第32話 出発〈スタート〉
締め切られた窓の隙間から、朝の光がこぼれ落ちていた。
カーテンをめくり窓を開けると、目に飛び込むのは柔らかな太陽の光と、街のざわめき。
露店の掛け声、遠くの馬車の音、笑い声――
どうやら、今日も平和な朝らしい。
「う〜〜ん……気持ちのいい朝だ……」
あくびをしながら、大きく伸びをする。
〈昨日はあまりに濃い一日だった……〉
ミラージュの過去の話。冒険者セナの壮絶な戦い。
そして――僕が、ミラージュの仲間になったこと。
「色々ありすぎて……頭が追いつかないな……」
だけど……それでも、決めたんだ。
ミラージュと一緒に冒険するって。
あの子を見捨てるなんて、そんな、選択肢はあり得ない。
それに……彼女は昨日、確かに言っていた……
> 「セナ先生は、生きていると思っています!」
> 「い、生きてる……?」
> 「はい。きっと何か理由があって……動けなくて……だから、私、探したいんです!」
あの時の真っ直ぐな瞳を思い出す。
おそらく……これが、彼女が冒険者になる……キッカケとなった理由……
彼女自身……誰よりもセナに会いたい……
セナに言われたからではなく……彼女が望んだ事……
「だけど……話を聞く限り……生きている可能性は……いや……」
たとえ望みが薄くても、その想いを否定する気にはなれなかった。
「……ま、付き合ってみるか」
バシッ!
自分の頬を叩いて気合を入れる。
「よし! 今日もやってやる!」
とりあえず……本日は、ステータスカードの発行、レグザさんの店での報酬受け取り、最後は……街の探索――かな………
予定は詰まってる。
……ただ、その前に確認すべき“大事なこと”がある。
そう、男としての尊厳……つまり――
ちゃんとあれが……“ある”かどうか、だ。
異世界に来てから、一度も確認していない。
もしかして――あの女神セリカ様は……
〈ごめんなさ〜い♪ 付けるの忘れちゃいました、てへっ♪〉
……なんて、笑って誤魔化す未来が脳裏をよぎる。
「ま、まさか……そんな……」
いや、あり得る!
あの女神なら絶対やりかねない!!
「ええい、ままよ!!」
バサッ!
僕は覚悟を決め、一気に服を脱ぎ捨て、全裸で鏡の前に立つ。
緊張の面持ちで、ゆっくりと――確認。
すると……
「……あ、あった……!!」
安堵と感動が同時に込み上げ、思わず目頭が熱くなる。
「よ、よかった……! 本当によかったぁ……!」
涙をぬぐいながら服を着直そうとした――その時。
ドーーンッ!!
勢いよく扉が開かれた!!
「おっはようございます!! カケルさん! 朝食ができて……いま……す……よ……」
「えっ……」
それは……元気よく挨拶をしたミラージュだった……
しかし……
静止する時間。
全裸の僕。
ドアを開けたまま固まるミラージュ。
そして――十数秒後。
「ギ、ギ、ギ……ギャワーーーッ!!」
旅人の宿り木に、2人の……今朝一番の悲鳴が響き渡った――。
◆食堂兼ロビー
「ひっく……うぐっ……ご、ごべんなざい(ごめんなさい)……」
ミラージュは正座で泣いていた。
額には見事なたんこぶ。
ゴゴゴゴゴゴ……
その前で腕を組むラック。背後には黒いオーラがゆらめく。
「ミラ……お前、いい加減にしろよ……」
「うぅ……ひっく……」
「い、いや……僕も鍵をかけ忘れてたので……その、半分は僕のせいかと……」
ギロッ。
ラックの目が光った。
「カケル殿、確かにそうだが……ミラ、まずはノックぐらいしろ。」
「は、はいぃ……」
反論できずに、しょんぼりとうなだれるミラージュ。
「ま、まあまあ……もう反省してますし、今日はこのくらいで……」
俺がなだめると、ラックは溜息をつきながら肩をすくめた。
「……はぁ、あまり甘やかさないでほしいな……」
「うぐっ……ありがとうです……カケルさん……」
そんなやり取りを経て、ようやく朝食タイムに入った。
◆食堂
「ところでカケルさん、今日の予定は……?」
「まずはステータスカードを発行してもらって、レグザさんのところで報酬受け取り、その後は街を見て回ろうかと。」
「一人で大丈夫か?」
「昨日も言いましたけど、慣れておかないといけませんし……」
ミラージュは心配そうな顔で考え込んだが――
「じゃあ、レグザさんのお店の前で待ち合わせにしましょう!」
「え?」
そう……昨日、ミラージュが街を案内してくれる約束をしていたのだ……具体的な待ち合わせはしていなかったのだが……
「とりあえず、レグザさんのお店の前で待ち合わせ!!それで、決まりですっ!!」
即決だった……
満面の笑顔でそう言うミラージュ。
その姿を見て、思わず笑みがこぼれた。
そんな行動を見ているラックは……
「まるでデートだな。」
「で、で、デートじゃないです!!」
「じゃあ、なんだ?」
「た、ただの案内ですっ!!」
真っ赤な顔で否定するミラージュ。
けれど――その笑顔は、どこか嬉しそうだった。
「了解です、ミラさん。では、デートじゃないデート楽しみにしてますよ♪」
「も、もう……カケルさんまで!!」
そして、僕は朝食を終えると、装備を整え……
「よし!!準備完了っと……じゃ……行ってみますか。」
新しい冒険を胸に――扉を開け、旅人の宿り木を後にするのだった。




