第29話 未来を託された者
ミラージュの語った過去――そして、セナの手紙。
すべての真実が明かされたあと、僕とミラージュ、そしてラックのあいだに、重たい沈黙が流れた。
……だけど、その静寂の中で、僕は一つの勘違いをしていたことに気づく。
(ミラは……自分が傷つくことを恐れてたんじゃない。
――自分のせいで、誰かが傷つくことを……死んでしまうことを恐れてたんだ)
そうだ……思い返せば、冒険者ギルドでのあの時も――
僕がインプを止めに入ったあと、ミラージュは発作を起こしていた。
つまり、彼女の“心の病”は、自分の痛みではなく――
他人の痛みが引き金になっていたのだ。
「……ミラージュの優しさが、あの発作を呼ぶトリガーになってる……」
気づいた瞬間、僕は悟った。
――彼女を“治す”ことなんて、僕にはできない。
優しすぎるんだ。
誰かのために涙を流せる、そんな子の優しさを“治す”なんて……そんなの、僕には無理だ。
ラックがずっと寄り添ってきたから、今まで彼女は発作を起こさずにいられたのだろう。
たまたま魔法学園でも、引き金になるような出来事がなかった。
つまり、ミラ自身も、自分が“病”を抱えていることに気づいていなかったのかもしれない。
確かに、発作を抑える方法は一つある。
だが……それは――誰とも関わらないこと。
そうすればトラウマが刺激されることはない。
でも……
〈それでいいのかよ……?〉
心の中で、自分に問いかける。
違う!!それは、絶対に違う!!
〈ミラージュが……誰とも関わらずに生きていくなんて、そんなのあんまりだろ!!〉
さらに胸の奥から感情が込み上げてくる。
〈青春も、笑顔も、全部諦めて……そんな生き方、僕は認めねぇ!!〉
なのに……
こんなにも理不尽な話なのに……それでも――救う術がない。
僕には、どうすればいいのか分からなかった。
そもそも、冒険者セナだって分かっていたはずだ。
時間がなかったとはいえ、少しは改善策を残せただろうに……。
結局、あの手紙だって、いくら未来が読める能力があるからって――
それなのに、手紙に残されたのはたった数行。
【冒険しろ?】【不思議な少年?】……勝手すぎるんじゃないか?
それってまるで――
まるで……?
文句を言いながらも、胸の奥で何かが引っかかる。
〈まるで………って……〉
まるで、あの言葉が“僕への指令”みたいに感じた。
〈――まさか……そういうことなのか?〉
「ははは………」
気づいた瞬間、思わず笑ってしまった。
あまりにもセナらしくて、声を出して笑った。
「カケルさん……?」
「カケル殿……?」
ミラージュとラックが、不安そうに僕を見る。
「……見つけましたよ。ミラさんを救う方法を!!」
「え……?」
ミラージュが目を丸くする。
「ミラージュ・リニア!! 僕とパーティーを組みましょう!!」
「えっ、パ、パーティー!? な、なんで急に――」
僕は笑った。
〈セナめ……コイツ……僕に全部丸投げしやがった!!〉
セナは未来を見ていた。
自分では救えないと知っていたから、僕に託したんだ。
僕と……これから出会うだろう、まだ見ぬ、少年少女達と……
――ミラージュを、笑顔を取り戻せる“仲間”として。
「まったく……どこまでも策士だな、あんたは……」
冒険者セナ――
末恐ろしい奴だと、僕は改めて思い知らされたのだった。




