第14話 冒険者セナとの出会い
「ミラさん!!セナさんのこと、詳しく教えてください!!」
「カケルさん……でも……私はもう……」
ミラの目には、諦めの色が見える。それでも、僕の心には何か引っかかるものがある。
あの冒険者セナのことを聞ければ……彼女の抱える恐怖を克服するヒントが得られるかもしれない。
いや、きっと得られる、そう確信している。
これは……僕のカンだ。根拠なんて何もない。でも、どうしてだろう?頭の中で何かが確信を持ってささやいている。
〈くっ……なんて非科学的な考えなんだ……でも他に手立てもない。ええい!!こうなったら駄目で元々だ。僕は、この直感に賭ける!!〉
「ミラさん!!これが最後のチャンスかもしれません。セナさんについて聞けたら……まだ可能性は残っているかもしれない……」
僕は彼女を必死で説得した。
そしてついに、彼女が力強く頷いた。
「カケルさん……分かりました。私の知り得る限りを……全てお話しします。」
彼女は静かにそう言った。
10年前のあの日……
私を助けてくれた、冒険者セナ……
でも……次に気づいたのは私のベッドの上でした……
「……こ……ここは……?」
「ミラージュ!!」
「お嬢様!!良かった……意識が戻られたのですね!!」
〈あれ…?私……なんでベッドに……?〉
意識が混濁しているのか……私の周りにはお母様やメイド達……その時……なんで、こんなに心配しているのか分かりませんでした……
でも……ある一人の行動が全てを思い出させました……
「ミラージュお嬢様……お水をご用意しましたので、お飲みになるのが宜しいかと……」
タキシードに紳士的な振る舞い……その者は屋敷の管理を任せている執事の【カール】でした。
カールは、お父様が不在の時は屋敷を任されていて、とても頼りになる方です。しかし……
「う、うん……ありが……」
執事のカールに言われて、持ってきてくれたコップを取ろうとした瞬間でした……
〈ドックン、ドックン……〉
「え…?」
急に心拍数が上がり、周りの雰囲気も、おかしくなって……
最後は、私を襲った野盗の姿が現れました。そして……
「いやーー!」
ガシャーーン!!
「お、お嬢様!!」
悲鳴を上げた私が無意識に、カールが運んできてくれた水とコップを手で弾いてしまったのです……。
「はぁ、はぁ、うぇっ!!」
「ミラージュ!!しっかりして!!落ち着いて!!」
突然、泣き叫び、意識が混乱し、最後には嘔吐してしまいました……。
どうにか落ち着いたものの、結局、皆を部屋から追い出して、一人で籠もってしまいました。
「これが、ミラさんの……発作の引き金となった始まりですね……」
「……はい……それからは恐怖との戦いでした……」
翌日、私は怯えながら部屋に引きこもっていましたが、私のお抱えメイド【アン】が看病してくれました。
【アン・グレース(16歳)】
私が生まれた時から世話をしてくれている専属メイド。ベージュ色のロングヘアーで、肌もとても綺麗で、メイドというより貴族のご令嬢のような……それでいて非常に優秀で、マナーや作法、勉強まで教えてくれる、言わば家庭教師も兼任している完璧なメイドです。
そんなメイドのアンが私に近づき……
「お嬢様。今日は素晴らしい天気ですよ。」
元気な声で、私に話しかけてくれました。でも私は……
「……そう……」
「外の空気は新鮮です。少しお散歩してみませんか?」
「……いい……部屋から出たくない……」
「お嬢様……」
アンの呼びかけにも大した反応もできませんでした……私を心配してくれているのは分かっていたのですが……
「もう全部……嫌だ……怖い……」
全てが怖くなり、自暴自棄になっていた私……そんな時、一人では外に出る勇気も失っていたのです。
しかし、アンは負けじと私を引っ張り出そうとします。
「お嬢様!!このまま部屋に籠もっていてはダメです!」
「でも……」
「『でも』は許しません!!」
「…………」
「それに、今……お庭で面白いことが起きているみたいですよ♪」
「お庭?」
「はい!!とにかく行きましょう、お嬢様!!」
「う、うん……」
結局、アンの熱意に負け、私は渋々屋敷の庭園へ向かうことになりました。
「お嬢様、お庭のバラやお花がとても綺麗ですね!!」
「……そう……ね……」
〈こんなの……いつも見慣れた花じゃない……早く部屋に戻りたい……〉
〈スーーーッ〉
「あれ?」
その時、ふと何かが頭上を横切った気配を感じました。
「ん……?なんだろう?」
心の奥底では、安全な部屋に戻りたくてたまらないのに、同時にその何かに引き寄せられている自分もいたのです。
そんな気配を感じながら、足を運ぶと……その先のベンチで何やら賑やかな声が聞こえていました……
「お兄ちゃん、すごい!」
「お兄さん、どうやって動かしてるの!?」
「これは……素晴らしいです!」
中央の庭園にあるベンチを囲んで、子供たちの歓声が上がっていました。黒いフードをかぶった一人の青年が、子供たちとメイドたちに囲まれていたのです。
(あの人……誰?)
「皆さま、おはようございます」
「アンお姉ちゃんだ〜♪」
「アンさん、おはよう!」
アンは、優秀なメイドだけではなく人望も厚く誰からも信頼される女性です。皆こころよく挨拶してくれました。でも……そんな彼女ですが……
「おや……アン様、おはようございます」
〈ボンッ!!〉
「お、おはよう……ごじゃいます……セ、セナしゃま……っ」
〈モジモジ……〉
「お姉ちゃん、顔真っ赤!」
「しかも噛んだ〜!」
「そ、そんなことありませんっ!」
(えっ……あのアンが……取り乱してる!?)
私は目を疑いました。いつも冷静沈着なアンが、まるで乙女のように狼狽えているその光景に……。
「え、えっと……そ、そうです。皆さん、何を見てたのですか?」
話をそらそうとするアンの声が、震えていました。
「魔法の動物園だよー!」
「……え?」
私には、子供たちの言葉の意味がすぐには理解できませんでした。ですが――
「これだよ、見て!」
女の子が指差す先に、ふわりと浮かぶ光が……。
(え……蝶?鳥……?)
それは、水の魔法で作られた半透明な蝶や、きらめく輝く羽根の鳥。土でできた小さなゴーレムに、火の魔法で咲く光の花。
一面が、幻想的な魔法で彩られていました。
「き……きれい……」
思わず、息を飲み込みました……。
(なんで……確かに美しいげど……それ以上に……なんで……こんなにも、惹き込まれるの?)
すると――
〈パーン!〉
青年が両手を叩いた瞬間、すべての魔法が光の粒となって、空へと消えてしまいました。
「はい、今日はここまでです」
「えーーっ!」
「皆さん、朝食の時間ですよ? ちゃんと食べて、今日も元気に過ごしましょう」
「もっと見たかったのに〜……」
「明日も見せてあげますよ。それに、朝食の準備も私がしましたからね」
「ほんとー!?」
「お兄ちゃんのごはん、美味しいんだよ!」
子供たちは一斉に走り去っていきました。笑顔で手を振りながら、食堂へ向かって――
「セナ様、本当にありがとうございます。それでは、私たちもお手伝いに行きますね」
「はい。お仕事がんばってください」
メイドたちも仕事場へと戻り、残されたのは……私とアン、そしてあの青年だけ……。
(……なんなの?この人……でも……確か……あの時の…)
あの時の……助けられた光景を思い出そうとした瞬間……
「はじめまして。私は冒険者のセナと申します。このたびは、大変な目に遭われましたね」
彼は、静かに腰を下ろし、私に視線を合わせてきました。
しかし……
〈キャ!!〉
突然の事で驚いてしまい……腰が抜けたように尻餅を付いてしまいました……
(イ、イヤ……だ、だめ……目を合わせたら……また変になる……!)
私は泣きながらも必死に視線を逸らしました。しかし……予想外の言葉が返ってきたのです……
「大丈夫。怖くありませんよ」
そう言って、彼は私の頭を優しく撫でてくれたのです!!
(……え?)
不思議でした……。男の人に触れられるのは……怖いはずなのに、セナの手だけは、なぜか安心できたのです。
ふと目を向けると――彼の顔が、すぐ近くに。
「きゃっ!」
「……失礼しました。でも、やはりそうでしたか……」
「え……?」
「あなたは、“自分より背の高い人”を、特に恐れていらっしゃるようですね」
私は、息を呑んだ。思い返せば、私を襲ったのは大きな男たちだった。執事のカールのことも、怖かったのは背の高さかもしれない。
(だから……この人は、わざと同じ目線で……?)
「改めて申し上げます。私は、冒険者セナ」
「わ、私は……ミラージュ・リニアです」
「ミラージュ様……とても可愛らしいお名前ですね」
〈カーーーッ!!〉
「か、可愛いなんて……そ、そんなこと……っ」
思わず顔が熱くなるのを感じてしまいましたが……。
「オホン……それで、セナ様。これで良かったのですか?」
「ええ、アン様。ありがとうございます」
「……え? どういう意味?」
状況がつかめず、私は首をかしげてしまいました……。
「実は……今のミラージュ様では、私に会ってくださらないと思いまして……アン様にお願いして、中庭までお連れいただいたのです」
「――はぁぁぁあ!?」
「申し訳ありません、お嬢様。ですが、これが一番シンプルで早いと思いまして……」
「謀ったわね……アン……!!」
私はアンを思いっきり睨みつけてしまいましたが――たぶん、部屋にいたままだったら、本当に会わなかったかもしれない……。
「私からもお詫び申し上げます。ただ……どうしても急いでお話しなければならないことがありまして」
「……急ぎの話?」
セナの表情が、すっと引き締まり……
――そこから、空気が変わりました。
(この人……何を話そうとしているの?)