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どうにもならないなんて、自分が一番わかってるのに(1)

 

 

 ********

 

 

 自分の気持ちが不透明なまま、三ヶ月が経った。

 正確にはそのことについて考えるのを避けたまま、三ヶ月経ってしまった…と言うのが正しい。


 そんな中今日の仕事は庭の掃き掃除。盛大なため息をついても誰も気づかないと言うのはいい点だと思う。

 近頃はまだ夏だと言うのに木によってはもう落ち葉が舞っている。しかし太陽は依然元気だ。


「あっつ…」


 照りつける日差しが熱い。このままでは熱中症になってしまう。

 無理はしないようにとマデリンさんにも言われているし少し影で休もうかな…。


 一旦噴水近くの東屋まで避難してベンチに腰をかける。あくまで休憩なので箒はすぐ横で待機。

 そのまま噴水の水の流れを眺めていると、それだけで涼しげな気持ちになってくるのが少し気持ちいい。

 噴水の水は飲料水では無いので飲むことはできないけど、少し手を濡らすくらいなら良いだろうか。

 そんなことを考えて、噴水の水が溜まってる部分に手をつける。流れに逆らわない水は冷たくて気持ちいい。


「こらっ!」

「!」

「噴水は危ないから近寄るなって言ったろ」


 気が抜けていたところで唐突にかけられた声に体が跳ねる。

 振り向くと、そこにはシェフのエリオットがいた。


「エリオット」

「毎年お前みたいなことしてる奴が頭ごと噴水に落ちてるんだ。勘弁してくれ」


 エリオットは孤児院上がりのシェフで長年ここに勤めている。近年交代で正式にシェフになったそうで、庭によく料理で使うハーブを取りに来ていると言っていた。

 彼のことは庭掃除の度に見かけて、一度好きな本の話題で盛り上がってから何度か話しているうちに気が付けば名前で呼ぶ仲になった。


「あ、ごめんなさい…」


 エプロンで濡れた手を拭う。にしても、頭から落ちるって何をしたらそうなるんだろう。泳ごうとでもしたってこと?


「わかりゃ良いんだ」


 視線の先で呆れたようにそういったエリオットが不意に私を見る。


「にしても…」

「?」

「お前は本当、嫁の貰い手がなさそうだなぁ」


 まじまじと見たかと思えばそれか。

 まるで挨拶代わりと言わんばかりになりつつあるその言葉がどれだけ失礼か、相手はわかっていないらしい。


「…何回目よ、それ」


 彼は最近ことあるごとにこうやってからかってくる。掃除中にサボるような女は貰い手がないとでも言いたいのだろうか。

 何が目的なのか知らないけど、そも私に結婚願望はない。正直このままここで雇われなくなっても仕事はあるかもしれないしね。


「結婚なんてしないって言ってるでしょ。余計なお世話」

「はいはい、わかってるよ。偏屈な女だな」

「偏屈とは何よ。失礼なことを言ったのはそっちでしょ?」

「言ったままの意味だよ。この偏屈女」

「失礼ね! 偏屈なのはそっちも同じでしょ!」

「言ったな! このっ」

「きゃっ」


 少し言い返しただけなのに、急にエリオットが私に噴水の水をかけてきた。私も“そっちがその気なら”と負けじとかけ返す。


「やったわね! そらっ!」

「てっめ、目を狙うな目を!」

「やったもん勝ちよ!」


 しばらくかけ合って、互いに息が上がってきた。

 気がつけばふざけ倒してしまったがそろそろ掃除にも戻らなければ。マデリンさんにバレたらまずい。


「はぁ、はぁ…今日は引き分けにしておいてあげるわ」

「あぁ、仕方ないからな…」


 そう言って、私たちはくすくすと少し笑いあってから互いの仕事に戻った。

 去り際、彼はいつものごとく「嫁の貰い手がいなかったら貰ってやる」などと抜かして屋敷に戻っていく。あんた妻子が居るでしょうに…と呟く私の言葉は夏の湿り気に飲まれて消えた。


 少なくとも奥さんとお子さんをよく愛でている話を彼は垂れ流しにするので、冗談であろうことも明白だし。

 っていうか、いい歳した大人が小娘と水掛けって遊んでるのはどうなんだろう。奥さんに会うことがあったらチクっていいだろうか。


「ていうか、結婚はしないってば…」


 なんて呟きつつも、やっぱりどこかで考える。

 結婚、結婚か…女の幸せだって、周りはみんな言うけどピンときたことはない。


 そもそもこんな身なりでは、というかこんな愛想もなければ目のクマもひどい様な女では、それこそ夢のまた夢だろうし。

 物語みたいな恋愛結婚でもできたら多少自覚も湧くかもしれないけど、今は好きとか嫌いとかそんなものを考えるくらいなら、目の前の仕事をしなければ。


「…」


 それなのに、箒で石畳の土埃を払っていると妙にあの人の顔が浮かぶ。

 あの人は…どうしてあんなに私に執着するんだろう、と。まぁ多分からかってるんだろうけど。


「素直にやめてほしいなぁ…」


 週一回のダンスレッスンは丸め込まれて未だ続いている。ボーナスがつくと聞いて頷いてしまった自分が憎い。お陰でいらない特技が身に付きつつある。

 でもそれ以外のフィン様はいつにも増して忙しそうだ。少し前までは半期決算があるとかで屋敷中バタバタしていたけど、その少し前からフィン様は執務室から出ないかと思ったら急に出かけるようなことを繰り返している。


 今も執務室に篭りきりみたいで、昼食は執務室でとられたらしい。

 少し、心配でないと言ったら嘘になる。


 フィン様は元来食が細いとアリアが前に言っていた。正確には食が細いと言うか無頓着というか、いつも簡単なサンドイッチしかお食べにならないらしい。少なくとも昼食は毎度執務室で食べてるとか。

 そうなると夫人はいつも一人で食事をしていることになる。それって寂しく無いだろうか…。


 ちょうど執務室の窓の前を掃いていると、カーテンを開けているのかちょうど執務に励むフィン様とそれに付き添う執事さんが見えた。


「…」


 最近、彼はますます痩せた気がする。窓から見える背中は、ここにきた時より心なしか細い。

 私は“お付き”では無いので滅多なことでは顔を合わせたりしないけど、遠くで見かけるたびに細くなっていく彼は素直に心配だ。


「細い人が好きだけど、ご飯しっかり食べてくれる人がいいのよね」


 なんて個人の好みなんてどうでもいいし、なんなら今こんなこと言うのは我ながら言い訳がましい。

 でも好きな人に料理作ったら、たくさん食べてほしいじゃない?

 だから細いって言っても、細いけど引き締まってるみたいな…そういう人が好きなのよね。それには彼は細すぎる。何事もバランスってあると思うし。


「もう少し、フィン様も食べてくれたらな…」


 なんて呟いてから“何を考えてるんだ”とすぐに思い直して首を振る。これは当たり前に主人だから心配してるのであって、好きとかそういうのじゃないし…。

 いけないことが脳裏をよぎってしまったので、邪念を払うために隅から隅まで丁寧に落ち葉や土埃を掃いていく。一通りまとめたらちりとりで回収して、不意に上を向いたら。


「「…」」


 目が会いたく無い人と、目が合った。


「精が出るね」

「あ、ありがとございます…」


 なんて言いつつ、静かに視線を逸らす。

 実はここ暫く、今度は私が彼と目を合わせれないでいる。

 理由は簡単、三ヶ月前のあの日から意識してしまってどうにも気まずいから。


 だって、仮にも主人をす…まぁその、いらない好意みたいなものを持っているなんてよくないし、思い出さないようにしていたら今度は顔を合わせづらくなったっていうか。

 そのせいでダンスレッスンの時もステップを踏むので精一杯だし、なによりお腹が密着してるの恥ずかしくて死にそう。


 それもこれも向こうが期待させるような事を言うのが悪いのであって、何が「醜聞じゃなければいい」なのか。

 そもそもメイドにあんな詰め寄って囁く理由なんてわかんないし、こっちを揶揄ってるに違いない。

 そう言って平静を保ってないと、いらない勘違いしそうだよ。


「…後で僕の部屋に来て」

「!」


 そんな私とは裏腹に、彼は冷たい声でそう言い残すと少し乱暴に窓を閉めた。

 聞こえたのは今まで聞いたことのないほど冷たい声で、私は今までとは違った感覚で背筋がそっと寒くなるのを感じる。


「何かしたかな…」


 やっぱり避けているのに怒っているんだろうか。いやそれだけは怒られても譲りたくないな、先に避けてたのあっちだし。

 でもまぁとりあえず、後でって言ってたし掃除が終わったらお部屋に向かおう。そう決めて庭掃除の続きを始めた。



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