随分大層な「大義名分」ですこと(2)
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「…で、どう言うことか改めて説明してもらいましょうか」
先生が帰った後、私はとうとう堪忍袋の尾が切れて主人を問い詰めている。正直元々短気な方なので、よくここまで怒りを爆発させなかったなと思う。
「レッスン中に言った通りだよ」
眉間に皺を寄せる私に対して、飄々と彼は言う。
少なくとも私の記憶の中の彼はこんなに飄々と食えない態度を取るような男ではなかったはずなんだけどな、とさらに苛立つ。
少なくとも思い出せる範囲のフィン・スペンサーはもっと優しくて、真面目で素直で…いや、でも記憶違いだったかも。それかこっちが本性か。
「…何も私でなくても良いと思いますが」
私はこのまま自然消滅したいって言うのに、よくもまぁ掘り起こしてくれる。
あんなものは気の迷いみたいなものだ。私も、彼も。
「そこもほら、さっき言った通り」
のらりくらりとこちらの質問を躱す彼に、私は苛つきが隠せないどころか手が出そう。
いつもは滅多に笑ったりしなくせに、こう言う時だけニコニコしてるのも腹たつ。
「屋敷内で噂になってます。貴方と私がその…付き合っていると。屋敷の外に広まる前に、私はなんとかしたいんです」
公爵子息ともあろう立場の人間が下っ端メイドと付き合ってるなどと…あってはならないと何度思ったことか。
実際に噂になっているのを聞いたことがあるわけじゃないから少し嘘を混ぜたけど、少なくとも周囲が私を見る目を考えれば似たようなものだ。
「僕は構わないけど」
「私が困ります! …じゃなくてフィン様が一番困ってください!」
何を言ってるんだこの御子息は。評判が下がるのは私じゃなくて貴方だというのに。
もしこんなしょうもないうわさでフィン様が結婚できなくなったら、最悪お家は取り潰しになってしまう。こんなことで最悪の事態になるのは避けなければいけない。
貴族の結婚とは個人間の問題ではない、家同士の利益的な契約に近いと新聞に書いてあった。もしそれが本当なら、彼との結婚を願う女性…いや家は多いはずだ。
そこに私のような下っぱメイドが突然現れて、挙げ句の果てにかっ掻っ攫っていったらどうだろう。瞬く間に醜聞が広がり、そこから慌てて別れたところでこの家に未来はない。
拾って貰った恩義のためにも、絶対にそんな事態になるわけにはいかないのだ。
「結婚できなくなって困るのはフィン様です! 私めとの関係など醜聞に過ぎません」
「じゃあ、醜聞じゃなくなれば良いのかい?」
「!?」
彼はさっきとは打って変わって、少し怒ったような、真剣な口調でいう。私がその言葉に驚いて固まると、彼は一歩こちらに詰め寄ってきた。
「どうなの?」
言いながら、彼は一歩ずつゆっくりとこちらに近づいてくる。私はそれから逃げるように後ずさるも、やがて背中と壁が接触して逃げ場がなくなった。
「そ、それ、は…」
私がしどろもどろとしてるうちに、彼が覆い被さる様な体勢で壁に左腕をついて、私は完全に逃げ場を失ってしまう。まずい、これはまずい。
「それは?」
いつになく真剣な彼の声音に、視線が合わせられない。
そんな、醜聞にならない方法なんてあるわけがない。あるわけがないんだ。何を言っているんだろうこの人は。
恥ずかしさと困惑と緊張で私の思考は膨らみ過ぎた風船の様。
どうしよう、どうするこの状況…!
「わ…」
「?」
「わかんないです!!!!」
そう言って私は彼の胸をどついて腕の中から無理やり抜け出して、そのまま全速力で部屋を出た。
そしてそのままトイレに直行して個室に閉じこもる。
心臓がうるさい、顔が熱い、なんだこれ、なんだこれ!
「なんだこれ…」
あの日、彼の残り香を感じた時のような、そんな恥ずかしさと胸の高鳴りが何倍にもなって押し寄せてくる。
彼の声が耳にはまだ耳に残っていて、脳に張り付いたように響いていた。あの至近距離で彼の吐息が確かに私の耳に触れて、残り香なんかよりはっきり彼の香りがして。
「か、かおちかかった…」
あんな綺麗な顔が近寄ってきたら誰でもドキドキすると思う。そう、絶対、私じゃなくてもみんなドキドキするはず。私だけじゃない、そう私だけじゃない…。
確かに男性の好みを訊かれたら、筋骨隆々の人よりは細い人が好きだけどそういう問題でもないはずで。
「…っ」
いいや認めない。私は認めないぞ。
何度でも言うけど格好いい人が迫ってきたら誰だって胸は高鳴るはず。そう私だけじゃない。
そもそもなんでこんな気持ちになるんだ。おかしいでしょ、何のきっかけもないはずなのに。
「そう、なんのきっかけも…」
そう言いかけて、ふと思い出される記憶。
約束した“永遠”と言う言葉。
“約束の木の下”でかつて私と彼は永遠を誓って。
「まさか…」
確かにあれはおふざけのつもりなんて全然なくて。あの時だって、冷たい地下室の中でだって思い出した相手に彼は含まれて、いたけど。
「………」
やっと落ち着いてたのに、顔がもう一回熱くなる。
もう何年前かなんて判らないのに、私はもしかしてその時から、今でもなの?
その時から、今でも好きだっていうの?
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