処理2
宿屋から男の惨殺死体が見つかったことで、辺りは野次馬と憲兵で溢れていた
「……マヤ、いるか」
真夜中の喧騒を遠くで眺めながら、路地裏の闇に声をかける
「お呼びでしょうか」
ほどなくして闇の中から、真っ黒な給仕服の女が姿を現した
真っ黒な長い髪、真っ黒な瞳、それらとは対照的な、幽霊のように白い肢体
いつもながら少し不気味だと思うが、暗闇に溶け込む静かで目立たない隠密性は尊敬に値する
「ブラック領南部のマルクス統治域の情報が知りたい。できれば明日の昼頃までに」
「随分と無茶を仰いますね。馬車で往復4日はかかる距離だということをお忘れですか」
マヤはため息をついて、少しあきれたような物言いをしてみせる
だがその表情は、相変わらず鉄仮面のような無表情のままだ
「それでも何とかしてくれるんでしょ?マヤちゃんは冷たい顔して、本当は優しい娘だって知ってるんだからね?」
「帰ります」
「悪かったよ、もう少しだけ聞いてくれ」
どうやらアイスブレイクは失敗だ
俺は懐から封筒を取り出し、マヤへ渡す
「これは?」
「恐らく明日中に『第三段階』の転生者が来る。その情報源だ」
マヤは封筒を手の中でくるくると回す
どうやら紙質や紋章を確認しているようだ
暗闇の中なのによく見えるな
「イム家……領地をマルクス領に統合され、現在は名前のみ残っていると聞きます。そのような場所につてがあったとは」
「まぁ、色々とな」
封筒から手紙を取り出したマヤは、その内容を読み進めてゆく
「……『P.S.幸福乳年』……?これは……」
「……いわゆる、カモフラージュって奴だよ」
こちらを見る無機質な視線が一瞬鋭くなったような気がするが、気のせいだろうか
「……見たところ、普通の手紙のようですが」
「内容は基本的に一文ごとに改行されているが、2つ句点の後にも文が続いているものがあって統一感がない。それに署名横の『お前の嫌いな』という文言。これは暗号だ。『お前』という単語の入った文章を取り除いて読むと意味が見えてくる」
「暗号、ですか」
サプライスは上手くいっただろうか?
彼女は私の自慢の娘だ
たった一人の男を恐れるとは、領主として情けないが
村中の女が抱かれる中、娘だけには手を出されないよう守り抜いてきたのだ
このまま未来のない田舎で朽ち果てさせるのは余りに惜しい
きっと理知的な私は、一晩くらいなら怒を抑えられると思う
いや心にもないことを言ったな。本当は今にも憤死しそうだ
大切に育ててきたが、まだまだ世間知らずで、教えられなかったことも沢山ある
悪い人間の食い物にされないよう、守ってやって欲しい
とにかくそういうことだ
娘を頼む
「中間部分にある『心にもない』というのは、その前の文章を読み解くための鍵だ。言葉通り、心を抜かせば……」
きっと理知的な私は、一晩くらいなら奴を抑えられると思う
「……成程」
「『憤死』という表現があるが、おそらくアレク男爵は娘を逃がすために転生者と交戦し、死亡したと考えられる。秘密裏に貴族を殺せる能力は脅威だ。女性に対する認識阻害か認識改変能力は間違いなくあるだろう」
「暗号文を用いて知らせがあったということは、意思伝達能力の阻害ができるか、或いは情報統制のできる力があるとも思われますね」
「男爵の娘はこちらで保護している。文面からして、転生者は明日中に娘を狙って王都へ来る筈だ。補足次第こちらで処理する」
「承知しました。憲兵と国境警備隊に通達しておきます。私の方でも可能な限り情報を集めておきましょう」
「助かる」
マヤは手紙を丁寧に封筒に戻し、俺に手渡した
「親しかったのですか?」
「え?」
「……変なことを聞きましたね。忘れて下さい。ただ貴方が男性貴族と文通とは意外でしたので」
「……故郷の領主だったんだ。転生者侵攻で、お互い色々なものを失った」
「……」
マヤは何も言わなかったが、その瞳からは何となく憐憫のような、情愛のような感情が見て取れた
彼女なりに俺を気遣ってくれた、ということなのだろうか
「では私はこれで」
「ああそれと……さっき一人、標的と一緒にいた三級魔術師を郊外に飛ばした。裸だからなるべく早めに保護してやって欲しい」
「……具体的な位置など分かれば」
「南門の近く……でも多分移動してる。現在地は分からない」
「……無茶を言いますね」
マヤは再度ため息をついて、あきれたような物言いをしてみせた
「ではご武運を、ライト」
「ありがとう、マヤ」
闇の中に消えるマヤを見送り、俺は帰路についた