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どうにもならないなんて、自分が一番わかってるのに(2)

 

 ***

 

 広い庭を一人で掃除するには手間がかかる。朝からやっていたというのに時間はそれなりに経って、昼になりかけていた。


 しかしまだ昼には早い。マデリンさんに一言告げて、早速フィン様のお部屋に向かう。

 三階にあるフィン様の部屋の扉の前で軽くノックをすると「どうぞ」と声が聞こえた。部屋のドアを開けて、一言挨拶をしてから一歩踏み込む。


「!」


 すると突如何かに部屋に引き込まれた。そのまま扉の鍵が閉まる音がして、私はそっと壁に押し付けられる。


「いきなり何をするんですか…フィン様」


 あの時と同じようにフィン様が私に覆いかぶさるようにして私を壁に押し付けている。

 でもあの時とは違って、彼は静かに怒っている様に見え他のが気になった。


「…君こそ、何をしてるんだい」

「?」

「僕のいないところで随分楽しそうだったじゃないか」


 また耳に入るのは冷たい声。何だか知れないけど随分怒ってるみたいだ。でも“楽しそう”ってなんだろう。てっきり避けているのに痺れを切らせて怒っているんだと思ったのに。


「何を言ってるんです?」

「…覚えてないのかい?」


 身に覚えはない。少なくとも避けていたこと以外で彼が怒るようなことは…いや、遊んでたのがバレたかな。


「確かに、庭掃除サボって遊んでたことは謝ります。しかし、フィン様がそこまでお気になさるとは…ひゃっ」


 普段は庭になんて興味ないくせにと嫌味を言おうとしたら、いきなり抱き抱えられてベッドに押し倒される。ベッドに横たわる私に対してフィン様が馬乗りになって、私はこの状況に色んな意味で心臓が高鳴ってるけど、今一番は“恐怖”が上に来ていた。

 この人が何をしたいのかわからない“恐怖”が。


「ベッドが汚れてしまいます、フィン様、はなしてくださ」

「そんなの、どうでもいいよ」


 押し倒された時に捕まれた腕に力がかかる。少し痛い。


「…っ」

「…君は、あぁいう男がいいのか?」

「はい…?」


 冷たい声で、怒ったような苦しいような、そんな表情で彼は私に問うた。

 男…? 何が言いたいの?


「あんな、粗暴で、歳の離れた男がいいのか?」

「ちょ、何を言ってるのかよく…」

「答えて」


 “あんな男”は多分きっと恐らく、エリオットだろう。粗暴かは知らないけど、歳は離れてるし。何よりついさっき最後に会ったのは彼だから、それしか思いつかない。

 でもそれを言ったらフィン様も年上なんだけど…それは言ってもいいんだろうか。


 だとしてもなんで急にエリオットが?

 私がエリオットを好きだって?


「え、エリオットは好きとかそう言うんじゃ…」

「呼び捨てする仲なんだね」


 ひぇ…今、踏んではいけないスイッチを踏んでしまった気がする。

 というか、私が一言発する度に相手の機嫌が悪くなっていくような気がするんだけど、なんで…?


「エリオット…今の調理責任者だったね。面倒だから首を刎ねようか」

「待って待って待って!」


 ちょっと待ってどうしてそうなる!?

 大きな声で慌てるけど、相手が私の声に動揺したような様子はない。

 一体彼の中で何がどうなってるの?


「アニー、君が良い子で待っててくれればすぐ終わるよ」

「そう言うことではなくて!」

「それとも…君を閉じ込めたら、解決するのかな」

「…!?」


 エリオットの話になってから終始真顔のフィン様が怖い。それに“閉じ込める”なんて、どう考えてもただことなわけないし…。


 でも、よく見ると彼は何かに怯えてる様にも見える。

 一体貴方は何がそんなに怖いの?


「はなし、離して!」


 でも絶対に今は何かが危ないのもわかる。とにかくここから逃げなくては。

 それなのに掴まれた腕が引き抜ける気配はなく、暴れても抜け出せない。どころか、


「…して」

「?」

「どうして…」


 震える声に反応して反射的に見た彼が、今度はひどく悲しそうな顔をしている。そんな彼を見ていたら何だか…急に抵抗できなくなってしまって。

 私は、どうしてあげたら良いんだろう? なんて…考えてしまう。


「「…」」


 今にも泣きそうな彼の、苦しげな表情。

 私にできることは、なんだろう。こんなに辛い思いを抱えてる彼にできることって…。

 これしか、思いつかないや。


「…一回、少しでいい。離してくれる?」


 私は彼を宥めるように、彼の目を見て言う。すると彼は、私の腕からそっと手をどけて少し諦めたような表情をするものだから、なんだか余計に寂しい気持ちになってしまう。

 それでも私はゆっくりと起き上がって、それから彼をそっと抱きしめた。


「…フィン」


 懐かしい名前を呼んで、宥めるように背中を撫でる。


「フィン、フィン…」


 “昔みたいに”何度も名前を呼んだ。一人でない事を意識させられるように。

 大丈夫だよ、ここにいるから。


「っアニー…アニー…っ!」


 すると彼は強く私を抱きしめ返す。

 私は少し息が苦しくなって、それでも彼の背中を撫で続ける。私の手のひらが滑るその体は、震えていた。


「大丈夫よ、私はここにいるよ」


 私は声をかけることしかできなかったし、彼の震える体を受け入れることしかできなかった。

 私はなんて無力なんだろう。

 彼を抱きしめながら、そんなことを考えて天井を見上げる。


「アニー…」

「…どうした?」

「…好きだ」

「…うん」


 知ってた、と言うとおかしいか。薄々勘づいてたけど考えない様にしてた。

 彼が私に“執着してる”ってことにして、揶揄ってるんだって決めつけて自分に言い訳をして、ただ貴方から逃げてたから、気まずかっただけ。


「僕は、僕はずっとアニーが好きだよ。もうアニーを失いたくない、アニーが居てくれたら。アニーだけ居てくれれば良い…」

「…うん」


 私には優しく宥めてあげることしかできない。“昔みたいに”はできても、“昔”にはもう戻れないから。


「アニー…そばにいて欲しい。離れないでほしい。もう二度と、もう二度と失わせないで。僕の前から、居なくならないで」

「…うん」


 肯定するような返事をしておきながら、それ以上のことは言えなかった。

 ごめんね、その約束はできない。私はもうあの頃の私じゃないから。


 もう父様も母様もいないの、だからいつかは一人で生きていかなくちゃ。

 この家だって終身雇用してくれるわけじゃない。だからいつかは次の働き口を探さないと。


 そんなこと、貴方が一番わかってるだろうに。それでもそばに居てほしいって、それは…意地悪だよ。

 私だって離れたくないのに。


「アニー…君が、僕の居ないところで笑うから、不安になって。君は…僕の前で笑わないのに」


 そうだろうか、と考えて、そうかもしれないとすぐ思い直した。

 基本的に使用人と主人と言うのはあるけど、それ以前に私は愛想がないし、アリアや他のみんなの様に笑うことも少ない。


 とどのつまり、彼の行動は嫉妬ということだろう。でもこれじゃあ、愛憎劇の最後で暴れ回るヒステリーな人間のようだ。今後が心配になる。


 そんな不安はありつつも、相手も少し落ち着いたようなので彼の背中を軽く叩いて私たちは少し離れた。それからフィンの額と自分の額をくっつける。


「…ごめんね。私はあまり笑顔が上手じゃないから」


 昔はどうだったんだろう。あの日より前のことは、そこまではっきりとは思い出せない。


「でもね、エリオットは私の好きな人じゃないよ。好みでもない」


 彼は妻子持ちだし、と私は続ける。その言葉に彼は一瞬ハッとしたような顔をして、それからまら眉間に皺を寄せ始めた。そこで慌てて彼が奥さんを溺愛していた話を伝えると少し安心したようだけど、それでも不安げなのを隠そうとはしないあたり…本当にショックだったんだな。


「…好みじゃないのも、本当かい?」


 好みではない、と言った私の言葉に対しても不安なようで、今度は少しむくれる様な顔で彼はいう。嘘ついてるわけでもないんだけどな…。


「うん。私は、線が細くてご飯をしっかり食べる人が好きなの」

「…!」


 彼はそれを聴いて、少し落ち着きを取り戻したようだった。

 エリオットは職業柄か知らないけど何故か結構ガタイがよくて、その段階で私の好みではない。

 いい奴だけど、そこまでだ。私の中で彼は…そう、頼れる先輩って感じ。時折あぁやって声をかけてくれるのは、単純に私が浮いて見えるんだと思っている。実際友達はアリアくらいだし。


 線が細いと食欲があるのは一見対極に位置しているようにも見えるけど、私は父親がたくさん食べる割には細かったので、好み如何はそこから来てる気がする。

 お母様が作ったシチューをおかわりして、いつも美味しそうに食べている姿は印象的だった。


「たくさん食べる人が良いのか…」

「あぁ、えっと、何も大食いみたいな話じゃなくて、作った料理をちゃんと食べてくれる人が良いだけ。じゃなきゃつくり甲斐がないでしょ?」


 個人的には愛情込めて作った料理をたくさん食べてくれたら嬉しい。それで美味しいって言ってくれたら最高。


「そういう意味だとフィンはあんまり食べないって聞いてるから、少し心配かな」

「そういうもの?」

「そういうものよ」


 なんて、このやりとりはいつかのようで、それでいて立場が逆転してしまっている。それが何だか面白くって、私は小さく笑った。


「ふふ…へんなの。いつかの逆ね」


 それに釣られたのか、彼も安堵したように笑って、私をもう一度抱きしめる。

 今度は優しい、包み込むような抱擁。


「よかった…」



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