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最初の一歩(1)


 

 

『ねぇ、約束をしよう』

『何を?』

『僕たちの永遠を、約束しよう』

『永遠…』

『そう、永遠…永遠に一緒にいれるように』

『…うん』

 頷いた視線の先に見える掌に自分の掌を重ねて、私たちは約束した。

 

 永遠を、約束した。

 

 

 ********

 

 

 小鳥達が囀る朝、自分の耳にはコツコツと簡素な靴の音が響く。

 黒髪のポニーテールが小さく揺れる中、小さな鞄を携えて私はあるお屋敷に向かっている。


 屋敷の主人はハボック・スペンサー公爵。レンネット王国の剣術指南役として従事する由緒正しい貴族であり、国の中では二番目に広い中規模領地であるホエー領を同時に治めている。家族は妻と息子。

 私はそのスペンサー家が運営する孤児院出身で、今日からスペンサー家のメイド見習いになる小娘だ。


 スペンサー家は、使用人を自らが運営する孤児院の子供から取る、という風変わりな家で知られている。

 子供達は、一度孤児院に入れたとしても成人する十八歳になればそこを出なければならない。そこでスペンサー家は、孤児院を出る者達を集めて使用人として一定期間使うことで、人件費を浮かせつつ子供達が社会に出る手助けをしているのだ。


 もちろん孤児院も屋敷もホエー領の中にあるけど、比較的街中にある屋敷から孤児院は離れたところにある。当然そこまでの馬車を雇うお金もないので、私はせっせこと歩いていかなくてはならない。

 のどかで牧歌的な景色を超えて街の目印である大きな門をくぐると、石畳に整地された中心地に足を踏み入れていく。


 渡された地図を頼りに馬車や馬に轢かれないよう気をつけながら通りを抜けると、やがて見えてくる背の丈を越える大きな門が視界を埋める。

 半分ほど開けられた門の向こうには、綺麗に整えられた庭で花々が生き生きと咲いているのが見えた。


「…」


 やっぱり少しだけど、中に入るのに物怖じする。

 お屋敷が私には大きすぎるっていうのもあるけど、綺麗に整えられた庭は苦手だ。


 しかし怖がっていても始まらない…一度深く息を吸って、吐く、それから意を決して門の中へ足を踏み入れた。

 整えられた生垣、水の絶えない噴水、緑の鮮やかな木々達、色とりどりに春を告げる花々。ここの庭師はとても腕が良いんだろうな…と、ぼうっと歩きながら見渡す視界で考える。


 広すぎる庭を抜けると、とうとう赤いレンガで作られた大きな屋敷へ辿り着く。私がいた孤児院よりもずっと大きい、三階建ての建物には数えるのが大変なほどの窓が見えた。

 でも私が用のあるのは建物の一番下の、庭に正面から続く両開きの大きな扉…ではなく、その少し左にある小さな扉にノックをする。


 正面の大きな両開きの扉は来客や主人、その家族が使うもの。私は使用人になる身分なので使うことはできない。その横に小ぢんまりと備えられた使用人ようの勝手口の一つなら、使うことができるけど。

 呼びかけても答えの来ないその勝手口の扉に諦めず何度かノックを繰り返すと、パタパタと忙しそうな足音と共にとうとう扉が開いた。


「はいはいどなた様?」


 何事か、と言わんばかりの忙しなさで扉を開けたのは、私より少し年上に見えるメイドの女の子。明るそうな目元に青い瞳、結い上げた髪はキャップに仕舞い、一見至って普通のメイドに見える…髪色以外は。

 彼女の髪は白髪とも違う…そう銀のように見えた。色素を感じないのに根本や毛先に独特な影を感じる。


 勝手な印象だけど、おそらく彼女は孤児だろうと素直に思った。

 孤児なんて、殆どが何かしら事情を抱えていてもおかしくはない。なので目の前の彼女に向かってあえて何かを訊いたり、大袈裟に驚いたりしても無意味なのでそのまま接する。

 にしてもこんな髪の色の子が孤児院にいたら気づきそうなものだけど、記憶の中に印象が無いのはどうしてだろう。


「本日よりお世話になります、アニーです」


 何を言ったら良いかもわかっていないのでとりあえずそう告げると、目の前の彼女は何か覚えがあるような…と言いたげな顔で少し考えるような仕草を取った。


「アニー、アニー…あ、思い出した!」


 そこから閃いたと言わんばかりに両掌を合わせると、彼女は改めて私を見る。


「あなたが新人の子ね! 話は聞いてるからどうぞ中に入って!」

「あ、はい…お邪魔します」


 相手の反応を見た時は“話が通ってなかったらどうしよう”なんて少し動揺したけど、杞憂に終わったみたいなので誘われるがままに扉の向こうへ足を踏み入れる。

 中は庭を掃除するための箒などが雑多に壁にかけられた小部屋のようだった。数歩程度進んだ奥にまた扉が見える。


「こっちよ。まずは家政婦長のマデリンさんのところに案内するわ」

「ありがとうございます」

「あ、そうだ。私はアリア。よろしくね」

「よろしくお願いします」


 奥の扉を開けると、本で見るようないかにも高そうな赤いカーペットの轢かれた廊下に出る。慣れた足どりで屋敷の中を歩くアリアについていくと、何か調理をしているのか、良い香りがしてきた。

 そういえば今って何時なんだろう。持ち歩ける時計なんて高くて持ってないし、お昼時なのかな?

 一応指定された時間に着くよう、孤児院の壁掛け時計は確認して家を出たけど…遅刻してないといいな…。


 そんなことを考えながら歩きつつ…導かれるままにたどり着いたドアをアリアが開けると、そこは使用人達の食堂のようだった。

 綺麗に整えられた表とは違って外壁と同じレンガを壁にした空間に、長い机を背もたれのない木製のベンチで挟んだ席が四つほど並んでいる。厨房が近いのか、廊下にいた時よりも濃くて美味しそうな香りが漂ってきた。


 その食堂の一番奥で、一つの机を囲む三人の男女が見える。

 アリアはそれを確認すると、私に入り口で待つように言って男女の元へ向かった。私がその言葉に頷いて様子を伺っていると、アリアが三人に何か話しているのが見える。

 短いやりとりの後、アリアは今度は手招きをして私を呼んだ。良いのかな…何か話し合いをしていた所に入り込んだりして。


 しかし呼ばれたからには良いのだろう、と決意するも私は疑問の気持ちが少し残ったような、そんな緊張した気持ちで四人の元に向かう。

 呼ばれた場所に辿り着くと、アリアが優しい表情で三人の男女を私に紹介してくれた。


「紹介するわね。家政婦長のマデリンさんと執事のルークさん、シェフのエリオットさんよ」


 マデリンと呼ばれた人はふくよかな女性で、アリアの黒とは違う紺色のメイド服を着ている。

 ルークと呼ばれた人は初老を感じさせる男性で、細身の燕尾服を身に纏っていた。

 エリオットと呼ばれた人は見たままシェフの服装の三十代くらいの男性だけど、やたらガタイがいいように見える。


 どの人もここでは管理や指揮を執る立場だ。

 どこかでそんな気はしてたけど、それでも私はさっきとは違った緊張感に包まれる。


「き、今日からお世話になります。アニーです、よろしくお願いします」


 まずは挨拶…とは言ったものの、案の定噛みながら挨拶することになった私にアリア「がそんなに緊張しなくても大丈夫よ」と背中を軽くさすってくれた。なんというか、情けない…。


「アリアの言う通りだよ。そんなに緊張しなくても、取って食ったりはしないさね」

「ほほほ、マデリンさんの言う通りです。楽にしてください」

「そんなに肩に力入れてたら、緊張で倒れちまうぜ」


 まだ体が強張っているような私に対して、三人は朗らかに笑って受け入れてくれた。私はその空気に安心して、少しだけ肩の力が抜けるのを感じる。


「ありがとうございます」


 自分で自覚していたより緊張してたのか、普段は出ないようなへらりとした笑いが小さく溢れた。挨拶一つでこんなに緊張するなんて。


「私たちはメイドだから、主にマデリンさんの指示に従って動くよ」

「わかりました」

「あたしゃ厳しいよ。しっかりついてきな!」

「は、はい!」


 マデリンさんの言葉に、背筋の正された思いになる。

 そうだ、これからは“お仕事”をするんだから、ボヤッとはしてられない。


「アリア、あんた暇だったら坊ちゃんにお伺いを立ててきてくれないかい? 新人と会わせておきたいんだ」

「わかりました」


 マデリンさんの言葉にアリアは頷くと、一つ頭を下げて食堂を出ていく。するとマデリンさんが立ち上がってルークさんに声をかけた。


「夕食の配膳にはシトリとナイアを向かわせる、あたしから伝えておくから後は頼んだよ」

「わかりました。いつもの時間にここに来るよう伝えてください」

「了解さね」


 ルークさんとの短いやりとりを終えるとマデリンさんは不意に私を見る。するとマデリンさんは驚いた私に向かって強気に笑った。


「さて、アニーはあたしと来な」

「わ、わかりました」


 マデリンさんは気のいい人のようだけど若干迫力がある、ような。さっきも笑顔ではいてくれたけど、なんか有無を言わせぬような雰囲気があったようにも感じる。

 その迫力に気圧されながら彼女について食堂を出ると、彼女は屋敷の上階へ向かうためか階段を登り始めた。



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