第2話 異世界転生の準備は万全に!?
「知らない天井だ……」
記憶の片隅に残る某アニメのセリフを呟きながら、何故か自分がまだ冷静でいられることに驚きを隠せなかった。
「ここはどこなんだろう?」
周囲が明るすぎて、何も見えない。
ただ、どこか異次元的な空間にいることは感じ取れていた。
おそらく、何かとんでもない状況に巻き込まれている。
それなのに、なぜか頭の中には混乱が渦巻いているばかりで、答えが出てこない。
とりあえず、少し前の記憶を思い返してみる。
「確か、レースが始まる直前に、車が爆発して……その後、意識が……」
待てよ、その前に頭の中で聞こえた妙な声があったような気がする。確か、それは……
「ゴメンナサイ……」
「そうそう、こんな声……えっ?」
突然の声に、驚きで思わず体を反転させた。目の前には、丸い光の玉が浮いていた。
フワフワと宙に漂うその姿は、まるで魂のようで、かつ不気味だった。
この瞬間、再び自分が死んでしまったことを理解する。
しかし、その理解を超える光景が目の前に広がることになる。
「た、大変申し訳ありませんでしたーッ!!」
今度は、自分の背後から大声の方向に向きを変えると……
「ど、土下座!?」
それは、綺麗な土下座で、点数にすれば100点満点だろう。
しかし、驚く所はそこではなく、その容姿だった。
背中には綺麗な羽があり、銀色のロングヘアー……まるで、ギリシャ神話に出てくる女神様の様な……
まさか、レースの女神様?
「まったく関係ありません!!」
「うぉ!! 心を読まれた!?」
「ごめんなさい、ついツッコミを……」
一体なんなんだろうと思ったが、とにかく今の状況を確認しないとならない……
「とりあえず、土下座はやめていただけませんか?話を聞くのも大変ですし…」
「はい、すみません…」
彼女は土下座を解き、自分を紹介してくれた。
「私はセリカ。神々の住む世界、地球を管理する女神です。カケルさんから見れば、神様的な存在ですね。そして、こちらが私の従者、タマです。」
「コ、コンニチハ…」
「タ、タマちゃん…」
丸い球体が自己紹介をするが、その愛らしい見た目から思わず「タマちゃん」と呼んでしまった。
だが、重要なのはそこではない。
「あの、やっぱり僕は…」
「はい…お亡くなりになりました…」
「や、やっぱり…」
死亡を告げられると、彼女は再び土下座をした。
「本当にごめんなさい!!」
「だから、土下座は本当にやめて…」
「いえ、今回のカケルさんの死は、私たちのミスでもあるのです…」
「え?…ど、どういうことですか?」
セリカは、カケルの死亡経緯を詳しく説明し始めた。
「この世界には、二種類の特殊なエネルギーが存在します。アップ・エレメンタルとアンチ・エレメンタルです。」
「アップ・エレメンタル……アンチ・エレメンタル…?」
「そうです。この二つはそれぞれ魔力を帯びた特殊な性質を持っています。」
「アップ・エレメンタルは、運気や活力の源、つまりプラスエネルギーです。」
「なるほど…」
「一方のアンチ・エレメンタルは、負の力を集めた悪影響の塊です。事故や疫病を引き起こし、周囲の運気を急激に悪化させます。」
「それで、あなたたちは……そのエレメンタルを回収するのが仕事なのですね…」
「そうなのですが…カケルさんの死に繋がることになります…」
これから自分の死の真相が明らかになる…
「必要以上に大きくなったアンチ・エレメンタルがサーキットの周囲に集まり、事故を引き起こしました。」
「それが原因で、影響を受けたレーサーが暴走し、カケルさんの車に衝突。最終的には炎上してしまったのです。」
「つまり、死因は…」
「事故死です。」
「……ガーン」
今までレース中は事故を避けてきたのに、まさかスタート前にぶつけられて死ぬとは思わなかった。愕然とし、言葉を失った。
「本来は、事態が起こる前に、タマが回収をしないとならなかったのですが……処理しきれずに、この様な失態に……」
「ゴメンナサイ……」
タマちゃんも助けられなかった事を悔いているのか、プルプル震えていた。
しかし、女神セリカは……
「ガシッ!!」
「アーーーッ……セ、セリカサマ……」
タマちゃんを鷲掴みに!!
「タマ……少し努力が足りなかったですかね? やっぱり後でお仕置きでしょうか?」
「セ、セリカサマ、ゴムタイナ・・・」
ニッコリ微笑んではいるが、明らかに怖い覇気をタマちゃんにぶつけていた。
「ストップ!! ストップ!! 死亡の経緯は分かりましたから、タマちゃんを離してあげてください。」
「でも……」
「今更だけど、生き返ったりするのは不可能なんですよね?」
「はい……既に肉体は灰になってしまいましたので。」
「だったら、これからの事を考えましょう!!」
「え、?」
カケルの言動に女神セリカは少し驚いていた。
「カケルさん、随分落ち着いていますよね? 普通なら、ブチギレして私に襲いかかったり、責任を押し付けるパターンなのですが……」
普通ならそれもあるだろう。だが……
「全く怒っていない……っと言ったら嘘になります。でも今更です。」
「元に戻れないなら、これからどうしたら良いか聞くのが最善です!!」
「カケルさん……人間ができています。あ、ありがとうございます。」
女神セリカは涙腺をウルウルさせながら感謝されてしまった。
まぁそうしないと、タマちゃんに全ての責任を押し付けられそうな予感もあったのだが……
とにかく、今は今後の行く末である。
「それで、この後の僕の処遇なのですが……」
自分で話を進めはしたが、正直今後の生い立ちを決められるのは、度胸が必要である。つまり内心はドキドキなのだ。
「あ、はい。カケルさんには、2つの選択肢をご用意しました。1つ目は、事故死してしまった世界で、記憶を消去して生まれ変わり、新しい人生を過ごしてもらう人生です。」
「ふむふむ。」
「2つ目は、私が管理しているもう一つの世界に転生してもらうことです。ちなみに、記憶はそのままですが……」
「なるほど……もう一つの世界に転生ですか……ん?」
女神セリカの説明にまた新しいキーワードが出てきた。
「も、もう一つの世界?」
「え?は、はい。私が管理しているもう一つの世界フェルミオンワールドです。」
「フェルミオンワールド!?」
これは、想定外の事態である。
アニメやゲームしか存在しないと思っていた異世界が今、目の前に現れたのだ。
まさに特別イベント発動である。
「この2つをご用意してみましたが、どちらが良いかをカケルさんに選んで……」
「異世界でお願いいたします!!」
女神セリカのセリフを割って入る勢いで即答した。
「えっと、お、思いっきりが良いですね……」
「はい!! 昔からアニメやRPGが大好きだったので!!」
「な、なるほど……」
勢いは、少しドン引きするほどだった。
「ただ……異世界転生の際に私からお願いしたい事があります。」
「お願い?」
ここで、女神セリカからのお願い事?
あまり良くない条件では?
確かに、記憶もそのままの転生だし……美味しい話には裏があると相場は決まっている。
しかし、異世界転生のチャンス!!
ここで妥協したら二度とこんな機会は訪れないのも事実……
とりあえず、内容を聞いでからでも遅くないだろう……
「あ、の……あまり無理なお願いはその……」
恐る恐る聞いてみた。
「実は、アンチ・エレメンタルの回収を手伝って欲しいのです。現在、フェルミオンワールドで回収できる者がいません。なので、世界中で発生していて、大きくはないですが、少しずつ被害が出ています。」
なるほど、大凡の内容は理解した。
「つまり、僕が回収のお手伝いをすればと?」
「その通りです。もちろん安全第一なので、それ相応の能力やスキル・装備も用意いたします!!」
「やはり安全ではないんだ……って、ちょっと待ってよ?」
ここで、疑問も出てきた。
「質問!! タマちゃんみたいな、回収者はいなかったのですか?」
「ギ、ギクリ」
「ギクリって言いっちゃったよ!!」
「あわわわ……」
「ちゃんと説明してください。」
バツの悪い顔になった女神セリカは、吃るような誤魔化し方で語りだした。
「申し訳ございません。確かに前任はいたのですが……」
「やはりいたんですね。」
「はい、ですが、ある日、回収中に消息不明になってしまったのです。本来は神々からの監視から消えるのはあり得ない事ですが。」
「それが、どうして?」
「わかりません。可能性があるとしたら、肥大化したアンチ・エレメンタルに吸収されてしまったか、他の時空に落ちてしまったか……現在も捜索中ではありますが、発見できるかどうか……」
「なるほど……」
「申し訳ありません! これをお話ししたら断られるかもしれないと思って、つい後回しにしてしまいました。」
「なるほど、そういうことだったのか。」
「だから、怒らないでください...」
謝り続ける女神セリカだったが、すぐに次の言葉が飛び出した。
「分かりました! 異世界転生しましょう!」
「えっ?」
「先任のことが気になりますし、リスクもあるでしょうが、このまま異世界がどんどん悪化するのは好ましくありません。それに、セリカ様のサポートがあれば、ある程度の安全は確保できるはずです!」
「はい、全力でサポートいたします!」
「それに、前世では味わえなかったワクワクやドキドキを体験できるかもしれませんし、これなら商談成立ですね。」
「カケルさん…はい! よろしくお願いいたします!」
少々の不安を抱えつつも、こうして利害が一致した二人は、異世界転生に向けて準備を進めることとなった。
「さて、転生の準備を始めましょうか…」
女神セリカは指先をクネクネさせながら、呟いていた。
「あ、あの…セリカ様?」
「はい?」
「一体何をしているのですか?」
セリカの動きが妙に気になり、思わず質問を投げかけてしまった。
「ごめんなさい! 今、カケルさんのステータスを作っていたところです。」
「ステータス?」
「はい、カケルさんが転生するフェルミオンワールドでは、ステータスが必須なんです。」
ステータスとは、持ち主の個人情報や身体能力、スキルなどが記載されたものらしい。
前世で言うところの、いわゆる「ナンバーカード」のようなものだろうか?
「そ、それで進捗は?」
「一応完成しましたが、まだ続きがあります。」
「続き?」
「次は肉体を作ります! 前世の体は灰になってしまったので、すべて1から作らなければなりません。」
そう言うと、女神セリカは再び指先をクネクネさせながら、深く考え込んでしまった。
「年齢は14〜16歳くらいで…幼さの残るショタ風で…でへへ…」
女神セリカはどうやら自分の思考が危険な方向へ進んでいることに気づいていないようだった!
「ちょっと、セリカ様! 今、ヤバイ方向に進んでますよ!」
「はっ、!! ご、ごめんなさい! うっかり趣味…神々の思考が暴走してしまって。」
この女神様…趣味って言おうとした…調子に乗ると少し危険な香りがする。
これからの転生準備、果たしてどうなるのか…!?
そして、十数分後・・・
なんだかんだで、レクチャーも完了して、異世界転生の準備は完了した。
「肉体は、異世界に転送しましたので、すぐに転生ができます。
最後にカケルさんから何か欲しい物はありますか?」
「欲しい物?」
「はい。例えば……スーパー◯◯◯人みたいな超パワーに変身できるとか、金銀財宝を貰って世界の財政を牛耳るとか? モテモテのハーレム王になるとか?」
「な、なんか壮大ですね……」
アニメネタの多さに、若干ドン引きする例題ではあったが、正直、転生できるなら問題ないかと思っていたので、あまり考えていなかった……
「うーん、欲しい物……」
そう考え込んでいた次の瞬間だった……
「乗り物に乗ってみたい……」
「乗り物ですか?」
「はい、子供の頃、親に貰った世界乗り物図鑑を読んでから凄くハマってしまって、その後も色々調べて、いつしかマシンオタクなんて呼ばれるようになってしまいました……レーサーになったのも、それがキッカケでもありますね。」
「なるほど、マシンですか……」
「あっ、でも、前世の異物なので、持ち込み不可なら他の案も……」
「できました!!」
「できたの!?」
僕が語っている間に、女神セリカは指先を尋常じゃないスピードでクネクネさせていた!! そして……
「こちらが、あなたの欲しがっていた物です。」
「僕が欲しかった物……」
「はい、エクストラスキル・名は、フルドライバーです!!」
女神セリカの手には、四角いキューブの様な物がフワフワ浮いていた。
四角いキューブが僕の手に渡ったとき、胸の奥に不思議な感覚を抱いた。
「フルドライバー……」
「私からは、これが全てです。ただ、最後に一言お伝えしたいことがあります。」
「何でしょうか?」
「あなたを死なせてしまったこと、心からお詫び申し上げます。そして、エレメンタルの回収を手伝っていただいくことにも、深く感謝いたします。あなたの第二の人生が、幸せに満ちたものであることを祈っています。」
「セリカ様…」
その時、いつの間にか光の量子が二人を包み込んでいた。女神セリカの穏やかな表情を見つめるうちに、僕のまぶたが次第に重くなっていく。
「それでは、行ってらっしゃい。カケルさん。」
彼女の声が遠くに消えていく。その瞬間、僕は深い眠りへと滑り込んでいった。