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私が聞きたかったこと、聞かなければいけないこと(1)

 

 ***

 

 給湯室に入って、早速お湯を沸かし始める。淹れる用とその中身を移す用の小さなポットを二つ用意して、カップとソーサーも用意。銀のトレイにはあらかじめ取り分けられた砂糖の瓶とミルクポットに分けたたっぷりのミルクと、瓶から蜂蜜漬けのレモンを数切れ、小皿に乗せた物を小さなトングと一緒に。


 そうこうしてるうちに火にかけたホーローのポットが蓋を小さく揺らし始めるので、これを合図に取り出しておいた二つのポットと二つのカップにお湯を注いで温めておく。再びホーローのポットは火にかけて、今度は沸騰直前を待つ。


 その内にお湯を淹れた食器から全てのお湯を捨てて、淹れる用のポットに茶葉を入れていく。今日使うのはダージリンのセカンドフラッシュ、何をしてもしなくても美味しい茶葉だ。


 ホーローポットの蓋の揺れが激しくなるのを見て火を止める。それから濡れた布巾で取っ手を覆い淹れる用のポットに沸かしたお湯を注いで数分。規定の時間を給湯室にある時計で計っていく。

 時間が来たら、ポットを軽く揺らして移す用のポットに淹れ替える。こうすることで長時間置いても紅茶が渋くなり過ぎてしまうことを防ぐことができるので、ゆっくりと紅茶を飲むことの多い貴族の人たちに出す時はこうするように教わっていた。


 紅茶を移したポットとカップもトレイに乗せて、給湯室を出る。そのまま三階まで運んで、普通にノック。


「お紅茶をお持ちしました」

「入って」


 流石に廊下で敬語を外すのはまずい。彼もそれは理解しているのか、いつもと変わらない態度で少し安心する。

 部屋に入ると、彼はソファで読書に勤しんでいるようだった。


 改めて見るとこの部屋も基本的な作りは夫人のそれと変わらない。だけど違う点があるとすれば、この部屋の壁にはいくつか本棚が置いてあって、そのどれもがびっしりと本で埋まっていること。

 でもそれ以外はいっそ簡素というか、あまり出入りもしていないような感じがした。本当に寝て着替えるためだけの部屋なんだろう。


「お待たせ」


 そう言ってトレイを机に置いてから紅茶を注いでいく。

 ふわりと香る紅茶の華やかな香り。この香りのためにここに来てからは何度も練習したと言って過言ではない。


 ここにきて初めてマデリンさんが淹れてくれた紅茶には感動した。使用人用の安い茶葉だと言うのに、適した温度、花のような香り、渋みを感じさせない飲み口…どれもが“美味しい”と言うのに相応しい味わいは今思い出しでも感動する。


 そんなマデリンさんを目指して、今も時間があるときは練習を重ね、主な練習相手として同じメイド達に飲んでもらって感想を訊くことは多い。 私は掃除をするのがメインだから、誰に披露することもないような技術だけど憧れは尽きないので、これかも練習は必須だ。


 紅茶をカップに注いだら、ソーサーに乗せて目上の人間からお出しする。取っ手とスプーンの持ち手は右に来るように。

 左側には、ミルクポットや砂糖、レモンの蜂蜜漬けを置いていく。


 私の分も用意しないとフィンが気にしそうだなと思って、一応自分の分も淹れた訳だけど…悲しいかな、染み付いた下っ端根性が許可もなくソファに腰掛けるのを躊躇わせている。

 彼はそんな私を知ってか知らずか、読んでる本に目を向けていて、こちらを見ようともしない。


「…準備ができました、どうぞお召し上がり下さい」


 座ろうにも、何かきっかけがないとそれを訊くことすらできない私の情けなさよ。


「…口調、戻ってる」


 本を眺めたまま、彼は言う。私はそう言う割に目も合わせない彼にちょっとイラッとしながらも、これに関しては自分でした約束なので飲み込んだ。


「ごめん…紅茶、飲まないの?」

「君が座ったら飲むよ」

「…座っていいってこと?」

「勿論、この部屋で君は自由だ」


 主人がそこまで言うのなら、そうなんだろう。私は彼の向かい側のソファに、そろりと腰掛けた。


「そんなおっかなびっくりじゃなくったって、取って食ったりしないさ」


 そう言って彼は本を閉じて傍に置く。そのまま紅茶に手を伸ばして、静かに飲み下した。


「ん…美味しい」

「本当?」

「よくできてると思う」

「よかった…私も飲も」


 その言葉に胸を撫で下ろし、カップを取るとふわりと鼻をくすぐる紅茶の香りが心地良く漂う。

 一口含むと華やかな香りが鼻を抜けて、さすが使用人用ではない高級茶葉といった所だろうか、香りも味も全く違うものだ。これは正直ちょっといい思いをした気がする。


「本当だ、茶葉でこんなに変わるのね」

「そうでなかったら、茶葉を格付けする意味がないだろう?」

「…それは確かにそうね」


 彼は嫌味っぽく言ってきたので、私は困ったように笑いつつ素直な調子で答えた。どうだ、調子狂うだろ。


「ちなみに、僕はレモンの蜂蜜漬けはそのまま食べるのが好きだよ」


 私の企みを意に介してもいないのか、そう言って彼は小皿を手に取る。すると、レモンを指で摘んでそのまま口に入れた。


「あ、お行儀悪い。トングは持ってきたのに」

「君がフォークを用意してなかったのが悪い」

「まさかそのまま食べるなんて思わないでしょ」

「じゃあ、次から覚えておいて」


 その次はいつ生かされるんだろう…と思うけど、仕方ないので覚えてはおこう。


「…」


 彼は蜂蜜で汚れた指先をしばし見たあと、何故かい不意に私の方に向ける。


「…舐める?」

「は?」


 何言ってるんだろうこの人は。娼婦の次は犬か?

 私が素直に顔を顰めると、彼は悲しそうにちり紙で手を拭き始めた。


「ちょっとした冗談じゃないか…」


 なにやらしょぼしょぼと自分を正当化しているが、そんなはしたない真似はごめんだ。

 そもそも関係性が大きく変わった自覚もないのに、その状況で指を舐めろなど…馬鹿にされているような気がする。


 とはいえ晴れて恐らく私たちは恋人同士になってしまった訳だが、さっきまでのことが非日常的すぎてお互いに気持ちを確認しても付き合ってるという自覚がまるで私の中にはない。付き合って一日目なので当たり前と言ったらそうだけど。

 お付き合いしてるはずの相手は優雅にお茶飲んでるし、しかも主人だし、ロマンス小説じゃ無いんだから。


「…さて、本題に入ろう」



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