表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/47

どうにもならないなんて、自分が一番わかってるのに(3)


「よかった…」


 耳に響く彼の声もまた、先ほどとは変わって安堵に満ちていた。

 私はそれが嬉しくて、自分の気持ちに整理がついたのを感じる。

 もう言い訳はできそうにない。あれもこれも、胸が高鳴ったのは貴方だからで、恥ずかしいぐらい私はずっと貴方のことを…


「もう、僕の前じゃ笑ってくれないかと思った」


 不安げに彼は言う。流石にそんなことはないと思うけど…と言いたいところだけど、そう言うのもやや憚られる態度に見えた。

 …そんなに私は表情筋が死んでるのだろうか。


「はは…」


 彼の言葉の真偽は定かでないとは言え、自分の表情の死に様は自覚するところなので誤魔化すような乾いた笑いで返すことしかできない。


「最近は避けられてるように感じてたし、もうこのままなら君を閉じ込めるしかないと思っていたんだ」

「えぇ…」


 避けてたのはそうだし、悪いことしたとは思ってるけど、あっさりと怖い事を言わないでほしい。

 監禁は犯罪ですよご主人様。


「だってそうだろう? 君は結婚できないって強情だし、周りは結婚しろってうるさいし、挙げ句の果てに君が他の男と笑ってるなんて…許せなかった」


 思い詰めてるなぁ…。にしてもやっぱり周りは結婚しろって言ってたんだ。そりゃそうだよね。

 かといってやっぱり私と結婚できるわけはない。私はもう平民で、なんの後ろ盾もないんだから。その状況で嫉妬の炎を燃やされても、私には何もできない。


「もうおかしくなりそうだった…君が居ない世界なんてこれ以上考えたくもない」


 思考は既に大分おかしくなってる気がするけど、これは指摘するべきか言わざるべきか。私がいない四年間でこんなに感情拗らせてるなんて思ってなかった。

 そもそも四年も同じ人間を好きでいるのって大変だと思うんだけどな。私みたいに自覚がなかったならともかく、フィンの様子を見てる限りだとずっと思い詰めてたみたいだし。

 とはいえ私にできることなんてそう多いわけもなく、せめてできたのは優しく背中を撫でることだけだった。


「アニー…好きだよ」


 彼は満足そうに、子供のように私の肩に額を擦り付けて感情をぶつけてくる。多分だけど今の彼は私の返事を受け付けてない。これまでの問答で、恐らく彼の中で私たちは相思相愛になっている可能性すらある…私がフィンの名前呼んじゃったし。


 このままでは本気で結婚を申し込まれかねない。それは困る。そう、心は困らないけど立場が困ってしまう。

 確かに私はフィンが好きだし、それを認めた以上その感情から逃げるほどずるくない。やっと逃げるのをやめて、私は認めることができたんだから。


 私はフィンが誰よりも好き。きっと、今や覚えてない記憶から…と、そう考えて、何かが違うような気もした。

 確かにずっと好きだったのは嘘じゃなくて、実感もある。けどきっと、それが“思い出”じゃなくなったのは、きっと彼をもう一度好きになったんじゃないかって、思った。


 それは短い夜の戯れから始まったこと。そこから始まった全てはあまりにも不器用で、自分の立場を考えていない愚かさで、ずっと私といたいと伝えてくれていた。

 彼の不器用な優しさが、その愚かさが私に触れて、少しずつ心を溶かして。暖かく包むように私の中にある。それを嬉しいと感じる。


 そうか、貴方は私を少しずつ変えたんだ。

 気づくのが遅くなって、ごめんね。


「…」

 ごめんね、と違う意味の謝罪が口から出かかった。

 もうこの気持ちを自覚してしまったら、そばには居れないから。


 やっぱり身分の壁は大きい。確かに貴族が平民落ちしてまで結婚する例はあるけど、それは下級貴族だからまだ許されるのであって、この家の唯一の嫡子がやって許される物じゃないと言うのは私でもわかる。

 私は彼の、人としての幸せを願いたいから。私が居るのは許されない。

 私が居たら、いつまでも彼は前に進めないじゃないか…なんて、思いが通じ合ったと言えなくもない状況で気づくには、あまりに無粋だなぁ。


 なんて言ったらいいか…とこれからについて考える。正直ここまで感情を拗らせてるような人に対して何を言っても刺激しそうだけど、言わないわけにはいかないよね、ここを出ていくって。

 物事を手早く解決しようとしたら、私にできるのはここを出ていくことだけ。言い方悪いけど私が行方をくらませたらこの人は現実を見ざるを得なくなる。辛いけど、嫌だけど、辛いからこそやらないといけない。


 いっそ思い切って交渉は諦めてこっそり出て行くしか無いかもしれないな…職を失うのは辛いけど、まだ私は若い。掃除は一通りできるからどこかで拾ってもらえるかも。最悪の場合は体を売ってでも、まぁ生きていければ…。


「言っとくけど、出て行くのは許さないよ」

「うっ…」

「許さないよ」

「…」


 そんなに念を押さなくても、とは思うけど私の短絡的な思考など彼には最初からお見通しなのだろうか、何かを言い出す前に退路を塞がれてしまった。これではこっそりなんて言ったところで流石に対策を取られてしまうだろう。


「体でも売って、なんて考えたって絶対見つけ出す。そうなったら今度こそ閉じ込めてでも離せないな」

「うぅっ」


 あぁ、もっと早く…それこそこうなる前に出て行くべきだった。自分の気持ちに蓋をして逃げ回っていたツケがここにきて露呈している。

 彼が嘘をついたりミスをするとは思えないし、本当に私が娼婦にでもなったら彼は金の力で悪い噂を握り潰してでも、私を手元に置く気だろう。言葉の端々からそう言う感情が見え隠れして、逃げようとする私を牽制している。しかもわざとに違いない。いやでも伝わるほどほどあからさまだから。


「はぁ…」


 困った。

 これはさっきとは違う意味で困ったぞ、と私は頭を抱えている。まさしく八方塞がりとはこの事ではないだろうか。


 私たちは身分的に結婚が絶望的だし、かと言って私は逃げられなくなってしまった。

 一応好き合ってるのに愛妾と言うのは…どうなんだろう、愛妾はグレーみたいな存在というか、王族はオッケーだけど貴族は微妙、みたいな所がある。

 しかし何としても、彼の評判が下がる行いは避けたい。そして私が原因で話が拗れて彼が刺される様な展開も避けたい。我ながらわがままだとも思うけど。


 なぜ人はこうも傲慢になれるのか。私達の関係は今の今だって受け入れられない物なのに。

 いっそどこか遠くへ逃げたら良いのかな、二人で、なんて思考が頭を過ぎる。本当に誰も私達を要らない、知らない場所へいけたら私たちはなんでもないありのままの互いとして生きていけるのだろうか。


 でもそれは、私はともかく彼の両親はどう思うだろう。悲しむのでは済まないんじゃないか。

 私にはもう両親はいないけど、彼にはまだ家族が残ってる。なら彼には家族を悲しませるようなことはしてほしくないし、私も自分を拾ってくれた恩人に対して仇で返すようなことはしたくない。


 色々考えて私が頭を捻らせていると、抱きついたままの彼が何故かくつくつと笑い始めた。私が慌てて彼を引き剥がすと、彼は楽しそうに私を見て笑っている。


「…なんなんですか、急に」


 やっぱ弄ばれたか?最初にそう考えた。

 可能性はないでもない…と私は警戒して身構える。

 いやでも、元よりこうなっても良かったじゃないか。そんなに気にするような事でも…。


「ふふっ…君が頭を捻ってる中身が透けて見える様で面白いんだ」

「な、何ですかそれは!」


「面白い!」と思ってくださった方はぜひブックマークと⭐︎5評価をお願いします!

コメントなどもお気軽に!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ