君が作った色がある世界 第三章 第三の記憶
第三章 俺の見てきている世界
俺は今まで普通に生きてきた。普通に幼稚園に通って、みんなと遊んで、大きな問題も起こすことなく。平凡に暮らしてきた。
「賢一君はおとなしくていい子ね」
といろいろな人に言われてきた。もちろんうれしかった。褒められているのだから。
小学生になり、俺は勉強というもののすばらしさを知った。今まで知らかったことがわかる喜び、それはとても自分にとって、楽しいことだった。だから学校のテストではいつも一位を取っていた。
俺は人を楽しませることが好きだった。だから家族にも面白い話をたくさんしたし、家族もみんな笑ってくれた。友達にもたくさん面白い話をした。
「やっぱり、アニメだよな。異世界系面白すぎだよな!」
俺の四年生の時のクラスは、異世界転生系が好きな生徒が多かった。だからそのアニメもたくさん見たし、その話もした。
時には勉強でわからないところを教えあった。それが楽しかった。
でもみんなは、小学校高学年になると、みんな俺から離れていった。
俺が恐れていたことだ、それはみんなが大人になっていって。バカ騒ぎしなくなってしまったことだ。
「今日暇?あそばねぇ?」
と俺が聞くと、たいていのやつが
「ごめん今日俺塾あるから」
と答えた。俺もそれは仕方ないことだと思った。でもなんだか寂しかった。
学校にはもちろん勉強しに行っているのだが、みんなを笑わせるため、そして自分が笑うため学校にも行っていたといってもいい。つまらなかった。みんなは、中学受験する奴は中学受験で忙しく、それ以外のやつも今まで以上に忙しそうだった。俺は、中学受験はせず行きたい高校があったので、高校受験をすることにしていたので、あまり勉強もせず毎日退屈だった。ある日、一人の男子が俺に
「おまえは受験勉強しなくていいよな。気楽そうだし」
といった。もちろん、受験勉強しているのに俺だけ受験勉強していなかったら、気分も憂鬱になって俺にそういうことを言いたくなるのもわかる。でも俺は、日常に退屈していた。ふと思ってしまった、俺は何のために勉強しているのだろうか、何のために学校に来ているのだろうか。
「おまえに…おまえに俺の何がわかるんだよ。ふざけんな、俺だってな、ちゃんと勉強してんだよ、それなのに、俺が勉強してないだって、そんなわけないだろ。勉強してなかったらどうやってクラスで一番の成績とれるんだよ。お前だってちゃんと勉強してんのかよ、なぁ?」
今まで考え込んできたものが爆発した、それと勉強をすることの意味に答えなんてないと思い怒りがこみあげてきた。彼は、こういった
「よかったね、頭よくて」
単に聞けば、誉め言葉だ。でも彼が言ったこれはきっと嫌味だろう。
とうとう、俺は本当に頭に来てしまった。俺は普段おとなしくて暴力なんて絶対に振るわなかった。でもこの時の俺は冷静な判断ができていなかった。一瞬俺の右の拳に衝撃が入ったのを感じたがそれ以降は覚えていない。
気が付くとそこには怪我をした男子一人と、腫れた自分の拳が見えた。拳にはまだ、人を殴った時の気味の悪い感触がじんわりと残っていた。初めての感触に吐き気がした。
ふと我に返る、俺は何をしているのだと。この時俺は人生で初めてといっていい、冷や汗をかく感覚を味わった。背中のあたりが冷えて、気持ちが悪く、とても不快だった。
「えっ、あっごめん。俺何してんだ…」
彼は、俺のことを軽蔑の目で見ていた。周りを見ると、俺のことを良く見ている奴なんて一人もいなかった。
怖くなった。
人に裏切られるということを今日初めて知った。いままで一緒に楽しく話してきたやつも、俺を見るや否や危険な人物を見るような表情で俺を見ていた。
俺はいたたまれなくなって、その場から逃げ出した。
そう逃げてしまったのだ。
走って体育館の裏に隠れた。一人で泣いた。誰もいない影の中に感情が混ざった涙を落とす。
それから、時間がかなりたち遠くから足音が近づいてくる。
「賢一君、やっと見つけた。先生とお話ししよ」
先生は、俺の隣に座った。先生は優しく俺に話しかけた。でも俺は、その優しさにまっすぐ見られなかった。むしろ鬱陶しく感じてしまった。
「賢一君、何があったのかお話しできるかな。落ち着いてからで大丈夫だから」
この時、俺の中に熱いものがこみあげてくる感覚があった。
「俺が何で先生に教えなきゃいけないんだよ、先生は関係ないじゃないか」
俺は、またやってしまったと、心の中で思った。でも俺は止まらなかったこの時の俺は、少しおかしかった。耳が熱く、ふろ上がりのような、浮遊感があった。
少し時間がたち、日が落ちてきた。少し涼しくなってきて、掻いた冷や汗が俺の体を冷やし先ほどまであった心の闘志も消え、落ち着いてきた。
「先生。勉強って何のためにしているの」
俺は、落ち着いて。最近いつも思っている、疑問をぶつけた。少し強い口調で。俺は答えを欲していた。だって答えとゴールがなかったら俺は何のために、勉強しているのだろうか。俺は、理由が欲しかった。勉強する、意味、理由、それらの答えを。人を殴ったことなど忘れて。
「そうだね、私もそういうこと考えたことたくさんあるよ」
もちろん俺は、いくら先生だってこんな哲学的な答えを知っているとは思えないし、どうせつまらないことしか言わないのだろうと思った。
「私はね、そうだな。多分、勉強する必要ないと思うのよね、学校の先生がこんなこと言っていいのかなって感じだけど。私はその人一人一人が、理由を見つければいいと思うの。先生が勉強する理由はね、生活を豊かにするためだと思うよ。だって学がなかったら、お金稼げないもの。私も、こうやって今学校の先生をやれているのは、高校とか中学の時に、勉強していたからだと思うの。だからね、今頑張って勉強する必要はないと思うの。でもやりたいからやるで、いいんじゃないかな」
きっと先生は、いいことを言ったのだろう。でも俺にとっては長い話に過ぎなかった。だってそれは、俺が欲しかった答えじゃなかったからだ。俺は、何も言わず。先生の話を聞いていた。いや、聞き流していたのか。
空の流れる雲見る。なんだか、自分がちっぽけに感じる。俺って何で悩んでいるんだろう。やりたくないことはやらなければよくないか。逆にやられたくないこともやらなければいい。なんでそんな簡単なことに忘れていたんだろうだろう。
俺は、先生に連れられ職員室に入った。先生がみんなこっちを見ている。やばい奴を見るような目で。きっと先生はそんなことを思ってはいないのだろう。でも俺は、そう感じるしかなかった。
「賢一君待ってたよ。ちゃんと反省したようだね。君からも話が聞きたい。ちょっと校長室までいいかな。気持ちが落ち着いてからでいい」
俺は、説教されるのだと思った。いやだったが校長室に入るしかない。やってしまったことがやってしまったことだから。
「失礼します…」
ドアをたたくと、少し硬い感触だ。いつもの教室とは別格の緊張感のあるドアだ。ドアの時点で校長という、この学校最上位の、人間であるということを感じさせられた。
「どうぞ入ってください」
中から優しい声が聞こえてくる。中は、思っていたよりシンプルで、生徒の作品などが並んでいた。
「いや、すまないね。落ち着かない部屋だろう。正直言うと、僕自身もあまり好きな部屋ではないんだが。でもぜひリラックスしてもらって構わない。僕は、君を説教するつもりもないし、君を責めたりしない。ぜひ君の口から何があったのか聞きたい。教えてくれるかな?」
校長先生は優しい口調だった。それでも威厳がある。リラックスしてくれと言われても、校長先生を前にしてリラックスなんてできやしない。緊張気味で話し始めた。
「僕は、彼を殴りました」
「あぁ、らしいな。なぜか理由を聞いてもいいかね」
少し黙って、話すことを考える。いつもポンポンと出てくる言葉今は出てこない。
「確かに、友達を殴ったのは確かではあります」
「——それはなぜかな」
校長先生は、質問を畳みかける。それでも口調は、ゆっくりで俺の話をしっかりと聞いてくれる様子だった。顔には笑みを浮かべ、俺はその時は笑みに対して不気味に感じてしまったが、きっと僕を信じてくれていたのだろう。まぁ人の気持ちをいくら考えても意味なんかないいのだが。
「あいつが…あいつが、俺は勉強なんてしなくていいよなっていったんですよ。それで…」
校長先生は、「ふむ」と一言つぶやいたまま、何も言わずに下をむいた。下を向きたいのは俺だっていうのに。校長先生が顔を上げるのに大体1分くらい沈黙が流れた。
「賢一君、彼をここに呼んでもいいかね」
俺は正直嫌だったが、ここで嫌だといっても話が進まない。きっと彼も気持ちは落ち着いただろう。
「いいですよ。僕も落ち着いたので」
校長先生は立ち上がり、ドアに手を掛けた。
「どうぞ、入ってください」
彼は、俺のほうを見るなり目をそらした。でも、俺に対して怒っているというよりかは気まずさを感じているようだった。俺もそれを感じ、下を向いた。
「お互いにやってしまったことは、正しいとは言えないね。二人とも謝って、それで仲直りすればいいじゃないか。平和というのはそうやって作っていくものだぞ」
俺は彼のほうを向いた。正直謝りたくなんかない、でも謝ればそれで解決して早く帰るじゃないか。
「ごめん、殴ったりなんかして。ちょっと頭に来ちゃってさ」
「おれも悪かった、ちょっと言い過ぎたと思う」
校長先生は笑みを浮かべ、俺たちを穏やかに見ていた。
「よし、仲直りしたならそれでいい。」
先生は優しかった。だってすぐに俺たちを解放してくれたから。早く家に帰れる。
しかし案の定、親のほうに連絡は行っていた。
『あーあ叱られんのか』
もちろん怒られることは承知の上で帰ってきた。でも今日の母は違った。
「お帰り、ご飯できてるわよ、食べちゃいましょう」
あれおかしい、いつもはあんなに厳しい母が今日は怒らない。なぜだ、そんなにいいことでもあったのだろうか。とても不気味だ。俺は何も言わず部屋に入った。一人で考える。俺って何がしたいんだろうな。行きたかった高校も、本当に行きたいのか。俺はどこに生きたいんだろう。
第三章 学校
学校生活、二日目が始まった。朝はさわやかな天気で、まだ少し涼しい風が残っている。なんてそんなしゃれたこと言って。なんだか最近僕らしくないことばっかり考えてしまう。
「おはよう、優音君。いい朝だね」
優しい声が聞こえる。振り返らずとももう横に歩いている。
「おはよう。うんいい朝だね」
そういえば出身とかを聞いていなかったな。彩芽とは、ちょっと不思議な出会い方をしたからな。
「ねぇどこら辺に住んでるの。こっちから来るってことは、北の方から来てるんだよね」
本当にただ疑問に思っただけだ、彼女は浮かべている笑みをより明るくした。
「えぇ、何、私の住んでるところ。家に来て何するつもりなの」
「いっ、いや別に何もしないけど、単純にどこ住んでんのか気になっただけ」
そうだ、単純に思った疑問である。うん、そうだ。
彩芽は、たまにこういうことを言う。少し驚くから勘弁してほしい。
「えっとね、多分優音君の住んでる、町の隣だと思うよ。優音君だって、天風町のほうでしょ。私はそれの隣の虹風町のほうに住んでるよ。今度遊びにおいでよ」
やっぱりそうか、なんだか彩芽は虹に関することが多いような気がするな。悪いことではないが。
それにしても、どうして僕の住んでいる場所が分かったのだろうか。
「おっはよう~諸君。すまんテンション間違えたわ」
賢一の登場だ、相変わらずというか、昨日から変わらずテンション高いな。
「おはよう賢一。いいあさだね」
「おう、いいあさだなぁえっと…なんだっけ名前…」
彩芽と僕は笑って
「優音だよ、賢一覚えてくれよなぁそろそろ」
「彩芽だよ。賢一君本当に名前覚えるの苦手なんだね。私も苦手だけど」
賢一は苦笑いして
「ごめんな、頑張って覚えっからさかんべんな」
通学路というものは不思議なものだ。あれこれ言うの二回目か、まぁでも。不思議なものだ、昨日は目につかなかったものが目に入る。
「あれってさ、本屋さんかな。行ってみたいね」
彩芽が指さす方向を見るとそこには、確かに本屋があった。
「うん、古い本屋さんだね。小さいけどたくさん本があるよ」
「でもな、あれは俺が小学生の時に店閉めちまったんだよ。今じゃ本が置いてあるだけなんだ」
そうなのか、少し残念だ。行ってみたかったな。なんだかこの町ついて、もっと知りたいな。
「あれっ、もう着いちゃったね」
本当だ、みんなと話しているだけでもう学校の校門についていた。
「やべぇな、ちょっと早く着きすぎたか」
確かに一時間前はいくら何でも早すぎる。でも、まぁ早く着く分には問題ないが。
「少し早いし、コンビニ行こうよ。みんなで行ってみたくてさ」
僕たちの学校の近くにはコンビニエンスストアがあった。
「何買おうかな。あっ、これ懐かしいなぁ今でもあったんだ」
彩芽の手には確かに懐かしいイチゴオレが握られていた。
「これのイチゴ味、伝説だったよな」
「あー覚えてるなんか爆買いしてる人いてびっくりしてたなぁ」
僕は、もちろんだがそれを手に取り、会計に向かった。隣の会計カウンターを見ると、賢一も同じものを買っていた。
「いまでも覚えてるぜこの味。やっぱうめぇなんでこんなうまいもんが世間から消えちまったんだろうな。結構人気だったじゃんか」
確かに、これは年間2000万箱も出荷されていたのになぜこんなにも衰退してしまったのだろうか。
「そろそろいい時間じゃない。行こうか」
―—ッ!!
その時僕の頭に、激痛が走った。
「くっ…あっ…ぐっ」
みんな僕の方を振り返って
「大丈夫?」
「大丈夫か、おい!」
なんだこれ、こんな頭痛今までなかったのに…
知らない天井。なんとなく察した。
『僕病院に運ばれたんだな』
今では頭痛はなくなっていた。突発的なものだったのだろう、でも脳梗塞とかだったらどうしようとかいろいろなことが脳裏によぎり、不安になっていく。
「おぉ起きたか優音」
あぁやっぱり俺は、病院に運ばれたんだな。周りを見渡すと、彩芽と賢一がいた。
「えっとなんだっけ、あぁナースコールしなきゃ」
だいぶ慌てている様子だが俺は大丈夫だ
「賢一、僕大丈夫だからあわてないで」
それでも、俺の小さな声は届かず二人とも慌てふためている。
看護師さんは、やっぱり大人だ落ち着いている。
「ご気分どうですか、失礼します」
気分か、気分はそうだな優れているとまではいかないけどまぁ元気ではある。
「大丈夫です、すみません」
「分かりました、では先生をお呼びしますのでお待ちください」
看護師さんは、慌ててはいないけど急いでいるようではあった。やっぱり忙しいよな総合病院は。
俺も一時期医者を目指していたが、今ではやりたいことができたし、忙しいのを見るとよりやる気がなくってしまった。今では、彩芽の影響も少しあるけど、目の不自由な人を助けるための道具を作る仕事をしたいと思っている。
「はいこんにちは、ご気分はどうですか。それでは検査のほうにいきしょう」
さっきとは別の看護師さんは、車椅子を持ってきてくれたが
「あの僕普通に歩けるので大丈夫です」
すると看護師さんは少し嫌な顔をした。きっと僕が仮病を使っていると思ったのだろう。奥まった角を曲がるとMRI検査室が見えてきた。きっと脳の検査をするのだろう、これで異常があったらどうしよう。
「運ばれてた時僕どんな感じでしたか」
看護師さんが少し早い口調で
「気を失っていました、吐血もしていませんし外傷もありませんでしたよ」
やっぱり脳に異常があるのだろう。ますます不安が募ってくる。
「30分くらいの検査です、気分が悪くなったり気になったことがあればこちらのボタンを押してください。それでは始めます」
放射線技師さんは優しそうだ、先生や看護師さんは忙しそうだったから。
MRIはたくさんの超音波で体を輪切り上に撮っていく。正直少し怖い、もちろん脳に異常があるのではないかという怖さもあるが単純に僕は閉鎖的空間が苦手だ。
30分が過ぎ検査が終わると、待合室で待たされる。この時間は苦痛だ。せめて彩芽や賢一がいてくれたら、よかったのに不安でいっぱいだ。あそこまで頭が割れそうなくらい痛くなったのは不思議だった。いまでは全く痛くない。
「330番の方どうぞお入りください」
看護師さんに呼ばれ、中に入る。さっきとは違う女の先生で感じがよさそうだ。
「えっと如月、優音さんですね。検査の結果は単刀直入に言うと」
この言い方だとどこか悪いのだろうか。
「えーどこも問題なし。まぁでも、また痛くなったり違和感があったらまた来てください。何かあるかもしれないからね。あともしかしたら入学式近かったでしょ、新しい環境になれなくて精神面から来た頭痛かもしれないから、つらくなったら大人の手を借りるんだよ」
予想通り感じのいい先生だった。異常なしか、これはこれでも少し怖いな。
「ありがとうございました。失礼します」
普通に歩いて帰る。なんか不思議な気分だな。この広い空間に漂う病院の匂い。僕はこのにおいがとても嫌いだ。家族のことを思い出す。
「今からでも学校行くか」
スマホを開けると、メッセージがたくさん来ていた。なんと55件
『おい大丈夫か』
『心配すぎて学校行けないよ』
などたくさんのメッセージが来ていた。内心だいぶ焦っていた、あんなに派手に転げてみんなにも迷惑をかけて、なのに異常なしという診断。逆に困るし、今から学校行くのは大変だし、もう午後の三時になっているし。検査でだいぶ時間を使ってしまったな、まぁ一応結果だけは伝えるか。
『ごめん心配かけて異常なしだって、精神から来るものかもしれないって言われたけど心当たりないなぁまぁ今日は学校休むことにするよ』
きっと今は授業中だろうから返信は来ないだろうな・・・うんなんか来たな。
『おお、よかったぜ異常なしか授業中だからさよなら』
おいおい授業中なのに何をやってるんだよ。スマホ触っちゃダメだろ、まぁ賢一ならやりかねないが。さすがに彩芽からすぐには返信は来なかった。
そういえば僕はこの病院に来たことがない。そもそもどこにある病院なのだろう。前神社に上った時には病院らしい建物なんてなかったし、ということはここはかなり遠い場所なのではないか。とりあえず外に出るだけ出てみよう。
「あれ、ここって…」
つい言葉が漏れた。ここは僕の高専の裏だったからだ。
そういうことか、学校の裏だったから見えなかったんだ。ここにあるんだったら全然学校行ってもいいなとか思ったが、病院の先生にも一日は安静にしろと言われたので家に帰るか。いや学校の先生に報告だけしとくか。
とは、いったものの急に倒れた人が普通に起き上がって学校に来ていたらおかしいだろうか。でも一応報告はしといたほうがいいだろうか。難しい判断を今日はたくさん要するな。いや元気な姿を見せた方がいいだろう。よし、先生に報告だけは行くことにしよう。
えっと高梨先生の部屋はここか、戸を叩くと鉄の甲高い音がした。
「はいちょっと待ってくださいね」
よかったちゃんといるようだ。いなかったらとんだ無駄足になるところだった。
「はい、わぁびっくりしました。如月さん大丈夫なんですか、救急車が呼ばれたと聞きましたが」
先生は少し大きすぎるリアクションをしたと思ったが、まぁそういう反応されてもおかしくないか。
「はい、見ての通り検査も終えどこにも異常はありませんでした。なので報告をしようと思い」
「それならメールとかでもよかったのですが、わざわざご苦労様です。今日は帰って休んでください」
やはりいい先生だ、よし帰って勉強だけ今日やっているだろう所をやるぞ。
と意気込んだのはいいものの、勉強道具すべてを学校においてでてきてしまった。
スマホが鳴る。
『優音君、異常なしかよかった、よかった、今日のノートの写真送っとくからちゃんと勉強するんだぞ』
彩芽からもメッセージが来た。はい、勉強したいのですが勉強道具がありませんすみません。心の中でそうつぶやいた。
『勉強道具、学校に忘れてきちゃったんだよね』
『あら、それは大変』
角のほうから、スマホの着信音がなった。
「わぁびっくりした、優音君じゃん」
やっぱり彩芽だ。着信音を独特なものを使っていたので覚えていた。
「いや、検査結果を何もなかったから先生に報告をと…」
彩芽はとても心配な顔をしていた。それと苦しそうな顔もしていた。
「どうしたの、彩芽苦しそうな顔して。彩芽のほうが具合悪い?」
驚いて、彩芽は顔の面を下に落としたが、僕にはわかる人の些細な変化が
「なんでわかったの、私そんなに表情に出てたかな。結構隠すの上手なんだけどなぁ…」
彩芽は苦笑して、下を向いたまま話した。隠すのが上手といったが、隠すことだったら僕のほうがうまいだろう、彩芽はどっちかというと顔に出やすいタイプだ。正直な子なんだよ。君はさ、偽ってないから近づきやすいし。
「わかるよ、隠すのが上手っていたけど、全部顔に出てる。つらいことでもあるなら僕に何でも言ってよ。解決まではできなくても、話を聞くことだけはできるよ」
昔から僕は人から相談されることが多かった。なぜかはわからないけど相談を受けることを得意分野と誇れるくらいだと言われたこともある。でも相手が女の子だから男の僕が聞いていいことなのかという疑問があったが、多分彩芽はそういうことを気にしないだろうけど。僕としては、あまり気乗りしない
「ここで立ち話するのもなんだし、公園行こう」
やっぱり悩みがあるのだろう。公園に行くほどということは、話が長くなるということだ。
「僕一人だけで大丈夫かな」
ときくと、彩芽はうなずいた。ここまでテンションの低い彩芽は見たことがない。人が変わったようだ。いつもは明るい天真爛漫な性格だったが、今ではおとなしいおしとやかな感じだ。公園は、学校からそう遠くない場所にあるがそこまで何もしゃべらないということは前代未聞だった。
「ついたよ、座って。飲み物いるかな?ごめん水しかないけど」
「ありがとう大丈夫。あんまり喉乾いてないから」
いままでカウンセリングというか話を聞くことがあったが、外でやるのは初めてだ。
「風が気持ちいね悩みがあるなら、人に話してみるのもいいし、自然を感じてみるといいよ、自然は五感のすべてを優しくなでてくれる。少し落ち着くから」
すると、その後に悩みなんてちっぽけなものだと思っちゃうからといつもは言っていた。でも彩芽の悩みはかなり重そうだ。だから少し言葉選びに困ったが、落ち着くという言葉選び。なかなかいいことが言えたのではないだろうか。
「ありがとう、うん確かに落ち着いた」
「よかった、話したくなかったらいいし、話したかったら話してくれればいい。おしゃべりみたいな感じで僕とお話ししよう」
また彩芽は、黙ってうつむいた。話したくないのだろうか、だったら嫌なことをしたな。半強制的に公園まで来ちゃったしなぁ、自分ばっかり話しちゃったしなぁ。
「話していいかな」
「うん、いいよ話して」
少し彩芽が話し始めるまで少し時間がかかった。まぁ仕方ない思うことがたくさんあるのだろう。
「えっとね、私の中学校の時の友達がいるんだけど、その子が中学校二年の時に引っ越しちゃってね、その子が高校生になってこっちに返ってくるらしいんだよね。しかも、私たちと同じ学校なんだって。もちろん嬉しいけど、久しぶりに会ってちゃんと話せるかなって。こんなことでこんなに悩んでて私変だよね。ごめんね、こんなくだらない話に着き合わせちゃって」
この話を聞いて僕はいろいろな感情があふれてきた。
「くだらない話なんて言わないでくれよ。大事な友達だったんでしょ、そんな人との話をくだらないなんて言わないでよ。大事な子なんだったら、その友情を大事にしながら、前みたいに話せばいいじゃない。僕なんかが彩芽の悩みを解決できるとは思わないけど、僕が言いたいのはこれくらいだよ」
「でもっ…でも前どんなふうに話していたのか、わからないの。だからっ…」
もちろんそうだろう、だからと言って不格好な言葉や他人事のような言葉をかけるのは違う。だから僕は少し時間を取りしっかりと考えた。
「だったら、また一からやり直せばいいじゃないか。僕と彩芽みたいにさ。はじめましてからでいいんじゃないかな。だって、高校生になった彩芽とその子は大人になってるんだからさ、だからはじめましてからやり直そうよ、僕も友達になりたいしさ。僕と彩芽、賢一三人で、出迎えてあげればいいんだよ。少しだけお互いに知っていることがある、他人から始めようよ。ごめんね、僕ばっかり話しちゃって。彩芽もいっぱい話してくれていいからね」
彩芽は、複雑な表情を見せた。この時だけはどういう感情なのかわからなかった。
「うん、ありがとう優音君いいこと言うね。さすがだね」
日も落ちてきて、黄昏れ時っていうのかな、昼間とも夜とも言えないような時間になった。
「帰ろっか。いや彩芽が帰りたくないなら僕は君に合わせるよ、どこにだっていくよ」
彩芽は、小さくうなずいて
「すぐ優音君はそんなこと言うんだから…」
「えっごめん聞こえなかったもう一回言ってくれないかな?」
彩芽は今度は首を横に大きく振り
「ううんなんでもない、えっとね私の好きな場所があるんだけどいいかな」
僕はなんとなく見当がついた。多分だけど僕も好きな場所だと思ったからだ。
「いいよ行こっか。多分だけどすぐ近くでしょ」
彩芽はまたうなずくだけだ。やっぱり、会ってみないとまだ不安なんだろうここまで口数が少ない彩芽は本当に珍しいしわかりすい。僕だけだとやっぱり心もとなかったかな。でも彩芽の表情はさっきよりも少しだけ明るくなっているように感じた。ふもとまでついた、やっぱりここだった。
「もうだいぶ暗くなってきちゃったね、上に着くころには真っ暗かもね」
確かにそれは心配だ、一応スマホのライトがあるとはいえ、見えにくくなって階段から転げ落ちたら大変だ。止めようと思ったが、彩芽は階段の一段目を登りかけていた、僕も彩芽の後を追う形で階段を上り始めた。
しかし予想よりも日が落ちるのは早く、階段の中腹あたりでスマホのライトの出番が来てしまった。
「もうだいぶ暗いね。でも私の目には赤外線モードがあるから大丈夫だよ」
僕は彩芽のことは心配だが、まだ何にも言っていない、顔に出てしまったのだろうか。なら気を遣わせてしまったな、なんだか申し訳ない。
階段をやっと上り終わり。
「ふーやっと上り終わったね、だいぶ暗いけど町はまだ明るいね」
彩芽が、今日のそれまでとは違うちゃんと自分の姿を持った言葉を話した。
「そうだね、ここはいつ来てもきれいだね」
町の中に、淡く光る灯は鉄とコンクリートでできた街とは思えない姿だった。ふとこの時にどこかで見た景色が脳裏によぎる、でもその景色は今のこの景色とは正反対で鉄やコンクリートなど一つもありやしない場所の景色だった。なぜそんな景色を思い出したのだろう。でもこの景色には心奪われる。
「綺麗だね。でもね、優音知ってる。この夜景ってね大人の人が残ぎょ…」
「あぁーストップストップ。それ以上は…まぁそうわかってても綺麗なものは綺麗じゃん、ね?」
彩芽は夜景に目を落とし小さくうなずいた。
その時後ろから声がかかる。
「おい君たちそこで何してるんだ。もう暗いぞ」
僕は慌てて危うくこの高台から落ちそうになった。落ち着きを取り戻し、振り返るとそこには男の人が立っていた。一瞬警察かと思い、かなり焦った。
「すみません、ちょっと夜景が見たくて…」
彩芽は冷静だなぁ、こういうところには感心する。
「そうか、もう暗いし帰りの階段、急だから気を付けてくれよ。いやー確かに私もここの景色が好きでね仕事に疲れた時に時々見に来るんだよ」
僕たち以外にも、ここに景色目的で来る人がいるんだな、まぁでもそのくらい価値のあるものだと言っていい。その人の格好はだいぶキチッとしていて、どこかの会社の偉い人なんだろう、口ぶりからも威厳を感じさせられる。
「さて私はこのくらいにして、お二人を邪魔してはいけないだろうからね。それではごゆっくり」
今の発言はいろいろな意味を含んでいたな。僕は彩芽のほうを見ると、苦笑している姿が見えた。
それにしても、今の人どこかで…気のせいか
しばらくして、夜の暗闇の海に光る灯たちも光を落とし始め、夜も更けてきたころになった。
「もう暗いね、そろそろ帰ろうか。」
「そうだね、帰ろっか」
神社にお参りを済ませ、階段を下り始める。
「暗いから足元気を付けて。」
確かに下りでは余計に階段が見えにくい、光が段差に吸われほとんど跳ね返ってこない。
階段を下る途中でも、夜景は綺麗だった。
「ごめんね、こんな遅くまで連れまわしちゃって」
「いや、全然そんなことないよ綺麗だったから、むしろ来て正解だった」
これは僕なりのフォローだ。でも彩芽はどう受け取っただろうか、もしかしたら気を悪くしてしまったかもしれない。いま彼女が浮かべている、笑顔は苦笑いだったらどうだろう。傷つけてしまっていたらどうしよう。きっとこんなこと考えても仕方ないな。それに、彩芽の表情はわかりやすいからな。
「むしろごめんな、こんな遅くまで女の子連れまわしちゃった僕のほうが悪いよ、一個手前の駅だったよね、家まで送ってくよもう暗いから」
「いやいいよ、いいよ、私の家駅から遠いから。優音君疲れちゃうよ」
もちろん予想通りの反応だ。素直に送られてくれたら楽なのに。まぁこれがマナーというものだからな
「いや全然疲れてないから、送っていくよ。暗いから心配だし」
学校から虹風駅は四駅で行ける。虹風駅は、駅から降りてすぐに大きなショッピングモールがあるのでたまに通っていた。
「久しぶりに虹風駅で降りたな。中学生の時とかたまに遊びに来てたな。懐かしいよあの頃が」
「なんでよ、だってさまだ卒業して一か月しかたってないじゃんもうそんな思い出話みたいにしちゃってるの。なんだか時間が過ぎるのが早いみたいだね。私もそう思うけどさ」
そうだ、中学校時代はなぜだろう今思うと三年間長く生活してきた。でも今思い返すと本当は短くて三年間分も中学校生活を送ってこなかったのではないかと思うくらいに感じられた。
街中を歩いていると、あまり来たことがない場所に入っていく。いつも大きなショッピングセンターに行くくらいしか用事がなかったので、ここまで深く足を踏み入れたことはない。住宅街というものはどこもあまり景色が変わらないものなのだな、僕が住んでいる場所に少し似ている。まぁ隣町だし無理もない。夜でもだいぶ暖かい風が吹いている。
「夜でももうだいぶ暖かくなったね。もうすっかり春だ」
「そうだね、暖かい」
だいぶ駅から歩いてきたということもあるだろう、もう体はだいぶ温まっていた。しかし本当にかなり歩いた。こんなに高い場所にあるのか彩芽の家は。かなりの激坂だぞ。
「もうすぐでつくよ、ここまでありがとうね。」
まさかとは思った。少し先に見える建物は、大きな館に見える。というかその建物しか見えない。
「まさかとは思うけど、あの大きな館みたいな家が彩芽の家なのか?」
にわかに信じがたいが、彩芽は首を縦に振った。
「ここでいいよ、玄関からは普通に帰れるから。ありがとうね、優音君こそ気を付けて帰ってね」
「うん、ありがとう。それじゃまたね」
彩芽の家を後にする、正直大きな家すぎて圧倒された。彩芽の家はお金持ちなのだろうか。いや、悪いがアグズアリィアイを買えている時点で、お金持ちだったな。
アグズアリィアイの金額は1セット、十三万八千円もする。僕のなけなしの小遣じゃ雲をつかむような話だ。バイトでもしようかな、なんだろう、彩芽に少し突き放されたような気がする。
「帰り道はさみしいな、一人で」
―—さみしいだって…さみしいって言ったか…今までは、一人でもよかっただろ、なのにさみしいって言ったのか僕は…そうか僕は彩芽に変えられたんだな。
いや違うか、僕自身が僕を変えてしまっていたのだ。どちらかというと、彩芽は僕を元に戻してくれたのだ、僕が、一人で抱え込んで、悩んでいた僕を、彩芽が治してくれたのだ。
あぁ、一人はさみしいな。