第31話 三人の食事会
――ふわぁ……いい香りだ。
コンソメ?いや、ポタージュ? それに……肉の香ばしい匂いまで!?
……これは、もしかして天国?
僕の周りを料理がくるくると回っている……
あぁ……幸せだ。このまま溶けて消えてしまいそうだ……。
「…………カ……カケルさん……カケルさんってば……」
(……ん?誰かが呼んでる……)
「カケルさーーーんっ!!」
「うわぁっ!?な、何!?」
「いい加減起きてください!ご飯が冷めちゃいますよ!」
「ご、ご飯!?」
……どうやら、空腹のあまり気絶していたらしい。
ミラージュの過去、セナの手紙、そして“仲間”としての決意。
色々考えすぎて、僕の胃袋は完全に置き去りだったようだ……。
気づけば――テーブルの上には、豪華な料理の山!!
「こ、これは……夢じゃないよね……?」
ラックがエール(酒)を片手に笑う。
「色々と済まなかったな。今日は私の奢りだ、カケル殿!遠慮せず食べてくれ!」
「は、はぁ……(え?奢り!?)」
まだ頭が回らない。だが……胃袋は正直だった。
「カケルさん、どうしました? 召し上がってください♪」
「い、いや……急にこんな御馳走が出てくるとは思ってもみなかったので……」
ミラージュはにっこり笑って、フォークを差し出してくる。
まるで……姉が弟をあやすような優しい仕草だった。
「さ、どうぞ。冷めちゃいますよ?」
僕は言われるままに、一口。
――パクッ。
咀嚼。
そして、衝撃。
「……お、おいしい……」
パクパク……ポロッ(涙)。
「どうやら、口に合ったようだな!」
ラックの笑い声を聞きながら、僕は無言でひたすら食べ続けた。
涙と共に、幸福が口いっぱいに広がる。
(くそっ……こんなの、ズルいだろ……!)
僕は、ひたすら料理を堪能した……
そんな中……ミラージュが食べているサラダにふと違和感を覚えた。
「それにしても……サラダ、塩だけなんですね?」
「ええ。塩は貴重ですから。今日は特別なんです♪」
「なるほど……貴重、か……」
その瞬間――ピキーン!閃いた!!
「ミラさん、ちょっと待っててください!」
「え?あの、カケルさん?」
僕は勢いよく席を立ち、厨房へ走った。
そして――10分後。
「お待たせしました!」
戻ってきた僕の手には、小さな瓶。
「それをサラダにかけてみてください」
「え?これを?」
「まぁ、騙されたと思って!」
ミラージュが瓶を傾ける。
半透明で、きらきらと光る液体が葉に落ち――パクリ。
「……お、おいしいっ!!なにこれ!?塩より全然おいしいです!!」
「ふっ……大成功だな。」
それは、僕の特製“ドレッシング”。
前世――F1レーサー時代、専属していたシェフがいたのだが……お世辞にも美味くない料理を出すので、せめてサラダだけでもと……僕自身が料理本やレシピを見ながら研究し独自開発した味だ。チームからも絶賛で、シェフも舌を巻く評価だった……
以後、僕も料理を手伝う羽目になってしまったが……料理スキルは爆上がりしたのは言うまでもない!!
〈材料が揃っていて良かった……まさか、異世界で役に立つとはな……。〉
「いやはや……これば驚いた!」
ラックも舌鼓を打ち、食卓は一気に和やかムードになった。
そんな中……ラックは僕に語りかけてきた……
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「ところで、カケル殿。明日はどうするつもりだ?」
「とりあえずギルドで登録して、ステータスカードを作る予定です。その後、レグザさんのお店に寄るつもりです。」
「それなら、装備も見て回るといいだろう。今のままでも構わないが、レグザ氏の店は武具も充実だからな、損はないはずだ。それと、街も見て回るのも良いぞ。」
「確かに……そうですね。じゃあレグザさんの店に寄ってから街を見て回ります。」
「はーいっ!!なら、私も付き合います!!」
勢いよく手を挙げるミラージュ。
「せっかく町に来たんです! 楽しまないと損ですよ!!」
「ミラ……この町に来てまだ一ヶ月も経ってないだろ……案内って……」
「い、いいんです!ラックさんよりは詳しいですから!」
(……どこにその自信が……)
でも、彼女の笑顔を見て、ふと思う。
――ああ、良かった。
もう、あの時のような暗い顔じゃない。
僕は少し安堵したが……
「ところで、ラックさん……さっきは……殴ってすみません。」
「……ああ、気にするな。むしろ礼を言いたい。時間が解決すると……思い上がっていたからな。」
謝罪した後……二人の空気が、どこか柔らかくなる。そして……交友を深めていく……
そんな話の途中で……
「10年前のミラさんか……ちょっと気になりますね……」
何気なく語っていた、幼少期のミラージュのはなし……
「やっぱり、可愛かったのかな……」
するとミラージュは……
「え〜、やだな〜、全然可愛いくないですよ〜」
すると――ラックが何かを思い出したようにバッグを探り始めた。
「そういえば……ミラの子供の頃の話をしているが……どんな子供だったか気にならないか?」
「え?ええ、まぁ……そうですね……」
「なら見せてやろう。」
――カサッ。
「……写真?」
!!!
しゃ……写真!?
この世界にカメラがあるのか!?
前世では当たり前の技術だったが……まさか異世界でもカメラが存在するなんて……現物があったら中身を……構造が知りたい……と感激したが……次の瞬間……この写真に写っている女の子に釘付けとなった!!
「ま、まさか……この女の子は……」
「そうだ。十年前のミラだ。」
テーブルの上に置かれた一枚。
リボンのついたプレゼントに囲まれ、ツンと腕を組む幼い女の子。
その顔は……間違いなくミラージュ本人。だが――めちゃくちゃ可愛い。
「こ、これは……誕生日の写真ですか?」
「いや、貢ぎ物だな。同年代の男子たちがミラに渡したプレゼントの山だ。」
「えぇぇ!?そんなモテモテだったんですか!?」
「う〜ん……確かにモテモテだったと思うが……」
「ん…?」
「実はな……」
■ 10年前…………
「ちょっとアンタ、ふざけたるの!!」
「え?え?え?」
「こんな、プレゼントで私が満足するとでも思っているの?顔を洗って出直してきなさい!!」
「ひぃ~〜〜!!」
男の子は……泣きながらその場を去ったという……
■ そして……現在……
「……そんな時の写真なんだ……いや〜…当時はツンツンしていた頃が懐かしいく思えるな……」
まさか……今のミラージュでは想像もできない……こんな黒歴史があるとは……
ラックが苦笑いを浮かべる中――しかし……
それを見ていたミラージュが……
「キ、キ……キギャーーーーーーーッ!!」
突然、悲鳴と共に……ミラージュが立ち上がった!
「な、なんでそんなの持ってるんですか!?誰が許しましたかぁぁ!!」
「いや、君の父上から貰ったんだ。酒の席で――」
「お、お父様ぁぁぁ!!没収ですっ!!」
バシッ!
ミラージュは写真を強奪し、ポケットへ押し込む。
「ああ……でも、これはこれで……尊い(とうとい)……」
「ッ!!」ギロッ。
「ひぃっ!?」
ミラージュの殺気で、空気が凍る。
「と、とにかくこの話は終わりです!!終わりっ!!」
――しかし。
「いや、まだあるぞ。」
「……は?」
ラックは、もう一束の写真を取り出した。
寝顔、食事、庭園……幼いミラージュの写真コレクション。
「ギャワーーーーーーーッ!!!」
ミラージュの怒号と悲鳴。
そして――
「ラックスのバカーーーーッ!!!」
ポカポカポカッ!!
泣きながらラックを叩くミラージュ。
そんな彼女を見て、僕は思う。
――ああ、やっぱりこの泣き顔や笑顔が一番だ。
この世界でも、ずっと……このままでいてほしい。
三人の食卓は……温かく……そして……楽しい……そう感じた……




