第8話 町の歓喜と少女の笑顔
「カケルさんっ!! もうすぐ冒険者ギルドですよっ!!」
〈グーーーーーっ……〉
「ギルドでカードを発行できたら、私たちと同じ冒険者ですね♪」
〈グーーーーーっ……〉
「なんか、ワクワクしますね!!」
〈グーーーーーっ……〉
「な、なぁ…カケル殿……」
〈グーーーーーっ……〉
「頼むから、腹の音で会話するのはやめてくれ。こっちまで腹が減ってくる……」
現在、僕はトリーシティの冒険者ギルドに向かっている。
だが、その前に……どうしても空腹をどうにかしたかった。
でも、ラックとミラにガッチリ拘束され、結局空腹のままギルドに向かう羽目になった。
「あの……ギルドが終わったら……本当に食事を……」
「ああ! 約束する! しかも俺の奢りだ!!」
「やったー!! ラックさん、太っ腹です!!」
僕よりも即座に反応したのは、ミラだった。
「ミラ……お前も奢る側だろ……」
「シュン……そ、そうでした……」
どうやらミラも結構な食いしん坊らしい。ちょっと残念そうな顔をしている。
「この近くに美味い店があるんだ。期待してくれ。」
そう言いながら、僕の肩をポンと軽く叩いてくれた。
〈そうだな……ここは少し我慢して、用件を済ませた後の食事を楽しみにしよう!! 頑張れ、僕!!〉
そう自分に言い聞かせていた、その時だった!!
「キャーーーッ!」
「なんだ!?」
ラックは鋭く反応し、悲鳴の聞こえた方向に目を向けた。
そこには、女性用のカバンを抱えたチンピラ風の男が全速力で走り去ろうとしていた。
「へっへっへ! あばよ、ババア!」
「お、おばあちゃん!」
男の足元には、地面に倒れ込んだ高齢の女性。
そしてその傍らには、小さな女の子が泣き叫んでいる。
彼女はおそらく孫娘だろう。
目の前で祖母が襲われた衝撃に呆然と立ち尽くしている。
「許せん……御老人を狙うなんて!」
ラックは怒りに拳を握りしめ、犯人を追いかける。
しかし、すでに距離は離れており、追いつくのは厳しそうだ。
「くっ、間に合わないのか!?」
ラックが歯を食いしばり、諦めかけたその瞬間——。
「俺は足には自信があるんだ! 追いつけるもんなら追いつい……」
ヴァギーーーン!(衝撃音)
「ギャワーーー!!」(悲鳴)
ひったくり犯は衝撃音と共に宙高く吹き飛ばされた!
「な、何が……一体何が起きた!?」
ラックは状況が飲み込めず、ただ呆然と吹き飛ばされたひったくり犯を見つめていた。
だが、それはラックだけでなく、ミラや一部始終を目撃していた町の人々も同じだった。 ただ一人を除いては——。
ドッドッドッドッドッドッ(エンジン音)
「白昼堂々と盗みを働くとは……いい度胸ですね……」
そう、ひったくり犯を吹き飛ばしたのは、スーパーガブに乗った僕だ。
ラックが追いかけようとしたその瞬間、スーパーガブを召喚。経過時間、約2秒。スーパーガブに乗り込み、ひったくり犯に追いつくまで、さらに約5秒。そして、ジャックナイフで顔面に蹴りを叩き込むまで、約3秒。合計10秒足らずの出来事だった。
「空腹でイライラしてんのに、こんなチンピラ風情が!!」
これは、正直ただの八つ当たりである。
もちろん、盗みが許されるわけではないが……空腹のストレスがその憤りを遥かに超えていた。
もっとも、相手は魔物ではないので手加減はしたが……。
「ラックさん! ミラさん!」
「お、おう……」
「は、はい……」
「この人、完全に気絶してるけど……どうしましょうか?」
「あ、そ、そうだな……警備兵が来るまで拘束しておこう……」
「ラックさん……私も手伝います。」
そう言って、2人は盗っ人の足と腕をしっかりと縛り上げた。そして僕は、犯人が盗んだカバンを拾い上げ、ご老人のもとへと近づいた。
「おばあちゃん……お怪我はありませんか?」
「あ、はい……」
僕はカバンを取り返し、おばあちゃんに手渡そうとしたが——。
ザワザワザワザワ……
「あれ? なんだ、この周囲の雰囲気……はッ!? も、もしかして……」
その瞬間、僕はラックとミラに初めて会った時のことを思い出した。
「し、しまった! やりすぎたか……」
こんな町中で、異質なバイクや派手な荒技を見せてしまえば、怖がられて当然だ。もしかしたら……警備兵に捕まるのは僕の方かもしれない……。
ど、どうしよう……。
そんな不安が胸をよぎる中、町の住人たちが再びザワザワと騒ぎ始めた。しかし……。
「な、なんだよ! スゲーカッケー!!」
「へっ?」
「すごい! 感動したー!」
「え、なに?」
「あれ、乗ってるのは魔道具か? あんな形、初めて見たぞ!」
「みんな……怖がってないのか?」
町の人々の反応は、僕の予想とはまるで違っていた。怖がられるどころか、歓声が上がっている。
「カバンを取り戻してくださって、ありがとうございます。」
おばあちゃんは僕の手を取り、涙ぐみながら感謝してくれた。周囲の人たちも口々に声をかけてくる。
そして数分後、警備兵たちが盗っ人を拘束し、その場から連行していった。
「良かったですね、カケルさん!」
「まったく…毎回驚かされてばかりだな……」
正直……この町には……もういられないかもしれない……そう思った。
人間というのは異質なものを拒絶する生き物だと思っていたからだ。
少なくとも前世ではそうだった。
だが、この世界は少し違うのかもしれない。
僕はこの世界──フェルミオンワールドに、ほんの少し興味が湧き始めていた。元々、転生した直後もワクワクやドキドキはあったが、それは冒険者としてだ。この世界の人との関わりまでは考えていなかった……だけど……これも悪くない……
「クス……」
「カケルさん?」
ミラが僕の笑顔を見て、不思議そうに首をかしげた。
「ミラさん……僕、この町が少し気に入ったかもしれません。」
「本当ですか? よかったです〜。」
僕の言葉に、ミラは満面の笑みを浮かべた。 なんか照れくさい……でも、この町の明るさに少しだけ救われた気がした。
ただ──あの一言を除いては。
先ほどおばあちゃんに付き添っていた少女が、こちらに駆け寄ってきた。
「あ、あの……おばあちゃんのカバン……取り返してくれて……ありがとう……」
「いえ、大したことはしていませんよ……」
「そんなことないよ! ありがとう……お姉ちゃん!」
「え?………………お、お姉ちゃん?」
少女は笑顔で、泣きながら決して聞き逃せないキーワードを発した。
「そうだぜ! お嬢ちゃん!」
「お、お嬢ちゃん…………?」
周囲の人々も歓声を上げながら、不穏な言葉を連発する。
「かわいい〜! あんな妹が欲しいかも♪」
「い、妹……?」
甘えた声を発する女性たちに囲まれて、僕は思わず息を飲む。やはり…… 僕は訂正したかった。
〈 男だ!!、と…… 〉
だが──まあ、今さら言うのも面倒だ。 ため息をつきながら、諦めることにした。
「よし! 改めて冒険者ギルドに行ってみるか!」
「はっ! そうでした……すっかり忘れてました!」
ラックとミラは再び冒険者ギルドへ向かう。 そして僕も──忘れかけていた。
そうだ。早くステータスカードを作ってもらわなければ!
僕の空腹タイマーが臨界点を迎えてしまう前に……!
「ま、間に合ってくれ……」
切実に願いながら、僕はギルドの扉をくぐった。




