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第一節 -盛者必衰-

 ———パルゲーア。嘗て、この世界には戦争があった。世界を闇へと陥れようとした大魔神を討ち払った7つの剣、セブンソード。一頻り、それら剣を手にした民は魔を討ち滅ぼさんと勢を一つにしていたかのように見えたが、その後の民は権力だの自由だのに目を眩ませ、世界を分つ争いを起こした。戦の名はバベルウォー。文化、制度、価値観、それらの差が国と国の勢力をさらに広げ、民は奪い合い、殺め合い、苦しみ生きた。

 その最中、とある国の王がこの戦乱の時代を終わらすべく、セブンソードの1つ、神々ノ乱を手にして立ち上がった。王の名は銀刄膳政(ゼンセイ)

 これは、人間がこの地に足を踏み入れるよりも遠い昔の話。そして、世界の中心に位置する国パーニズで起こった、奇跡と悲哀の物語である。






「ゼンセイ様、先ほど、このような物が。…南西のバルキからでしょう……」


 1人の家臣がゼンセイの前で正座をし、折りたたまれた紙を取り出した。


「読んでみせい。」

「はっ。………『東方パーニズのゼンセイ、貴殿の言う剣の放棄をもっての戦の終結には、少々疑問点が見られる。我々の地で直接話がしたい。』との事です……どうされますか………」


 彼は畳の上に紙をそっと置き、ゼンセイに問いかけた。すると彼は深いため息を吐き、口を開いた。


「………この時代だ。賛同できぬ者を殺めるのが最善かつ最短である状況もある。ヤツの言動次第ではバルキは滅ぶこともあり得るのだ。この神々ノ乱と、わしゼンセイの手によって…な。」

「……しかし、納得がいかないのにも一理あります。この戦乱の時代にセブンソードは必須。手放すわけにはいかないでしょう。それを、ゼンセイ様は……(つるぎ)流し……と。」

「不満か?」


 ゼンセイは瞳をぎらりと光らせ、家臣に向けた。彼は息を呑み、胸に緊張感を走らせる。


「い…いえ、決してそのようなことは……」

「わしも分かっておる。だがな、こうまでせんと戦は終わらんのだ。人々にとって、世を分つにセブンソードは強すぎた。」


 ゼンセイはそう口にした後に立ち上がり、襖の方へ歩き出した。思わず家臣は口を開く。


「ぜっ……ゼンセイ様っ!…どちらへ………」

「決まっておろう、バルキだ。すぐに兵を集めぃ。……戦になるやもしれぬぞ………」


 その後銀刄城から、ゼンセイを筆頭にペガサスに乗った騎馬隊がバルキへと飛び立った。











 バルキに降りてからは、目に映る光景に驚愕と胸糞の悪さを感じる以外無かった。広場に置かれた大きな鉄格子。その中に見えるのは、目や耳、腕脚を失った裸の女や子ども。それらは皆痩せこけており、すでに抗う事すらできぬよう調教されているように思えた。瞳に光が見えないのだ。その周囲を戯れる蛆や蝿、屋根の上から見つめるカラスの群れ。異臭漂う檻の前で、周囲に呼びかける男が3人ほど見えた。彼らは檻の中の者を隷人形と呼び、品として売っているのだ。その価値は女1人15000セリア、子ども1人9000セリア。傷の具合で多少の値の変化はあるものの、せいぜいそれほど。買ってしまえば、それらは奴隷にするなり犯すなり皮を剥いで食うなり自由。


「いらっしゃい!お客さん初めてかい?良い隷人形揃ってるぜぇ。」

「…16番の女、こっからはよく見えねぇが、良い(ツラ)してやがる。ちょっと近くで見せろ。」

「分かりましたぁ。少々お待ちを。」


 すると男は鉄格子の中を覗き、冷たい目で口を開いた。


「おい、16番。聞こえただろ。こっちに来い。」


 すると、腹部に16の焼き印をつけた女がゆっくりと立ち上がり、人を掻き分けて男の側に立った。客の男は口を開く。


「ほぉ……やっぱり顔は悪くねぇ。……っと、おい。左の胸が無ぇじゃねぇか。」

「あぁ…ちょっとねぇ。ついこの前、コレの子どもと思われる隷人形を売った時、騒がしかったんでねぇ。」

「そうかい。んじゃ安くしてくれよ。」

「へぇ。んじゃ13500セリアでどうでしょう?」

「高ぇ。10000だ。」

「くっ……まぁ、良しとしましょうっ。」


 その後、客の男は傷を負った裸の女を連れてその場を去った。彼女がその後、どのような末路を辿ったのかは、誰も知らない。知るまでもない。ここはバルキ。灰色の空の下、力ある者が力無きモノを支配する地だ。


「…………」


 ゼンセイ率いる騎馬隊は、ペガサスを歩かせてその場を通過し、城へ向かった。商店街に人の姿はほとんど無く、屋台や売れ残った商品の残骸だけが残っている。ようやく人の姿を見たと思えば、壁際に腰を下ろして酒を飲む者や、アクセサリーの破片を地面に並べて売る者だけだ。ゼンセイはそれらを黙って見つめる。すると、彼の背後の兵士が声をかけた。


「………ゼンセイ様、いかがなされましたか…?」

「……………無法の地と化したこの国……ダーインスレイヴがその元凶であるならば、一刻も早く無力化せねばなるまい。」

「…はい。仰る通りです。」


 彼らは進んだ。そして城の門の前まで行くと、2人のバルキの兵士に行手を阻まれた。2人は口を開く。


「止まれ。この先、国王陛下の指示に従ってもらう。」

「中へ進めるのは1人だけだ。」


 対してゼンセイは表情を変えず、ペガサスから降りた。背後の兵士たちは動揺した様子だ。


「わしが行こう。」

「ゼンセイ様っ!ここは私が——」

「下がっておれ。仕方あるまい。……通せ。」


 するとバルキの兵士は門を開き、ゼンセイを奥へ通した。辺りを見回して彼は歩く。門の先に広がる景色はまさに贅沢の具現化。建物の装飾や噴水、黒薔薇の花畑など、町の風景とはまるで違う。思えばバルキでは取り扱っていないような宝石の飾りが目に入る。この国は武力を重視し、他国への侵略のみでかろうじて生き永らえているのだ。戦乱の炎が広がり続けるこの時代、それらは当たり前の事ではある。だが、彼はそれを止めに来た。


「この先は名乗った者だけを通している。城に入りたくば名乗れ。」

「……………」


 入り口の大きな扉の前で、1人の兵士がそう口にした。他国からの客人、それもパーニズの国王。そんな彼に向けたこの口調。怒りを抑え込むには少々時間がかかった。しばらく兵士の顔を見つめ、ゼンセイは口を開く。


「パーニズ国王、銀刄ゼンセイだ。通してもらおう。」

「それともうひとつ。武器はここで預かる。その2本の刀を私に——」

「怖いのか?」

「何っ…………」


 ゼンセイは鋭い目をぎらりと光らせ、兵士に見せた。兵士はあまりの気迫に息を呑み、その後再び口を開いた。


「………国王の命令だ。さぁ、早く。」

「……………まぁよい。」


 ゼンセイはため息を吐き、2本の刀を兵士に渡した。すると大きな扉がゆっくりと開き、城の内部を見せた。華美とは言えない落ち着いた雰囲気だ。甲冑の飾りが多い。


「入れ。国王はこの先を真っ直ぐ行った先におられる。妙な動きはするなよ。」

「……妙な動き……とな………まったく……」


 ゼンセイはそう口から溢し、城の中へ入った。中は広々としている。だが、人の姿が無い。少しばかり、影になった場所が多いように見える。ゼンセイは周囲に目を配り、階段を上がった。そして、目の前に現れた大きな扉。この先が玉座の間だ。


「…………」


 この時、彼は妙な気配を薄々と感じ取っていた。だが、彼はあえてそれには反応することなく、扉の前で口を開いた。


「パーニズ国王、銀刄ゼンセイだッ!!通してもらうぞッ!!」


 その声は辺りに響き渡った。すると、彼の前の扉がゆっくりと開き、大きな玉座の間を見せた。奥に座るのはバルキ国王のルヴィガモだ。その隣に立つのは勇者ヘヴニール。セブンソードの1つ、ダーインスレイヴを持つ男だ。そして、2人の元へ向かうまでの道の左右に配置された複数の兵士。客人が無防備であるのにも関わらず、この光景は異常だ。ゼンセイは前へと進む。


「これはこれは、パーニズの王ゼンセイではないか。遠方からよく来たものだ。」


 ルヴィガモは頬杖をつきながらそう口にした。複数の兵士の間を歩き、彼の前で立ち止まったゼンセイは彼に返す。


「ルヴィガモよ。貴からの(ふみ)の通り、こうして参ったぞ。聞かせてもらおう。疑問点とやらを。」

「剣流し…であったか?…… 剣の放棄をもっての戦の終結……本気で考えておるのか?」

「あぁ。この時代に、まさか偽りの(ふみ)を送るだろうか。」

「では1つ問おうゼンセイ。我が国が誇るダーインスレイヴ。それをこの私が易々と手放すと思っておるのか?」

「手放せ。」

「甘いな。」


 その瞬間、誰もが息を呑む緊張感が周囲に広がった。2人は共に鋭い視線を向け合っている。


「銀刄ゼンセイ。今の世は武力あってのものだ。それを武力の放棄による世界平和だと……フッ……愉快なものだなぁ。」

「誰が世界平和を望むと言った。」

「……何っ………」


 ルヴィガモは身を乗り出した。ゼンセイは続けて口を開く。


「あくまで望むのは戦の根絶だ。他国の、武力の放棄による…な。最も、ルヴィガモよ。貴が誰よりも素早く目をつけると思っておうたが、どうやらとんだ期待外れだったようだな。」

「何をぉ…」

「この剣流し。我が国の神々ノ乱は流さぬ。この先はパーニズの武力を恐れながら貿易に励むがよい。」


 ゼンセイのその言葉を聞いて、怒りを噛み締めるルヴィガモ。隣に立つヘヴニールや周囲の兵士たちは攻撃の指示を待っている様子だ。だが、ルヴィガモは下を向き、肩を揺らすように笑い始めた。


「……クッ…クク……ククククッ…」

「………何がおかしい。」

「今や丸腰の貴様が、よくもまぁ大きい口を利けたものだ。まさか、敵国のド真ん中で易々と兵士を置いて、更には武器まで預けるとは……とんだ馬鹿もいたものだなァ!!さすがは礼儀作法をまもる生真面目なパーニズの民だァ!!ハハハハハハハハァァ!!」


 ルヴィガモは笑った。大きく口を開き、両脚を振り、腹を抱えて笑った。ゼンセイはただそれを黙って見つめる。


「剣流し…と言ったなぁ?思えば良い考えだゼンセイ。……兵は手配した。今頃、貴様の神々ノ乱は海を渡っていることだろう。パーニズの剣流しは完了だァ!!ハハハハハハハハァァッ!!」

「…………」

「何も言えまいッ!!何も出来まいッ!!ハハハハァァ………しかしなぁゼンセイ。このルヴィガモは、同じ王として貴様に情けをかける。せめて、貴様のもう1つの刀、銀刄で息絶えるがよいッ!!」

「なに、銀刄()あるのか。」


 次の瞬間、ゼンセイは背後から突き出された刃を目視せずに避け、刀を握る兵士の手を握り潰しながら、彼を殴り飛ばした。


「グフォ゛ォ゛ッ…!?」


 銀刄の名が刻まれた刀は、ゼンセイの手に握られた。騒然とするルヴィガモや兵士たちに、彼は口を開く。


「我が国パーニズが、これしきで沈むと思うなよ……ルヴィガモ。」

「なっ……何をしておるッ…!!殺せェッ!!ヤツを殺せェェィッ!!」


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」」


 兵士は一斉にゼンセイに飛び掛かった。対するゼンセイは刀を構え、目を閉じる。そして——


「“炎獅子乱舞”ッ!!」


 銀刄の刃に火炎を纏った獅子が宿り、兵士を次々と斬り払っては燃やした。その後、部屋の外からも複数の兵士が駆けつけ、ゼンセイに刃を向けたが、刃を交える事すら敵わず斬り殺された。


「……ッ!!ヘヴニールッ!!ヤツを殺せッ!!ヤツはセブンソードを持っておらんッ!!」

「えぇ。お任せ下さい国王陛下。このヘヴニールが、ダーインスレイヴの力をお見せしましょう。」


 するとヘヴニールは鞘から漆黒の剣を抜き、構えた。火炎の山を背にしたゼンセイも彼に視線を向ける。


「来いッ!!」

「フッ…!!」


 ヘヴニールは飛び掛かり、漆黒の刃を振った。ゼンセイはそれを確実に避けていく。だが、敵が握るのは嘗て大魔神を討ったセブンソード。振った瞬間に耳に響く鋭い音が、その強さを物語っている。


「なるほど、さすが勇者。見事な剣捌きだ。」

「フン…どうした。避けてばかりでは、このヘヴニールを倒す事はできんぞ?…やはりセブンソードの前ではその刀も振れぬか?」


 攻撃を避け続けるゼンセイ。するとヘヴニールは剣を引いて構え、勢いよく突き出した。


「“ブラックホールスラスト”ッ!!」

「ッ!!」


 ヘヴニールが突き出した剣の先から漆黒の渦が現れた。ゼンセイは同様に攻撃を避けたが、今度は何かがおかしい。現れた黒い渦が徐々に大きくなり、周囲の空間を吸い込んでいるのだ。


「……“狐火”ッ。」


 すぐさまゼンセイは緑の炎の面を顔に当て、床を強く蹴って後ろに下がった。攻撃はなんとか免れた。しかし漆黒の渦は膨張を続け、彼が積んだ燃える死体の山を吸い込んだ。闇に呑まれたそれらは骨を砕く音や肉を捻り千切る音を響かせながら形を変える。そして、渦が消えると、呑み込まれた死体の山もその場から消えた。


「おっと…剣の養分になり損ねましたなぁ、銀刄ゼンセイ。」

「……血肉を喰らい力とする魔剣、ダーインスレイヴ……よくもまぁ英雄の剣と讃えられたものだ。」

「英雄ではない、覇者の剣だ。血を浴び喜ぶこの剣こそが、この世を統べるに相応しい!ひれ伏せィ!!最早セブンソードを持たぬパーニズ王など敵ではないわァ!!」


 すると、ようやくゼンセイは刀を強く握り、構えた。


「……覇者…となぁ………屍の血肉のみ喰らい、わしを喰らえぬ剣を持ってよく言えたものだ。口を閉ざせ。我が銀刄流奥義の前に覇者は現れぬ。」

「ほざけェゼンセイッ!!“ブラックウェーブ”ッ!!」


 ヘヴニールが漆黒の剣を高く挙げると、城中の影が流れ出し、それらはすぐに荒波と化した。


「影の波に呑まれろォッ!!貴様も影の仲間入りだァッ!!民に踏まれて生きるんだなァッ!!フハハハハァァッ!!」

「……“閃光一線斬り”。」

「フンッ、無駄だぁ…影の波からは逃れられ———」


 次の瞬間、彼の視界からゼンセイの姿が消えた。そして、彼が見る世界は上を向き、宙を舞い、回り、そしてルヴィガモの膝の上に乗り、彼の脚を赤く染めた。


「う…うわァァ゛ッ!?」


 ルヴィガモは膝に乗った物を投げ捨てた。それは床を転がり、ゼンセイの足元で止まる。ヘヴニールの頭だ。影の荒波に触れた者を影にするという技を、ゼンセイは一筋の光となって回避し、一瞬でヘヴニールに近づいて首を刎ねたのだ。ゼンセイは怯えるルヴィガモに口を開く。


「その様、戦を知らぬな?戦とはこれぞ。猛き者の命さえ儚く散りゆく。散ればそれまでよ。さぁ、バルキ国王ルヴィガモよ。向かって来い。これは戦だ。」

「………っく………調子に……乗るなよッ……!」


 ルヴィガモは拳を握り締め、怒りと恐怖を噛み締めた。バルキ国王ルヴィガモ、彼は王家の血を引いており、物心ついた時には既に兵を駒とする地位についていた。そのため、その目で戦を見たことが無く、血を見たことも無い。加え、先ほど膝に乗った首の重さが生々しく感じられた。今にでも胃が返りそうだ。


「……王自らが武器を握らぬ国が、この世を支配できると思うなよ。朽木糞牆(きゅうぼくふんしょう)空理空論(くうりくうろん)狂言綺語(きょうげんきご)尸位素餐(しいそさん)。全て貴に相応しい言葉よ……」

「………っ、意味は分からんが……貴様、このルヴィガモを馬鹿にしておるなァッ……!」


 怒りに震えるルヴィガモを見て、ゼンセイは鼻で笑った。


「馬鹿になどしておらん。身の程を知れば頭も冷えると思うてな。」

「…ぅぐぐぐ……ぉ…おのれ゛ェェッ!!」


 ルヴィガモは怒りに身を任せ、剣を手に取って飛び掛かった。彼の目に映るゼンセイは刀を構えず立っている。勝った。彼はそう思った。ゼンセイは多くの兵を討ち、余裕を見せている。そうに違いない。ゼンセイはその油断によって命を落とすのだ。ルヴィガモは笑った。そして彼は剣を握ったままゼンセイの横を通り過ぎ、膝をついて倒れた。冷たい床に、真紅が広がっていく。とうとう彼は呼吸を止め、冷たく固まった。


「……我が道、咲き乱れるは韓紅花(からくれない)。今、バルキは一色(いっしき)に染まった。」


 ゼンセイは振り返り、ルヴィガモの亡骸を見つめた。そして、その先に転がる屍———


「………なにッ……」


 へヴニールの死体がない。そして、あの剣も。静まり返った玉座の間で1人立つゼンセイは、刀を握り締めて気配を探った。


「…………何者だ……姿を現せ……………ッ!!」


 その時、ゼンセイは一瞬の空気の乱れを感じ取り、刃で攻撃を受け止めた。飛び散る火花、鳴り響く刃の音。ゼンセイが握る銀刄が受け止めたのは漆黒の刃、ダーインスレイヴだった。そして、それを握る者の姿を見つめ、ゼンセイは眼を鋭く光らせる。


「………なるほど……一度引き抜けば、相手の血肉を吸い尽くすまで鞘には収まらぬ魔剣。…伝説は(まこと)であったか。」


 ダーインスレイヴを握っていたのはへヴニール。だが、彼に首はない。剣が屍を操り、刃を向けたのだ。だが、恐ろしいのはその力だ。先ほどのへヴニールとは比べ物にならないほどの腕力と俊敏さ。ゼンセイは初めて食いしばる歯を見せた。


「……ッ!やるッ……!!」


 ゼンセイは屍の腹に足を捩じ込み、蹴り飛ばした。だが屍は着地し、漆黒の剣を握り締めて再び飛び掛かる。ゼンセイは刀を構えた。


「“炎獅子乱舞”ッ!!」


 刀は炎を纏った獅子を宿し、屍に襲い掛かる。だが、屍は漆黒の刃で火炎を斬り払い、ゼンセイに接近する。


「……“鬼火”ッ!!」


 彼は青い炎の面を顔に当て、頑丈になった左腕でダーインスレイヴの刃を受け止めた。袖に血が滲む。そして、彼はその一瞬を逃さず、銀刄を上に振った。屍の右腕は切断され、彼の左腕にはダーインスレイヴとそれを握る右手だけが残る。


「………………ッ!!」


 ダーインスレイヴを失った屍は倒れた。だが、彼の左腕に残った漆黒の刃と右手は、未だ力強く振り下ろされている。銀刄ゼンセイ、最早彼には手段を選ぶ時間などなかった。


「……ッあ゛ぁ゛…ッ…!!」


 ダーインスレイヴは、ゼンセイの左腕を斬り落として床に落ちた。彼は血が流れ落ちる腕に右手を添え、足元に落ちたダーインスレイヴに口を開く。


「………片腕など……くれてやるッ………………ッ、この剣……流すことは不可能か……ならばッ…!!」


 ゼンセイは膝をつき、銀刄の柄頭を漆黒の刃に振り下ろしてダーインスレイヴを砕いた。その後、その黒き剣は誰にも握られることはなかったという。






 城の門の前で待っていたパーニズ兵は、ゼンセイの姿を目にして口を開いた。


「ゼ……ゼンセイ様ッ!!剣は……ダーインスレイヴはッ……」

「ゼンセイ様ッ!!……ッ……その腕……一体何がッ…!?」


 兵士たちは騒然とした様子だ。無理もない。対してゼンセイは1人の兵士から貰った包帯を左腕に巻き、冷静な表情で答えた。


「ダーインスレイヴは破壊した。あの剣は流せん。……ペガサスに乗れ、帰還するぞ。」

「…は…………………ハッ!」


 ゼンセイ率いるパーニズの兵士はペガサスに跨り、パーニズへと飛び立った。











 ———セブンソード。嘗て大魔神を討ち払った7つの剣は、各大陸を領地とした。北西のイリーグはエクスカリバー、その東の大陸にあるローアはクラウ・ソラス、北東の北ラスカンはアポカリプス、南東の南ラスカンはアロンダイト、南西のバルキはダーインスレイヴ、海に囲まれた大陸にあるオーリンはテスタメント、そして世界の中心に位置するパーニズは神々ノ乱を持ち、それぞれ国力を高めた。

 話は遡り、大魔神との戦闘前にパーニズでは神々ノ乱を巡る争いがあった。叢雨(ムラサメ)家、神楽(カグラ)家、雲龍(ウンリュウ)家、金刄(キンジン)家、鞍乗(クラノリ)家、牙禮(ガレイ)家、獄央(ゴクオウ)家など、それぞれの家刀と奥義で殺し合ったのだ。戦いの末、神々ノ乱を手にしたのは銀刄家だった。そして銀刄膳政(ゼンセイ)、彼はその血を引くパーニズの王である。彼の言う剣流しとは、神々ノ乱を除くそれら6つの剣の放棄による戦争の終結、そして世界の統治が目的であった。






「それで、剣流し…と。」


 空と海の青さに包まれたオーリン、その山奥にある祠でゼンセイは神父ビーロと話していた。残り5つの剣の放棄を要求する彼の口から、世界の統治という言葉は出ない。そのため、各国の剣の持ち主にとってゼンセイという男は、ただ世界平和を願う滑稽な王と思われるばかりだった。また、綺麗事を並べた戦からの逃亡者と罵る者もいた。


「そうだ。……貴の背後に見える剣、テスタメントだな?」

「あぁ、そうとも。」


 2人は祭壇に飾られた剣を見つめた。綺麗に手入れされてはいるが、大魔神が姿を消してから十数年間、誰かの手に握られたような様子はない。


「パーニズ王ゼンセイ、あなた方はよくご存知のはずだ。大魔神に最後の一撃を与えたのがこの剣、しかしその代償を受け、勇者ポイニキスは不治の病で亡くなった。それからこの剣を手に取る者など1人もいない。」

「………大いなる悪を討つ宿命……遺言(テスタメント)……」

「そういう事だ。いずれにせよ、この剣はここに置いておきたいのだ。それに、この祠はオーリンで最も天に近い所に位置する。わざわざ海に流さずとも、いずれ天界の者が持ち去るだろう。神話通りであればな。」


 神父はそう口にしてゼンセイを見つめた。しばらく沈黙が続き、再びテスタメントの刃が目に映った後、ゼンセイはため息を吐いて口を開く。


「剣流しとは言えど、本質は剣の無力化。……神父ビーロよ、貴を信じよう。その剣が天に帰る時、文を1つ送ってくれ。」


 彼のその言葉を聞いて、ビーロの肩の力は一気に抜けた。


「……あぁ、そうしよう。ところで、その左腕は……」

「あぁ、先日のダーインスレイヴとの戦闘でな。腕は問題無いのだが、神々ノ乱も失ってな。」

「……そうであったか。」


 数日前の出来事とは言うものの、その肝の据わり様には神父である彼にも動揺があった。


「しかしゼンセイ……あなた方が剣流しをやめぬ限り、バルキのように反抗する国もあるはずだ。その時はどうする……?」

「その国の王や勇者を切り捨ててでも、剣を流す。」


 ゼンセイの目は鋭かった。命ある限り、彼は自身の信念を貫き通すだろう。ビーロはそう思った。


「ではビーロ、これからはオーリン、サイス、ジードとの貿易のためにパーニズの門を開けておこう。ここで取れる魚は美味いと聞く。」

「あぁ…確かに、ここの魚は美味い。あと茶もな。」


 ゼンセイはそれを聞くと椅子から立ち上がり、ビーロに背を向けた。すると、扉へと歩くゼンセイにビーロは立ち上がって口を開いた。


「ゼンセイ、最後に1つだけ聞きたい。」


 ゼンセイはゆっくりと振り返る。


「……なんだ。」

「あなた方の行いは野望にも見える。賛同しない者を殺すほどだ。そんなあなたがこの国の剣流しを見逃した理由は何だ……?」


 再び目に映ったゼンセイは、鋭い視線を送っていた。気に触る質問であっただろうかと、つい口から溢してしまった事にビーロは後悔したが、ゼンセイは少し間をおいた後に話す。


「海岸や森で見かけたあの魔物……名は何という。」

「………デカ…ハム………のことか…?」

「ほぉ、デカハムか。パーニズに多く欲しいものだな。娘が喜ぶ。」


 ゼンセイの意外な発言に、ビーロは開いた口が塞がらなかった。


「あのような温厚な魔物と暮らしを共にしておるのだ。この島の者も皆温厚であろう。それが理由だ。」

「は……はぁ。」

「そうだな…我が国に生息する魔物と交換しよう。スシープというのだが、よい魚が取れるこの島の方が過ごしやすいだろう。安心せい、スシープもデカハム同様、温厚だ。」


 その発言は、彼の鋭い目には似合わない。だが、機嫌が良さそうなのは分かる。ビーロは彼に答えた。


「……あ…あぁ、良いだろう。……すまないがもう1つ質問させてくれ。……そのスシープとやらは、主に魚を食べるのか?」

「いや、魚は背に乗せる。」

「………なぜ……」

「さぁな。特に意味は無いらしい。」


 そしてゼンセイはペガサスに乗り、パーニズへ飛び立った。上空から見る空や海は広い。だが、それらはいずれ自身の手に入る。彼の変革はまだ始まったばかり。いや、始まってしまっているのだ。前進の他は許されない。彼が次に休まるのは、剣流しの完遂後か、それとも死か。











 それから数日の時が過ぎた。陽が西に傾き始めた頃、パーニズの銀刄城はまたしても慌ただしさを見せていた。


「ありがとうございます。これで助かります…」

「いいんですよぉ。カンナ様のためですもの。私の子には毎日十分すぎるほど飲ませてますから。」

「そう…ですか。本当にありがとうございます…」


 ゼンセイには1人の娘がいる。まだ言葉を交わすには幼く、人の善悪も分からない。この娘が産んだ母、妃奈(ヒナ)は病弱であった。それゆえ、娘を産むには体力が不十分で、娘の出産を優先してこの世を去ったのである。


「カンナ様の食事をお持ちしました。」

「そうですか、ではこちらへ…」


 名は銀刄神奈(カンナ)。母を知らぬ幼い彼女は、数人の侍女によって育てられている。カンナにとっての食事というのは母乳の事を言うが、母がいないため毎日乳の出が良い者から分けてもらっているのだ。それが叶わぬ日は家畜の乳を薄めたものを与えている。そんな貴重な栄養を分けてもらう彼女に冷ややかな視線を向ける者は1人もいなかった。それは、幼くして母を亡くした哀れな姫だからという理由ではない。カンナは誰に教わったのか、食事の前は必ず手を合わせて頭を下げるのだ。


「ではカンナ様、口をお開けください。」


 侍女頭が器を片手に、乳を染み込ませた布をカンナの口に近づけた。彼女は静かにそれを咥える。


「カンナ様は心優しい姫様になることでしょう。パーニズの未来は明るいかもしれませんね。」

「そうですね。……しかし、王座につくのは男というのがこの国の掟。加えゼンセイ様は『生涯愛するは1人』…と……。銀刄家の後継問題……ゼンセイ様はお考えになっているのでしょうか……」


 すると部屋の襖が開き、ゼンセイが入って来た。その様子から見るに、彼の耳に今の話は入っていないようだ。彼は布を咥えるカンナに歩み寄る。


「苦労をかけるな。またしばらく城を離れる。カンナを頼んだぞ。」

「……今度はどちらへ行かれるのですか……?」


 カンナを見つめるゼンセイに、乳を与える侍女頭が問いかけた。


「北ラスカンだ。今回はオーリンのようにはいかぬであろう。」


 彼はそう口にした後、振り返って歩き出した。すると侍女頭が近くの侍女にカンナの食事を託し、ゼンセイの後を追う。


「ゼンセイ様っ。」

「何だ。」

「オーリンのようにはいかないというのは…また刃を交えるという事にございましょうか…?」

「そうだ。」


 部屋を後にし、歩みを進めるゼンセイ。そんな彼の失った左腕を見つめ、侍女頭は続けて口を開く。


「ゼンセイ様の剣術は銀刄流奥義。並ぶ者が無い、まさに無双と言えるものです。ですが、向かう先に待つのはセブンソード……。もしまたバルキの時のような事があれば、危ういのはゼンセイ様の身だけではないのですよ……?」

「剣流しは後の世のために必ず遂行せねばなるまい。…たとえこの身が滅びようと。」

「この身が滅びようと…ッて、その後の統治はどうなるのですっ!?カンナ様はまだ幼いうえに姫であって王位は継承できませんっ!後継だって不安定なのですよ!?それに、カンナ様との面会も少ないではありませんかっ……ゼンセイ様もカンナ様も…不憫でなりませんっ…」


 すると2人の前に1人の兵士が現れ、膝をついて口を開いた。


「ゼンセイ様、出撃の準備が整いました。」

「そうか。日没までには北ラスカンに降りるぞ。…外で待っておれ。」

「はっ!」


 兵士は立ち上がり、その場を後にした。ゼンセイは深くため息を吐き、侍女頭に目を向ける。


「剣流しはカンナのためでもあるのだ。既にわしの手は返り血で汚れておる。ゆえに我が娘に戦を見せたくはないのだ。戦場で刀を振ることしかできぬわしには、父親としてあるべき姿が分からぬ…………これが…この剣流しこそが……わしが娘のためにできる唯一の事なのだ。」

「…………………やはり…不憫でなりません……」

「戦ゆえよ……」


 ゼンセイはそう口にすると、立ち竦む彼女を置いて歩き出した。彼女の目に映る彼の背中は、どこか寂しさを感じる。






 陽が水平線に沈み始め、燃えるような夕焼けを見せる頃、ゼンセイ率いるペガサスの騎馬隊は北ラスカンの街に降り立った。この国は大魔神との総力戦前に様々な国の実業家や起業家が移り住んだことにより、多くの人種が入り混じる国となった。人々の多くは自由の国と呼ぶ。また、混沌の国と呼ぶ者もいる。他国と比べて入国の受け入れが優しく、発展を続けている国ではあるが、その自由の仮面の裏には人種差別や経済的格差などの問題が多く見られる。


「あっちへ行ったぞっ!捕まえろッ!!」


 鞭や拳銃を持った男達が走り回っている。彼らは街で見かけた窃盗犯や懸賞金をかけられた犯罪者をいち早く見つけ、牢に送り届ける事で手に入る大金を糧に生きるハンターと呼ばれる者たちだ。一見善行のように思われるが、ハンターの多くは職が無いがために行っており、本来犯罪を取り締まるソルジャーの役目を横取りしているのだ。また法律上、少しでも疑いをかけられた者はあらゆる権利を失うため、ハンターが誤って殺めてしまった場合は処罰が無効となる。殺人を愉悦とする者にとっては天職とも言える。


「………自由の国……か。自由とは恐ろしいものよ……」


 ゼンセイの呟きは、一行が駆るペガサスの蹄の音で掻き消される。彼が率いる兵の数は20。街を歩けば当然目立つ。しかし、これもゼンセイの策。必要最低限の兵を同行させ、その様を城下町で晒すことにより、その国の王の様子を伺うのだ。さらに、今回はある事を考慮し、別の策を講じている。それは——


「…うッ!!……かはッ!!」


 突然、銃声が響き渡り、ペガサスに乗った1人の兵が地面に落ちた。狙撃だ。周囲は建物に囲まれており、死角になる場所も多い。だが、これもゼンセイにとっては想定内。むしろ好都合と言っていいほどの出来事であった。


「あの建物だ。連れて来い。」

「ハッ!!」


 ゼンセイがそう口にすると、1人の兵士がペガサスから降りて走って行った。彼の顔は笠で隠れており、黒い衣が身を包んでいる。走る彼の背を見るゼンセイらも同様に笠で顔を隠し、黒い衣を着ている。狙撃に倒れた兵の顔や服装もそうだ。別の策とはこれである。北ラスカンは火薬の原料が多く採れる地で、銃や爆弾の製造は世界的にも有名だ。そのため、狙撃の可能性を疑うのが自然である。一行の外見を統一し、ゼンセイを隠す。古典的ではあるが、狙撃手の目眩しにはいい方法だ。


「やはり…撃ってきましたね……先を急ぎますか?」

「いや、ここで待つ。こうとなれば話が早い。最も分かりやすい方法で事が進むのだからな。」


 振り向き問いかけた兵士にゼンセイはそう答える。銃声を聞き逃げ惑う人々。周囲は混乱に堕ちた。すると、先ほど胸に弾丸を受けた兵士がゆっくりと起き上がり、黒い衣についた砂を手で払った。まるで何事もなかったような様を見せる彼が身に付けていたものは鉄板。一行は黒い衣の下に防弾用の装備をしていたのだ。そしてしばらくすると、ゼンセイらの前に狙撃手らしき男が連行されてきた。その者はゼンセイの兵士によって既に動けない姿になっていた。手足の骨は砕かれ、両目は斬り潰されている。


「ゼンセイ様、連れて参りました。」

「うむ。貴もまた話が早い。ではこれを餌に待つとするか。」


 手足と視界の自由を奪われた男は声を振るわせて恐怖した。何が起きているのか、これから何が起こるのか、自分はいつ殺されるのか。最も恐怖したのは、結果的に王の足手纏いになったことだ。


「…………」


 しばらくの間、周囲の混乱のみが耳に入った。先ほどまで感じていた狙撃手の気配は消え去っている。ここで再び狙撃をすれば、一般市民を巻き込む可能性があり、人質となった男を撃ち殺す可能性もある。陰に身を潜める狙撃手達はものの数分で無力となった。こうなれば敵が起こせる“事”はただ1つ。


「……来たな。」


 一行の前にフロックコートを着た1人の男が現れた。右の腰には拳銃、左の腰には剣を装備している。その剣はアポカリプス。大魔神を討った勇者の剣だった。


「…その剣………貴がジョインソンだな。」

「フン、気安く名を言ってくれる。光栄に思うがいい、私が今こうして貴様の前に出向いたというのだ。」


 彼の名はジョインソン。富と自由に魅了された王こそ彼である。彼が創りあげた国は類を見ない財力を有しており、世界最高の発展国と言っても過言ではない。その証拠に、この国には銃が存在する。その理不尽かつ刹那的な武力こそが国の発展を促し、その傍らで経済格差を生み出しているのだ。しかしジョインソンは自らが生んだそれら弱者に興味はない。


「それで?サムライモンキーが何の用だ?まさかその兵力と武装で、この国を堕とそうなんて考えてないだろうなぁ。」

「国を堕とす……それは勿体無い。その腰の剣を流し、無力化した後にこの国を貰う……………つもりだったのだがなぁ、少々気が変わった。」


 ゼンセイはそう口にするとペガサスから降り、鞘から銀刄を抜き構えた。


「ついでに貴の首も貰うことにした。ジョインソン、死するは貴のみで十分よ。」

「フッフッ……首を貰うだと?笑わせるッ!とれるものならとってみろォ!!」


 するとジョインソンは拳銃を取り出し、爆ぜる火薬の音とともに2発放った。その直後鳴り響く2つの鋭い音。ゼンセイは弾丸を斬り落とした。


「どうだ、貴よりよほど速く動く物を斬ってみせたぞ。」

「フン…それくらいは想定内、ほんの挨拶代わりだ。………ん?」


 ジョインソンはあるものを目にした。ゼンセイが弾丸に刀を振った後、彼が身に付ける黒い衣がふわりと上がり、失った左腕の包帯が顔を見せる。ジョインソンは笑った。


「おいおいおいおいっ、どうしたその腕はぁ!セブンソードを持つ王にしては滑稽な姿だなぁ!…っと待てよ?その刀、神々ノ乱ではない………フッ…ハハハハッ、舐められたなぁ〜……それで勝てると思ったのか?」

「では何故わしはこうして貴の前に立っている?」

「能無しだからだろうがッ!!」


 再びジョインソンが向ける銃口から弾丸が放たれた。その数4発。先ほども発砲したが、彼の射撃までの速度と着弾地点の正確さは並大抵のガンマンを遥かに上回る。しかし、その射撃センスの良さが反対にゼンセイの反応速度と精密な剣捌きを招く。強者には強者の動きが見えるというのはまさにこのことである。先ほど同様、ゼンセイはそれらの弾丸を斬り払った。


「能無しは貴であろう。そのような豆鉄砲はわしには通用せぬ。いつまでそうしているつもりだ?」

「ほぅ……なかなかやるではないかサムライモンキー。では弾をもっと増やすとするか…」


 ジョインソンはそう口にすると、懐に腕を入れて何かを掴んだ。ちょうど彼が握る拳銃にはもう弾は無い。装填をするつもりだろうか。


「弾を増やす…か。しかし、わしの刀を潜り抜けるほどの弾がはたしてあるのか?」

「フッ……弾ならいくらでもあるさ………この国にはなァッ!!」


 その時、ジョインソンは懐から取り出した物を天高く放り投げた。舞い散ったのは無数の紙。しかしただの紙ではない。書かれていたのはゼンセイの名前と顔、そして彼に懸けられた懸賞金だ。その額、20億セリア。この瞬間からゼンセイに対するあらゆる権利はこの国から消滅し、彼を生捕りにするも殺すも自由となった。先ほどまで逃げ惑っていた人々は足を止め、ゼンセイに刃や銃口を向ける。それだけではない。暗い路地裏からも金の匂いを嗅ぎつけた浮浪者達がぞろぞろと湧き出ては彼ら同様に目を光らせた。


「さぁ集まれ!!ヤツを葬れば20億セリア!!2、3代までは裕福に暮らせるほどの金だぁ!!自由をその手で掴み取れェッ!!」


「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」」


「………ジョインソン、これが貴が創造した自由の国かッ………!」


 大地を揺らすほどの雄叫びに、ゼンセイの兵達はついに刀を構えた。ゼンセイとジョインソンの1対1の戦いを邪魔することなく見守るつもりだったが、こうとなればやむを得ない。ゼンセイ含め、彼らは一般市民をも殺める事を覚悟した。


「ゼンセイ様っ……」

「分かっておる。所詮敵国、自ら滅びの道を選んだと思え。道を阻む者は全て斬り捨てよ。」


 刀の光沢に有象無象の自由に魅せられた顔が映り込む。もはや人質の男も使い物にならない。兵士がその男を投げ捨てると、その一瞬に隙を見たのか、数人の男達がナイフを握って飛び掛かった。


「ハァッ!!」


「うっ…ガハァッ!!」

「うわァァッ!!」


 刀を振った兵士は血飛沫を浴びた。その刃から伝わる肉と骨の細さから、彼らが強いられてきた生活が染み染みと感じ取れる。


「行け行けェッ!!」

「20億セリアは俺のモンだァッ!!」


 数人が目の前で斬り捨てられたにも関わらず、次々と男達が飛び掛かって来た。同時に無数の銃声も鳴り響き、ゼンセイ一行に攻撃の雨が降り注いだ。斬る、斬る、とにかく斬るしかない。雄叫び、悲鳴、血飛沫で全身を染め、罪なき人々を斬り捨てていった。一行が手に掛けることもなく、流れ弾を撃ち込まれて倒れる者も少なくない。そうしているうちに、周囲には真紅に染まる死体の山が立つ。まさに地獄絵図である。


「ゼンセイ様ッ!このままでは身動きが取れなくなりますッ!!」

「分かっておるッ!!散会するぞッ!!」


 ゼンセイ達は死体の山を踏み越え、それぞれ亡者の群れに飛び込んだ。


「撃て撃てェッ!!」

「ブッ殺せェッ!!」


 周囲は懸賞金の額に目を眩ませ、攻撃を止めない。しかし、彼らはあくまで一般市民。戦術、知恵、力、全てが不十分であるため、次々とパーニズ兵の前に倒れていく。


「ぎゃあ゛ァァッ!!」

「ア゛ア゛ア゛アアァァッ!!」


 返り血が服に染み付き、体が重くなる。視界も耳の感覚も鈍くなり始めた時、彼ら兵士の状況が一変した。彼らが握るのはただの鉄の刀。人を斬り続ければ血や脂が刃に纏わり付いて切れ味が落ち、弾丸やナイフ、骨など硬いものに触れるたびに刃こぼれが生じる。周囲が血の一色に染まる頃には、兵士が握る刀は既に(なまくら)と化していた。だが、ひたすらそれを振るしかない。


「うッ!!がぁぁッ…!」

「かはァァッ!!」


「ゼンセイ様ッ!!このままではッ——」

「狼狽えるなッ!!……おのれジョインソンッ……!憎悪をもって斬り捨ててくれるッ!!」


 ゼンセイは歯を食いしばった。罪のない弱者を利用して戦を行う彼を呪うように。そしてゼンセイは気づいた。彼の気配が先ほどと比べ薄くなっている事を。そして、それは突然現れた。


「そぉらッ!受け取れェッ!!」

「…ッ!!しまッ——」


 ゼンセイの前に突如1人の男が投げ込まれた。その男は人質にしていた身動きが取れない男である。彼は最後の最後に王の役に立ちたいと志願したのだ。不覚だった。周囲の有象無象に気を取られ、敵の王の事など気にする暇も無かった。そして、投げ込まれた男を上手く受け止める事もできず、それを胴で受け止めた次の瞬間、男諸共、ゼンセイの腹部を何かが貫いた。


「「ゼンセイ様ッ!!」」


「………ッ……ぅぐッ……ァッ………!」


 ゼンセイの(はらわた)を抉ったもの、それは勇者の剣アポカリプスであった。左腕さえあれば男を投げ込まれた時に払い除けることができただろう。その証拠に、ゼンセイの失った左腕の先端は、男の体を刺すように触れていた。その男は首をぐったりとゼンセイの右肩に乗せて動かなくなっていた。その奥に立つ陰が震えるように笑う。


「クッ…ククッ…フフッ…!ハァッハハハハァ!!残念だったなぁゼンセイ。腕と刀を置いて来た自分自身を呪うがいい…!」

「…………ぅッ……ぐ……」


 ゼンセイの腹部に血の色が広がった。だが、広がったのはそれだけではない。これがアポカリプスの恐るべき点である。アポカリプスには毒があった。この毒は治療法も未だ謎で、どれほどの苦しみが待ち受けているのかも定かではない。それもそのはず、本来これらセブンソードは魔物に向けるものであって、人を斬ったのはバベルウォーからの事である。また、セブンソードほどの力で人を斬れば大半が致命傷。毒など治療する機会さえない。ゼンセイが体に染み込む毒に苦しむ中、ジョインソンは彼の額に銃口をあてた。


「さぁゼンセイ、この私が貴様に選択の自由を与えよう。このまま毒に蝕まれて死ぬのを苦しんで待つか、この弾丸を頭にブチ込んで楽に死ぬか……」

「…………わしの懸賞金など…民に与える気はッ……無かったなッ……」

「おっとぉ、質問を質問で返されたがぁ…ここは特別に許そう。どうせ死は目前だからなぁ、話したい事はあるだろう。そうだその通りだゼンセイッ、我が国の民は皆自由のために生きている。自由のためなら何だってするッ。そうやって届きもしない大きな夢を永遠に見られる社会をつくれば、国は飛躍を遂げるッ!これが私の国だッ!」


 毒のせいか意識が遠のいていく。視界が暗くなってきた。息も苦しい。腹から胸、首に向かって込み上げてくるものがあった。


「ではもう一度聞こうゼンセイ。ひとぉ〜つ、長い時間苦しんで死ぬか…ふたぁ〜つ、脳みそブチまけて一瞬で死ぬか……」

「………では…ッ…………三つ……わしの宣言通り………首をいただくとしようッ………!」

「フンッ……なにを——」


 その時、ゼンセイは毒の混じった血反吐を勢いよく吐き出し、ジョインソンの両目に浴びせた。そして、咄嗟に目を塞いだ次の瞬間、ゼンセイは刀を逆手に持ち、彼の首を一瞬にして刎ねた。


「………自由に魅了された王よ……黄泉では好きにするがよい………」


「ゼンセイ様ッ!!」

「ゼンセイ様ァァッ!!」


 ゼンセイの記憶は、兵士達の必死に叫ぶ声を聞いたのを最後に、一度そこで途絶えた。











 彼が目を覚ましたのは翌日の朝だった。木の天井に分厚い布団。そこが銀刄城であることはすぐに認知できた。


「………っ」


 喉が酷く渇いている。気道が張りつき、呼吸も声を発する事も困難なほどだ。そのせいだろうか。体が空気の確保を焦り、全身から滝のような汗が流れている。頭が割れるような痛みも徐々に感じられた。


「………ッ…!」


 まずは流れ出る汗が鬱陶しかったため、分厚い布団を右手で掴み、放り投げた。だが涼しさや解放感などはそこには無く、ただ重苦しい感覚だけが残った。


「………な……なんだ……これは………ッ」


 これは異変だ。自身の体で何か良からぬことが起きている。胸や首筋から伝わる血の巡りも落ち着かない。脈打つたびにそれが頭部を締め付けるような痛みとなる。また、先ほどは咄嗟に動かした右腕だが、動きが鈍く、指先に若干の痺れを感じた。痛みが響く頭を右に倒し、恐る恐る右腕に目をやったその時、ゼンセイは更なる異変と現実をその身に叩きつけられた。


「………これは……ッ………いったい………ッ……!」


 指先が墨で塗られたかのような色をしていた。それはまさに死の色だ。よく見ると指先にあるはずの爪が無い。全て腐って落ちたのだ。だが、痛みは無い。麻痺により、感覚さえ失っている。右腕に握る力が残っている事が唯一の救いだった。そして、死んだ指先を見た後に気になるのは足。彼は重い体をゆっくりと起こし、自身の足に目をやった。


「……あぁ…………なんということだ…………」


 両足が漆黒に染まっていた。その10の指にも既に爪は無い。まともに歩くことも困難である事が予想できた。その後しばらくして、彼はようやく腹部の痛みと痺れに気付き、自身の胴を見つめた。何重にも巻かれた包帯。そこに染み込んだであろう血の色もまるで墨汁のようだ。彼は静かに呟く。


「………アポカリプス………恐ろしい剣よ………」


 アポカリプスの毒は、ゼンセイの腹を貫いた時から侵食を始め、身体中を巡る血や無数の細胞、器官の機能を殺していたのだ。彼は悟った。


「………この生………長くはないな………」


 そして周囲に目をやると、部屋の隅で倒れる複数の医師や兵士達の姿があった。泥のように眠るその様子から、昨夜から夜通しで手当てをしていたことが見て取れる。


「………ぅ……ぅぅッ……」


 すると1人の兵士が、ゼンセイの息遣いや物音から彼の起床を察知し、目を覚ました。


「……ッ!ゼンセイさ——」

「…そう声を出すな。……他の者が…寝ておる。」

「っ……ですが………」

「……皆に…苦労をかけた。今は…休ませておけ。」


 ゼンセイの言葉で、その兵士は口を閉じた。この時、ゼンセイから感じた穏やかさは、どこか懐かしさを纏っていた。思えば、彼の妻ヒナが生きていた時以来である。


「……それで、……アポカリプスは……その後どうなった……」

「はっ。北ラスカンの王が討たれ、ほどなくして剣流しを行いました。剣を載せた小舟は、今はもう大海の先に落ちていることでしょう。」

「………そうか………それを聞いて……安心した……」


 ゼンセイは深く息を吐いた。これで自身が持っていた神々ノ乱を含め、4本の剣の無力化に成功したのだ。残す剣は3本。だが、彼の身には確実に終焉が近づいていた。


「遥か北西イリーグのエクスカリバー………西方ローアのクラウ・ソラス………そして遥か南東、南ラスカンのアロンダイト………さぁ…困ったものだな……」


 ゼンセイはそう呟き、その現状に対して静かに冷笑する。すると、その姿を見かねた兵士が拳を握り締めて口を開いた。


「……ゼンセイ様……なぜそうまでして剣流しにこだわるのですかッ……!もうその体では……長くはもちません………ゼンセイ様には……カンナ様も居られるのですよッ………!」

「…今更何をほざくか。……剣流しをせねば、冷戦は止まぬ。……セブンソードは人類にとって強力すぎた。武力は時に悪を討つ。また時に民を支配する。だが、人類は未だその武力を正しく扱う術を知らぬ。故に人は愚かなのだ。……我が娘カンナが…これから…歩む道に……戦などあってはならんッ……!」


 そう口にするゼンセイの目は、彼が振る万物を斬り裂く刀のように鋭く光っていた。実際、その目は多くの者を捉え、その手で握られた刀は多くの者を葬った。彼はもう後戻りなどできなかった。


「……とは言うものの…貴が言うようにこの体は長くはもたん。……この身が朽ちる前に…行かねばならんな。……他の者が起き次第、出撃する。」

「…………そう…ですか………そうまで仰るなら……承知しました。………どうか、無理をなさらぬように。」


 彼の志を打ち砕くものなど、どこにもないだろう。そう諦めた兵士はゼンセイの目を見て静かにそう口を開いた。


「あぁ。………我々は北西へ向かう。」




 しばらくして兵士らが休息を終えると、すぐに彼らは北西のイリーグへと向かう準備に取り掛かった。先が長くない事を悟るゼンセイ。彼はもはやその身1つで夢に到達する事は難しい。兵士達はゼンセイが刀を握る事なく剣流しを終えられることを何よりも願った。しかし、国と国とが常に刃をちらつかせるこの時代だ。また行く先も戦の匂いがする。


「ゼンセイ様、出撃準備が整いました。」


 そう口にした兵士が目にしたのは、娘の寝顔を見つめるゼンセイだった。彼のその優しい瞳からは、不器用な愛と、抱えきれない不吉な未来が感じられる。目を背けずにはいられなかった。そしてゼンセイはカンナの薄紅に膨らんだ頬に静かに触れた後、兵士の方を向いた。


「うむ。では、行くとするか。」


 立ち上がるのも一苦労のその体で、ゼンセイは外で待機する兵士達の元へ向かった。冷戦の世の終結、その任務遂行を誓う兵士達は皆ペガサスに跨り、ゼンセイの指示を待っている。ゼンセイは先頭のペガサスにゆっくりと跨った。


「………相変わらずの曇り空よの。……ひと雨降るやもしれぬ。」


 しかし、吹く風は多くを語らない。今はただ、冷気漂うこの時代の空気で肺を満たし、霧のかかる先に夢を見る他無かった。そして——


「皆の者ッ!!必ずや剣流しを完遂するぞッ!!出撃ッ!!」

「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!」」


 100を超えるペガサスが一斉に翼を広げ、灰色の大空へ飛び立った。






 北西の海に囲まれた王国イリーグ。そこには嘗て、大魔神に立ち向かった2人の英雄がいた。厳密に語るならば他に10人ほどの英雄と呼ばれ損ねた騎士らが居るが、結果的には2人の名が英雄として讃えられた。アルツァ王と騎士ランツロッドだ。

 話はさらに遡る。イリーグの王アルツァは大魔神を討つため、騎士団ギルドを組織した。ギルドの名はサークルナイツ。彼らはアルツァ王が認める実力者であり、それら騎士らはギルドの名の通り対等な関係を約束されていた。その立場と複雑な運命が絡み合ってしまったのか、騎士ランツロッドはアルツァ王の妻と恋に堕ちた。彼は約束した。「大魔神を見事討ち、英雄の名を手にしたその時、この愛を永遠のものにしよう」と。そして、幸運か悲劇か、彼の持つアロンダイトは大魔神を討ち、その言葉の通り彼は英雄の名を冠する者となった。当然、戦闘の影で行われた契りをアルツァは許すはずもなく、バベルウォーの開幕と同時期にランツロッドをイリーグから最も遠い南東の大陸へ追放した。

 事実上サークルナイツは崩壊、アルツァ王への服従とランツロッドの罪を良しとしないアルツァ派には、王の甥ガヴェン、王の息子モーレッド、王の義兄ルケィ、忠臣ベディヴィナがついた。一方でランツロッド派には、従兄弟のボーラスとライオネル、弟のエリクトル、そして彼の武勇や実力に惹かれたテレスタンがついた。大海を挟み、睨み合う両軍であるが、特にアルツァ派のガヴェンはランツロッドの不倫を暴いた弟のアグラーヴェンを彼の手によって殺され、その後の彼の追放の際、弟のガレイスとガエリスを殺されているため、亡き3人の兄として激怒と殺意を抱えている。




「なにッ!?騎馬隊が向かってきているのかッ!!このイリーグに……ッ!」

「はッ!その数、100ほどでありますッ!」


 兵士がアルツァの前で膝をつき、緊張感を煽るよう口を開いた。


「………まさか、ヤツが来るのかッ……!」


 許し難い恋の契りと仲間の殺害であったが、嘗ての仲間であることは変わりないため、アルツァはランツロッドに最後の機会と言えるある文を送っていた。その内容とは、互いに剣を納めれば敵意は示さないというものだ。しかし、空に目を凝らせば見えるペガサスの群れ。あの文を踏み躙られたのだと彼は思った。


「皆の者ッ!!武器を手に取り迎え撃つのだァッ!!」

「「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」」


 アルツァ王の声の後に、4人の騎士と多くの兵士たちが雄叫びをあげた。そして、彼らは城の前で布陣を構え、天を走るペガサスの群れの到着を待った。


「おのれランツロッドッ……!我が弟たちの仇ッ……!」

「あまり頭に血をのぼらせるんじゃないぞガヴェン。視野が狭まり、お前も彼らの仲間入りになる。」

「チィッ……余計なお世話だルケィ。あまり俺を怒らせるなよ。」


 ガヴェンはその精神に人一倍の情熱を持つ男だ。そんな彼に対して口を開いたルケィは、皮肉屋で口が悪い。一見相性の悪い2人だが、共に王への忠誠心が強い。


「……ん?アルツァ王、あれは…本当にランツロッドの軍でしょうか…?」

「……なにッ?」


 ベディヴィナが言うように様子がおかしい。ペガサスを駆る者の姿は銀色の鎧ではなく甲冑を身につけている。すぐさまアルツァ王は待機の指示を出した。


「あの装備は……まさかッ、東方パーニズの軍かッ!!」

「パーニズだとッ!?……厄介な者どもが来たな……」


 アルツァ王は頭を抱えた。セブンソードの1つ、エクスカリバーを持つ彼の耳にも剣流しの情報は入っていた。そして、銀刄ゼンセイが既にいくつかのセブンソードの無力化を果たしている事も知っている。兵の数と地形においてはイリーグ王国軍が有利、しかしそれらを打開するゼンセイの武力を彼らは恐れていた。ランツロッド軍との戦闘を身構える彼らにとって、パーニズ軍との戦闘は可能な限り避けたい。


「………降りて来るぞ。」

「…………まだ手を出すな。我々の騎士道のようなもの、武士道をあの国の者はもっている。私が責任をもって話をしに行く。」


 アルツァ王はそう口にすると、頭上のペガサスの群れを見つめながら、彼らの着地地点に恐る恐る近付いた。ペガサスの羽音が大地に影を落とす。風が巻き上がり、砂塵が舞う中、先頭の一騎が静かに降り立った。


「…久しいな騎士王。」


 ゼンセイはゆっくりとペガサスから降りた。だが、その姿はアルツァの想像を大きく裏切る。


「………………」


 アルツァは思わず言葉を失った。片腕は無く、包帯の隙間から覗く皮膚は黒く変色している。立っているだけでも奇跡のようなその体。だが、その目だけはまるで刃のように鋭く、生きていた。


「……東方パーニズの王、銀刄ゼンセイ殿……か。」


 アルツァは慎重に口を開く。対するゼンセイは一歩、また一歩と彼の方へ歩み寄った。その足取りは重く、確実に死へ向かっている者のそれだった。


「……北西イリーグ王、アルツァよ……話がしたい。」


 その声はかすれていたが、確かな意志が宿っていた。すると、ガヴェンが一歩前に出る。


「王よ、何を悠長にッ!!こやつは剣を奪いに来た侵略者ですぞッ!!」

「控えよガヴェン。」


 アルツァの一声で、場が再び静まる。戦のにおいが微かに漂う中、ガヴェンが声を張るのも無理はない。


「……ゼンセイ殿。貴殿の剣流しの噂は聞いている。だが理解できぬ。なぜそこまでして剣を捨てさせる?」


 その問いを聞き、ゼンセイは微かに笑った。


「……簡単なことよ。人は……強すぎる力を持てば、必ずそれを振るう。」


 彼はゆっくりと空を見上げる。


「……それが正義であれ、欲であれな。」

「……………」

「セブンソードは……人にとって強力すぎた。」


 場は沈黙に落ちる。その言葉には、誰もが一度は感じたことのある“違和”が含まれていた。だが——


「ならば何なのだッ!!」


 ガヴェンが怒声を上げる。


「貴様はそう言ってどれだけの命を奪ってきたッ!!貴様のやっていることは、ただの暴力だッ!!」

「……あぁ、その通りだ。」


 その言葉に、ゼンセイは否定しなかった。


「ッ……!」

「わしは暴力で、暴力を止めようとしている。」


 風が吹いた。ゼンセイの衣が揺れる。その下の腐りゆく身体が、わずかに覗く。


「……ゆえに、これは正義ではない。」


 彼はアルツァを真っ直ぐ見据える。


「ただの“覚悟”だ。」


 アルツァは息を呑んだ。その目には、虚飾も理想も無い。ただ終わりへ向かう者の、純粋な意志だけがあった。


「……アルツァよ。」


 ゼンセイは一歩踏み出す。


「エクスカリバーを流せ。」

「…………断る。」


 当然の答えだった。周囲の騎士たちの気が一気に張り詰める。アルツァは剣の柄に手をかけた。


「この剣は、我が国の象徴。そして……仲間と、過去と、運命を背負った証だ。」


 その言葉に、ゼンセイの瞳がわずかに細まる。


「……そうか。」


 短い沈黙。そして——


「ならば、斬るしかあるまい。」


 その瞬間、空気が裂けた。重く冷たく渦巻いていた何かが2人の覇気によって爆ぜ、闘志を熱く燃やす。


「皆の者ォッ!!武器を手に取れェェェッ!!」


 ガヴェンが叫ぶと同時に、両軍は皆武器を握り、構えた。




 だが、その瞬間。


「——待て、何か来るぞ……ッ。」


 モーレッドが別の気配を感じ取った。彼が目を向けるのは、先程ゼンセイの騎馬隊が飛んできた海。全員の視線が、その海の方へ向く。水平線の向こうから、無数の影が迫っていた。


「……なんだ……あれは……」


 ベディヴィナが呟く。雲を切り裂き現れたのは、蒼き鎧の騎士団。そして、その先頭でペガサスを駆る剣を携えた男。


「……あれは……」


 アルツァは目を見開く。


「……ランツロッド……ッ!!」


 騎士ランツロッド。南東へ追放されたサークルナイツ最強の騎士が今、戦場の中心へ舞い降りようとしていた。アルツァにとって最悪の事態だ。その焦りは呼吸、血の流れ、汗、それらに確かにあらわれていた。この場を切り抜ける唯一の方法。それは——


「……………ゼンセイ殿。」

「なんだ。」

「………騎士として、先程の返答に対して恥じる行いであるのは承知だ。……頼みがある。」


 ゼンセイはアルツァの身構える姿を冷たい目で見た。彼は続けて話す。


「この場でランツロッドを討つ。その後の事だ。」


 アルツァはゆっくりと剣を掲げた。


「やはり、このエクスカリバーは流さぬ。」


 一瞬、場の空気が凍る。


「……ほう。」

「だが………封印する。」


 そう口にしたアルツァが懐から取り出したのは、一巻の古びた巻物だった。


「スクロール……魔族との戦闘後、魔法科学の研究が進み、生み出された封印術だ。これにより、この剣の力を閉じる。」


 ゼンセイは黙ってそれを見る。


「この国の南に3つの頭をもつ凶暴な魔獣が居座るケルベリアンという国がある。封印後、その国の何処かにスクロールを放棄しよう。剣が無力化されればそれで良いのだろう…?」

「…………」

「条件はそれだ。ランツロッドを討つまで、共に戦ってはくれないだろうか。」


 沈黙。風だけが通り過ぎる。その言葉は彼が言ったとおり騎士として恥ずべきものであった。この時、特に息子モーレッドにとって彼への信頼に亀裂が入り始めたというのはまた別の話である。やがてゼンセイは、ゆっくりと口を開いた。


「……甘いな。」

「言ったはずだ。承知の上だと。」

「流せば終わるものを、わざわざ残すか。」


 ゼンセイの当然の問いに、アルツァの目は揺らがない。


「これは王としての責だ。この剣もまた多くの命を屠る。それが魔物であれ人であれ、流して忘れることは許されん。」


 彼の真っ直ぐな答えに、ゼンセイは小さく息を吐いた。


「……………」


 そして——


「良かろう。」


 その一言で、全てが決まった。


「ただし。」


 ゼンセイの声が鋭くなる。


「封印が不完全であれば、その時は——」

「分かっている。」


 アルツァが遮る。


「その時は、私ごと斬れ。」


 短い沈黙。そして、ゼンセイは刀を構え直した。


「契約成立だ。」


 そして、時は来た。ランツロッド率いる騎馬隊が2つの軍の前に砂埃をあげて降りた。その背から降り立ったランツロッドは、静かに地を踏みしめる。


「久しいな、アルツァ。」

「……貴様ッ……私が与えた文をも踏み躙るかッ!!」

「フン………騎士道に情けなど要らぬ。」


 アルツァの怒りと殺意が混じった声。対してランツロッドは、わずかにゼンセイへ視線を流す。


「……パーニズの王か。剣流し…だったな。噂は聞いている。」


 ゼンセイは刀を下ろさぬまま答える。


「ならば話は早い。貴も剣を流せ。」


 ランツロッドは、静かに笑った。


「フッ……断る。」


 即答だった。続けて彼は口を開く。


「この剣…アロンダイトは、誓いそのものだ。」


 騎士ランツロッド。彼の瞳には、迷いはない。


「裏切りも、愛も、追放も……すべてを背負った証だ。その轍こそ私という騎士の道。手放す理由は無い。」


 その言葉に、アルツァが一歩踏み出す。


「貴様……まだそんな戯言を……ッ!」

「戯言ではない。」


 ランツロッドの声が、わずかに強くなる。


「貴様は王として民を守った。私は騎士として己を貫いた。それだけの違いだ。」

「黙れッ!!」


 すると、怒鳴り声をあげたガヴェンが剣を握り、前に出た。


「貴様は王を裏切り、仲間を…ッ、我が弟達を殺した罪人だッ!!ここで討つ!!」

「ガヴェンか。フッ、面白い。……良い機会だ、貴様に力の差を見せてやろう。」


 ランツロッドがそう口にしてアロンダイトを抜く。だが、その時には鋼の剣を握るガヴェンが彼の目の前まで飛びかかっていた。周囲の兵士達も彼と同時に敵の方へ走り出す。


「もらったァァ!!」


 先攻をとったのはガヴェン。それは間違いなかった。だが、その怒りを込めた重い一撃は、アロンダイトで受け止められていた。その剣を握るのは片手。ランツロッドは涼しい顔をしている。


「貴様の情熱は理解しているつもりだ。だが、残念だったな……私が湖であるならば貴様は火の粉だ。」

「なっ…なにをぉッ……!!」


 2つの刃がジリジリと音を立てて交わる。双方地を踏み締めるように立っていたが、最初に崩れたのはガヴェンの方だった。


「貴様では押し返すのも精一杯か。しかし、対する私はこうする事も……造作では無いッ!!」

「うっぐ…ぉッ…!?」


 ランツロッドは押し返される力を受け流すように一歩引くと、すぐさまアロンダイトを振り下ろした。ガヴェンは咄嗟にそれを剣で受け止める。直後、重い衝撃が腕を走った。予想できなかった追撃からは頭部の直撃は免れた。しかし受け止めたはずの一撃が、まるで押し潰すように彼の剣に交わり、体勢を大きく崩させる。


「……っ!」


 足を踏みしめて耐えるが、間に合わない。次の一撃がすでに来ていた。その素早さは一目瞭然だ。そう認識した時には、もう刃が目の前にあった。辛うじて身体を捻り、直撃だけは避ける。しかし衝撃は逃がしきれず、ガヴェンは数歩、いや数メートルは後退させられた。


「……ッ!!」


 土が抉れ、靴が滑る。ようやく止まった時には、息が乱れていた。対するランツロッドはその場から一歩も動いていなかった。剣を構えたまま、わずかに重心を前に置くだけ。その姿には無駄がなく、まるで今の攻防が試しでしかなかったかのような余裕すら思わせる。


「……あれが…サークルナイツ最強の騎士………」


 周囲で戦っていた兵士たちが、その異様さに気付き始める。近くで剣を交えていた兵士が、一瞬だけ視線を向け、そしてすぐに逸らした。見てはいけない。そんな直感が働くほど、二人の間の空気は鋭かった。ガヴェンは剣を握り直す。


「………お…重い……ッ……」


 手の痺れが消えない。彼の一振りはただ力が強いわけではない。無駄がない。迷いがない。そして何より、読めないのだ。ランツロッドが一歩踏み出す。それだけで、距離が一気に詰まる。ガヴェンは反射的に剣を上げるが、すでに遅い。上から叩きつけられる一撃。受け止めるしかない。鈍い音が響き、ガヴェンの膝がわずかに沈む。


「ガラ空きだッ…!」


 その隙を逃さず、横からの追撃。防ぎきれず、肩をかすめる衝撃に体が流される。完全に、押されている。


「どうした。仇への恨みはそんなものか。」


 低く、短い声。ランツロッドのそれは挑発ですらなく、ただ事実を確認するような響きだった。


「それが、お前の全てか。ガヴェン。」

「ッ……!!」


 返す言葉はない。だがガヴェンは、後退しながらも視線を逸らさなかった。その背後では、兵士たちが必死に戦線を支えている。倒れ、叫び、踏みとどまる。その一つ一つが、ここに繋がっている。ゆっくりと息を整える。震えはまだある。だが足は止まっていない。


「………この一撃…ッ…!この一撃をぉ……ッ…!」


 先ほどまでとは違う低い姿勢で剣を構え直す。ランツロッドの目が、ほんのわずかに細くなった。次の一撃は、同じにはならない。戦場の喧騒が再び遠のく。そして、二人は同時に踏み込んだ。その動きは、ほぼ同時だった。


「うぉぉぉぉおおおア゛ァァァァァアッ!!“ライジングスラッシュ”ッ!!」


 ガヴェンが握る剣が強い光を放った。太陽だ。灰色の厚い雲が空を覆う中、彼の頭上のみ雲が晴れ、降り注ぐ太陽の光が彼の剣に力を与えたのだ。だが——


「遅い。」


 冷たい声と共に、アロンダイトの刃が光る。ガヴェンは先ほどよりも低い姿勢から、懐へ潜り込むように斬り上げた。力ではなく速度と角度。読みではなく意志。その一撃は確かに変化だった。鋼が噛み合う。火花が散る。


「……ッ!」


 ガヴェンの剣は、今度は確かに届いていた。ランツロッドの剣筋を一瞬だけ逸らすことに成功する。だが——


「ほぅ、悪くない。」


 その評価は、あまりにも冷静だった。直後、ランツロッドの膝がわずかに沈む。重心が落ちる。


「だが——浅い。」


 瞬間、視界が反転した。


「ッ……!?」


 ガヴェンの身体が、宙に浮く。ランツロッドは剣を絡め取るようにして軌道を殺し、そのまま体ごと崩したのだ。そして、地に叩きつけられた衝撃が背中を打ち抜いた。肺の空気が一瞬で抜ける。呼吸ができない。


「が……ッ……!」


 だが、それで終わらない。


「立て。」


 見下ろす声。ガヴェンは歯を食いしばり、血を吐きながらもゆっくりと立ち上がる。視界は揺れ、腕は痺れ、足の感覚も曖昧だ。それでも剣を離さない。


「……まだ……だァァッ…!!」


 その叫びと共に、力を振り絞って再び踏み込む。だが今度は、完全に読まれていた。一歩目で軌道を見切られ、二歩目で間合いを外される。三歩目を踏み込んだ瞬間には衝撃が腹を貫いていた。


「……ッ!?」


 ランツロッドの蹴りだった。鎧越しですら内臓が軋むほどの一撃。ガヴェンの身体は大きく吹き飛び、地面を転がる。


「がはっ……!!」


 血を吐く。もう指先に力が入らない。それでも静かに歩み寄る影に、ガヴェンは顔を上げる。


「……まだ……だ……」


 震える腕で、剣を握り締める。


「……弟たちの……仇……ッ……!」


 その言葉に、ランツロッドの足が一瞬だけ止まる。


「……そうか。」


 短く、ただそれだけ。そして——


「ならば、その覚悟ごと斬る。」


 振り上げられるアロンダイト。ガヴェンは、もう防御の構えすら取れない。ただ真正面から、その刃を見据える。彼の脳裏に浮かぶのは、3人の弟の顔。怒りも、後悔も、全てを飲み込んで——


「……見て……いろ……ッ…」


 その瞬間、重い金属音が響いた。


「ッ……!」


 アロンダイトが弾かれていた。割り込んだのはアルツァだった。


「そこまでだ、ランツロッド。」


 アルツァが握るエクスカリバーが、ガヴェンの前でその一撃を受け止めている。


「……やはり私の前に立つか。」


 ランツロッドは静かに距離を取る。その隙に、後方からモーレッドが駆け寄り、ガヴェンを抱き起こす。


「ガヴェン!!しっかり!!」

「……離せ……まだ……戦える……」


 だがその言葉とは裏腹に、彼の身体はもはや限界だった。立ち上がろうとした瞬間、膝が崩れ落ちる。


「……く……そ……ッ……」


 血が地面を濡らす。視界の端で、アルツァとランツロッドが対峙するのが見えた。


「…アルツァ…王………あとは……頼み……ま……」


 そのまま、視界の光が沈んでいく。


「ガヴェン!!ガヴェン!!」


 モーレッドの叫びが遠のく中、ガヴェンはモーレッドに体を委ね、意識を失った。そして、ガヴェンを視界から外したランツロッドは、アルツァに口を開く。


「しかしアルツァ、貴様との戦闘を私は望まぬ。裏切りがあろうと私は騎士。王は斬らぬさ。」

「…何を抜かすかッ……!貴様は……この聖剣で死すべきだッ!!覚悟ぉッ!!」


 アルツァはエクスカリバーを強く握り、ランツロッドに飛び掛かった。その刃がなぞる軌道は俊敏かつ繊細。しかし、剣に当たったのはランツロッドではなく1本の矢。目標を確実に捉えた曲射だ。アルツァはそれを斬り払い、一歩後ろへ下がった。


「………この弓捌き……テレスタンかッ…!」

「ヒュ〜ッ……いつ見ても惚れ惚れする剣だぁ。」


 テレスタン。サークルナイツの中では特に器用で、弓や剣、槍など多くの武器の使用が可能。周囲からは天才とも呼ばれていた男だ。


「邪魔をするなッ…テレスタンッ!!貴様も所詮裏切り者ッ…!ランツロッドを討った後に葬ってやるッ!」

「残念ながら、それはできねぇ約束だぜぇ。騎士王さんよぉ。」


 すると、テレスタンの横に1人また1人と姿を見せた。ボーラスとライオネル、そしてエリクトル。ランツロッド派の騎士達だ。テレスタンは続けて口を開く。


「あんたの相手は、俺たち新生サークルナイツの4人の騎士だ。まぁ、あんたをランツロッドに近づけなければいいってだけだから、そっちもまとめて掛かって来ていいんだぜ?」

「当たり前だッ!王の恨みは我々の恨み…ッ!王と共に、貴様ら裏切り者を薙ぎ払ってくれるッ!!」


 そう口にしてアルツァの横に立ったのは、ベディヴィナだった。モーレッド、ルケィも彼の横に並び、武器を構える。3つの軍の兵士達が火花や血を散らし大地を揺らす中、彼らは睨み合い、静かに隙を待つ。そして、各騎士の前に立つ者が瞬きをした瞬間、その相手に向かって一斉に飛び掛かった。




「……さて、これで貴殿と剣を交える事ができる。」


 ランツロッドはアロンダイトを握り直し、ゼンセイの方へ顔を向けた。何百人もの兵士達が奮闘する中で静かに立っていた彼の姿は、その体の負傷を感じさせないほど堂々としている。


「なるほど……ここに来た目的はアルツァではなくわしであったか。……っとなれば………」


 その瞬間、ゼンセイの目は大魔神を討った剣のような鋭さを見せた。それは殺意以外の何でもない。


「わしの娘に手を出したのではあるまいなッ…!!」

「予測でモノを語るとは貴殿らしくない。案ずるな、貴殿の娘とやらは見てすらいない。ただ、それを匿う侍女に貴殿の行き先を聞いただけだ。」


 彼が言った事は本当だった。彼はゼンセイが不在の銀刄城を攻めていない。兵士や侍女も誰一人と殺めていない。それが彼の生き方、彼の騎士道である。


「貴殿が言う通り、私の目的は打倒銀刄ゼンセイ。そして私の剣、アロンダイト無力化の阻止。」

「そして、1人の騎士として、わしと決闘がしたい……と。」

「左様。」


 するとゼンセイは、対峙する1人の騎士の真っ直ぐな眼光を見つめ、ゆっくりと銀刄を構えた。


「よかろう。ならばわしは応えるまで……」


 兵士達の刃が交わる音。より一層激しい気迫でぶつかりあう8人の騎士。そして今、それらを遥かに超越する覇気を放つ2人の決闘が始まろうとしていた。冷たい風が砂埃を巻き上げて通り過ぎる。そして——


「いざ……尋常に——」

「勝負ッ!!」


 その張り上げた声が戦場に響き渡る時には、すでに銀刄とアロンダイトは火花を散らして力強く交わっていた。そして互いに呼吸を整えると、2人は一歩下がり、激しく刃を打ちつけ合う。鋭く重い音が、戦場の喧騒の中でもはっきりと響いた。一撃。また一撃。互いに、無駄がない。


「……」


 しかしゼンセイの体内では、アポカリプスの毒が確実に侵食を進めていた。足元がわずかに揺れる。そして、踏み込みが遅れる。その隙を、ランツロッドは見逃さない。滑るような一閃が、ゼンセイの間合いをかすめた。


「……やはり、その体では万全ではないな。」


 追撃が来る。正確で、迷いのない軌道。ゼンセイはそれを受け流し、距離を取る。だが——


「………ッ……重いな……」


 腕に残る感覚が鈍い。握りがわずかにずれる。その違和感を、次の一撃が突いてくる。


「——“ライトニング・レイ”ッ…!」


 アロンダイトが淡く光を帯びた。振るわれた斬撃は、間合いを越えて届く。


「……ッ」


 ゼンセイの肩に雷光が触れた。そしてゼンセイは気付いた。一味違うその電流に。


「ほぅ、その反応……感覚は衰えていないようだな。そうだゼンセイ、これは魔法科学の研究により生み出された雷の魔法だ。そしてそれを剣に乗せている。」


 ランツロッドの声は落ち着いている。


「………距離では防げぬかッ。」


 戦いの前提が、ひとつ崩れる。だが——


「……なるほど。」


 ゼンセイは小さく息を吐いた。


「ならば………………近づけばよい。」


 踏み込む。通常ならば踏み込まない距離。


「………危ういな。次は外さんッ!“ライトニング・レイ”ッ!!」


 ランツロッドが稲妻の如き速さで迎え撃つ。再び光を帯びる剣。だがその瞬間、ゼンセイはさらに一歩、前へ出た。


「……!」


 わずかに軌道がずれる。その隙に、銀刄が鋭い一閃を放つ。静かな音。ランツロッドの頬に細い線が走る。彼は初めて、一歩退いた。


「………ッ…!今のは………!この状況で……動きを読んだかッ…!」

「……………読んでなどおらん。」


 ゼンセイの呼吸は荒い。それでも、目は揺らがない。


「ただ……そこに道があると思うたまでよ。」


 その言葉に、ランツロッドはわずかに目を細めた。


「………理を外れているな。」

「……以前までとなら……そうであろう。」


 ゼンセイは構え直す。その姿はもはや屍に近しいものだった。解けた包帯から見える肌の漆黒は既に胴や首まで達しており、口や目から静かに流れ落ちる血もまた墨汁のような色をしていた。死が確実に近づいている。


「わしはもう、理の中にはおらぬ。」


 風が抜ける。遠くで、兵の声がかすかに響く。


「……なぜそこまで進む。」


 ランツロッドの問いは、静かだった。


「その体……先は見えているはずだ。」


 短い沈黙。ゼンセイはわずかに視線を落とし、すぐに前を見据えた。


「…娘が…おる…。娘に…見せたい世界がある……」


 それだけだった。


「……ゆえに……止まらぬ。」

「………愛……そう、それは紛れもなく愛だ、ゼンセイ。……フッ…まさか、武器を握る理由が貴殿と同じとは……これもまた運命……」


 次の瞬間、ランツロッドの剣が再び光を帯びる。


「ならば躊躇いなど無用…ッ!我が渾身の一撃で応えるのみッ…!!ゆくぞッ!…“スパークリング・ブレイド”ッ!!」


 幾筋もの斬撃が迫る。退く余地は少ない。


「……ならば……」


 ゼンセイは構えた。歪む視界、乱れる呼吸、崩れかけた姿勢。それでも——


「……わしも断つのみよ。」


 踏み込む。そして、2つの刃の閃光の如き交錯。光が散り、音が重なる。そして——


「…………」

「…………」


 互いに背中を向け、二人の動きが同時に止まった。ただ、時間だけが流れる。風が吹く。遅れて——


「……………………………ぐッ!」


 ランツロッドの手から、アロンダイトが静かに地に触れた。乾いた音。


「……………フッ……見事だ。」


 その声は、驚くほど穏やかだった。ゼンセイは動かない。ただ、刀を下ろしたまま立っている。


「……………」

「…我が騎士の道……この地が終着点…か……ッ…」


 ランツロッドは小さく息を吐く。その視線は、まっすぐゼンセイへ向けられていた。


「だが——」


 わずかに、口元が緩む。


「愛のために…戦った…1人の騎士として……敗れたことに、悔いはない。」


 膝が折れる。そのまま、静かに地へと崩れた。戦場の音が遠のいていく。誰もすぐには動けなかった。ただ一つの決着が、あまりにも静かに終わったからだ。


「…………ランツロッドが……倒れた………終わった……のか……」


 剣を止めたアルツァの呟きが風に消える。ゼンセイは、ようやくゆっくりと息を吐いた。その手に握られた銀刄が、わずかに震える。


「…………」


 一歩、踏み出そうとする。だが、足は思うように動かない。


「……っ……」


 視界が揺れる。遠く、空が暗くなる。やがて——


「………」


 ぽつりと、一滴の雨が落ちた。それはすぐに数を増やし、戦場を静かに濡らしていく。


「……雨か……」


 ゼンセイは空を見上げた。灰色の雲。その向こうは、もう何も見えない。何も——


「………」


 膝が崩れる。刀を地に突き、かろうじて身体を支える。だがそれも長くは続かない。ゆっくりと、力が抜けていく。そして、そのまま——


「………………」


 大地へと倒れた。雨が、静かに降り続く。血も、土も、すべてを均すように——


「………………………」


 遠くで、兵たちの足音がする。誰かが駆け寄ってくる。だが、その声はもう届かない。ゼンセイの視界は、ゆっくりと閉じていく。最後に浮かんだのは——


「…………………………………」


 小さな手。柔らかな頬。眠る娘の姿。


「……カンナ……」


 かすかな声。その乾いた唇が、もう一度だけ動く。


「……すまない……」


 わずかに、息を吸う。途切れそうな意識の中で、何かを探すように——


「……あと……一歩……で……」


 指先が、かすかに動く。何かを掴もうとするように。


「……剣流しが……」


 声はもう、ほとんど音にならない。


「………………もはや………届かぬ………か……」


 雨音に紛れて、消えていく。しばらくして——






 その手から、力が抜けた。雨は止まない。戦場に残るのは、ただ静かな音だけ。そして——











 ひとつの時代が、終わりを迎えた。

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