朝
早朝
活気あふれる商店街が目を覚ます前、まだ人もまばらな時間
宿に帰ってきた俺は、軒先で箒を掃く女と目が合った
「おっ。おーすライト!!今朝も眠そうだね」
女は俺に気づくと、快活そうな笑顔でこちらに手を振る
「おはようカリン。今日は1人?」
彼女はカリン
俺が部屋を借りている宿―――大衆食堂兼宿屋『風来亭』で女中として働いている
むさくるしい大将の店が繁盛しているのは、8割この看板娘のお陰と言っていいだろう
飾り気のない無地の服装、無造作に肩口で切りそろえられた髪
それを補って余りある顔立ちとスタイルには、男も女も釘付けにされる
「そうそう。店番任されちゃってさー。大将、明日までいないんだよね」
「そうか……まぁでも、ある意味で丁度いいかもしれない」
「丁度いいって?」
首を傾げるカリンに、俺は金貨の入った袋を渡す
「明日の朝までここを貸し切りにしたい。食堂も宿もだ。頼めないかな?」
彼女は目を丸くし、少しだけ周りを見回した後、声をひそめた
「……いつものやつ?」
「その通り。大将には明日俺から話しておくから、今日一日は店を開けず、中に引きこもっていてほしい」
「ま、お代が貰えるんなら大将も構わないだろうけど……後でちゃんと私の相手、してくれるの?」
悪戯っぽく笑うカリンは、袋を受け取りながら俺の手を握った
「……悪いけど、今日は先約があるんだ」
「先約?ひょっとして、上のご令嬢?」
「その通り。お守りを頼まれてね、面倒見ないといけないんだ」
「面倒、ねぇ」
カリンはぱっと手を放し、むくれたような顔を見せる
「言っておくけど、そういうのじゃないから。本当に真面目なやつ。護衛みたいなもんだよ」
「本当?でもああいう娘、好きなんでしょ?」
「カリンには負けるさ。埋め合わせは明日、必ずするよ」
「ふーん、バーカ」
機嫌を直したのか、彼女は肘で俺の脇腹を突き、再び笑顔を見せた
「それで、例のご令嬢様はもう起きてるかな?9時に食堂集合の予定だったんだけど」
俺が問いかけると、カリンはため息をついて両手を上げる
「それがまだ寝てるんだよねー?声かけても全ー然駄目。大事な試験があるっていうから、鍵開けて入ったんだけど、寝相も最悪でさ。揺すって起こそうとしたら、殴られそうになっちゃった」
成程、令嬢様の使用人達はこれまで相当苦労していたらしい
「そうだライト、あんた起こしに行ってあげてよ。あたしが殴られるより、あんたが殴られたほうがいいでしょー?」
カリンはにやりと笑ってこちらを見る
「いいでしょって、どういう意味だよ」
「女の敵、みたいな?どう?ここらで2、3発殴られとかない?」
そんなノリで殴られる奴があるか
とはいえ、試験会場まで2時間半、馬車を使っても1時間はかかる
試験の受付時間は12:30であるから、遅くとも9:30頃には出発しておきたい
支度と昼食の時間も考えると、寝坊は厳禁だ
「……仕方がない、起こしに行くよ」
「おっ、やる気だね。くれぐれも寝てる娘に変な気起こしちゃだめだよ?」
カリンに見送られながら、俺は2階の部屋へと上がった