私が聞きたかったこと、聞かなければいけないこと(2)
「本題…あっ」
そう言って、静かな音を立てて彼はカップを置いた。
対して私は、予想より浮かれていたのは自分だったと思い知る。本題なぞすっかり忘れていた。
「僕と君が“結婚”するには、端的に言って君の“姓”を取り戻すしかない。君の家も侯爵の家系だからね」
「取り戻す…?」
そんなことが本当にできるの?
私だって、これでも当時は出来うる限り両親の死の真相を探ろうとした。しかし子供だからか情報屋もどこも、お金を持って行っても門前払いだったというのに。
…だから野盗の仕業なんだと信じるしかなかった部分は、ある。
「そんな…ことが、できるはずは」
考えてた事がそのまま口に出る程、自分でも動揺してるのがわかる。
そんな仕組みがこの世にあるはずがない。もしあったとしてもどう言うカラクリだというのか。
「まず前提の話をしよう。君は賢いから、出来ることは全てやると判っていた。だから、『こちらがいかに先手を打つかが“当時”は勝負だった』と、父上は僕にそう言った」
「…どういう、事ですか?」
「単刀直入に言うと君は、君たち家族は表向き“行方不明”ということになっている」
「!?」
あまりに衝撃的な言葉に、私はとても頭がついていかない。
だって私はここで生きてる。それなのにわざわざ“行方不明”にする意味ってなに?
…もしかして、どこかの貴族の養子や引き取りではなく孤児院に送られたのはそのせい?
「最初に父上は君を行方不明という扱いにして、密かにうちの孤児院に送った。それはこちらの管理下に置いて君を守るためだ。そして君が情報屋を当たるであろう事も予測がついていた。だから父上は出来うる限りあちこちの情報屋に大急ぎで大金を叩いて回ったんだ」
彼の口からはあまりにも衝撃できなことばばかりが飛び出してくる。
つまり、私が行った時点でそう言った場所や人物は全て口止めされていたってこと…?
私自身、当時から流石に子供が自警団に忍び込んで情報を得ることは出来ないとわかっていた。だから、どんな欠片みたいな情報でもいいから欲しいと思ってあちこちを回ったのに当時は話にもならず追い出されてばかり…結局それらしい話なんて聞けなくて、何日もないて孤児院に帰ったのに。
それが、全て仕組まれていたって言いたいの?
それはそんなに危険なことだったのだろうか、私が本来当たり前に得ることができるはずだった権利が。
「僕は本当はうちで君を引き取りたかった…でも実際両親が行ったのは、君の家の土地や資産を全てうちのものにして、君を孤児院に閉じ込めることだったんだ」
「どうして…」
どうしてそんなことをするの、と口から出かかってなんとか止めた。それは話の本筋がズレてしまう。
でも本当に、どうしてそんなことをしたの?
私は今だって、あの日の野盗どもを殺してやりたくて仕方ないのに。
この気持ちは、どこにやればいいの?
「ここまでが前提、大事なのは“ここから”だ」
フィンの言葉に私は返事をすることができなかった。ここまでで十分ショックなのに、まだ何かあるっていうの?
「これもそのまま言うけど、君の両親は…“暗殺”された可能性がある」
「あ、んさ、つ…?」
そんな、そんなの嘘だ。頭にはそれしか浮かばなかった。
絶対にそんなはずはない。あの優しかった両親が、殺されるのに相応わしいような理由があったなんて。
そんなの、私は、
「そんな、はず、ないよ…父様と母様が何をしたって言うの…?」
「僕と父上はそれをずっと探っていた。最近僕が頻繁に出かけていたのも、それが理由」
「…」
私は突然提示された膨大な情報と、それにかき乱される感情を抱えて絶句することしかできなかった。
まさか、私の知らないところでそんな大ごとになっていたなんて…私は何も知らずに、いや何も知らされないという鳥籠の中でのうのうと生きていたなんて。
「最近になって、ようやく真相が掴めてきた。しかしあと一歩、犯人を追い詰めるには君の協力がいる」
「協力…?」
「恐らくだが、二人はある大公の裏帳簿を見つけていたんだ。そしてそれを告発しようとしてバレてしまった…それゆえ現物を盗み出し、どこかに隠したけどその情報を炙り出そうとした大公の部下に二人は殺された、というのが僕達の推理だ」
「そんな…」
とても今聞いた話に感情の整理をつけるなんてできない。
両親が犯罪の片棒を担いでいた疑惑が晴れてホッとしている自分と、個人の悪巧みのために私の両親を殺した大公への恨み…私はどっちに気持ちを傾けたらいいんだろう。
「もし大公が君が生きていることに勘付けば、君の命も危なくなるかもしれない。だから…君の住んでいた屋敷が放火されたのを利用して、君を行方不明にするのが最良だろうと父上は考えたんだ」
何かやるせない気持ちを無理やり納得させようとしてるみたいに、彼は眉間に皺を寄せる。
「父上が情報屋に金を撒いて回ったのは君が真相を知ってショックを受けることを恐れたのはもとより、君が無闇に嗅ぎ回って大公に君が生きてると気取られないためだ」
それこそ怒涛のように明らかになる推理と真実を前にして、私は動揺よりも何も知らなかった自分を恥じる気持ちでいっぱいになる。私は私の知らないところでこんなにも気遣われて、守られていたんだと。
当時は悲しみと絶望と怒りで頭がいっぱいで、子供一人で夜のスラム街の情報屋にまで孤児院を抜け出して一人で向かったのをよく覚えてる。
特に何事もなく帰ってこれたのは運が良かったんだと思っていたけど、犯罪に巻き込まれなかったのは彼らに何かしらで守られてたのかもしれない、そう思うと当時の自分の無茶と無力さに腹が立つ。
「当時何も知らない僕は何度君を引き取りたいと両親に懇願したことか…その度に、頑なに首を横に振られたよ」
悲しみと悔しさを浮かばせたような彼の表情は、どこか遠い日を見ている。
私は、“私だけじゃないんだ”と、彼もまた遠い日の未練を抱えて生きているんだと、確かに思った。
「そう…そうだったんだ」
呑気にお茶を飲んでる場合ではない話だ。
正直、まだ自分の中で整理はついていないし、ショックから来ている動悸が止まらない。
それでも、この事実を聞けたことは良かったと思う。私がずっとずっと探してた真実は確かにここにあって、私は今それを知ることができたから。
今思えば…あの日、野盗が私個人を探して名前を呼んでいたのもおかしな話だ。金品を強奪したいだけだったら私個人に用はないはずだもの。どうして今まで気づかなかったんだろう。
「あの事件からもう四年経つ。君も成人してうちに来た…君には真実を知る権利がある」
「うん、ありがとう…本当に、ありがとう。聞けて良かっ…た…っ」
温かい何かが頬を伝った。
そのまま止まらなくなった涙が言葉と一緒に、溢れるように零れる。
ほろりほろりと、音を立てて。小さな小さな海が目尻に溜まっては、溢れて頬に流れていく。
「う…うう、ふぇ…っ」
なんで、なんでみんな殺されて、みんな奪われないといけないのか、ずっとずっと知りたかった。あの日の惨劇は、忘れたくても忘れられないから。
感情がぐちゃぐちゃになった涙が止まらなくて、思わず袖で拭う。いつの間にかフィンが横に座っていて、彼は優しく私の肩を抱いてから涙が止まるまで黙ってそばにいてくれた。
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