手紙
「よ、ようやく横になれますわ……」
部屋に入るなり潰れたカエルのようにベッドに身を投げ出した娘……レイアは、最早指一本たりとも動かせないといった様子で呻いている
シーツが汗と砂埃で滅茶苦茶になっているが……まぁ、今更言ったところで遅いか
ひとまず鞄は部屋の奥に運んでおくとしよう
「……それで?俺は貴女のお父様から『手紙の配達人を変えたから挨拶に行かせる』としか言われていない訳ですが……」
ちらりと目をやるが、潰れたカエルは相変わらず動かない
「まさか実の娘を寄越すなんて……それも護衛や世話人もつけずに、宿まで取って。貴女のお父様は、一体どういうつもりで貴女をここへやったんですか」
俺の問いかけにレイアは何やら喋っているようだったが、うつ伏せでベッドに突っ伏したままなので、モゴモゴと何一つ聞き取れやしない
「……お父様から手紙を預かっているんでしたね。お荷物を拝見しても?」
レイアは相変わらず突っ伏したまま、こちらに片手を突き出し、親指を立てて見せた
俺はため息をつきながら雑多な鞄の中を漁り、一通の封筒を手に取る
『ライトくんへ』……件の手紙はこれだろう
園児か
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親愛なるライト殿
サプライスは上手くいっただろうか?
前回の手紙でお前に新しい配達人を寄越すと書いたが、こんな美人が来るとは想定外だったのではないかな?
彼女は私の自慢の娘だ
色々とお前好みに「育って」いるから、今頃嬉し涙に咽びながらこの手紙を読んでいることだろう
私が言えた義理ではないが、正直昔からお前の巨乳好きには畏怖の念を覚えていた
娘が大きく育っていくにつれ、いつお前の魔の手が伸びるのではないかと、気が気ではなかったよ
たった一人の男を恐れるとは、領主として情けないが
村中の女が抱かれる中、娘だけには手を出されないよう守り抜いてきたのだ
だがこの間、久しぶりにお前と手紙でやり取りして、改めて娘の将来について考えた
このまま未来のない田舎で朽ち果てさせるのは余りに惜しい
そこで、少し癪だがお前に手を出させてやることにした
きっと理知的な私は、一晩くらいなら怒を抑えられると思う
いや心にもないことを言ったな。本当は今にも憤死しそうだ
手を出させてやる代わりに、お前に追加で頼みたいことがある
娘は私のすべてだ
大切に育ててきたが、まだまだ世間知らずで、教えられなかったことも沢山ある
そこで私は娘に1つの試練を課した。冒険者として大成し、イム家に名誉をもたらすこと、その為にお前を頼らせ、明日ギルド入会試験を受験するよう命じた
お前には娘がこの先冒険者として一人で身を立てられるよう、身の回りの世話をお願いしたい
悪い人間の食い物にされないよう、守ってやって欲しい
美人の面倒をみられるなんて、お前にとってはご褒美かもしれないが
とにかくそういうことだ
娘を頼む
お前の嫌いなアレク・イム
P.S.前の手紙で紹介してくれた『幸福乳年』というパブ、気に入ったので案内してくれ
ただしばらく王都へは行けそうにないので、また今度頼む
あとこの手紙はくれぐれも娘には見せないように
もし見られそうになったら燃やしてくれ
――――――――――――――――――――――
「……相変わらずだな」
俺はため息をついて、封筒と手紙を机に放り出した
アレク・イム
俺の出身村の領主
大嫌いなタヌキおやじの娘を口説きかけるとは、俺の人選眼も衰えてきたらしい
「……色々と思うことはありますが、ひとまず明日、貴女を冒険者ギルドにお連れして入会試験へのご案内をすれば良い訳ですね?」
ベッドの上のレイアに目をやると、彼女は再び親指を立てた
「試験は午前の部ですか?午後の部ですか?」
レイアは親指を立てた手を180°反転させ、親指を地面に向ける
「……ひょっとして午後、という意味でしょうか」
再度のサムズアップ
違う意味だったら引っぱたいているところだ
「分かりました。とりあえず今日はもう動けないでしょうから、詳しい話は明日にしましょう。朝9時頃に下の食堂へ集合してください。あと一応俺も冒険者登録はしていますので、最後の軽い試験対策くらいはお手伝いできるつもりです」
「……随分と従順なのですね。貴方は父が嫌いなのでは?」
レイアは顔だけをこちらに向け、ようやく人間らしい言葉を口にした
「人間性の好き嫌いと、義務や信頼関係は別物ですから」
俺は放り出した手紙を懐へ仕舞い、上着を羽織る
「……貴方はどちらへお泊りなのですか?」
「俺の部屋は隣です。宿としてではなく、ここに部屋を借りて住んでいます。ですが今夜は外出していますので、何かあれば下の女中に声をかけてください。貴女についてもらえるよう話は通しておきま―――ッ?!」
瞬間、どこからそんな力が湧いて出たのか、レイアは飛び上がるようにしてベッドを離れると、素早く床を這いまわり、俺の脚に縋りつく
その動きは虫や妖怪を彷彿とさせた
「ヒエッ……?!何を……?!」
「……夜のお出かけ……!!一人では行かせませんよ……!!都会の夜は楽しいイベントが盛りだくさんと聞いています!!夜市!!夜遊び!!ダンシングオールナイト!!眠らない街の夜景!!!是非ご一緒に……!!」
「駄目です!明日は試験でしょう!早く寝て、万全の状態で試験に望むんです!」
「ぐぬ……ですがちょっとだけ!!ちょっとだけです!!せめて少し歩くだけでも……!!」
「離してください!!!大体お父様を侮辱した私とは一緒に出掛けたくないでしょう!!!」
「貴方は先程『人間性の好き嫌いと義務や信頼関係は別物』と申していたではありませんか!!!」
「駄目です!!放してください!放し……何だこの力?!放せッ……!!このッ……?!」
「なんて狭量!!いけず!!!鬼!!!出会った頃ははあんなに私を求めていたのに?!」
「変なこと叫ばないでください!!さっきはさっき今は今です!!とにかく駄目ったら駄目!!」
「イヤァァァァァアア!!」
クソ、振りほどけない
何なんだこの馬鹿力は
しばらくレイアと格闘するが、一向に脚から離れる気配がない
仕方がない
俺は懐から一枚の紙片を取り出し、彼女の眼前まで持っていく
「……何ですかこれは?」
「……俺の外出先ですよ。どうしてもご一緒したいと言うなら、連れて行ってもいいですが?」
レイアは片手を離し、紙片を手に取って書かれた内容を注視した
「んん……?『おっぱいの楽園/第二章~アッ♡抱乳世界~/男の夢が叶う店』……?!な、な、な、何ですか?!このような破廉恥な?!」
「これが都会の夜の遊びです。で、どうするんです?行くんですか、行かないんですか」
「最低!!破廉恥な!!性欲魔人!!!乙女になんてモノを見せるのですか!!えっちなものは人を堕落させると、父も口酸っぱく申しておりましたよ?!」
あのタヌキ、どうやら娘の前ではいい恰好見せていたらしいな
レイアは俺の足から手を放し、ズリズリと床を這って俺と距離をとる
「ハッ……!もしや私も毒牙にかけようと……?!」
「かけませんし、興味もありません」
「嘘です!!出会った頃はあんなに私を求めていたのに?!」
「嘘じゃありませんって!!誓って手は出しません!!」
「出さないのですか?!出会った頃はあんなに私を求めていたのに?!もう興味はないと言うのですか?!?!」
「こいつ面倒くさいぞ?!?!」
ぎゃあぎゃあと騒いでいても埒が明かないので、俺は喚くレイアを尻目に部屋の扉を開け、外へ飛び出した