの衣装部屋なんかがそうなんだろう、マチルダさんの言っていた通りだ。中には夫人の試作した服のみの部屋もあるとマリアは言っていた。


「さ、着いたわよ」


 三階は左側廊下の一番奥に、その部屋の扉がある。私はその前に立ちながら、緊張で少しだけ痛い心臓を抱えていた。


「ここから三つ隣がフィン様のお部屋、奥様のお部屋のお向かいが旦那様のお部屋ね」

「奥様のお部屋から三つはなんの部屋なんですか?」

「元々は隣にフィン様のお部屋があったらしいんだけど、今では奥様の衣装部屋になってるわ…」

「なるほど、よくわかりました…」


 あはは…と困った様に笑うアリアを見て、私も苦笑いを返す。なるほど、ドレスブランドを持っているだけあって衣裳持ちなんだな…。

 そうでなくても貴族は頻繁にドレスを仕立てる。それは趣味だったり必要な場面だったりするので、結果的に膨れ上がっていったのだろう。


「さ、私はあなたの着替えを置きに行くから。あとは頑張って!」


 そう言ってアリアは綺麗なウィンクを残して去っていった。

 そして私はその姿を見送って、扉の前でゴクリと息を呑む。

 夫人に面と向かって会うのはもう何年ぶりだろうか、なんて考えて薄ぼやけた記憶を辿っても意味はないけど。

 ふぅ、と一息ついてから意を決して、少し震える手でノックする。


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