夏の思い出
「残念だが、君には魔法適正が無いようだ」
「すまないライト。本当に残念だ」
道端の草木が活き活きと葉を伸ばし、虫の声がやかましく響いていた
ぎらぎらと照り付ける日差しが容赦なく肌を刺してくる
暑い
息苦しい
汗が2、3、あごの淵を伝って地面に落ちた
雲の形を見るに、近々雨が降るのだろう
目前の陽炎に引き寄せられるように歩いていると、いつの間にか家の前まで辿り着いていることに気づく
「……」
無表情のはりついた両頬を手で張り、作り笑いの練習をする
どうせすぐに剥がれるであろう化けの皮をどうにか繕い、俺は玄関扉を開けた
「ただいま、レナ」
家の中はいつも通り静かだった
部屋の南側
日当たりの良い大型の窓と、傍らに置かれた大型のベッド
そこに横たわる、枯れ枝のように細い少女の体躯
この光景を当たり前のものとして受け入れ始めたのは、いつからだっただろうか
「やっぱり今日は一段と暑いな。こんな日は……そう、海に繰り出して、ビーチで水着ギャルたちを追いかけるに限るよな?」
バカなことを言っておどけて見せるが、当然返答はない
これもいつも通り、当たり前の光景
「……いつまでも寝てると、1人で遊びに行っちゃうからな。早く起きて、兄ちゃんに可愛くてセクシーな水着姿を見せてくれよ」
妹が寝たきりになって1年
未だに意識は戻らない
それでも話しかけ、笑いかけ続ける
今日こそ返事が帰ってくると信じて
「……兄ちゃんな、教会に行ってきたんだ」
布団を少しだけずらし、針金細工のような手に触れる
「魔法の適性、ないんだってさ、俺。全く魔法が使えないらしい。まぁでも関係ないよな。お前の自慢の兄ちゃんは、足も速いし、狩りも上手いし、男前だし、腕っぷしだって……」
紡いでいた言葉が最後まで続かないうちに、気づいてしまった
窓越しとはいえ、真夏の太陽に照らされていたにしては、その手はやけに冷たかった
違和感
何かがおかしい
「レナ?」
彼女の乾いた顔の皮膚に、どこから入ってきたのだろうか、一匹の蠅が止まっていた
蠅は彼女の顔を這いまわると、見開かれたままの眼球に腰を据え、せっせと前足をこすり合わせる
「レナ」
暑い
息苦しい
窓の外では、虫の声がやかましく響いていた
そして俺は
俺は……