第12話 カケルの予感……そして怒り……
「何か知っているのですか?」
「ミ、ミラさん!!」
「お願いです!! 教えてください!! 何でもしますから!!お願い……セナさんの事を……私の先生の事を!!」
「せ、先生?」
彼女は、何を言っているのだ……個室で寝ていた彼女が唐突に現れるも、セナの名を聞いた途端、感情が爆発したかのように大声で僕に詰め寄ってきた…
しかも先生って……
「ミラ!! とにかく落ち着け!!」
「ラックさん……ご、ごめんなさい……でも……」
話がまったく見えないこの状況に困惑している僕を見かねて、ラックがミラを撫てくれた。
「ミラさん……僕もラックさんと同意見です。僕が知り得る限りですが、ちゃんと話もします……だから、少し落ち着きましょう……」
「う、う……」
泣き崩れる彼女を起き上がらせ椅子に座らせた……そして……数分後……僕とミラ・ラックは同じテーブルを囲み、そこには温かい紅茶が用意されていた。ラックが宿の料理人に頼み用意してくれたようだ……
「先ほどは……申し訳ありませんでした……」
「大丈夫ですか?」
「はい…………」
「なら良かったです。紅茶はリラックス効果もあるので、少しでも楽になれば話しやすいかもしれませんよ……」
まぁ……紅茶の効果はさておき、大分落ち着いたみたいで少し安心した。おそらく、ベッドからすぐに起き上がりそのまま僕らのいる広間にきたのだろう……ボサボサの髪にピンクのパジャマ姿……正直それも可愛いとも思ったが、今はそんな感想も言える状況では無い……
そんな彼女だ……普通の状態ではないはずなのだ。顔色も真っ青で、今にも泣きそうな顔をしている彼女をどうにか、しないとならない……
「ところで、先生はどうした?」
「先ほど、帰られました……私と少しお話をして、明日また問診に来るそうです……」
「そうか……」
どうやら、診察にきてくれた先生は、一旦落ち着いたミラを様子を見ることにしたようだ……だが、根本的な解決にはなっていない……ならば……
「ミラさん、ラックさんから話は聞きました……10年前の事件に関わる出来事を……」
〈ビクッ!!〉
僕は、10年前の話をすると同時にミラの態度が変わった……急に怯える仕草・顔色も更に真っ青になっていく……これは本当に話を進めて大丈夫なのか……不安でたまらない。しかし…………
「ミラさん……もし辛くて苦しいなら……この話はやめます……」
「えっ……」
「僕は、ミラさんの体調が第一です……もし何かあって取り返しのつかない事になったら……」
「俺もそう思う……ミラ……やはり部屋に戻って今は休んだ方が……」
「それは駄目!!」
しかし、ミラはラックのセリフを阻むように、言い換えしてきた……
「ミラ……」
「お願いします!!」
「…………分かりました……」
不安は拭えないが、ミラの意思も固いようだ……僕もこのまま話を進める事にした、。
「僕のいた世界……いえ、僕の国では、とても有名な名前です。アイルトン・セナ——彼は、伝説のレーサーでした」
一呼吸置いて、僕は続けた。
もちろん、この世界にF1なんて存在しない。だから僕は、彼を“ある競技の英雄”として説明した。
「いくつもの大会で優勝し、“音速の貴公子”と呼ばれるまでになった人物です」
「……じゃあ、その人が……?」
「いえ……確かに有名人ですが、ミラさんが出会ったセナさんは、おそらく別人です。」
「え!? どうして……何で言い切れるのですか!?」
「彼は……僕が生まれる前に事故で死亡しているからです……」
「し、死亡……でも……あの人は……」
ミラは僕の回答に驚き、反論してきたが……セナの存在に不安と困惑が渦巻いているようだ……
「推測になりますが、たまたま同姓同名だった別人、もしくは……名前を騙った偽物……かもしれません……」
もし後者なら……その人物も僕と同じように、記憶を持ったままこの“フェルミオンワールド”に転生してきたということだ。
女神セリカ様に確かめたいが、今は手段がない……。
とにかく僕は、知っている限りの“セナ”の情報をミラに伝えた。
「そ、そんな……うそ……」
「ここまで来て……」
二人とも、沈んでいくように肩を落とした。だけど、話はここで終わりじゃない。
むしろ、ここからが本題だ。
「……ミラさん、ラックさん。今度は僕の番です。僕からも……聞きたいことがある……」
声のトーンを変えて、静かに言った。
「……はい……」
「なんだ、カケル殿?」
「あなたたち……僕を利用しようとしてましたね?」
〈〈!!!〉〉
「なっ!!何を……」
流石にラックは驚きを隠しきれていない……ミラも先ほどから頭を俯かせているが、顔は強張っている……
「利用とまでは無くても、情報を得ようと接触してきた……って所でしょうか?」
「くっ………ど、どうして……そこまで……」
やはり、図星だった……完全に予感が的中したのだ…だが、僕はそのまま説明を続けた。
「正直……初めてあった時から違和感はありました……魔道具に乗って魔物を1人で討伐したり、魔法の使い方も常識から外れているみたいですし……何より得体の知れない人間をあえて詮索もしない……」
「そ、それは……」
「そう考えると、僕から何か得ようとするのが、一番辻褄が合うのですが……間違っていますか?」
ラックはみるみる表情が変わってくる……そして、覚悟を決めたのか……
「グッ……もはや…ここまでか……」
〈バーン!!〉
ラックは僕の目で飛びかかって来た……もしやこの期に及んで襲いかかるのか?……しかし、コチラもその可能性もあると判断して警戒はしていた……が……
「カケル殿!!申し訳ない!!」
「へぇ?」
いきなり、床に頭を着けて土下座の状態になった!!
「確かに、冒険者セナについて聞き出そうとしたのは事実だ!!もし、口を割らないようなら暴力行為もやむを得ないとも思っていた……」
「ちょ…ラックさん……」
「これは全て私の発案……ミラージュお嬢様には何も伝えてはいない!!」
「な、何を言っているの……ラックさん!!わ、私は!!」
「ミラージュ様!!これは私の独断なのです!!黙っていてください!!」
なんだコイツ!? 急に口調と態度を変えてきた。まさか……今までの罪を1人で抱えるつもりか!!
「カ、カケルさん!!ち、違う……違います!!」
「ミラさん……」
二人は、必死にお互いを庇い合っている。
その姿に、僕は腹が立った。いや、利用された怒りではない。
それよりも——
「ラックさん……立ってください」
「……あ、ああ……すまなっ——」
〈バキッ!!〉
「ぐはっ!!」
〈ガシャーーン!!〉
「いやーーーッ!!」
僕はラックを立たせた瞬間、反対の手で思い切り顔面を殴った!!
ティーカップが割れ、ミラの悲鳴が響く。
「ふざけるな!!」
「“私の独断です”!? “責任を取る”!? ふざけるのも大概にしろ!!」
僕はラックの手を貸した反対の手で顔面を殴り飛ばした!!
ミラも悲鳴を上げ、ラックも殴られた勢いでテーブルに打つかり、ティーカップも落ちて割れてしまった……
〈バキッ!!バキッ!!〉
怒りが爆発した僕は、倒れたラックに馬乗りになり、拳を振るい続けた!
「カケルさん!!やめて!! ラックさんが……ラックスが死んじゃう!!」
「……いいんだ、ミラお嬢様……。彼が気が済むまで、殴られ……グフッ……」
「ラ、ラックス……」
「いい加減にしろ!!」
その言葉が、僕の怒りにさらに火を点けた。
「僕が怒ってる理由、まだ分かってないのか!?」
「な、何……?」
「ミラさんのこの“病状”を、今まで放置してたことだよ!!」
「なっ!? ほ、放置なんて……!」
「したんだよ! “時間が経てば治る”とか、そう思ってたんじゃないのか!?」
「そ、それは……」
「しかも、僕に嘘までついたな? 発作は冒険者になってからも起きていたはずだ!!」
「……そこまで分かっていたのか……」
「当然だ……。そして、彼女の病名も、もう分かっている」
「わ、私の……病名……?」
「カケル殿……それは、一体……?」
深く息を吸い、僕は口を開いた。
これは……あくまで、前世で得た知識に過ぎない。でも、伝えなければならない。
「それは——“パニック障害”……」